デビル

THE DEVIL'S OWN
1997年
アラン・J・パクラ監督
ケヴィン・ジャール原案・脚本
ハリソン・フォード 、、、トム・オミーラ(警官)
ブラッド・ピット 、、、フランシス・マグワイヤー、偽名:ローリー・ディヴァニー(IRA闘士)
マーガレット・コリン 、、、シーラ・オミーラ(トムの妻)
ルーベン・ブラデス 、、、エドウィン・ディアズ(トムの相棒の警官)
トリート・ウィリアムズ 、、、ビリー・バーク(武器商人)
ナターシャ・マケルホーン 、、、ミーガン・ドハティ(IRA女性闘士)
あの「ソフィーの選択」の監督である。
北アイルランド問題が英国のEU離脱によって再燃する懸念が持たれている昨今、丁度それを扱った「デビル」がデッキに入っていた。
「アメリカのお噺ではなく、アイルランドの話なんだ」をどれだけ理解するかというところが肝心か。
北アイルランド問題は「宗教問題」を超えた経済(利権・政治)問題を孕んだ問題と化している。
更に最近も話題となっている警官の誤射である。
トムの相棒のエドウィンが逃げる丸腰のコソ泥を背後から撃って殺してしまう。
普通の市民が止むに止まれぬ状況で銃を撃たねばならぬケースと職権乱用で何の思慮もなく発砲して疑わしい者を射殺するケース、そして自分の欲望でいとも簡単に人を惨殺する闇の武器商人たちとの対比も表す。

実際彼らの活動は、IRAに潜入していたMI5の諜報活動や王立アルスター警察隊 (RUC)の武力により鎮圧されていたが(その後は政治活動にシフトしてゆくが)、この映画でもフランシスの仲間は悉く殺されてゆき、最後は彼の文字通りの孤軍奮闘となっている。
彼は8歳の時、家族の目の前で父親を射殺されている。
父はIRAシンパであった。
撃ったのは警官であったという。
長じて彼は極めて自然にIRAの際立った闘士となっている。
(つまりは武力による報復に走る~政治的解決や解消は見限った)。
当然国際テロリストとしてマークされる身であった。
ニューヨークに住む定年も近い警官トム・オミーラ宅にフランシス・マグワイヤーはIRAシンパの判事の手引きにより居候として入り込む。トムは銃は警官となってから4回威嚇射撃をしただけで、一度も人を撃ったことがないことを誇りとしている実直な男である。
フランシスは偽造パスポートのローリー・ディヴァニーという純朴な青年となっている。
直ぐにオミーラ家の家族とも親しく打ち解け良い関係を築いてしまうが、ローリー自身、トムを父に重ねシーラや娘たちを本当の家族同様に感じていたことが分かる。
しかし表向きは建築関係の現場仕事に就き、IRAの反撃のため武器と資金の調達を目的としていた。
闇の武器商人ビリー・バークを通して地対空ミサイルを購入する予定であったが、直前にIRAの内部情報が漏れたことが分かり一時取引を凍結する事態になる。
その際に、トムの家に強盗が入ったことで、トムにローリーの素性が知れてしまう。
ローリーはトムに全てを打ち明ける。だが、トムは彼の計画は断じて認めない。
入った賊はビリーの回し者であった。ローリーはその組織に独りで立ち向かい彼らを殲滅する。
しかしローリーいやフランシス・マグワイヤーの追手は強大である。
トム・オミーラは負の連鎖を断ち切り、しかもフランシスの命を救い(解放し)たいと願う。
それには彼の手で逮捕するしかなかった。
FBIや警察、RUCは彼を手段を選ばず消すことが目的であることをトムはよく知っている。
まして武器を携え国に戻りでもしたら命はないことはもはや明白であった。
フランシスの向かった先を彼の同士で恋人でもあるミーガンから聞き出したトムは彼の逮捕に駆け付ける。
(恋人も闘争より彼の命を優先した)。
彼は丁度、武器を船に積み込み岸を離れるところであった。
しかしそこで、両者の意に反し銃撃戦となってしまう。
結局、トムは肩を負傷するが、フランシスは致命傷を負ってしまった。
「きみとわたしはこういう風に終わってしまうのか、、、」

「銃を持てばいつか撃つ」(フランシス)
結局そういうこととなる。
虚しく、トムが船を岸へと向け舵を取るところで終わる。
北アイルランド問題を扱った映画が他にもあることは知っているが、これはその複雑な宗教・政治情勢を細かく分析する類の映画ではなく、寧ろ暴力による復讐という負の連鎖の起こる必然性とその虚しさを描くところに力点を置いた作品であろう。
が、この2人の名優が出ているにしては、今一つ強烈なインパクトに乏しい感は拭えなかった。
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