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GOMA28

Author:GOMA28
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ファビュラス・ベイカー・ボーイズ

The Fabulous Baker Boys001

The Fabulous Baker Boys
1989年
アメリカ

スティーブ・クローブス監督・脚本
デイヴ・グルーシン音楽

ミシェル・ファイファー 、、、スージー・ダイアモンド
ジェフ・ブリッジス 、、、ジャック・ベイカー
ボー・ブリッジス 、、、フランク・ベイカー
エリー・ラーブ 、、、ニーナ
ジェニファー・ティリー 、、、モニカ・モラン
ザンダー・バークレイ 、、、ロイド

The Fabulous Baker Boys003

ミシェル・ファイファーが全スコアを吹き替えなしで唄っていることが話題になった作品だ。
まず、声が良い。歌そのものも素敵だったが。
ブリッジス兄弟が兄弟役で出演している。これもやり易いのか、どうなのか、、、。

ビターテイストとはよく言ったものだ。ホントにほろ苦い劇であった。
才能があっても商業的な成功はまた別の話だ。
それも独りではなく、人と組んでやる仕事であれば、余計に大変なものになろう。
ギャラ絡みの損得や進む方向性の(微妙な)違い、性格などに起因する軋轢、、、いくらでも問題が発生する可能性はある。

The Fabulous Baker Boys002

しかし何であってもまず、生きるために何とかしなければならない。
家庭があればなおさらである。
マネージメントの重要性が浮かび上がる。
縁の下の力持ちの存在は忘れてはならない。

要するにピアニストであれば、ピアノが上手に弾けるだけではだめなのだ。
趣味にピアノを弾くなら何の問題もないが、それを仕事としたとたんに、不可避的に多くの厄介な関係性が生じて絡まってくる。

The Fabulous Baker Boys004

兄弟であれば絆は深いが、長年溜めこんできた不満の蓄積も重い。
そこに、有能な美女が加わり見事な成果をあげたとしても、そのままことはスムーズに行くとは限らない。
(人に認められ、音楽的にもセールス的にも良い結果が得られたとしてもである)。
その彼女の存在が新たな火種にもなる。
小さな拗れが大きな(取り返しのつかない)爆発にも繋がりかねない。

人の関係性~コミュニケーション~の難しさである。
日常会話や議論は、時に暴力装置として機能する。
ことばのその線状的構造から一気にある方法に過剰に突き進んでしまう。
ことばとは常に厄介なのだ。

そのことばの意味(一義性)によって入った亀裂を、詩や音楽、絵画などは埋めてゆく作用がある。
彼らも優れたミュージシャンである。
観客に対しては、美と癒しと安らぎを提供することが出来る。
だが、その送り手としての自分たちは、その音楽に慰められないのか。

いや、やがて音楽が、また再び彼らを結びつけることとなるはず。
音楽とは、そういうものだ。


The Fabulous Baker Boys005

ミシェル・ファイファーは素敵だった。
ピアノの上であのように唄えるものではない。










スージーが”Feelings”(モーリス・アルバート)なんか唄いたくないと言ってマネージャーでもあるフランク・ベイカーと対立するところが如何にもこのトリオを象徴的する場面だ。スージーは自分がやりたいこと以外は全て突っぱねる。所謂、芸術至上主義で自分が表現したいことに結果的に客がついてくればそれでよいが、そうでなければ知ったことではない。フランクは完全に客主体で(市場に合わせ)需要があれば何でも提供するという姿勢でビジネスに徹している。器用な何でも弾けるジャックはその間を保つ。だから、ジャックがどちらかの側にはっきりついてしまうとトリオは解体となる。
しかし皮肉なもので、解散後にスージーが仕事に選んだのはCMの歌である。食わねば生きてゆけないにしても自分の信条から言えば真逆の仕事だ。
また微妙な関係性を保ちつつトリオを復活させるに越したことはない。

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