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GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
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裸足のイサドラ

Isadora002.jpg

Isadora
1968年
イギリス

カレル・ライス監督
モーリス・ジャール音楽

ヴァネッサ・レッドグレイヴ、、、イザドラ
ジョン・フレーザー、、、ロジャー(秘書)
ジェームズ・フォックス、、、クレイグ(詩人、舞台装飾家)
L・チェンバース、、、デアドリー(娘)
J・ロバーズ、、、バリス・シンガー(億万長者、シンガーミシン社長)
C・デュバレー、、、アルマン(ピアニスト)
I・チェンコ、、、セルゲイ・エセーニン(詩人)
V・レスコバール、、、ブガッティ(ブガッティのオープンカーに乗る男)



イザドラ・ダンカンの「わが生涯」を大学に入ったばかりに購入したのだが、まともに読んでいなかった。
彼女についてのちょっとした考察などは読んだものだが、全く覚えていない。
ニジンスキー(重力の超越者)と共に、超人的な舞踏家という印象だけは持ってきた。
わたしの観たこのフィルムは133分版であるが175分のオリジナル版があるという。
(それは現在、手には入らないようだ)。

彼女は12歳の時、「芸術と美に身を捧げ独身を貫く」ことを誓う。
その証に両親の婚姻証明を燃やす。
面白い子だ。
「美とは真実。真実とは美。真実と美に反するものには従いません」と誓う。
この確かな認識と信念は何処から来たのだろう。
美を愛にするとジョン・レノンか。

彼女にとって極めて自然に、生きることは踊ることであった。
波の調べや森に吹く風の声から踊りの着想を得ていたという。
人生の主な出来事は全て浜辺で起きたというのだ。
わたしはアフロディテであるというのも納得できる。

彼女はギリシャ風の簡素なチュニックを着て、トウシューズを履かない。
これは徹底している。
ギリシャ芸術に憧れ拘るというか、そこに本質を求めている。

Isadora001.jpg

所謂、彼女はバレエを否定しているのだ。
その様式は人間にとり不自然であることから。
しかし彼女の舞踏が様式を持たないことから、学校の設立と教育にお金と心血を注ぐも、後継者はできない。
基本的に彼女の踊りは即興である。
その場から彼女が感得する霊感や直観により身体が自在に踊り出すものだ。
まさに天賦の才によるものであり、これを引き継ぐことは出来ない。

だが映画を観た範囲でも、彼女には憧れる。
自分の才能に全く疑問を感じたことがない人だ。
何時でも何処にあっても、自然に自分の踊りが踊れ、喝さいを浴びる。
この圧倒的な図式は揺るがない。
素晴らしいことだ。

この完全に自分を信じ解放していることが、全く周囲の規範などに囚われない自由恋愛にも直結しているのだと感じる。
逆にその恋愛感情や行動を理性的に抑圧でもしたら踊りの霊感も枯渇してしまうのだろう。
彼女にとって生~性は踊りそのものである(その逆も真)。
この流れに僅かでも滞りや不純物が介在すれば、誰をも魅了する舞踏は生まれまい。

自分を貫いたということでは悔いのない人生を送った人だと思うが、彼女の優れた遺伝子を継承した二人の子供(長男・長女)を事故で失う悲劇は、彼女のみならず人類の損失でもあった。
この子たちは、教える前から自ら踊り出していたという驚くべき資質を見せていたのだ。
やはり、血である。

Isadora004.jpg

それにしても、イザドラの最期は余りに出来過ぎで、本当かと疑うところだ。
ブガッティに颯爽と乗り込み、「皆さんさようなら」と座席をすっくと立ち「私は昇天します」と言ったとたんにホイールにマフラーが巻き付き首を絞めるとは、、、確かに遊園地などで同様の事故があり、その可能性としてはあるにせよ、まさかあのタイミングはなかろう、、、と思う。
カード占いにも(事故)死を予感させる不吉な兆しが出ていたが、、、。

あらゆる意味で本当に濃密で非凡な生を生きた人だと思う。
その踊りが写真や動画で残されていたら、、、せめて画家が描いてくれていたらと思うと残念である。
(彼女が腰かけたところとポーズした写真は観たことがある)。
子供が健やかに成長していたら彼女の天才を継承した踊りが、少なくとも記録されたのではないか。


イザドラ・ダンカンのイメージとヴァネッサ・レッドグレイヴが今一つ合わない気がして観ていたのだが、いつの間にか彼女に馴染んでしまい、終盤には違和感は感じなくなっていた。







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