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GOMA28

Author:GOMA28
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ガッジョ・ディーロ

Gadjo Dilo001

Gadjo Dilo
1997年
フランス、ルーマニア

トニー・ガトリフ監督・脚本・製作・音楽

ロマン・デュリス 、、、ステファン(パリから来た青年)
ローナ・ハートナー、、、サビーナ(ロマの村娘)
イジドール・セルバン、、、イジドール(ステファンの世話人、バイオリン弾き)
その他、大勢のロマのミュージシャン


初っ端の曲が余りに強烈であった為、後の曲はそれほど印象に残らなかった。
流浪の民は結局、砂漠に還るのか、、、?

亡き父の好きだったロマの歌手~ノラ・ルカを探しにルーマニアのロマにパリからやって来た青年ステファン。
ノラ・ルカに遭い歌を直接聴くことと、その他のロマの歌も収集することが目的だ。
ことばが全く通じず、村人から追い出されそうになるが、彼の持っていたノラ・ルカの歌のテープを聴いたイジドールが間に立ってどうにか仲を取り持つことになる。イジドールはロマの人たちにステファンがロマニ語を勉強しに来たと言って納得させる。
ステファンはロマの人々に怪しがられ(鶏泥棒と疑われ)ながらも彼らの共同体に次第に打ち解けてゆく。
何といっても彼の屈託のない笑顔が警戒心を解くのに好都合であった。
(ことばの分からない国外に行った時のにやにや笑いとは違う、無防備な赤ん坊のような笑みである)。

Gadjo Dilo003

ロマではないルーマニア人からの差別を受ける彼らの様子が残酷に描かれる。
その過酷な境遇が彼らの排他性にも繋がっているようだ。
ロマの音楽に魅了された青年が主人公であり、音楽が前面に出てくると思っていたのだが、この辺の差別と弾圧の問題が不可避的にテーマに上がってきてしまう状況のようだ。
つまり彼らの音楽が生まれる背景のひとつとしてこうした土壌があると謂える。
(とは言え、ヨーロッパは基本的にルーツを辿れば多くの人種の混交により成り立つ。何故、ロマがこれほどの目に逢うのか)。

Gadjo Dilo002

彼らがノマド(ノマドを強いられている)とは言え、ある期間留まり生活を送る必要はあろう。
(定住を望む場所もあろうし、定住を続けている例も少なくないはず)。
だがその際に彼らは定住者から侵入者として差別、迫害の対象とされるのだ。
少なくともこの映画の場面ではそのような構図が色濃く見られる。
イジドールの息子は無実の罪を着せられ半年も投獄された。
そして出所後、彼を警察に売った男たちのいる酒場に酒を奢りに行く(これが彼流の仕返しか)。
しかし、そこで侮辱されたことで相手を傷つけてしまい、彼は定住民たちに追われて、逃げ込んだ所で焼き殺され、村のテントも皆燃やされてしまう。
これを機会にロマ~他者を追い出してしまうのだ。
この構図、世界各地に次第に際立て見られるようになっている(アメリカ、イタリア、、、)。
父イジドールの嘆きは如何程のものか。
このような嘆きが音楽を楽士を生んでゆくのか、、、。

Gadjo Dilo004

しかし期待していたほど、彼らジプシーの音楽が聴けたとは思わない。
この10倍は聴きたかった。
ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」くらい音楽を堪能したかった。
ロマの魂の籠った音楽をもっと聴きたい。
踊りが自然な感情表現として嬉しい時も悲しい時も生じて来ることはよく実感できた。

焼け出された彼らジプシーがこれからどこに行くのか、、、。
こうして移動が続くのか。
ステファンは懸命に録音して集めたテープを壊して街道沿いのジプシーの村があったところに墓碑のように埋める。
そしてそこで彼らのように踊る。
彼のなかには今やジプシーの音楽が流れているのだろう。
(もはや「バカな余所者」ではない。テープなど必要ない)。


ユダやの民はイスラエルを得るが、ロマは土地を持たないようだ。
トニー・ガトリフ監督の映画に籠めた意図はよく分かる。また(希少な価値を持った)大変重要な仕事だ。
ノマドはひところ哲学的な意味で、全ての領地を(非常に主体的な意味で)横断する、あらゆる固着から逃れ全てを解体再統合する極めてアクティブ~アグレッシブなスタイルのように持ち上げられていたが、実際にそれを身体レベルで生きるとなれば(思想とは本来そういうものだ)、痛みと悲しみと多くの苦痛は必然的なものとなる。
そして定住する者でも余所者は必ずいる。アウトサイダーとして生きることを強いられる者である。
感性、感覚、思考が絶えずはみ出す者もロマに共振する精神は持ち合わせるはずだ。
であるから、彼らの音楽をこそ聴きたい。

Gadjo Dilo001

ロマン・デュリスとローナ・ハートナー以外は皆、ロマの村の素人さんで演技経験などない人たちが演じているという。
驚きだ。かなり個性の濃い人たちばかりで、情熱的で豊かな感情が伝わる。
イジドール・セルバンの演技など、もう演技を超えている。自らの境遇(経験)から自然に滲み出たパッションの成せる業か。
アッバス・キアロスタミ監督は素人を如何にも素人っぽく使うが、こちらはある意味、玄人はだしである。







わたしとしては、クラフトワークの電子音がやっぱり一番合うかな、、、
いや、それとこのようなエモーショナルなサウンドにも惹かれるし、、、
間を取って、ニューオーダーだ。
それか(笑。

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