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GOMA28

Author:GOMA28
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セザンヌと過ごした時間

Cézanne et moi001

Cézanne et moi
2016年
フランス

ダニエル・トンプソン監督・脚本

ギヨーム・カネ 、、、エミール・ゾラ
ギヨーム・ガリエンヌ 、、、ポール・セザンヌ
アリス・ポル 、、、アレクサンドリーヌ・ゾラ(ゾラの妻)
デボラ・フランソワ 、、、オルタンス・セザンヌ(セザンヌのモデル、妻のような者)
サビーヌ・アゼマ 、、、、アンヌ=エリザベート・セザンヌ(セザンヌの母)
ジェラール・メラン 、、、ルイ=オーギュスト・セザンヌ(セザンヌの父、銀行家)
イザベル・カンドリエ 、、、エミリー・ゾラ(ゾラの母)
フレイア・メイヴァー 、、、ジャンヌ(メイド、ゾラの愛人)
ロラン・ストケル 、、、アンブロワーズ・ヴォラール(画商)


「セザンヌとわたし」ということで、ゾラの視点からのセザンヌか。
「ゴッホ」~「ゴーギャン」~「セザンヌ」というわけにはいかなかった。
(そのつもりだったのだが、、、甘かった)。
ゾラは中学に時に「居酒屋」は読んだ。もうほとんど何も覚えていないが。

セザンヌの仕事風景、制作過程などはほぼ無し。
パリでの印象派の画家たちとの交友やサロン絡みの面倒を逃れ、故郷エクスに戻り、あらゆる派閥や既成の方法・手法を離れ独自の絵画世界を探求する期間の話ではある。エクスでは、ほぼ隠遁生活に近い日々を送っていた。
(女癖は非常に悪かったが。ドビュッシーに感じられたものよりずっと酷い)。
とは言え、この映画で何が描かれていたのか、、、

余りに有名な「自然を円筒、球、円錐によって扱う」にどういう過程で辿り着いたか、その辺の試行錯誤や芸術論の変遷も展開もない。
観終わって正直なところ何を観たのかぼんやりしてしまい思い出せないのだ。
セザンヌがゾラのところにやって来ては管を巻いて帰る、これくらいしか記憶に残らない。
別にゾラの文学論も小説を書く苦悩も表されているわけでもない。
ただ、セリフの上でその過酷さを述べてはいたが、全く実感として迫るものはない。
友情がどうとか、わたしにとってまるで興味のない噺も面白ければよいが、何を言い合っているのか、そこに創造性はまるで窺えない、、。

草上の食事や水浴などの光景はまるで絵のモチーフのようであった。
印象派がそのまま飛びついて描くような景観はたっぷり見られる映画である。
しかし外で自然を描くことを強く主張するセザンヌだが印象派は否定していた。
(思想、芸術の方向性だけではないようだが、マネを酷く敵視している)。
彼は単なる光の戯れでは満足できない自然~対象の構造的な捉え方に腐心していたのだ。

Cézanne et moi002

仲間同士の会話やふたりの対話が多いが、ほとんどセザンヌが口汚く罵ったりしているだけで、興味が沸く話題が出ない。
「制作」という小説を巡り、セザンヌが何やらやたらとゾラに文句を言って食い下がっている。
「小説」という表現芸術において、たとえそこに実在する名称が使われていようが、それを現実のコンテクストに結び付けとやかくまくしたてる必要などあろうか。画家なら分かるはずだ。どれだけその人間の本質を突いた肖像を描こうが、それをもってモデルからいちいち文句を言われる筋合いのものではあるまい。絵は絵であるし、物語は物語に過ぎない。
当然、互いに才能を認め合いながら、片やゾラは「居酒屋」以降、成功を掴み大作家として地位と名誉と富も得たが、自分は落選続きで芽が出ないでいることに対する嫉妬もあろう(画家仲間から才能は評価されてはいたが)。

しかし、どういう親友なのか分からないが(少年時代を何時まで引きずるのか)、これで人間関係が成り立つのかと、思う。
わたしなら、さっと関係を切る。切り捨てる。別に後にセザンヌが「近代絵画の父」と評され多くの画家たちに天才と呼ばれようが、自分にとっては関係ない。

Cézanne et moi003

とても気になったのは、セザンヌがやたらとカンバスを雑に扱い、直ぐに癇癪を起し破ってしまうことだ。
本当に画家がそうも容易くカンバスを破るものだろうか?
売れていないのだから、そんな余裕があるのか。
しかも画家にとってカンバスとは、そんなものなのか?
ゴーギャンなど布が買えずに、麻袋の酷い布を使い丁寧にカンバスをこしらえ絵を描いていた。
(ゴッホもゴーギャンも激高する部分はあるが、カンバスは大事に扱っていた)。

全てにおいて破壊的な男だったのか?
画集などにも彼が偏屈な男であった様子の窺える文章はみられ薄々知ってはいたが、、、。
基本的には、人との面倒な関りを避けて純粋に造形実験を試みていた感があったのだが(勿論、人間なのだから様々な欲望や逸脱はあって当たり前だが)、ここまでとは思わなかった。
監督は随分時間をかけてこの辺の関係~事情を丹念に調べ上げたうえで、この映画を作ったという。

いつまでも妻として迎えられないモデルのオルタンスとの間に非常に生々しいやり取りがある。
「絵なんてやめて本当の人生に戻って来て。」これは創作に人生を賭ける人にとって多くがぶち当たる壁ではないだろうか。
「リンゴの方が人間らしいわ。」
わたしもその手のことは言われた記憶がある。
「彼は誰も愛してはいない。」ゾラの反語的表現か、、、。

オルタンスに対しセザンヌは「絵はやめない。描きながら死ぬ。」と毅然と答える。
実際に彼は絵筆を握ったまま亡くなっている。
その点では、大した男であった。

Cézanne et moi005

ぶつかり合いながらも、セザンヌとゾラは深い部分で繋がっていたことは確かだ。
そうでなければ、40年も腐れ縁でも続くはずがない。
お互いの才能が見えていたこともあろう。
如何に優れているか自分は分かっているのに、世間は認めない。そのために放っておけない点もあったはず。
それもあって、ゾラはセザンヌに金銭援助を続けていたのだ。

しかし、「制作」を巡って拗れた関係は修復されず、ふたりは別れる。
映画の終わり間際、ゾラが街に戻って来て雑誌のインタビューに答えているところにセザンヌも駆けつける。
人垣に隠れるようにしてゾラのことを見ていたセザンヌであったが、ゾラがセザンヌについて聞かれたときに「彼は天才だったが、才能は花開かなかった。」と淡々と答える。
それを聴いて肩を落として立ち去るセザンヌを追いつつエンドロールである。
救われない終わり方だと思っていると、、、

Cézanne et moi004

最後にやっと、観たかったセザンヌの「サント・ヴィクトワール山」が幾つもあらわれる。
(BGMも良い)。
饒舌に描かれた山が次第に単純化~純粋化してゆく。
徐々に画布には余白が目立って入り込み(いや、残されるのか)簡潔で確信的な山としていよいよ存在感を確固たるものとする。
この大胆不敵な物質感。絶対性。
これはやはり見事と言う他ない。
惚れ惚れする山だ!

画布の中心あたりに余白があるのにこの堅牢極まりない構造性は何なのか。
アングルとまさに真逆の造形である。
(セザンヌは劇中でもアングルを思いっきりバカにしていたが、本当にそれだけのことはある)。
ずっと、なんだかなあ、と思いつつ映画を観て来たのだが、最後のエンドロール上での「サント・ヴィクトワール山」ですべてが打ち消された(笑。
やはりセザンヌは最高!
ウンベルト・ボッチョーニフランツ・マルクと並び)。

このもう少しで抽象という間~縁に辛うじて留まるこの絵がたまらない。
やはりセザンヌは最高!

何であってもセザンヌはセザンヌであった。それでよい。







画集でも見ていればよいではないか、と言われそうだが、まさにその通りであった。
だが、この映画も一見の価値はある。
(ちょっとセザンヌが酷すぎるが)。
エンドロールがよい。
そこで締まる。

だが、翻ってどういう映画を観たかと自問すると苦しむ(爆。

アンブロワーズ・ヴォラールが出てきてセザンヌ評価が一気に変わるのだが、彼との関係やその後の世間の注目など匂わせても良かったのではないか、、、。
花開かなかった、でおしまいは、どうしたものか。

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