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死霊院 世界で最も呪われた事件

The Crucifixion002

The Crucifixion
2017年
アメリカ・イギリス・ルーマニア

ザヴィエ・ジャン監督
チャド・ヘイズ 、 ケイリー・W・ヘイズ脚本

ソフィー・クックソン、、、ニコール(ジャーナリスト)
ブリタニー・アッシュワース、、、バドゥバ(シスター)
エイダ・ルプー、、、アデリーナ(シスター)
コーネリウ・ウリチ、、、アントン神父


The Crucifixion003

「はりつけ」である。
こっちの方がインパクトある。
2004年にルーマニアに起きた悪魔祓いの死亡事件を描く。
修道女アデリーナが”アガレス”という強力な悪魔に体を乗っ取られ、彼女は完全に異なるペルソナを呈する。
アデリーナを救うためディミトル神父が過酷な悪魔祓いで対抗するが、途中で邪魔が入り、中途半端な形で投げ出されたことで彼女は死亡してしまう。
その衰弱振りから、警察は悪魔祓いの儀式による殺害と断定しディミトル神父は7年の刑に処せられる。
つまり宗教を盾に取った殺人とされたのだ。
確かに三日に及ぶ激しい儀式であった。それを三日間続いた虐待による死と捉えるのが合理的な判断なのであろう。
果たして悪魔は実在するのか彼女は精神を病んでいただけなのか。

ただ、医者の言うように彼女が統合調症であったにしては尋常ではない症状を呈していた。
外部からの憑依によるものとしてしか見えない姿と言動そして異様な力の誇示である。
そして何より「目に闇が宿っている」のだ。この表情はもはや人間ではない。
明らかに彼女のものではない力~どこから発せられているのか分からない力が周囲を圧倒し畏怖させる。
(エクソシスト映画によくみられるショッキングな~観慣れたシーンではあるが)。
さらに何故か室内だけに雨が降る、、、聖水を使わせないためだという。

The Crucifixion001

この修道女はドイツに赴いたときに現地の男性と恋に落ちてしまった。
信仰心の揺らいだ脆弱な心にそれは忍び寄って来るという。
帰国後その罪悪感に悩む心に付け込んで悪魔が乗り移ったそうだ。

それに対し、彼女の精神科医は幼いころ目の前で父が自殺した経験が、父代わりであったゲイブリエル神父の飛び降り自殺を目の当たりにして、抑圧から解かれ蘇ったことによるショックが症状の原因だという。
当然大変な衝撃には違いないが、それにより起きる統合失調症の幻聴、幻覚の域は「物理的に」踏み越えてはいないか。

全く無信仰のジャーナリストのニコールは神も悪魔も端から信じていないが、自分の身に起こる超常現象に悩まされるにつけ、信仰のフィールドに引きずり込まれてゆく。
偏見を持つとそこに付け込まれるとアントン神父に諭されるが、もうすでに彼女のパラダイムは変質している。
彼女も全く信仰の世界に無関係というわけではなく、母は厳格なキリスト教徒であり彼女の死に際し信仰の世界に誘われた。
だがニコールは母の臨終のときの気持ちに応じられなかった。それがずっとトラウマになっており、今回の事件の真相を追う無意識的な要因にもなっていた。
終盤になるともう彼らの論理でものを考え対処しようとする。
死んだアデリーナが襲ってくるあのような状況に呑み込まれればそれ以外の方法はもはや見出せないだろう。

特に彼女に取り憑いたアガレスの納屋での派手な(荒唐無稽な)暴れようである。
駆け付けて悪魔祓いをするアントン神父の「悪魔の実在を信じなと君を救えない!」という叫びが説得力をもつ、と謂うよりそれしかあるまい。
部屋のなかでの大雨のなか、神父とニコールが辛くも勝利を収める。
静寂が戻るその際に、彼女は母に遭ったという。

The Crucifixion004

ドーンという何度もびっくりさせる効果音と衝撃波やテレキネシス等は既視感タップリの演出とは言え、只管力技で押してくる。
ここは先日見た「アンダー・ザ・シャドー」の控えめなシーツの畳み掛けとは大きく異なる。
(そこが目的の映画でもある)。

だが、それを観ているこちらは、ほとんど神も悪魔もない日常にいる。
いや単に見えないだけだと言われればそれまでだが、その両極に程遠い温い場所にいる感覚は否めない。
「実話」を描いたにせよ、その距離感は余りに大きい。
(ルーマニアに対する偏見がかえって深まった感もあるくらいだ)。

このような映画が撮られること自体、われわれの無意識が内属するパラダイムに安住できない軋みを覚えるからではないか。
科学ももう一つの論理による信仰に過ぎない。
かと言って魔女狩りの頃のような状況に陥ることは避けなければならない。
ただ、今のわれわれの世界が余りに平坦で均質になっている危険性は大きいのではないか。
闇が闇でなくなっていることで、光もはっきり感じられない。
うすぼんやりした灯りの元、何も見えなくなってはいまいか?
(われわれが夜空に星々を眺めたくなるのも、こういった精神の渇望から来るのではないだろうか)。

このような映画がひとつの問題提起というか、外にはみ出す為の刺激剤になるのではないか。
わたしの苦手なホラー映画とはまた一線を画する作品であった。

The Crucifixion005

ディミトル神父は出所後も精力的に悪魔祓いを続けているという、、、。









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