ジグゾーパズルから塗り絵(ヌリナビ)へ

キューティーズというシリーズで”ウイリアム・ブーグロー”の「キューピッド」などのジグゾーパズルが流行っているようですね。品切れが出ていますから。
これは300ピースほどの物です。
この他にも、ビバリーから「神撃のバハムート 天月姫 カグヤ」 1000ピースとか、
やのまんの、「新世紀エヴァンゲリオン レイ&アスカ」 500ピース など
いずれも品薄状態です。
「ヌリナビ世界の絵画シリーズ」というアイテム
について以前”Low”にてご紹介しましたが、そちらはどれくらい反響があるのか確認してみたのですが、
「ヌリナビ世界の絵画シリーズ」については、普通に頼めば届く状態のようです。
もちろん販売状況はそこからまったく掴めるものではありませんが、確実に手に入る点ではヌリナビのようです。
パズルは歴史もあり、一般に浸透しており、ゲーム感覚ででき、種類も豊富です。
ヌリナビは絵画そのものに興味はあるが、普通に描くのとは異なる関わりを欲する層に応えるもので、ある意味かなり特殊です。浸透度もまだそれほどではないはずです。
でもパズルにどういうものがあるのか調べているうちに、やはり所謂絵画ものも広く取り上げられており、日本画、風俗画など幅広く作られていることを知りました。考えてみれば、パズルにできないものなど何もないと言えましょう。この世にあるものは、みな絵(写真)になります。
では、全てのものは塗り絵になるかといえば、塗り絵にしようと思えば技術的にはできましょうが、「塗り絵」という商品価値を持ちうるかどうかは、難しいです。
こちらはやはり「世界の絵画シリーズ」と限定しているように、色が大画家によって絵の内に自立的(内在的)に構成されたものを指します。でないと塗り絵として「色」を発見したり感心したり感動したりして楽しめない。ですから、対象は何であれ、そこに色彩を見出す人が描いたものが元であれば、別にゴッホやセザンヌの作品でなくとも成立はすると言えましょう。
ただしお客様がそれで満足するか、という点を考えると、やはり大画家の描いた作品を自分で再現したという成就感を楽しみたい。その喜びを得たいはずです。
あの絵ー作品はこういう色の構成で成り立っているのか、ということを実際に身をもって実体験できるのは、例えその画家のファンでなくとも大きいと思われます。ただ見るより制作を通すことで遥かに認識は深まります。色の構成においては。大概画集で見る範囲ではこのレベルまでしかなかなか分かりません。
しかしもちろんその認識は部分的なもの、というより大変限定的もしくは、矮小されたものです。
そこには筆遣い、タッチがありません。
マチエールのない画面では、動勢、量感という平面でありながら3次元的な構築が触知されません。
本質的に作成過程が異なります。
このテクスチュアこそが本来絵画そのものと言えるものですから。
であるから、塗り絵はあくまでも塗り絵として楽しむ。絵を色面構成(分割)として抽象する上では良い勉強になり、楽しい趣味と成りうると思います。
絵は本来的に輪郭内を埋められて完成に近づくのではなく、筆によって色が重層され、溢れ出て浸透し合い、引っ掻かれて、擦り取られて、薄く垂れ流されて、こんな作業の過程で形作られていきます。完成に至らない絵も沢山あります。
ベラスケスの大きな絵など画集では精緻極まりない静謐な絵に思われますが、近づき部分を見ると恐ろしく素早いタッチで豪放に描かれていることが分かります。
そのへんの認識の下、このシリーズものは色分割において楽しめる趣味だと思われるのです。
「絵」そのものとある距離とったデザイン画のような異化された抽象画と捉えれば、充分に価値はあります。
「日本画」「浮世絵」等のタッチを見せない絵においては、ほぼ同等の模写になるかも知れません。
多分ないと思われますが、アングルの絵にも微塵もタッチは見いだせません。が、色分割もないです。
このような距離をまったく感じさせない絵画もあります。
パズルの絵画ものを楽しんでいる方はこちらも充分に楽しめると思います。
さらに夢中になってやりながら勉強にもなります。
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