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ブルー・マインド

Blue My Mind001

Blue My Mind
2017年
スイス

リサ・ブリュールマン監督・脚本
ガブリエル・ロボス撮影
トーマス・クラットリ音楽

ルナ・ベドラー、、、ミア(15歳の少女)
ゾーイ・パスティル・ホルトアイゼン、、、ジアンナ(ミアの親友)
レグラ・グラウビラー、、、ガブリエラ(ミアの母)


異色の作品だった。
出だしでは、よくある無軌道で痛々しい青春ものかな(17歳の何とかという邦題の付く類のものか)、、、と思ったのだが。
途中から、何だこりゃとなる。
それもわたしの最も苦手な、痛いやつである。
生理的にかなわない。
指の癒着をカッターで切り離して血が出るところを絆創膏で貼るみたいな、それはないし痛いしもう耐えがたい。
所かまわずゲーゲー吐くし。
心理より生理的な痛さが至る所で効いてくる。
泳いでいる生金魚を手ですくって食べたり、理科の魚の解剖で使った生魚を食ったり、、、自分の食欲~身体性への異和と体の変化に悩まされる。

人間としての丁度思春期でもあり、自分独自の身体性がもっとも露骨に発覚する時期だ。
一生のうちでももっとも生々しく痛々しい時とも謂えるか。

Blue My Mind005

とは言え実によく出来た独自の作風である。スイス映画など滅多に観ない。
転校生のミアは最初から生き急いでいる。
このことは、無意識的にも自分が人とは違うことが分かっているからだ。
意識の上では自分は親と似ていないため、養子であり特異な遺伝子を受け継いでいるのかも知れないという疑いと不安も抱えている。
だから思い切った生き方を選ぶ。自分には時間がないことを何処かで察しているため。
クラスの大人しい保守的な娘からの誘いを蹴り、もっともビビッドな生を愉しんでいるグループに近づく。
そこで思春期特有の性や際どい遊びや非行まで片っ端経験する。
その中のリーダー格の娘ジアンナとは特に親密になり、彼女が池で溺れた時には躊躇なく助けたりもした。
しかしその過程で、自分の身体の異常な変化に戸惑う。
(自分が余りに泳ぎが達者であることにも違和を感じる)。

両親とこの娘の関係、彼女の出生の秘密は最後まで明かされることはなかった。
ミアが母の金魚をトイレに流したと聞いて、この両親は何も心騒ぐところがなかったとすると、どの程度彼女の素性を知っていたのかも疑わしい。
まあ、この子は人魚の末裔ですと言われて養子に迎えるというのも荒唐無稽であるが。
もしかしたら、両親は全く彼女が実子であることを疑いもしなかったのかも知れない。
だから彼女の発する様々なサインも頑なに突っぱねられたとも受け取れる。
少なくとも愛着障害ははっきり見て取れる親子関係ではある。

Blue My Mind004

フランツ・カフカの変身であれば、気になる悪夢から目覚めると自分が毒虫になっていたことに忽然と気づくのであるが、彼女の場合、リストカットして気絶から目覚めると完全な人魚になっていた。
その時はもはや確認と諦観の境地である。
それまでに彼女は、足の指の癒着と脚の異常な痣と爛れ、脇腹には鰓までできて、ジアンナから可愛いわねと言われたお臍も無くなっていたのだ。
薄々は感じていたとしてもこの現実に変態する自分の身体に激しい異和と恐怖をつのらせたのは間違いない。
この徐々に迫り来る孤独と絶望は、少しずつ確実に残酷な形で自分が異なる世界に旅立つことを彼女に告げ知らせるものであった。

これがメタファーであるのなら、極めて孤独で険しい路の選択であろう。
退路を断って孤高の詩人とか音楽家を目指す(昨日のフジコ氏のように突き進む)ものに等しい。
彼女が一瞬、岸辺のジアンナを顧みて、二度と振り向かずそのまま沖に泳いでゆく姿には胸が強く締め付けられた。
これを思春期の迷いと自立の物語と言ってしまうには余りに悲痛なものである。
そう、完全体の人魚になったところに訪ねて来たジアンナにトラックで運んでもらい、トラックの荷台では借りたスマフォからいつも激しく対立しているママに愛しいと伝え、海辺でジアンナとひととき別れを惜しむあたりから、わたしは胸が痛くたまらなくなった。
こんな情感はなかなか沸かない。

Blue My Mind002

前半、脚を強調して見せていたのは、終盤の人魚の鰭との対比としてか、、、。
一昨日のフジコさんが事あるごとに「わたしはひとと違っていたから」と繰り返していたが、ひとと違う者の不可避的な決断とも受け取れるものではある。

生々しく痛いのが生理的に苦手な人でも、そこを何とか耐えれば最後にこれまでに感じたことのない感動を味わえるかも知れない。
キャストは皆、自然体でリアルな感じで良かったが、女性監督というところが女子の描き方に如実に出ていた気がする。
これは滅多に遭遇できない。
お勧めの作品と謂える。



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