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傷だらけの栄光

Somebody Up There Likes Me002

Somebody Up There Likes Me
1956年アメリカ

ロバート・ワイズ監督
アーネスト・レーマン脚本

ロッキー・グラジアノ、ローランド・バーバー原作

ポール・ニューマン、、、ロッキー・グラジアノ
ピア・アンジェリ、、、ノーマ・グラジアノ (ロッキー夫人)
エヴェレット・スローン、、、アーヴィング・コーエン
アイリーン・ヘッカート、、、バーベラ夫人
ハロルド・ストーン、、、ニック・バーベラ
サル・ミネオ、、、ロモロ


誰もが自由に生きていると思っているところは、四肢が任意~自在に動かせることなどから帰納的に推測して自分の人生(全般)も自分の思いのままに操れると思い込んでいるようなものだ。これは別にわたしが言っていることではなく、多くの哲学者が大分以前から述べている。
わたしも痛感することがある。
自分の意思で行ったと思ったことでも、強いられ選択の余地なくやっていた。または自動的に行っていた。
そう事後的に反省することは少なくない。
それが苦痛に充ちた流れであれば、その流れの中にあって、何とかこの流れ自体を変えられないものか、と悶え苦しむ。

特に少年期~青年期の嗜癖や反社会的行為、非社会性は特に親や周囲の環境からの強い影響を抜きには考えられない。
遡行して考えるとそこに原因を特定できる。
しかしその逆(逆の矢印)は、必ずしも成り立たない。
このような幼年期(または少年期)を送れば、青年~成人になって同一の結果を生むというものではなかろう。
あくまでも個別の関係において特定されるべきことである。
だが、やはり幼少年期の「関係性」が決定する流れはとても大きい。

例え原因を何処においたとしても、人はなかなか変わろうとしても変わることの出来ない生き物である。
生活実感としてそれは意識に非常に根深く横たわっている。
そして、何とかDisciplineによって、それまでの流れを呑み込む(包含する)大きな流れがまた異なる強力な様相を呈しつつあっても、その足を掬うかのような過去や柵がもちだされたり、突発的な妨害があらぬところから舞い込むことは少なくない。
まるで新たなデータを過去データで上書きするように仕組まれているかのように。

Somebody Up There Likes Me001

この映画で、丁度その悪の循環~予定調和に向かいつつあったところを断ち切ったのは、ソーダ屋のマスターの説教であった。
ロッキーは、まず一度目は唐突に出逢い即座に恋に落ち、速攻で結婚したノーマに救われた。
そこから快進撃が始まり、忽ち絶頂を極めんとしたときに大変なトラブルに巻き込まれる。
彼の過去~まだ若い(幼い)時のある意味サインを出しながらの無軌道な身悶えとも謂える愚行の数々が再び彼を襲ったのだ。
ここまで積み上げた時点での、かつてない程の深い闇に彼を急転落下させるタイミングでもあった。
奥さんと並んで、このソーダ屋のマスターの役割は途轍もなく大きい。

ソーダ屋を例によって金も払わず飛び出たロッキーは父に逢いに行く。
そこで初めて心を割って父と話すことになる。
彼はその時、恐らく父を始めて愛おしく思えたことだろう。
父にしてあげられることはないかと真摯に向き合う。
父はロッキーに自分が成し得なかったチャンピオンになって欲しいと涙ながらに伝える。
(彼はロッキーが過去の重くのしかかる柵によって窮地に立たされていたこともよく分かっていた)。
このことで、ロッキーは生まれて初めて、憎しみからでなく相手と闘う経験~新たな次元に入ることが出来た。
ヒトが変わる契機の一例である。

Somebody Up There Likes Me003

憎しみは大変根深い絶大なエネルギーであり、それが幼年期などに源を持つのであれば、常に現在にフラッシュバックしてしまい、今を支配してしまう。それは確かに破壊力はもつが、無意識の荒れから大変制御が困難で不安定でもある。
両親との関係~記憶程大きな障害~病の源となるものはない(ロッキーの場合、母とは慈しむ関係は保持されていたが)。
(その関係が良好であれば、どのような共同体にあっても精神の域は高く、崩れるようなことはない)。
だが一度、関係が浄められた場合、これまで支配的な基調をなしてきた精神構造も相転換し得る。
チャンピオンになるには、この転換が必須であったのかも知れない。
もう過去も引き摺る必要もなかった。過去が意味を変えてしまった。悪友の存在も意味を亡くした。
全てが今を支える記憶に変質したのだ。


これが幸せというものだろう。
ホントに清々しいハッピーエンドであった。






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絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
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