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ゲンセンカン主人

gensenkan001.png

1993年
石井輝男 監督
つげ義春 原作

佐野史郎、、、主人公(津部、ゲンセンカン主人)
横山あきお、、、李さん
中上ちか、、、李さんの奥さん

久積絵夢、、、きくちさよこ(店番の少女)
荻野純一、、、しんでんのまさじ(小6)

水木薫、、、ゲンセンカンの女将
大方斐沙子、、、ゲンセンカンの老女中

川崎麻世、、、伊守(文学者気取りの遊び人)
岡田奈々、、、ランボウの福子(ウエイトレス)
きたろう、、、営業部長の須山

高野慎三、、、北冬書房の男


オムニバス映画である。

第1話 :李さん一家
第2話 :紅い花
第3話 :ゲンセンカン主人
第4話 :池袋百点会

佐野史郎が若い。
つげ義春は「ネジ式」以外、何を読んだかよく覚えていないが、、、強烈な印象は残っている。
まず、絵が彼独自のものであり、その絵からくる世界の質が前提となって話が入って来る。
それを実写化するにあたりキャストや演出はどうであろうか、、、と思ったが原作や作者のことなど直ぐに忘れて魅入ることが出来た。


独特の香りである。
わたしにとってノスタルジックというわけではないし、何か共有するシーン(経験)もないのだが、共感する~共振するところは全編にある。不思議な味わいだ。
「紅い花」が特に印象的だった。
仄かに漂う甘い香りが好きだ。
確かに「詩」と謂える。

女の子は何故、お腹が張るのだろう?身体の具合が優れないようだ。
何を数えて、数えられないのだろう?お金のお釣りの計算は出来ていた。
店番をやらされ小学校にも行けない「きくちさよこ」。(6年生らしい)。

岸に赤い花が咲き誇る川で着物の裾を捲って用を足すと、赤い花弁が幾つも水面に落ちてまさじの元に流れて来る。
「赤い花じゃ!」と叫んで彼は驚愕する。岸に横たわってしまった彼女のもとに駆け寄ろうとするが強く制止される。
さよこはもうオフィーリアみたいなフラジャイルで神聖な存在か、、、。
彼女にしょっちゅうちょっかいを出してきた腕白小僧がそれでも心配でいてもたってもいられない。

少し時を置いて「眠れや」と言って彼が「きくちさよこ」をおぶって山を下って行く。
ことば使いがとても面白い。その地方の古めかしいことばがとても子供を可愛らしくみせる。
男の子が素人臭い演技で浮いてはいたが、美しい幻想的な光景だ。
佐野史郎~津部は彼らの行く先を遠い目で見届ける。


「李さん一家」から始まるので、とても奇妙で奇抜なオムニバスに想えてしまう。
折角、郊外のぼろ屋を借りてトマトやなす、きゅうりを植え、朝顔のツルを窓辺に眺め制作に勤しむつもりでいたのだが、、、ここはわたしも感性が近い。
敷地内に鳥と話す李さんというヒトが入って来て、ついに一家ごと津部の家の二階に住み着いてしまう。
他に奥さんと子供二人の四人が突然入って来たのだ。津部はそのことにほとんど拘らない。
皆、異星人~エイリアンである。

李さん一家は、生活が立ち行かない様子で、庭のキュウリや津部の食べている食事を母子で勝手に食べてしまい、口に頬張りすぎて喉につかえて倒れてしまったりする。何のつもりか奥さんが五右衛門風呂に息を止めて潜り、湯当たりして気絶し、大騒ぎして旦那と二人で裸の彼女を運んだりもしている。話し方、所作、行動、考え全て別物である。が津部のところだと妙に収まってしまう。
津部の器の成せる業か。彼らが家の二階から揃って外を見て屹立する光景は、地球人のものではない。


「池袋百点会」は、岡田奈々の魅力が光っている。
出てくる男はみな実にだらしない。
彼女のヒモになって辛うじて生活している。
太宰治フリークの川崎麻世演じる伊守が、これまたいい加減を絵に描いたような男である。
大体、本~サンプルすら作らずに何処の馬の骨かも分からぬ人間が広告費を商店街に貰いに行ってもホイホイ出す店があるか。
持ち逃げされたらそれまでであるが、実際そうなってしまう。笑うに笑えない。
営業部長の須山は初めから彼らをハメる気でいたかどうか知らぬが、あの現実感の無い無策な世間知らず振りを見てその仲間としては到底やっていけないとは、感じただろう。やったことは詐欺であり犯罪に他ならないが。
伊守と福子ペアが狭い津部のアパートに転がり込んで来る。津部は押し入れで寝る羽目に。またしてもこのパタン。

この噺は、ランボウの福子(岡田奈々)のコケティッシュな魅力に尽きよう。
まるでお人形のような愛想と所作を見せる。他の男たちの中にあって差し詰め、未来のイブみたいな存在か。
ミューズであっても良いのだが、津部が彼女をモデルにする気配がない。
彼女はとても健気に男たちの生活費を稼いで自分はダンスを練習して夢も見ている。
伊守に騙され泣かされてもへこたれずに立ち直ろうとする姿が清々しくもあった。
最後は津部が彼女を優しく抱擁し、この先のふたりを暗示させる常道のロマンチックな噺である。


「ゲンセンカン主人」は、ホラーテイストの効いた演出の凝った作品である。
「あんたゲンセンカンの主人に瓜二つだね」と着いたばかりの土地で老婆に囲まれ口々にそう言われる。
そこは妙な雑貨屋であり、主人公はそこで天狗の面を買う。
そして老婆たちが止めるのも振り切り、「ゲンセンカン」の宿に向かう。

そこから何故、ある日突然現れた男がゲンセンカンの主人になったかを物語る映像になる。
疾風や棚引く衣服、幟や蝋燭、不気味な老婆たちや割れた鏡、天狗の面やその他の玩具が象徴的な効果をあげている。
異界との狭間のような空間にあって生々しい性と死も際どく表現されたダークファンタジーと謂えよう。
恐らくこれぞつげワールドという感じのものか。


この映画を観てひとこと言うなら、つげ義春って面白い事考えるひとだな~という感想である。
どれも良いが特に「紅い花」は珠玉の名品である。
(この作品だけリメイクしてくれないものか?)

最後につげ義春も登場するが、ほとんど蛇足である。



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