ジャコメッティ 最後の肖像

Final Portrait
2017年
スタンリー・トゥッチ監督・脚本
ジェームズ・ロード『ジャコメッティの肖像』原作
エヴァン・ルーリー音楽
ジェフリー・ラッシュ 、、、アルベルト・ジャコメッティ
アーミー・ハマー 、、、ジェームズ・ロード(美術評論家、作家)
クレマンス・ポエジー 、、、キャロライン(ジャコメッティの情婦)
トニー・シャルーブ 、、、ディエゴ・ジャコメッティ(弟)
シルヴィー・テステュー 、、、アネット・アーム(ジャコメッティ夫人)
個展を取材中にジャコメッティ本人から肖像画のモデルを依頼されたジェームズ・ロードの苦行の18日間を描いた作品(爆。
数時間で終わるよと言われ、NYに仕事も控えている忙しい身であるが、モデルを引き受けてしまった。
だがこれがいつ終わるか分からぬ先の見えない仕事となるのだ。
確かに巨匠の制作過程が観られる稀有な経験でもあり、彼の代表作に自分の肖像画が並び、画題にモデル名も記される名誉でもある。それは美味しい。
とは言え何度、飛行機の予約をずらし、NYの仕事予定を変えても、一向に終了~帰国の目途は立たない。
作品の完成という希望が全く見えない、という、、、地獄を味わう噺~実話である(笑。
まあ、あの風貌を見ると、その迫力から文句も言えまい(爆。
ジェフリー・ラッシュ畏るべし。
「シャイン」で天才ピアニスト、デイヴィッド・ヘルフゴットを見事に演じたかと思うと、今度はアルベルト・ジャコメッティである。
どちらにしても、とっても癖のある難しい芸術家だ。
それに憑依したようになり切っている。ホントに弾いて描いてる(全てでなくとも)。
しかも見た目までそっくりときた。
まるでドキュメンタリーフィルムか?
と思う映画であった(笑。
撮り方が実際ドキュメンタリー調で淡々と進む。
少し描き進むと「くそっ」と全身で叫んで、それまで精緻に描き進めた絵をグレーの絵の具を使い大き目の平筆で消してしまう。
描く際はかなり細かい作業なので小さめの丸筆である。ナイフとかは使わない薄塗の方である。
如何にも彫刻家の油彩画だ。彫刻のためのエスキースのようにも見える。
大き目のカンバスにやはり小さくピタリと入っている。人物はそのサイズでないとならないのだ。
ただ彫刻のようなほそがれた体形ではない。
そのフィギュア~フォーマット自体に葛藤はないようだ。
顔が決まらないとしきりに拘っている。
何度も何度も顔を描き直す。表情のない造形を。その特異な立体を。
消す前にロードが確認してみると凄くよく出来ている。
しかしやり直すと言って消してしまうのだ。頭を抱えるしかない。
何度もそういった目に遭っているとパタンがはっきり見えて来る。
(お前の拳はもう見切った、という具合に)。
ロードはいよいよNYに帰らなくてはならず、隣に住んでいるアルベルトの弟と結託して策を練る。

単に絵の制作が遅々として進まないというのではなく、直ぐに気にくわないと言って消してしまうのだ。
更に情婦のキャロラインが遊びに来てそちらが主体となってしまったり、彼女の絵を描き始めてしまうなど好き勝手し放題なのだ。
(とても奔放な生活ぶりが窺え、妻のアネットは以前モデルもやっている哲学者である矢内原伊作と勝手に愛し合っている雰囲気で、アルベルト公認みたいであった)。
金にも無頓着で、キャロラインに車が欲しいと言われれば、ポンと高級スポーツカーを買って与える(さすがに助手席には乗りたがらなかったが)。
奥さんがコートが欲しいと強請れば、煩い持ってけとばかりに札束を部屋中にぶり撒いてしまう。
絵は高額で売れる為、金はかなり入って来たようだが、太っ腹で金払いはよく、管理はしていない様子であった。
自分の生活自体、部屋も服も食事もかなり質素なものである。
アトリエに住んでいてそこにはキッチンもない。例の彫像群が所狭しに並んでいる中での生活である。
変わっていると言えば、ロードの顔を近くでしげしげと眺め、指名手配の殺人犯のような顔だな、と言ったかと思うと横から眺めてこれでは精神病患者だ、と抜け抜けと言う。ロードは人間が出来ており光栄ですと言ってかわすが、鬱陶しいジョークである。
噺をしながら絵を描いているのだが、その最中に少しでも動くととても煩い。
「何で動いた」と怒る。そして直ぐに散歩に誘う。
絵は完成しないものだ、と平気で不安を煽って、今日は終わり、また明日とくる。
約束した期日が来ると「パリでの滞在期間をまた延長してくれ」と悪びれずに頼む。悪意もなく憎めない。
ロードもストレスが溜まり、水泳に毎日通い始める。
相手が天才芸術家であるからどうにか付き合えるところだ。

いよいよ18日目に作戦決行である。
ジャコメッティがいつものように描き進め、また何やら文句をつけて大き目の平筆に持ち替えた時に、ロードは腰が凝ったと言ってふいに立ち上がる。そこで絵を確認し、弟にサインを送る。
弟がやって来て、これはとても良い絵だとふたりでジャコメッティに語り掛ける。
「可能性が見えてきた」「デッサンも良いし背景もしっかりしている」「最高だ」
「この絵から何かが生まれ出ると?」「ああ、そうだ!」
「では、ぼくは帰らないと、、、」意外と単純に嵌ってしまう(笑。
絵は本質的に完成はないものだろう。
周りの誰かが頃合いの良いところで、取り上げないと作品は誕生しないのだ。
特にジャコメッティのような正直な頑固者の場合。
結局、アメリカで催されるジャコメッティ個展にその絵が最後の肖像画として、送られることになった。
手紙に「また、最初から描きたいから戻って来てくれ」とあったそうだが、実現を待たずに彼は他界してしまう。
ジェフリー・ラッシュだと、やはり映画の格が上がる。
ジャコメッティその人を堪能した気分になれる。
(優れた俳優だとそれが可能だ。ピーター・オトゥール、ゲイリー・オールドマン、、、)。
しかし、彼の他にもうひとりジャコメッティを演じられる役者がいる!
デヴィッド・リンチ、、、そっくりだし彼は画家でもある。
(実は初っ端でジャコメッティを見た時、デヴィッド・リンチがやってると思った(爆)。
