怒り

2016年
李相日 監督・脚本
吉田修一 原作
坂本龍一 音楽
渡辺謙、、、槙 洋平
宮崎あおい、、、槙 愛子
松山ケンイチ、、、田代 哲也
池脇千鶴、、、明日香
妻夫木聡、、、藤田 優馬 (大手広告代理店勤務、同性愛者)
綾野剛、、、大西 直人 (住所不定、同性愛者)
原日出子、、、藤田 貴子 (優馬 の母、ターミナルケアをうけている)
高畑充希、、、薫 (施設出身者、直人と兄妹同然の間)
森山未來、、、田中 信吾 (無人島でサバイバル生活)
広瀬すず、、、小宮山 泉 (母の都合で離島に来た女子高生)
佐久本宝、、、知念 辰哉 (泉に好意を寄せる同級生)
ピエール瀧、、、南條 邦久 (刑事)
三浦貴大、、、北見 壮介 (刑事)
これまでにわたしが観た映画のベスト1である。
これほど入り込んで共感できる映画は滅多にない。
妻夫木聡と一緒に最後は号泣した。
こういう映画を観て、何をかいちいち語る気にはなれない。
「フラガール」を観て只者ではないと感じたが、こんな途轍もないものを作る監督であったのだ。
この作品に触れると、これまでに観てかなり良いと思ってきたものが悉く単に気取ったものに過ぎないと思えてくる。
脱力感で何も手に付かない。

ここで謂われている伝わらなさ、信じることの困難さ、、、
ディスコミュニケーションなどという類ではない。
前歴不詳、指名手配犯に人相がどことなく似ている、内向的、無口、、、
見た目からくる先入観と疑念に駆られだす。
信じ切ることの出来なかった者の慟哭。
そして裏切り、裏切りと信じた者の絶望。
凶悪殺人犯「山神一也」という記号に翻弄される人々。
TVを観て全国から様々な情報が舞うなか、、、
千葉の田代 哲也、東京の大西 直人、沖縄の田中 信吾が周囲から疑いの目を向けられる。
誰だってその目で見ればその顔に似て来る。そういうものだ。
疑い出すことで信じることの危うさが浮き彫りになって行く。
心を寄せ合い安心したりふと疑いの念が過ったりする心情、心理がとても丁寧に拾われていた。
寄る辺ない身である者ほど何かがあると追い詰められる。
アルバイト、離島の廃墟暮らし、住所不定、、、
3人がその意味で似ている。そして同じような感覚~感性の基調を窺わせる。
結局何も変えられるわけではない、説明が虚しい、どうにもならないことがある、誰も助けてはくれない、、、
マイノリティーと特に意識していなくともこの感覚は、根底に隠し持っている者は少なくないと思う。
ゲイ、不治の病、暴力的な衝動性、借金取り(暴力団)からの逃亡、、、の身では、その抱えもつ心情も深く何処に向けたらよいか分からぬ「怒り」も大きいことが分かる。
いや彼らだけでなく東京での愛子のことは狭い世間筒抜けであり、その視線に耐える父もやり場のない「怒り」を抱え、泉の受けた暴力に対して何も出来ない無力に対する辰哉の「怒り」も、、、勿論、泉自身の「怒り」がどれだけのものか。
しかし変えようがないのだ。諦めることは出来なくても、変えることも伝えることも出来ない。その動きが更なる痛手と怒りを呼び込むことも予期される。
が、そのなかで際立って田中 信吾が反社会的で衝動的な暴力性に突き動かされていた。
(明らかに内省的なものがなく、反射的に激高する)。
緊張が次第に高まって行くが、犯人に辿り着くところに向けて高まるのではない。
この際、誰が犯人かなど、どうでもよい。

藤田 優馬は大西 直人と親密な仲になって、日々の華やかに見えて虚しい生活に何か和みと充足感が生まれて来る。
直人も同様に彼と逢ったことで自己肯定感を初めて得られたことを幼馴染の薫に打ち明ける。
槙 愛子は家出して歌舞伎町でボロボロになっていたところを父に連れ戻され、いつも一人でいるアルバイトの田代 哲也と愛し合うようになる。これまでにないようなふたりの幸せなアパート生活が始まった。
辰哉は好意を持つ泉が米兵から暴力を受け、父の基地運動に向けていた冷ややかな立ち位置ではいられなくなる。
しかしどうにもならないことを打ち明けると信吾に「お前の味方になる」と言われ励まされる。
救われたかのような光景が、メディア情報の浸食により打ち壊されてゆく。
信じる心に疑念が差し挟まれて次第に膨張する。
直人が若い女性~薫とカフェで話しているところを見た優馬は自分への裏切りも感じて犯人の疑いを深める。
視覚情報は何かと短絡的で暴力的である。
同居していたマンションを出た後、直人は持病の心臓病が悪化し公園で倒れ死亡が確認された。
優馬の渋谷の街を歩きながら嗚咽する姿にこちらも耐えられなくなる。
一緒の墓に入れたらとまで語り合った相手である。
愛子は周囲からの声もあり写真から疑念を募らせ自ら警察に知らせてしまう。
指紋照合で別人と分かるが哲也は姿を消してしまう。
この信じられなかった絶望の重み。
お前の味方になると言われ信じ切っていたのに、泉の悲劇を愉しんでいた(辰哉にはそう映った)信吾への怒り。
辰哉は信吾を衝動的に刺し殺す。犯人が少年に刺殺されたとすぐ報じられるが、信じていたのに裏切られた為に殺されたのである。
この信吾こそが優しく気遣ってくれた主婦とその夫を惨殺した凶悪犯であった。
派遣ということで虐げられていたところに蔑まれたと受け取った衝動犯罪であり、彼が事件現場で書いた「怒り」の文字は他の登場人物の深くどうにもならない内省的な怒りとは全く異質のSNSによく見る扇情的で発散目的のような書き込みに似たものを感じる。
要するにスタイルに過ぎない。辰哉に放った気の利いたセリフも泉を愉しませた話術もみんな。
しかしこういう類の「怒り」もメディアなどで人を動かす状況は少なくない。

ここで唯一の救いは東京駅から哲也が電話をしてきたことである。
この未練が愛子と父を救った。こんな余計な行為がもしかしたら有効性を持ちうるのかも知れない。
「お前は何も悪くない。これまで独りでよく戦ってきた。親の作った借金やヤクザの取り立てなどもう心配するな。おれが出来る限り面倒見る。頼むから帰って来てくれ」ここまで言ってくれる彼女の父(義理の父でもない)がいるだろうかとも思うがわたしも率直に嬉しい。
愛子が直ぐに迎えに行くが、一緒に電車の座席にいることでホッとした。
これもリアルである。
実にリアルであった。

最後の海辺での泉の波音にもかき消されない絶叫が彼女のこころの全てを語っている。
ちょっと、今の時点で感想にするのはキツイ。
少し経ってからもう一度、書くかも知れない。
凄まじい衝撃でまだほとんど消化できない。
キャストの演技が半端ではなかった。
いや全てが。
音楽がピッタリと合っていた。
わたしの感じ、言いたいことにも同期するところが多かった。
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