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奇跡の丘

Il Vangelo secondo Matteo002

Il Vangelo secondo Matteo  The Gospel According to St. Matthew
1964年
イタリア・フランス

ピエル・パオロ・パゾリーニ監督・脚本
ルイス・バカロフ音楽


エンリケ・イラソキ、、、 イエス
マルゲリータ・カルーソ 、、、母マリア(若い時代)
スザンナ・パゾリーニ(パゾリーニの母)、、、 母マリア
マルチェロ・モランテ、、、 ヨセフ
マリオ・ソクラテ、、、洗礼者ヨハネ
セティミオ・デ・ポルト 、、、ペトロ
アルフォンソ・ガット 、、、アンデレ
ルイジ・バルビーニ 、、、 ヤコブ(ゼベダイの子)
ジャコモ・モランテ 、、、ヨハネ(ゼベダイの子)
ジョルジョ・アガンベン 、、、フィリポ
グイド・チェレターニ 、、、 バルトロマイ
ロザリオ・ミガーレ 、、、トマス
フェルッチョ・ヌッツォ 、、、マタイ
マルチェロ・ガルディーニ 、、、アルファイの子ヤコブ
エリオ・スパツィアーニ 、、、タダイ
エンゾ・シチリアーノ 、、、シモン(熱心党)
オテロ・セスティリ 、、、ユダ(イスカリオテ)
ロドルフォ・ウィルコック 、、、カヤファ
アレッサンドロ・クレリチ 、、、ポンテオ・ピラト
アメリゴ・ベヴィラッカ 、、、ヘロデ大王
フランチェスコ・レオネッティ 、、、ヘロデ・アンティパス
フランカ・クパーネ 、、、ヘロデア
パオラ・テデスコ 、、、サロメ

、、、役者は皆、素人だという。イタリア語で演じられる。
(キリストは流石にシャープで祭司長はベテラン役者風であるが、その他はホントに朴訥とした素人集団だ)。
白黒の画面こそこの物語に似つかわしい。
美しい映画だ。

「マタイによる福音書」に従い全てが描かれてゆく。
(「マタイ」の他に「マルコ」「ルカ」「ヨハネ」の福音書があるが、パゾーリーニはこれを選んだということか)。
イエスはディベートの達人であった。
イエスの語った有名なセリフがこれでもかという感じで強烈に連打される。
例え噺がやはり面白い。説得力を増す。
イエスのかなりの戦闘力を感じるフィルムであった。
音楽が広範囲から選び抜かれてかけられているように思ったが、微妙な選曲もあった。
バッハのマタイ受難曲、モーツアルトの協奏曲は絶妙であった。民族音楽?の使い方、、、。

処女懐胎にはじまる。
ダビデの子、ヨセフの元に天使が現れ、マリアが精霊により身籠った、恐れずにマリアを妻として迎えよと告げる。
(天使は中性的な雰囲気を持つ若い乙女である)。
Fra Angelico
(フラアンジェリコ)
人々の笑顔の表情が印象的。
特に東方の三博士の表情が柔和で中性的な感じがした。
母マリア(若い時代)の顔がとても個性的であった。
(まさに前ルネッサンスの絵に現れる顔である)。
Il Vangelo secondo Matteo001


そしてイエスの誕生
Correggio.jpg
(コレッジオ)
ベツレヘムに生まれる。
天使が現れ幼子イエスの危機を救ってゆく。
へデロから逃れエジプトに留まるのです。
イスラエルに行きなさい、、、。

イエスの洗礼
Verrocchio.jpg
(ヴェロッキオ)
ヨハネから洗礼を受ける。
ヨハネはすでにイエスを知っていた。
自分よりも遥かに高次の存在として。
Il Vangelo secondo Matteo003

青年イエスの顔がマリアそっくりなのには驚く。(トップ画像)
(最初、マリア役の女優がやっているのかと思ったくらい)。
最初の内はどうもキリストというイメージが馴染まず、少し違和感を持ちながらの鑑賞となる。

荒野の誘惑
William Blake
(ブレイク)
悪魔がお前が神の子であるならば、と無理難題を吹っかけてくる。
「この砂漠の石を全てパンに変えてみろ」等々、、、。
「人はパンではなく神の御言葉で生きる」
「神を試してはならぬ」
と、サタンを退ける。
道すがらイエスに「悔い改めよ、天国は近づいた」といきなり言われた農民がきょとんとして振り返っている。
「荒野に叫ぶもの」である。
ここから以後、イエスは苛烈に福音を説いてゆく。
弟子となる者に声をかけてゆき、みな従う。ペテロ、アンデレの漁師たちから、、、ヤコブ、ヨハネと、、、。

イエスの奇跡
Tiziano.jpg
(ティツィアーノ)
ガリラヤを巡回するなか、病人を次々に治す。
ハンセン病が一瞬に治る。
盲目の人の目が見えるようになる、、、。
杖なくして歩けない夫人が杖を捨てる。
安息日に何で病気を治してやるのかという批判に対しても相手を軽くねじ伏せる。
イエスがデベートに強いのは何よりも律法に精通しているからだ。これがまず前提であろう。
イザヤの予言と律法の成就の為に我は来た。

この頃となると、イエスがとてもしっくりしてきて、鋭く全くぶれのないキリスト以外の誰でもないという感じに落ち着く。
若いが威厳に充ち溢れている。
そして、彼を一刻も早く殺さねばと策を巡らすユダヤの司祭たち。

使徒の乗る船を後ろから水面の上を歩いて追いつくキリスト。
岸に就くとユダヤの王エロドの地であり、ヨハネ(洗礼者)が井戸に閉じ込められている。
サロメの舞に歓び王は何でも欲しいものを与えると言い、彼女はヨハネの首を欲する。
(サロメは新体操の選手みたいな少女であった)。

最後の晩餐
Il Vangelo secondo Matteo004
(レオナルド)
レオナルドダヴィンチの絵で余りに印象深い。
イエスはすべてをすでに知っている。
「わたしはエルサレムに行かねばならない。わたしはそこで殺される。」
「殺されるが3日後に復活する。」
エルサレムでキリストはユダヤの祭司長らを圧倒する。
そして火を噴くような説法。非常に攻撃的な内容。
エルサレムとは予言者たちを殺した地である。

祭司長は策略をもってキリストの殺害を実行に移す。
そこにユダが金欲しさに乗って来る。
そして余りに有名な「最後の晩餐」である。
予言者キリストは全てを知っていた。
「おまえたちの一人がわたしを裏切ろうとしている。」「お前は鶏の鳴く前に3度わたしを知らないという。」
確信を持ったアップの表情がとても多くなる。
(デューラーの肖像画を想いうかべてしまう)。

ゲッセマネの祈り
Mantegna002.jpg
(マンテーニャ)
ペテロ、ヤコブ、ヨハネと共にキリストはオリーブ山の麓にあるゲッセマネの園へ行く。
キリストが神に祈る間、三人の弟子たちは眠ってしまい、天使がキリストに聖杯を与える。
ユダがキリストを逮捕する兵士を率いて来る。


ゴルゴダの丘
Mantegna.jpg
(マンテーニャ)
これも多くの画家が描いたテーマだ。
エルサレム神殿を頂点とするユダヤ教体制を批判したかどで、ユダヤの指導者から処刑される。
「お前は神を冒涜した。」
十字架に磔~という公開処刑である。
かなり詳細にリアルに描いている。

復活
Raffaello Santi
(ラファエロ)
天使が使徒たちにイエスの復活を知らせる。
キリストは復活して、すでにガリラヤにいた。

”お前たちは行って、あらゆる国の人々を弟子とし
 父、子、精霊の御名によってバプテスマ(洗礼)を授け、
 また、わたしが命じておいたすべてのことを教えよ
 
 見よ、わたしは、世の終わりまで、お前たちとともにいる”


強烈なノスタルジーを覚えた。
パゾリーニ監督はマルキストとして有名な人である(無神論者)。







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