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ルードウィヒ/神々の黄昏

Ludwig001.jpeg

Ludwig
1972年
イタリア・フランス・西ドイツ

ルキノ・ヴィスコンティ監督・脚本

ヘルムート・バーガー 、、、ルードウィヒ2世
ロミー・シュナイダー 、、、エリーザベト(オーストリア皇后、ルードウィヒの従伯母)
トレヴァー・ハワード 、、、ワーグナー
シルヴァーナ・マンガーノ 、、、コジマ・フォン・ビューロー(ワーグナーの愛人~二番目の妻)
ソニア・ペトローヴァ 、、、ソフィ(エリーザベトの娘)
ジョン・モルダー=ブラウン 、、、オットー(親王陛下、ルードウィヒの弟)
ゲルト・フレーベ 、、、ホフマン神父
ウンベルト・オルシーニ 、、、ホルンシュタイン(伯爵)
ヘルムート・グリーム 、、、デュエクハイム(大佐 、親友)


ヴィスコンティはドイツにかなり興味と深い教養をもっていたようだ(どうやらドイツ語も流暢に喋れたそうだ)。
『地獄に堕ちた勇者ども』『ベニスに死す』『ルートウィッヒ』はドイツ三部作とも謂われている。
そう謂えば昔の友人が『ベニスに死す』を滅法気に入っていた。
この映画は、イタリア語で作られているがヘルムート・バーガーは、母国語であるドイツ語の他にイタリア語、英語、フランス語も堪能であった為、イタリア語はそのまま彼の発するセリフで撮られている。

音楽はワーグナーばかりか、と思っていたらシューマンもかかっていて嬉しくなった。
全編に流れる音楽が実に良い。”トリスタンとイゾルデ”が絶妙。
そして圧倒的な美術。
城と謂い調度、馬車、衣装と謂い、大変な贅は尽くされていても決して華美なものにならずシックで落ち着いた雰囲気の王室を舞台に描かれる。生涯コアな貴族生活の中にいた人ならではの絵である。
外から素人が想像して作ったレベルではない。
爛熟した文化の凋落と終焉がとても説得力をもつ。

第4代バイエルン国王である。
ノイシュヴァンシュタイン城やバイロイト祝祭劇場やワーグナーで大変な浪費をしたと非難轟々であったが、今では国の財源となっているではないか。
バイロイトなど音楽愛好家の聖地みたいにもなっている。
藝術にお金をかけた人はやはり、後々国の為に残している。大変貴重な財産であることに違いない。
やはり作るときに勢いで作っておくことだ。目先の利益に拘っていては偉大な文化財など生まれない(と思うが)。
日本で謂えば足利義政(第八代将軍)あたりか。彼も政治には全く関心がなく藝術ばかりやっていた。
とは言え、自国が戦争やっているのに、わたしは戦争には興味が無い。わたしにとって戦争など存在しない、はないだろう。
そんなことを言っている間に、自国民が次々に戦争で命を失っている。
やはり困った人だ。
せめて戦争を少しでも早く終わらせる努力をしてみてもよかったか。

音楽に造詣の深いルートウィッヒがワーグナーに心酔するのは分かるが、相手のワーグナーとコジマの憎たらしいこと。
篤くもてなされ資金も潤沢に援助されているのに、金をせしめるだけせしめルードウィヒを思い切り馬鹿にしている。
「パトロン気取りの愚かな若造とか変人の家系の末裔が」などと言って、手紙にも酷いことを並べている。
しかしワーグナーとはホントにあんな男だったのだろうか。
コジマも輪をかけて酷い。あのフランツ・リストの娘ではないか。
かなり幻滅である。

ルートウィッヒは非常にハンサムな国王であったそうだが、肖像画と比べてもヘルムート・バーガーは見事その域に達していた。
しかしとても似ていて笑ってしまったのがワーグナーである。
これまた肖像画そっくりさんであり、そのお陰でワーグナーのイメージがかなりダウンした(笑。
エリーザベトは当時ヨーロッパ随一の美貌で通っていたが、ロミー・シュナイダーとはちょっと異なるタイプの美女に思える。
映画的には文句ない。ルートウィッヒともピッタリである(ルートウィッヒをふってしまうが)。金使いの荒さもルードウィヒとどっこいどっこいだったようだ。

Ludwig003.jpg


結局、異性で愛することが出来たのはエリーザベトだけであったという。
これも孤独だ。
元々彼の中には厭世観が蔓延っており、「世界は耐えがたいほどに卑しい」とオットーにも語っていた。
自由でいたい。不可能の中に真実の生を、と。
まさに音楽の中に閉じ籠るしかないような言説となる。
城の建設に異常な熱意を示すことも同じ次元の心性によるものであろう。
そして当代随一の音楽家ともなれば、如何に悪名高くても(血税をいいように使いまくる)ワーグナーであったか。
(ワーグナーに対しては浪費家で知られるエリーザベトも批判的であった)。

Ludwig002.jpg
デュエクハイムから滾々と諭されるところは、かなり悲痛だが、国王にあのように率直に意見の謂える存在~友は貴重である。
金や物質的欲望ばかりに明け暮れている身近な側近たちへの不満や戦争をなかったことにして認めない、それを勇気ある選択だとして義務を無視し幸福を見出したと主張するルートウィッヒの姿勢に対し彼はとても静かに意見を述べる。

高い理想を掲げて真実に生きたいと言われるが、本能と欲求のまま偽善と欺瞞もなく過ごせる特権的な自由人の立場をとっているに過ぎない。
本来自由は万人のもの、平凡に生きる者も物質的な安定だけを求めているのではない。真の自由は誰にも手にする権利がある。
道徳的束縛が無く快楽と自由に生きている者たちに騙されてはいけない(ワーグナーたちのことか)。
陛下は別の存在理由を見出さなければならない、、、。
世界は元々純粋なものではなく善も悪もない。陛下もその社会の枠の中にいる。

これを聞いて苦悶するルードウィヒ。
晩年は(まだ若いが)かなり精神も参って憔悴しており容貌にもそれが表れている。
果たして彼は狂王であったのか。
デュエクハイムの言うように彼を狂人に仕立てよう(追い詰めよう)とする勢力があったのか。

Ludwig004.jpg
最後の溺死体で岸に上げられたところで終わるこの惨さが彼の短い人生を象徴している。
華麗であるが退廃的で重く悲痛である。
ルキノ・ヴィスコンティ自身を彼に重ねている部分も小さくはない気がする。

4時間は丁度良かった。







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