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家族の肖像

Conversation Piece001

Gruppo di famiglia in un interno / Conversation Piece
1974年
イタリア・フランス

ルキノ・ヴィスコンティ監督・脚本

バート・ランカスター 、、、教授
ヘルムート・バーガー 、、、コンラッド・ヒューベル(夫人の情夫)
ドミニク・サンダ 、、、教授の母(回想)
クラウディア・カルディナーレ 、、、教授の妻(回想)
シルヴァーナ・マンガーノ 、、、ビアンカ・ブルモンティ伯爵夫人
クラウディア・マルサーニ 、、、リエッタ・ブルモンティ(夫人の娘)
ステファノ・パトリッツィ 、、、ステファーノ(リエッタの婚約者)
ロモロ・ヴァリ 、、、ミケーリ(弁護士)


ヴィスコンティと言えば、貴族の末裔、滅びの美学等々のフレーズが直ぐに思い浮かぶが、キャッチフレーズとしては適当なものには思える。彼の場合、貴族と言っても歴史的な名家であり大富豪の極め付けの貴族であった。
ここでも伝統と格式のある邸宅に多くの値打ちある調度品と書物にレコードと夥しい鑑定済みの名画に囲まれてひっそり過ごす男の生活ぶりが描かれるが、、、。
名品がたくさんあってもそれによって華美になったりギラギラしない展示と扱いのセンス~気品が窺える。


「家族の肖像画」を選び収集して、独りもの静かに時を過ごす老教授。
何故、”家族”なのだろうか。
今日も有名な画廊が強引に絵を売り込みに来ていた。

丁度そんなとき不意に、思わぬ客が屋敷に侵入してきた。
彼らは二階に間借りしたい、部屋は改装したいと勝手に要求し、孤独を大切にしている教授が断っているにも拘らず、住み始め改装をして家全体を軋ませてしまう。
静かな環境での読書や思索どころではない、教授は他人の気配と騒音に悩まされてゆく。
観ている方としては、相当にイライラしてくる(特に自己中でヒステリックに喚く伯爵夫人は神経に障る)。
これは犯罪行為ではないか。
しかし教授もしかるべきところに訴える等の強硬手段には出ず、ズルズルと彼らを引き入れてしまう。
彼もその傍若無人な連中のなかに何をか期待するものがあったからかも知れない。

彼らは間借りした部屋で騒ぐだけでなく、教授の書斎にもズカズカ現れ、隠し部屋にまで入って来る始末。
伯爵夫人を筆頭にその娘、娘の婚約者(試験的婚約らしい)そこに過激思想をもつ夫人の情夫と凄い面々の腐乱した関係が教授の静謐な時間を乱すことを止めない。
何度も出て行ってくれることを頼むが、コンラッドが暴漢に襲われたりなんだりで、結局ダラダラと彼らは居続け出入りがなし崩しに続く。
余りの無作法とデカタンに呆れ返る教授ではあるが、コンラッドの教養には次第に興味を示す。
彼は絵画、音楽に造詣が深い。
久しぶりに?噺の出来る相手なのだろう。
ふたりは絵画について話しこむ。
コンラッドは確かに魅力的で知性と独特な見識をもち危険な匂いを纏っている。
教授はコンラッドに親近感を感じるにつれ、夫人や娘、その婚約者たちとも距離は保ちつつ関りは続けてゆく。
彼の内に何かが変わっていった。
何と教授自ら彼らを食事に誘うのだ。

教授はこの静かな時を絶えず乱す不可解な集団を”家族”と呼んでしまえば合理的に受け止められることに気づく。
そう、家族とは本質的にそうしたものだ。
不条理の塊であって、予測不能で、不透明であり、より自らの孤独を際立たせる共同体ではあるが、”家族”によって取り込める場がある。たいそう苦しいが生を活性化する作用が働く。教授に生の意欲が垣間見える。
かつての母や妻の若々しい回想が挟まれる(それにしても回想に使う女優の何と贅沢なことか)。
そして(疑似的な)息子としては、芸術の分かるコンラッドであることは、他の誰も同意するものであった。
コンラッドは伯爵夫人やその取り巻きに愛想をつかし、一度は出てゆくが戻って来る(この連中は常に出たり入ったりを繰り返す)。
ようやく教授がこの事態に折り合いを付け新たな出発をしようとした矢先に、突然コンラッドは爆死を遂げてしまう。
教授は深く落胆し、自らの死とも直面する流れとなってゆく。

果たしてコンラッドは自殺したのか殺されたのか、を問えば殺されたのだと思う。
教授宛の手紙は明らかに遺書ではなく別れを告げるものであった。
伯爵夫人としては自殺して何時までも罪の意識を自分たちの心に残そうとしたと自分への執着を彼に期待していたようだが、実際はリエッタの言うように彼の関わっていた過激派の仲間(敵)に殺されたのだろう。
あの夜、暴漢に襲われた時と同じパタンではないか。
爆死というのも最後の最後まで落ち着かない”息子”~家族である。

しかし、コンラッドの死により、教授の”家族”幻想は瓦解し、彼自らも死に瀕して行く。
伯爵夫人や娘とその婚約者は、コンラッドの事を忘れてそれぞれの道をゆくことにする、という。
ベッドに横たわる教授を彼らは晴れやかな表情で見舞い、たち去って行く。
最後に虚空に腕を差し出して何かを掴もうとするも、力なく崩れる。

貴族の滅びの美学と言えようか。
今や全ては幻。
二階の物音と共に、家族の肖像画から抜け出てきた人物たちとの束の間の戯れであったか。

Conversation Piece002



何やら「野いちご」(ベルイマン)を思い起こす。
それから「鑑定士と顔のない依頼人 」(ジュゼッペ・トルナトーレ)を。







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