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モネとは何か

Monet005.jpg


モネの現代的な意味を再確認(再発見か?)する番組(日曜美術館)を、たまたま例によって途中から見たので、それに対して感じた事を幾つかメモしておきたい。
モネについては以前「モネの快楽~快眠」で書いてみた。
(何を書いたかほとんど覚えていないが)。
良い絵を観ると良い音楽を聴きながら寝てしまうように、眠くなる。
あくまでもわたしの場合であるが、他にもそういう人がいるかも知れない。
そんなところで締めたはずだ(笑。

今回、番組で白を主体に雪の絵を描いている女性画家の噺が印象的であった。
ブレ、揺らぎで完結しない図像。
主題から解かれた額縁絵画を超える絵画。
地続きに身体全体で感じる世界。
身体性~無意識で観る絵画。
こんなことが現代絵画の作家(画家、版画家)の対談で語られていた。
モネの現代絵画~藝術にも繋がる意義である。

モネは印象派の画家ではなく現代絵画の先駆者だという位置づけも分かる。
そういってしまえば、宗教(神話)画、歴史画、肖像画(印象派にもあるが位置づけが異なる)などの主題性と象徴性を持つ絵から「印象派」の画家たちの絵に目を転じれば、何か自由に解き放たれる感覚は少なくとも誰もが持つはずである。
印象派の肖像画の主題性は当のモデルより技法自体に置かれる。
実際の噺、対象は人間でも積藁でも同じモノなのだ。
そのモノでどのように光~色彩の移ろい、その時間性を封じ込めることが出来るかの試みとも謂える。

その中でもとりわけ、モネが30年に渡り描き続けた、自宅の庭に水を引いて作った池に浮かぶ「睡蓮」の連作が輝かしい成果の一つになろう。
その水面には睡蓮と共に、微妙な空の光や変幻する彩雲も映り込む。
それらが等価の画像として一瞬の光の色彩として画布に揺らぎ続けるのだ。


確かに印象派から絵画は読まれるもの意味を解かれるもの、から誰もが自由に絵を読むものとなった。
いや読む~意味を見出すのではなく、光と風の揺らぎをおのおので体験するものとなる。
そして、それが極めて現代的な絵画~藝術の先駈けとなっていると謂えよう。

最後に司会者の作家が、モネの絵から、それぞれ後世の画家が、わたしはモネのこの場所、わたしはこの場所というようにして自らの絵画世界を形成していったのだろうと述べていたが、そういうものだと思う。
そのように沢山の人が印象派にインスパイアされて来たはずだが、とりわけモネの「睡蓮」はその巨大な場となったと想える。


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