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ブルーム・オブ・イエスタディ

The Bloom of Yesterday001

Die Blumen von Gestern(The Bloom of Yesterday)
2007年
ドイツ・オーストリア

クリス・クラウス監督・脚本

ラース・アイディンガー、、、トト(ホロコースト研究者)
アデル・エネル、、、ザジ(ホロコースト研究インターン)
ヤン・ヨーゼフ・リーファース、、、バルタザール(トトに対立する同僚)
ハンナー・ヘルツシュプルンク、、、ハンナ(トトの妻)


ホロコースト映画にみられる、シリアスな暗さと湿り気、何より当時を回想した物語の悲惨さや衝撃の類(再現)はない。
そうした定型のドラマ性(それは真摯な制作姿勢かも知れないが)を排している。

アウシュビッツ会議の企画を進めているホロコースト研究者のところに若いインターンの女性がフランスからやってくる。
目的意識は一致するも、彼らは家系から謂えば加害者と犠牲者の関係にあった。
二人は逢った先から大いに揉める。彼女はベンツのガストラックに拘っているが、何の理由でというより、送迎の車が彼女の情緒不安定な攻撃性のトリガーになったに過ぎない。兎も角、常時何かにつけ過剰な反応を示す(爆発する)。
自分の祖父がナチスの党員であった事実や自分のユダヤ人の祖母がナチスに殺された事実が自らのルーツとして彼らを病的に苦しめて来ていることが窺える。
それにより思想以前に身体的苦痛に苛まれている。
トトにしても、自分が研究の中心から外されたことに腹を立てバルタザールと大喧嘩になり、その最中、彼らの敬愛する教授が死んでしまう(この暴力性は耐性の低さだけでなく性的な歪みも見て取れる。非常に性的レトリックを多用した罵り合いなのだ)。
これはほぼ、アイロニカルでコミカルなドタバタ劇スレスレを行っている。

情緒不安、暴力(攻撃)性、インポテンツ、脱毛、繰り返すリストカット(自殺未遂)、等々、、、。
更に(特異な)性衝動にも顕著にあらわれてくる。
それも両極端な形で。
片や不能となり妻にさえ他の男を紹介するまでに至っており、黒人の女の子を養子に迎えている。インターン女性の方は、逆に性に対し非常に奔放であり、ドイツに来るなり、トトと強く対立するバルタザールといつの間にか関係を持っている。
(これにはわたしも驚いた)。

トトは自分の家系がナチス党員であっただけで、彼は17歳の時それに気づき脱党している。だが家族のしたことに対する罪の意識は強く、その為に研究家となったが、如何せん関係書籍を読み漁り歴史書を書くだけでは一向に苦痛~罪悪感は癒えない。その出口なしの閉塞感はトトにもザジにもあり彼らの不安定と暴力衝動または自傷(自殺)衝動にも繋がり、性的メカニズムにも深く刻まれ、違う形にせよ(苦痛を伴う様態)で表出して来るのか。
何れにせよ、ホロコーストのような陰惨な歴史のトラウマが性衝動に対して深い影響を与え得ることが窺える。
(少なくともこの映画はそれを強く訴えている)。

Adèle Haenel001  Adèle Haenel002

午後8時の訪問者」の物静かで内省的な医師を演じていたアデル・エネルがここではアグレッシブで壊れかけた研究者となっている。
かなり危うい。
車に乗っている最中口論となり、咄嗟に犬を外に放り投げてしまう。
そういう基調だ。これは常軌を逸している。
犬(ガンジーという教授が飼っていた犬)もたまったものではない。

The Bloom of Yesterday002

後半、ザジの持っているアルバムでトトの祖父と彼女の祖母が同じクラスであった事が明かされる。
実はそれを知った上で、祖母を殺した人間について調べるためにザジは、トトのの元に来たのであった。
だが、それによって二人が親密になり、関係も持つ。
きっと子供が出来たという霊感が働き、その子の名前を「カルミナ」にしようと決める(半ば冗談ではあるが真剣に)。

二人が結ばれるかという時にそれを察知したバルタザールの妨害工作が入る。
彼はナチス戦犯のトトの兄について調べ上げていた。
その件をザジにわざわざ知らせるのだ。
周囲がこの調子であり嫌気もさし、彼女はトトの今後の研究生活のことも考え彼の前から消える。
(バルタザールのような同僚と共同研究は到底無理であろう。トトはアメリカに拠点を移し人種融合研究所で同様のジェノサイド等、先住民虐殺の歴史研究をする)。

The Bloom of Yesterday003

5年後、二人は賑わうクリスマスのデパートで偶然再会する。
彼の養女も大きく育っており、ザジにも子供がいた。
彼女はトトにモーリスよ、と男の子で3歳だと騙ってその場を離れる。
だが、その様子を見た彼の娘が、「あの子は女の子よ、酷いわ。カルミナって呼んでたわよ」と知らせる。
目を丸くして、ザジの向かった方向を見据え、トトが今にも飛び出そうというところで、エンドロールとなる、上手い終わり方だ。

ラース・アイディンガーとアデル・エネルの名演であった。
最初は随分と煩い落ち着かない話だと思い、生理的にきつかったが、後半からグイグイと惹き込まれた。
これはある意味、ラブコメディでもある。
かなり重くて病んだ、しかし真摯な恋愛ドラマとも謂えることは間違いない。


トラウマが性に与える影響の大きさを考えさせる映画でもあった。
性は生命に直結する根源的な衝動でもあり生を支えるエネルギーである。
(であるから、意識的コントロールが出来ない)。
それが破壊~失調することはパーソナリティや生命力にも強く響いてくるはず。
勿論、恋愛にも。
その角度からの切込みである。

数あるホロコースト映画のなかでも、特筆に値する作品だと思う。





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