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戦艦ポチョムキン

Battleship Potemkin003

Броненосец «Потёмкин»
(Battleship Potemkin)
1925年
ソ連

セルゲイ・エイゼンシュテイン監督・脚本
ディミトリー・ショスタコーヴィッチ音楽

アレクサンドル・アントノーフ
グリゴリー・アレクサンドロフ
ウラジミール・バルスキー


モノクロのサイレント。それであることで、不滅の傑作となっている面は大きい。
その抽象性の高さから、、、。
さらにモンタージュ技法(カッティング・エディティング)~複数カットの組み合わせ・構成により一つの意味~新たな意味を生成する。(しかし考えてみればワンショット、ワンシーン以外は基本的にモンタージュと謂えよう、、、)。
異質なショットをどのように接続するか、これはとても創造的で極めて映画的な(自覚的な)実験でもあったはず。
後の映画への手本となった事は確かであろう。

美しい光と影~シルエットによる映像。
その映像に寄り添う音楽。
戦艦ポチョムキン機関室のメカの動き~連動とゆっくり立ち上がる大砲。
激しく揺れる波頭。
陰影の深い群衆。

蛆虫の入ったスープや腐った肉に怒り戦艦ポチョムキンの水兵たちが船上ストを決行する。
蛆入りスープに不服の者は銃殺だ、とは上官もよく言ったものである。
この時期、もう慢性的になっていた圧制に誰もが従うしかないような諦観のムードが甲板に広がったときに、「兄弟を撃とうとするのか!」の一声で皆、我に返る。
上官を次々に海にぶち込み「海の底で蛆虫に喰われろ!」は傑作であった。
しかしその時、このクーデターの火付け役となった男は撃ち殺されてしまう。

「スプ-ン一杯のス-プのために殺された」水夫の亡骸に寄り集まって来るオデッサの群衆。
蛆虫スープから起きた船員の反乱が民衆の帝政への不満を爆発させる流れとなる。
この長い階段もモニュメンタルであるが、降りて来る群衆も多種多様で、個々に際立つ。
反体制への民衆の感情の高ぶりがじわじわと高揚して行く。
(このあたりのプロパガンダ性もかなりのもの)。

Battleship Potemkin002  The Untouchables008

「アンタッチャブル」(ブライアン・デ・パルマ)の乳母車はここから来た。*左画像
ここの虐殺は冷酷無比で凄まじいものである。
撃ち殺された子供の身体を踏みつけ蹴飛ばしてゆく民衆。
そしてうら若い母親が撃ち殺されて倒れた弾みでカタカタと階段を下って行く乳母車。
これは、当時としてはショッキングな映像であったと想われる。
(今見ても充分にショッキング)。

Battleship Potemkin004  Francis Bacon008

フランシス・ベーコンによる『戦艦ポチョムキン』の中の保母のための習作の元画像をとくと観た。
アップの使われ方が実に的確で効果的。

キャストの多彩さも驚く。特にオデッサの階段にて。
下半身のない人から赤ん坊まで、、、民衆の蜂起に対し政府軍の惨殺が行われるドラマチックな階段である。
ここでの虐殺はとても惨い。何度見てもキツイ場面だ。

Battleship Potemkin001

「皆は一人の為、一人は皆の為」、、、わたしの中学時代の運動会の集団競技(組体操)で掲げられていた文句で懐かしい(笑。
氾濫の元となったポチョムキンを追尾する敵戦艦といよいよ対峙することとなる。
中央突破を図り、万全の砲撃体制を敷いて臨む戦艦ポチョムキンであるが、相手の戦艦から赤旗があがる。
最後は、黒海艦隊の多くの戦艦からの同調を得て、「兄弟よ」と叫び、彼らもその戦隊に入って行くのだった。
何というのか、ハッピーエンドなのか、、、。

Battleship Potemkin005

史実についての知識はないが、とても臨場感あるリアルな映像体験となった。
モノクロのサイレント。
この表現の雄弁さを充分に味わえた。

不滅の作品であることを実感した。







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