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美しい妹

LES JOLIES CHOSES001

LES JOLIES CHOSES
(PRETTY THINGS)
2001年
フランス

ジル・パケ=ブランネール監督
ヴィルジニー・デパント脚本

マリオン・コティヤール 、、、マリー/リュシー(双子の姉妹)
ストーミー・バグジー 、、、ニコラ(マリー/リュシーを売り出そうとする友人)
パトリック・ブリュエル 、、、ジャック(大物音楽プロデューサー)
ティトフ 、、、セバスチャン(彼氏)
オフェリエ・ウィンテル、、、ジェシカ(リュシーの友人)


マリオン・コティヤールの存在感が際立つ。

双子というのは難しい。
個性を尊重しつつ公平に接していても、どちらに贔屓したとかどうとか絡んで来る。
うちは二卵性で、普通の姉妹よりも似ていない。
個性も資質も性格も見た目も体格も違う。
その為、違うものとして接してきたが、本人たちは同じように見てもらいたがっていることが思いの外多いように想える。

ここでのマリー/リュシーは完全な一卵性双生児で見分けがつかないほど似ている。
勿論、性格や資質は異なる。
だが、見かけはそっくりなのだ。
服や化粧と表情、所作でこれだけ違う。
というのを魅せるマリオン・コティヤールの演技である。
それが凄い。
はじめは教師の父親に可愛がられるのは、勉強のできる姉のマリーである。妹のリュシーは公然と虐げられる。
出来の悪い子だと。
しかし、父親は家を出てゆく。
8年経って何故か家に戻って来るが、その後は女らしいリュシーがお気に入りとなり、地味なマリーを疎んじる。

この父親、明らかにおかしい。
やがて両親ともに死に、リュシーはパリに行って女優を目指す。
パリのカフェで二コラと出合い、以後彼はマリー/リュシーと深く関わる友人となる。

ここから春夏秋冬の章に分かれ話が展開して行く。が、別に季節ごとに大きく飛躍するわけではなく、話が濃く重くなってゆく展開と謂えようか。

リュシーは歌手デビューのチャンスを掴む。
二コラの曲に姉のマリーの詩で曲を作るが唄うのもマリーに頼む。
歌も唄えない彼女は実質、この過程に全く関与していない。自分のイメージを姉に貸して様子を見てゆくつもりか。
しかし、ライブ(マリーがリュシーとして出た)は、かなりの注目を浴び、成功に終わる。
この結果に対しリュシーは何も言わずに独り窓から飛び降り自殺をしてしまう。
双子の確執とそこから生まれる自意識の強さ~深さはつくづく凄いものだとは日頃から思っているが、これはたらたまらない。

マリーは死んだのはマリーであり、自分は妹のリュシーということにして、警察に伝える。
二コラはそれに反対するが、彼女は金が欲しいからどうしてもリュシーとしてCDを出すと言い張る。
結局、マリーがリシューに成りすます線で進んでゆくことになる。
まずは服や化粧などからリュシーを真似てゆく。
マリーはリュシーの名~イメージでデビューするもすぐにマリーの個性がリシューを呑み込んでしまう。
当然、リシューを知る人からは訝られるが、マリーの存在感がリシューのイメージを塗り替えてゆく。


セバスチャンというマリーの(かつての)彼氏が出所してまず最初にリュシーに逢いに来る。
彼はリュシーと愛し合ったと思っているが、実は元彼女のマリーと愛し合っていた、、、それに気づきびっくりしたところで、彼女に追い出される。何とも微妙な非現実的出来事である。
この出獄して来たセバスチャンという軽い男は双子に二股かけていたのだった。
この男は実質元カレである為、暫く撚りを戻して付き合うが、所詮世界が異なり別れる。

マリー=リシューはパーティに招待され、そこで会う音楽プロジューサーのジャックに目をかけられる。
「何故唄う?」と聞かれ結局、「お金が欲しいの」と返す。
果たしてお金が真の目的なのかどうか、、、分からない。
かなり深い闇を抱えた女性であることからも。

ライブでは若者たちのカリスマとなっており、ジム・モリソン(ドアーズ)の再来とまで讃えられる。
コアなファンをぎっしり抱える身となる。
とてもエキセントリックで危険な匂いを纏うアーティストであり、もうかつてのリュシーの影など何処にもない。
もうすでにだれも最初のリュシーを覚えている者はいない。
リュシーはカリスマアーティスト~若者の神に書き換えられた。
二コラのもとからも離れジャックと共にイメージを巷に浸透させてゆく。

その後、ありがちなマスコミによる旬のアーティストのゴシップ探しで、駆け出しのころのオリジナル・リュシーのポルノヴィデオが発見される。初期リュシーであれば話題にもなるまいが、今の(2代目)リュシーにとってはその神格化されたイメージに大打撃であり事務所(ジャックの)では大騒動となる。ライブを中止してマスコミ対応で切り抜けるかなど策が話し合われるが、もともと2代目にとっては他人事であり、ライブを強行して成功に収める。
その後、ジャックに勧められこのショービジネス界から突然消えることにする。

二コラはマリーとの確執から彼女が成功を収めたあたりから、分かれていたがマリーが全てを捨てて一緒にどこかで生活をしようと持ち掛ける。
彼は断り、マリーは独り旅に発つが、最後は二コラと共に若い頃の思い出に浸っている場面で終わる。

最後に使われている曲”Les Jolies Choses”はそこそこよかったが、わたしとしてはどうせなら所謂フレンチポップスの方が良い(笑。

ヴァネッサ・パラディの”ジョーのタクシー”など最高である。ここには似合わないにしても、魅力弾ける(爆。
またはシャンソンも含めてフランソワーズ・アルディのタッチもたまらない。わたしの永遠の定番。
過激なポップならミレーヌ・ファルメールこれはインパクト充分。
そして何と言っても、、、ブリジット・フォンテーヌであろう。「ラジオのように」はクリムゾンの「クリムゾン・キングの宮殿」に並ぶ1969年のアルバムであった。
最後はエディット・ピアフとあいなるか、、、アカデミー主演女優賞の名演のマリオン・コティヤールをまた観てみよう。
無理やり繋ぐ(爆。

Édith Piaf






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Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
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