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雨の日は会えない、晴れた日は君を想う

Demolition.jpg

Demolition
2015年
アメリカ

ジャン=マルク・ヴァレ監督
ブライアン・サイプ脚本

ジェイク・ギレンホール 、、、デイヴィス・ミッチェル(義父の金融業社に務める)
ナオミ・ワッツ 、、、カレン・モレノ(カスタマーサービス担当)
クリス・クーパー 、、、フィル・イーストウッド(デイヴィスの義父、社長)
ジュダ・ルイス 、、、クリス・モレノ(カレンの息子)
C・J・ウィルソン 、、、カール(カレンの彼氏)
ポリー・ドレイパー 、、、マーゴット・イーストウッド(フィルの妻、デイヴィスの義母)
ヘザー・リンド 、、、ジュリア(デイヴィスの亡き妻)


邦題が完全な誤解釈で鑑賞に悪影響を与える。
もっとも肝心な部分を誤った先入観~イメージにより潰してしまう。
これは害悪以外の何ものでもない。

そのうえ、(その反復的ニュアンスから)サイコな怪奇ミステリーか(ジャケット写真と相まってその散文仕立てから)安っぽいトレンディードラマを連想してしまった。
そもそも邦題などわざわざつける必要があるのか?それ自体を考えさせる。
真夜中のカーボーイ」とかは笑えて悪くはないが。

わたしも、無感覚に生きて来た歴史は長い。
本当に最近である。
爆発したいときに遠慮なくしているのは(爆。
自分に率直であることが善である前提となる。
これは確かだ!


彼は妻を交通事故で亡くす。
自分の隣に座っていた妻であり、自分だけは無傷で生還する。
ただ自分の妻の死に際し、涙ひとつ出て来ない。
一体妻とは何であったのか、結婚生活とは、いや自分のこれまでの生とは、自分とは、、、。
その後すぐにいつもの日常生活に淡々と~自動的に戻ってしまう。
「異邦人」(カミユ)のムルソーみたいに。

しかし或る日、周囲から精神状態を危惧されるような行為をしでかしてしまい心配されるようになる。
自分にも動機が分からない。適当な言い訳しか思いつかない。義父からは精神科医を勧められる。
果たして、わたしは妻を愛していたのかどうか。
実感が沸いてこない。いや何に対しても実感がないのだ。
自分がこれまで何に関心をもって、どんな生活を送って来たのかさえ定かでなくなってくる。
真っ白い絵にかいたようなセレブ的部屋が象徴的だが、、、。
コンピュータで数字を追って生きて来ただけのように想えた。
(非現実的で記号的な世界にどっぷり浸かって過ごしてきたのだ。大概誰もがそうだが)。

義父からモノが壊れたときは”解体”して中を調べるようにアドバイスを受ける。
それがトリガーとなって妻から苦情を受けていた冷蔵庫を解体~破壊してしまう。
以前義父から貰った工具セットで、これまで関心のなかったモノを片っ端から解体してゆく。
それを組み立てることはしない。
ひたすら壊したままで終わってしまう。
エスカレートして解体業者の手伝いまで始める。

妻の死んだ日に病院の m&m'sのチョコの自動販売機からチョコが引っかかり出て来ないため、その機械の販売会社のカスタマーサービスに手紙を書く。
その手紙に妻を失った後の色々な出来事も含め自分のこころの経緯を書き記してゆく。
手紙は何通も送られる。
しかし担当者カレンはその手紙をしっかり読むのだ。
(これは現実にはほとんどあり得ないことだ。しかしこういった繋がりが新たに生じることはあり得る)。

わたしも自分の個人的な些細なことや重苦しいことなどを赤の他人(どうでもよい人)にペラペラ話した記憶はある。
詩にして不特定に読ませたり(笑、してもいた。
丁度、ロックにどっぷり浸かっていた頃か(今でも聴いているが)。
タガが外れたように自分を巡って何もかも語りつくしてゆきたくなった。
(自我の脆弱さからくる身悶えみたいなものでもあろう)。
もしかしたら今も似たようなことをしているのかも知れない。
(だとしたらこの行為は誤りか?継続する必要があるからしているのは知っているが)。

こころは別に部分の寄り集まった全体ではない。
構成物ではない。
全体としての何かだ。
解体して何かが見えてくることはない。
ここでは全てことごとく解体ではなく破壊である。
これまで自分を形作って来たものを、手あたり次第根こそぎ破壊しつくそうとしているのだ。
それを自分の身体を使って行うことに意味がある。
その物理的な暴力行為が逆照射するモノ。
破壊した後で、まだ残る確かな何かがこころにあるか、それにぶち当たりたいのだ。

カレンとデイヴィスは実際に逢って語り合い、付き合い始める。
そこに登校拒否のカレンの息子クリスも絡む。
3人ともその時、互いに惹き合うものがあったのだ。
お互いの存在の相乗効果でそれぞれの解体と解放が進んでゆく。
(白昼夢のような恍惚な時間は、どこまで現実にあった事なのか判然としなくなるところもある)。

そんな折、亡き妻ジュリアが他の男との間に子供を身籠り中絶していたことを知る。
(丁度、クリスと一緒にブルトーザーまで繰り出して自宅を解体していた時に見つけた書類で知ったのだ)。

このこと~衝撃で、デイヴィスは現実の手触りを得た。
妻の生=他者性をはっきりと実感する。
妻の生の厚み~実存を知り、自分の生の感覚に目覚める。
そして初めて妻がとても身近に感じられたのだ。
それこそ世界の感触であった。


サンバイザーの裏側に隠されていたクシャクシャな付箋?に走り書きされた文章は、妻が夫の気を惹こうとくっつけていたものだ。「雨の日は気づかなくても、晴れの日にはちょっとは気にかけてね」とお茶目(無邪気に)に書いている。
(間違っても彼が主体の文ではない。彼の気付かなかった彼女の想いだ)。
そんなもの(付箋にシンプルな願いとタイミングもあっただろう)で、彼のこころの壁は一気に崩れ感情が迸る。
初めて彼は妻の事を想って泣く。
堰を切ったように涙が溢れ出る。
そして妻を愛していたことに、はっきり気付く、、、


Demolition02.jpg






この映画のほとんどの部分、特にモレノ母子との関係は白昼夢のような気もして来る。
そうであってもよいかもしれない。
カレン・モレノという女性があまりに抽象的な存在なのだ、、、。

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