大掃除 第一弾

今日は丸一日、二階の掃除であった。
不要なものも見つかり、幾分かさっぱり出来た。
この時期の掃除となると、カーテン周り(窓含む)、高いところ、重いものをずらして掃除が大きい。
後は、キッチン関係がポイントとなろうか。
普段はやらないところまでやる。
埃の溜まり具合に感心する。(「塵も積もれば山となる」諺を思い浮かべている、、、。)
ついでにモノが片付くところは良いが、かなり疲労混迷する。
やはり普段使わない筋肉を使い、かなりアクロバティックな姿勢で頑張ることが要請されるからだ。
もしかしたら筋肉痛になるかもしれないが、体に結構よさそうな気はする。
ストレッチ的な意味で。
からだも少しばかり解れる気分だ。
これは大事。
こんな機会を上手く利用したい。
汚れや塵・埃を取り除き、要らなく感じたものを処分して減らす。
スペースが少しでもできると、何か清々しい気分になるではないか。
そう、モノが減ったのに得した気分になるのだ。
時折、こんなに早く捨てるのなら始めから買わなければどれだけ経済的であったろう、と思うことはある。
勿体ないという未練の気持ちもあるが、それを敢えてスパッと捨てるところに快感がある。
蕩尽だ。バタイユだ。
貯めて貯めて一気にぶち壊し捨て去る。戦争がその最たるものであろうが。
それほど派手ではない(壊滅的ではない)が、袋詰めや紐で縛っている時は、何か精神の解放も覚える。
坂口安吾も戦時中、そんな感覚を持ったらしい。分かる気がする。
これまでのモノの配列が変われば、環境~習慣~感覚~考えにも変質は起きよう。
新鮮な気分に浸りたい、と端的にも謂えるか。
つま先立ちしたり、腰を落として踏ん張ったり、階段を何度も何度も上ったり下りたり、、、
「運動」をして体が火照ってきた後で、いよいよ楽しみが待っている。
最後に入る風呂が格別なのだ。
ホッとして癒され、ただひたすら気持ちよい。
モノを清めて片付けることで、心身共にスッキリした。
掃除とは、そういうものだろう。
明日は一階。
キッチン周りで苦労しそう。
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