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GOMA28

Author:GOMA28
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外で読書~ウイーン幻想派

DADO.jpg
「嬰児虐殺」ダド

日中はとても日差しが強い。
気温もまだ寒いというほどではない。
そんな時には外で読書が一番。
ということで、まずは今何かと話題となっている「重力」関係の本を幾つか持ち出しみてみた。
やはり興味は尽きないが、細かい字を追うのが億劫になる、、、。

同時に持ち出した画集を眺めはじめた。
でかい画集を外で観るのは初めての経験である。
でも、はまった。こういうのも面白い。(おすすめ!)
画集のページが温まるほどの日差しで驚く。

ゆっくり堪能する。
主にウイーン幻想派の絵だ。
ダド、レームデン、タンギー、ブラウアーたちの絵を観た。


精妙な原風景をそこに観た。
恐らく無音である。(他の画家もそうだ。夢のように)。
ここで、わたしが一番好きな画家がレームデンだ。
冷たい雪原の死のイメージがとても分かる気がする。
雪の白さと鋭く引き裂かれた雲との痙攣してヒリツク不安な美である。
わたしも何処かで観たような、そんな気持ちが呼び覚まされる。
雪原も亀裂が入り大きくズレた地層も切れ切れに広がり伸びる雲も全て危うく不安という他ない。
この画家に常にみられる鋭く繊細に伸びる描線が引き攣った神経を刺激してやまない。
琴線に触れるというのとはまた違う。
とても痛々しい神経~生理感覚に共振するのだ。
特に彼の作品では、「戦車戦」である。とてもヒリツク。
Lehmden.jpgLehmden002.jpg

ブラウアーは、フッターにも通じる鮮やかで強烈な原色が目を引く。
特にビビッドな赤と青。
「赤い花弁」、「天に上る凧」、「海辺の空高く」など、燃えるような色彩(ビビッドな原色)が宙に浮かび上昇してゆくものが多い。
色が活き活きとして輪郭させも浸食して打ち震え広がりながら、何処までも上昇する。
地面も黄金色に鈍く輝いている。
この過剰さを前に、その世界に入り込むことは、全く人類の生存不可能な星に生身で降り立つくらい厳しさがあるが、モニタ越しに眺めるとしても違和感がある。
だが、その違和感に魅了されている。
非常に危ない感覚に誘われてゆく。
薬物的~麻酔的な、、、。
Brauer.jpg

タンギーには、ずっと前から惹かれるものがあり、特に広大な海の干上がった後の砂底に残された名状しがたいオブジェたちの恐ろしい異物感、、、その見てはならない物を見てしまった、出来れば目を隠したい衝動を覚えるそのオブジェ群は、どうにも未だに見慣れることが出来ない。
そこには異様に永い時間が潜んでいる。
それを確かめる不安と畏怖と好奇心、、、。

つまり今も惹かれ続けている。
隠れてヒッソリ小箱の蓋を開けて観るような感覚である。
時折、想い出したように確かめたくなる、そんなオブジェ群だ。
Tanguy.jpg

ダドには「大きな青い磯」という記憶に残る絵がある。
寒色~青主体で、海の水の完全に干からびた海底に同様に干からびた人や胎児のような物体が露呈している光景だ。
タンギーのように抽象的なオブジェにまで研磨されてはおらず、かつての姿~原型を残している。
その分、残酷で生々しさは残存するのだが、観ること自体に抵抗を感じない。
タンギーと比べて、時間の浸透がまだ浅い分、超然とした異物感~即物性は薄い。
鉱物のもつ抽象性には、至っていないのだ。
その分、観易い。タンギーより意識レベルで観られる絵だ。
だが子供のころ観てから今でもずっと覚えている。
やはりダドの絵も原風景に繋がっていたのだ。
そこをもっと降りてゆくとタンギーの世界に遭遇する、、、。

上昇するものと下降するもの。
どちらにせよ足場は覚束ない。
と謂うより宙吊り感覚である。
そこは闇ではなく研ぎ澄まされた青空であることが多い。
とても冴えて覚めた場所。
しかも乾ききって光を滲ませ。
幻想はそういうところにこそある。


幻想画の持つ象徴の浸透力、その秘められた物語性。
そこには観る者に原風景を感得させる確かな物質性がある。

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