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デトロイトでのパニック

David Bowie001

”Panic In Detroit”

「アラジンセイン」(1973)はわたしの大好きなアルバムだが、なかでも「デトロイトでのパニック」がたまらない。
どの曲も狂気に染まった緊張極まる曲揃いだが、そのなかでもこれは針が振り切れている!
(マイク・ガーソンのピアノがキレまくっている)。

チェ・ゲバラにそっくりな男に出逢って書いた曲なのか、、、。
「普段は目立たぬ男だが人知れず隠れ家に銃を隠し持っていた」、、、から始まる。
歌詞世界もゾクゾクするスリリングなものだが、サウンドが凶暴に美しく捻じれて歪み圧巻である。
何とも「間」が良い。
畳み込むサウンドのなかの真空の場に狂気のリズムとスキャットが雪崩れ込む。
そう、ミックロンソンのギターリフも。

これぞロックである。
身体の生き還りには必須のサウンドとなる。
自己の解体~再編成・再組織化には、この爆音洪水を浴びる必要がある。


このアルバム、ボウイの初期のコズミックドライブのかかったものやダイヤモンドドッグズのような近未来SF的なロマンや浮遊感は一切ない。
極めて加速した街の光景の浮かぶ、現在の地上を横断する破壊力あるリズムであり戦慄すべき旋律だ。
そして、この時期のボウイの「アメリカ」への拘り。
彼の(曲の)変身は彼の場所の変遷に重なる。
「Low」はベルリンとなる。
カフカ的に「アメリカ」を彷徨い疾走中のもっとも突出した曲が”Panic In Detroit”


時に、音楽は日常のあらゆるリアルな経験~体験を凌駕し激烈な高揚その垂直的な認識を齎す。
「彼はわたしに家でおとなしくしていた方がよいと言っていた、、、」
それで充分なのだ。
音楽が全てを加速度的に革新してしまう。

映画も音楽でその厚みと質が確定する。
岩井俊二の「リリーシュシュのすべて」をはじめ彼の映画全て音楽の位置づけは極めて大きい。
「ブレードランナー」の”Vangelis”も同等であろう。
あの映画を想いうかべるとき決まってあの荒涼として哀愁を帯びたサウンドが流れる。
「ザ・ミスト」の”Dead Can Dance”もあの終曲「セラフィム(熾天使)の主」で映画が完璧に完結する。

これは挙げ始めたらキリがない。話がこれだけになってしまう(笑。


アラジンセインはマイク・ガーソンの煌びやかで分裂症気味なピアノが基調を作っているが、特にアグレッシブなジャズ的アレンジの効いた”Time”と美しく儚げな”Lady Grinning Soul”で際立つ。
これらも詩がすこぶる良い、、、。
このアルバムの隠れたテーマは「時間」である。
”Lady Grinning Soul”、、、香りを纏った刹那の永遠性を歌った曲でこれ程の名曲があろうか
更にロック以外の何ものでもない”Watch That Man”をかなり反復して聴いていたが、やはり”Panic In Detroit”で再生!である(爆。


”Panic In Detroit”

疾走するカオスが増幅し突き抜ける。
違う時間と系にノリコムにはこんなサウンドがよい!
ボウイもきっとそうして来た。
無数の場所~時空に無数のわたしがいるのだ。
家でおとなしくしていてもよい。
(例え籠っていようが、、、)。
そのためのRockである。


ただ気持ち良い、、、



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