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昨日の公園

sun001.jpg

十月は小春の天気、草も青くなり梅もつぼみぬ、、、(徒然草)

この時期よく言われるのは『天高く馬肥ゆる秋』であるが(笑。
昨日は丸一日、家族で公園に行って過ごしたが、長雨の落ち着いた後の爽やかな空気が気持ちよかった。
十月桜も咲いているではないか。
そのせいか公園はかつてないほど混んでおり、5つある広い駐車場に停めきれないほど車が溢れていた。

等間隔に何処にも車がある。
面白い。
宇宙みたいだ。
星も結局、均一に分布している。
宇宙の等方性が謂われている。
そして中心はない。
ただ加速膨張してゆくだけ。
ちょっと眩暈がして、寂しくもなる。
星が将来は見えなくなるのだ。
幾世代後の噺だろう、、、。

考えてみれば中心も基準もないのは当然。
太陽系は秒速300Kmで(天の川)銀河の中心に対して回り、その銀河系もアンドロメダ銀河と謂わばペアを成す形で回っていて将来は激突する運命にあるらしい。それらを含む局部銀河群は、またさらにおとめ座超銀河団に含まれ、その超銀河団は大きな重力~グレート・アトラクターにひかれて移動してゆく、、、SFにもしばし登場するのだが、、、結局、動きなど何を取り敢えず基準に置くかにより説明可能となるだけで、静止基準などもともとないことから、もうただ凄まじい速度でピアノ曲線を描いているようなめくるめく感覚だ。よく地上に呑気に張り付いていられるものだ、と感心することもある。

ただ、光が眩しい、、、。心地よい眩しさだ。
光速度が一定であることから、時間の伸び短みを見出したのはアインシュタインだが、(時間の進み方によって光が見かけ上、一定の速度に見えること、が正確か)空間~身体に固有の「時間」が流れているという認識は、われわれにもとても馴染む。
そちらの方が生活の実質・実感に適う。
公園で日向ぼっこして、芝生で草の匂いを嗅いで寝転がっている時に、時計時間などいちいち気にしていられない。
寝転んで見ている限り、この公園、遠近法で整序しきれない。
時間がヒトの数だけあるような空であり空気である。
ルネサンス以前の絵をみるような感覚だ。
それから、音が面白く響く。
小さな音でも気に障る音があるが、大きな音でも心地よく響く音もある。
そう、潮騒などはその例だろう。f/1揺らぎか、、、。
いつの事だったか思い出せないが、海など何処にもないところで、潮騒の音が聴こえて、音源を確かめる気にもなれずに転寝をしたことがあった。
音には、昔から不思議な想い出~体験がある。
そんなことをゆらゆらと改めて想い浮かべた、、、。
本当に少し眠ってしまった。


帰る頃には月が出ていた。
まだ空は青空である。
藤原定家の「明月記」には、牡牛座に突如現れた超新星爆発のことが書いてあり、月より明るく数か月間も輝き続け、昼でもそれは明るく見えたという。1054年7月4日のこと、、、。

贅沢な噺だ。


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