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コロー

Corot001.jpg

絵心とかよく聞くが、コローの絵を観ていると、その絵心というものがじわっと実感できる。
その絵を描くことの恍惚感を想い、、、
脇に置いていつでも観ていたいという絵である。
「絵」なのだ。
それ以外の何ものでもない。
伝統的な手法の傑作はあるが、それを越えているところが感じられる。
そこが面白い。

コローから、印象派まであと一歩のところにあることはよく分かる。
影の部分がそれまでの画家の絵とは異なってきているからだ。
ただ明度と彩度を下げ黒を混ぜたりする(所謂、ヤニ色という定番処理)ではない。
影の部分にはそれ相応の色(色相)があることを発見している。

タッチも落ち着いていて静かだが、細やかなだけでなく大胆で確信的でもある。
必要最低限の単純な筆致と色で恐らく素早く仕事を仕上げたと感じられるものも少なくない。
ここでもやはり、省略したりぼかしたりすることで、その空気感も含めたリアリズムを追及している。
何でも細かく埋め尽くせば、リアルになるという考えは、もうここにはない。

都市の光景もモニュメンタルで一種の偉大さを証明する絵ハガキ的な構図ではなく、画家の感性で切り取った詩的で私的な風景が観られる。
場合によっては、その建造物が何であるのか分かりにくいものもある。(例えば「コロセウム、、、」)。
観光写真でこれが~とはっきり分かるそんな構図では、もはやない。
あくまでも画家がこの情景が美しいと感じたまさにその絵なのだ。
この点で、コローは印象派に繋がる資質をはっきりと示している。
丁度、現在われわれがとっても心惹かれたアングルの風景をスナップショットで切り取るような感じだ。
それは無名の風景になっている。とても新しさを覚える。

Corot002.jpg


如何せん、写真を撮っただけだと、それで安心してその風景を味わい尽くさないのが、大方のケースだ。
例え、簡単なスケッチでも自分で描いておくと、かなりイメージが脳裏に残る。
その印象を大切に、先ほど撮った写真も参照して家に帰って絵にするとかなり良いものが出来るかと。
本当はその場で粘ってずっと最後まで描ければい謂うこと無いが、実際はそうはいかないことが多い。

でも写真を元に何となく描き出すと、かなり危ないところに引きずられてゆく。
コローの世界~絵から遠い光景にどんどんなって行ってしまい焦る。
自分の「絵」~印象というものを最初にしっかり意識し、描き始めなければならない。
(描き始めが肝心である。それ以降はブレないよう、勢いを大切に進めることだと思う)。

コローを観ると、どうしても描くことそのものに気持ちが流れてゆく。
そう、描くことの恍惚を感じさせ誘惑する絵であろう。
もう少しで、印象派に繋がり爆発する前夜の密かにワクワクする絵ともいえる、、、。

Corot003.jpg



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