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ゴーギャン

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”D'où venons-nous ? Que sommes-nous ? Où allons-nous ?”

後期印象派の激しい(または光学的に計算しつくされた)タッチと短く素早いまたは点描の配色による作風に対し、ゴーギャンの作品は、非常に確信を持った輪郭内の平面塗り(塗り絵)で構成されている。
ある意味、印象派の都会の煌びやかなカフェの光景に対する挑戦にも思えるところだ。
この手法はブルターニュから自覚的な方法となり身体化されてきた。

そしてタヒチに渡り、そこでゴーギャンは独創を完成に導く。
その地で彼は最期を迎えることとなるが、苦難の連続であった。
経済的にも貧窮の極みで病気でも医者にもかかれない上、絵の具・カンバスにも事欠く状況であった。
更に追い打ちをかけたのが妻の元に残して来た娘アリーヌが亡くなったという知らせを受ける。
彼の精神は破綻をきたす間際まで追い詰められ死をはっきり意識するが、死ぬ前に全てを注ぎ込んだ作品を残そうとする。
とても複雑な構図の絵だが、右から左へと読むことになる。
青い偶像は度々彼の絵に登場する。ゴーギャンにははっきり見えるヴィジョンのように。

『われわれはどこから来たのか、われわれは何者なのか、われわれはどこへ行くのか』

われわれにとっての永遠の問いであろう、、、。
そして藝術にとっての、、、。
(哲学でも物理学でも問われているが、勿論答えは出てはいない。宗教では最初からそれぞれの宗派で決まっているようだが)。
この絵の右端の老婆の近傍にいる白い鳥は、ことばの無力を示しているという。

この生涯をかけた大作を完成させた後に、彼は自殺を試みる。
、、、それは未遂に終わった。


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『説教のあとの幻影(ヤコブと天使の闘い)』

証券仲介会社を辞めてパリを去り、家族を捨て画家として生きる決心を固めた。
彼はルーアンを経て、ブルターニュにまでやって来る。
そこには、死者の国の扉もある森や巨石や泉や妖精や天使の織りなす物語が藝術的関係を促す力に充ちていた。
お金の蓄えはすぐに底をついたようだが、生活費を抑えられる環境でもあり、ゴーギャンの噂を聞きつけ若い芸術家も集ってきたという。(絵はまだ売れないが、新しい絵を描く画家として玄人筋では話題のヒトであったらしい)。

天使とレスリングをするヤコブの幻影で有名な絵であるが、異なる世界を一つの場所に同居させることに成功した画期的な絵かも知れない。
構図的には、茶色の大きく弧を描く木がふたつの場を繋げている。
こちらから闘いを眺めて。いる女性たちは、ブルターニュの伝統(ケルトの文化)を継承した衣装~白いコアフという帽子を付けている。

この時期にゴーギャンらしさ~形の単純化と色彩の独創性、そして平らな塗り方(べた塗とは違う)と神話的な物語性を支える構図・構成がはっきり見て取れるようになる。

同時期の「黄色いキリスト」もかつてない磔刑の図となった。
外界に対して余りに開かれた、伸びをしているかのようなのどかな磔刑のキリストはゴーギャンにそっくりである。
その下にはやはりコアフを被った普通の女性たちが日常の時間を過ごしている。
きっとブルターニュとは、そうした場所であるのだ。
そしてゴーギャンはその手紙などから充分に察することが出来るが、自分の画家としての才能を確信する。


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『ルー・カーセルの雪景色』

わたしは、この時期のゴーギャンが好きで、見惚れてしまう。
生まれ故郷(地元)のパリ時代の初期の絵は、伝統的手法のなかにゴーギャンの身体性が窺える。
これからゴーギャンになる前の繊細な震えが感知される絵だ。

証券仲介会社でかなりの高給取りで裕福に暮らしていたらしい。
この時期、結婚もしてその後5人の子供にも恵まれる。

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『木製のジョッキと金属製の水差しのある静物』

こんな最初期の絵もとても味わい深い。
飾っておきたい絵だ。
風合いがとても心地よく、またこれをゴーギャンが描いていたということでより感慨深いものとなる。


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『パラウ・アピ』

タヒチらしい=ゴーギャンらしい絵である。
彼は常に、土地~場所の力から創造性を得ていた。
その場の励起を身体化していた。
そこから原始的で素朴な美が創出されたのだ。

この構図で何点ものバリエーションが描かれている。
量感~Massiveと、単純化された色面が心地よく美しい。
海を示す僅かなさざ波の表現が素晴らしい。

波の表情はこのあたりの絵から、ほとんど柔らかい抽象的パタンとなる。
それも大変神秘的で美しい。


彼は、世間が認める以前に「自分が偉大な画家である」ことをはっきりと自覚していた画家であった。
それは正しかった。


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