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DECADE

Saturn.jpg
早いもので当ブログを始めて、10日が経ちました。
形式がなかなか定まらず、ジャンルも当初はっきり絞るのが難しく、書きたいままに来てます。
かなりの低空飛行で。
もう少し書いてから整理しようとは思っています。

決まって書きたいこと書きすすめていくと、ジャンルには治まらなくなります。
交錯・横断・接続・連動が起きます。
そしてリゾーム。
ツリー状に整理して書ければ分かり易いかと思いますが、
ノイズも出てきてやはり気が移ります。

書きたいことは、ITや自然科学やSF文学、それに現代音楽、Rockなのですが、
ここのところ、育児日記みたいになっています(汗)。

娘の存在なくして、私の生活があり得なくなっていることは確かです。
私の生存そのものが、かも知れません。
理由はないです。

DECADE 私の10年以上前に作成したHPの名前です。
あの頃はトップページにきまって”ブロードバンド推奨”なんて入れてましたっけ(笑)
再び戻って来た感はあります。少しづつ。

そう、思い出しましたが、マンガについてもその頃、幾つか書いていました。
岡野玲子、諸星大二郎、山岸涼子、、、が特に好きでした。
力んで感想を書いていましたが、私の資質が基本的にストーリーに弱いので
強力なストーリーテラーに魅かれるんですね。
バックボーンの体系だった思索、思想もさることながら、それを稠密なモノガタリに展開出来る
力ですね。

絵も勿論、圧倒的!お見事です。岡野さん、山岸さんはまだ追従者の出る余地はあろうかと思いますが、
諸星氏は孤高ですね、星野さんは沢山の追従者を出しましたが、やはり”絵”がそれを決めるでしょう。
勿論、内容的にも古典、文化人類学、科学等の尋常でない造詣を元に展開され、
独創的な異形の発想などにしても、それだけでも真似は困難ですが、
やはりあの一目で諸星氏と分かる“絵”です。
あの諸星氏の絵はコミックアニメの作家が時折真似してましたが、(つげ義春を真似するみたいに)
まずうまくいきません。誰もまともに真似できません。
手塚治虫氏も「諸星さんの絵だけは描けない」と述べていたそうです。

諸星氏の作品に優劣などつけようがありませんが、私の特に好きな作品は、「生命の木」です。
当然、ご存知の方も多いと思いますが、とりあえずあらすじだけ、Wikiより引用しておきます。

東北のある地方の隠れキリシタンの里が物語の舞台。「はなれ」と呼ばれる集落には、独自の創世記が伝わっている。それによると、太古、人間は楽園で暮らしていたが、禁断の果実を食べた咎で「でうす」の怒りを買い、楽園を追われたという。このうち「あだん」と「えわ」の夫婦は知恵の木の実を食べたが、もう一人の人物「じゅすへる」は生命の木の実を食べたという。このため「じゅすへる」とその子孫は神と同様に不死身となり、この事を憂えた神は「いんへるの」を開き、「じゅすへる」の子孫は生まれてから一定後に「いんへるの」に落され、「きりんと」が来る日まで尽きぬ苦しみを味わうのだという。

若き考古学者である主人公は、そんな「はなれ」の里を地元のカトリック教会の神父と共に訪れようとしていた。神父の話では、この里も江戸時代に切支丹弾圧の嵐を受けたが、不思議なことに一人の殉教者も出ていないとのことだった。さて一同が村に着くと、何故か人の気配がない。一人だけ残っていた老人・重太に尋ねると、「いんへるの、いっただ……」と答えるばかりで要領を得ない。不思議がる主人公や神父の前に、妖怪ハンターこと稗田礼二郎が現れる。

稗田は村に残る創世記と、3日前にこの村で発生した殺人事件を結びつけ、村の伝承が現実になろうとしていると語る。実は、殺された善次という男は十字架上で磔にされていたのだ。スキャンダルを恐れた神父は密かに善次の死体を十字架から降ろし、十字架を処分していた。重太に導かれるように村の奥の洞窟にたどりついた一行の前に、「三じゅわん様」と呼ばれる奇妙な3人の男が現れる。彼らが「い、いんへるの」と震える指で指差す下では、数限りない亡者の群れが蠢いていた。

一行は「いんへるの」を目の当たりにして確信した。一般に知られるキリスト教の聖書で語られる救世主キリストは、「あだん」と「えわ」の子孫だけ救うものだ。だからこそ、地の底の「いんへるの」に落された「じゅすへる」の子孫達を救う救世主が必要であると。と、重太が「ぜずさま!」と絶叫に近い声を上げる。そこに現れたのは、十字架にかけられ殺されたはずの善次だった。3日後に復活した救世主である善次は「いんへるの」でうごめく人々に、

「おらと いっしょに ぱらいそさ いくだ!」と呼びかけるのだった



ストーリーだけでなく、絵で魅せる感動的な作品なので、まだご覧になっていない方は是非、ご覧ください。確か映画にもなっていたと思います。でも使えない言葉もあり、また今後映像化されるにしても自主規制とかが入り、中身が貧しくされなければよいですが。

マンガの方に話は逸れましたが、”ブロードバンド推奨”から昔話にスリップしました、ここで一区切りをつけ、
今後に向け、ひとこと。
まず、カントが4つのアンチノミーで論じていたことを確認しておきたいと思います。
世界は単純なものか、世界に始まりはあるか、自由はあるか、神はあるか、に原理的に理性はこたえられない。
理性はどちらも説明してしまう。中世の魔女狩りしかり、今話題の松本なにがしのオウム真理教しかりです。
いえ、普通の生活しかりです。ああ、現象学が出てきてしまうか?

ただ基本的に、そのヒトが何を信じて何を望んでいるか、何を識っているか、によって世界は決まる。どんな世界でもその内では論理は整合性をもってしまう。最初に書こうと思ったことです。ここは押さえておきたい。
AnotherSideStoryにリゾーム状に乗り換えて行けたらと思います。
(ジャンルやタイトルは相変わらずで行きそうだ)

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基本的に、日々思うことを綴ってゆきます。悪しからず。
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