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浦上玉堂

gyokudou001.jpg
凍雲篩雪図(とううんしせつず)は川端康成が自ら手に入れ傍らに飾り鑑賞していた作品であり、国宝である。
粉雪の舞う凍てついた幽玄の山水の景色。
よく見ると大胆で奔放な筆さばきのなかに非常に細やかな木の枝が丹念に描き込まれている。
更にこの深く独特な陰影のある雪山の風景に朱が散らばって打たれているではないか、、、。
麓の庵では文人が独り書を読み耽っている。
きっと玉堂自身の姿であろう。

神韻縹渺たる名画と謂えるものか。
川端が、この画をいつも傍らに眺めつつ執筆に臨んでいた姿が思い浮かぶ。
この境地に自らを置き、彼も玉堂の庵に座し、筆を走らせていたのではなかろうかと、、、。


この作者、浦上玉堂は隠遁生活で想うがままの創作を愉しんでいたという。
酒を呑んでは友と琴詩書画に興じ、それらが全て響き合うなか、自ずと作品が生まれ出てきた。
想うがままに琴(七絃琴)を奏で詩を吟じ絵筆を振るう。
その奔放さは晩年においてある~揺ぎ無い境地に達する。
(ほぼ抽象に近い異世界の図となる。それはかなりシュールだ)。
ブルーノタウトは、彼を東洋のゴッホと評している。
(しかし彼には微塵も悲痛さは見られない)。

隠遁者とは、何とも響きのよい、、、。
彼は庵を結び隠遁生活を文字通り送った文人画家であるようだ。
備中鴨方藩大目付という上級藩士であったが、学問、詩文、七絃琴、画に耽っていたため、左遷されたらしい。
そんな時、ひたすら山々の自然に気持ちが囚われて行く。ここではない人の世を脱した何処か果てに強く惹かれて行く、、、。
この感覚、分かる人と分からぬ人とに、はっきり分かれるはず。
いろいろめんどくさくなったので脱藩して、諸国漫遊の旅に出る。
50歳からの第二の人生である。(当時の50である。かなり思い切った決意でもあろう)。
息子2人も連れて行くのだから、きっと息子たちも風流だったのだ。
(趣味を解せぬ息子だったら連れてゆくわけがない)。
3人で山の奥深く、雲の下に棚引く森に囲まれた庵を目指す。
(これもユートピア思想か?)

しかし、50で藩の要職にありながら息子二人を連れて脱藩するからには、先の生活の見込みもしっかりあってのことであろう。
やはり価値観の合う友が訪ねてきて、月明りの下で酒を酌み交わし琴を奏で詩を朗じ筆を振るい画を描く。
そのような事情になったようだ。
勿論、しょっちゅうそれでは、隠遁の意味はない。たまにであろうが、いずれにせよ完全な孤絶ではなかった。
彼の作品を伝える解放されたネットワークは保たれており、交通はかなり頻繁にあったようだ。
それでなければ喰っては行けまい。

彼ら父子は江戸、会津、金沢、熊本、長崎、を巡り最後に京都に落ち着いたという。
当時とすれば、伊能忠敬ではあるまいし、凄まじい旅である。
しかしそこには、諸国を巡った情報も知りたいと友が集まって来るものなのだ。
息子、春琴の絵には(二人の息子も絵を描いた)「平安第一楼会集図」があり、数人の友と酒を交わし琴を奏で絵筆を振るう情景が描き込まれている。所謂、「雅会」というものか。これが所々で開かれていた様子が窺える。
(わたしも、そういう会に是非、参加したいものだ!)

「玉堂琴士集」等の出版もしている。その内容からは到達した境地が心地よく描かれている。
「世俗から日々遠ざかり、真の世界に日々近づいている。心は長閑でヒッソリとしている。諍いも偽りも消え去った。」
「山々の重なりは全て絵の世界そのままだし、滝が響く音は琴の調べのようだ。遠い昔からのこの妙なる境地。とても人に騙れるものではない。」
よって、琴詩書画に表すしかなかったのだ。極めて自然に。

また、「庵にて、些か忙しい。花が開き花が落ちる。ただその事に気も漫ろなのだ。」
そして、「まばらな林のなかを風は淋しく吹き過ぎる。こころのほかにはなにもない。こころだけが存在するのだ。」
まさに、こころが自然に同化したかのような心境は、そのまま琴の調べと化し、画の筆~タッチとなっていった。
彼の特徴である擦筆(所謂、鉛筆状に形を作ったドローイング用具も紙、革、フェルトの素材によって素描を擦り付け滲ませる効果を生むがそれと同様)による筆を強く擦り付けたタッチである。

ちなみに玉堂の琴の指さばきは、「古怪」というテクニックであるという。
フレーズの先がうかがい知れない唐突な動きを秘めたものらしい。
まさに擦筆同様、自然の理に通じる融通無碍なあり方そのものか。
無為自然~ありのままにを過激に徹底した結果~成果であろう。


これらの在り方が全て人に(彼を知る親しい友人を通して世に)知らされていた分けである。
であるからあちこちの山奥の庵に隠遁?していても、彼の名が歴史に燦然と輝いているのだ。
この微妙で絶妙なネットワークがわたしにとっては最も興味深い。
(このネットワーク~関わり合い、とても気になる)。



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