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ラビット・ホール

Rabbit Hole001

Rabbit Hole
2005年
アメリカ

ジョン・キャメロン・ミッチェル監督
デヴィッド・リンゼイ=アベアー脚本・原作
ニコール・キッドマン製作

ニコール・キッドマン、、、ベッカ・コーベット
アーロン・エッカート、、、ハウイー・コーベット(夫)
ダイアン・ウィースト、、、ナット(ベッカの母)
タミー・ブランチャード、、、イジー(ベッカの妹)
マイルズ・テラー、、、ジェイソン(加害者の高校生)

キャストの高純度の演技と演出が物語を研ぎ澄ます。
ニコール・キッドマン、やはり只者ではない。


並行宇宙~多元宇宙(マルチバース)というとき、他の宇宙は異なる時空にある為、原理的には観測はできない。
「人間原理」から謂っても、この宇宙に知的生命体はわれわれしかいないとわたしは信じている。
人間にとってこの宇宙は余りに絶妙に、最適化されたデザインで生成されていることがはっきりしている。
これはとても重い事態だ。

だが、「無限」という想念のもと、確率的には何処か他に異なる自分が異なる人生を送っていてもよいのでは、と想いたい(そういう事情に追い込まれる)ということは、ある、、、。
その想いが幾つもの理論~”Rabbit Hole”を生んでいる。


ジェイソンが並行宇宙の理論を下敷きにコミックに描いていたことは、象徴的であった。
つまり別バージョンのわたしたちの世界も何処かに存在するだろうと。
「幸せな私たちもいるのかも。」
彼女は、エウリュディケとオルフェウスの話を向ける。
それもまた、どうにも届かない運命の物語であるが。
そう、どうにもならない気持ちの再確認か。

「あの時、制限速度を少しオーバーしていたかも知れない。」
「犬をそのまま離さなければよかった。」
「わたしがそこで電話に出ていなければ、、、。」
気休めにもならない。
想い出の品を整理しようが、取り戻そうが、何も変わらない。
サポートクラブに通い続け、そのコミュニティーの中で傷を舐め合い完結しようとする人々、、、
自分よりもっと悲惨な人探しに来ている人を横目に眺め、では他に何かもっと創造的な生き方が可能か。
しかしどこで何をしようが、何も解決に繋がるものなどない。
それでも人は、個々に”Rabbit Hole”を探しながら孤独に他者と共に生きてゆくのだ。

われわれは「ここに」生きているのだから。

子供を目の前の事故で失った妻そして夫。
その親族。
彼らを取り巻くそれぞれの立場の人々。
そして加害者。子供を道に連れ出した愛犬。
これから先もずっと単一の世界を孤独に共有(間主観性において)してゆく。

「このままでは、やってゆけない。」
「つらすぎる。」
「無理だ。」
「子供を失うことは、人を変えてしまう。」
「お互いをダメにする。」
、、、こんな独白を漏らしながら、彼らの日々は更新されてゆく、、、。
反復されその度に美しさを増す想いに、傷口は生々しく押し広げられ。
それでも現実に向かい合う以外に、ない。
われわれは「ここに」しか生きられないのだから。

そう分かっていながら、どこかで”Rabbit Hole”を探している。


その思いは宇宙全体へ、あらん限りに押し広がり彷徨い、虚しく差し戻されるのだ。
救いなど、ない。



いや、あるとすれば、「時間」の果てに。
ナットのいう、~それは孰れ、ポケットの中の小石に~なってゆくのかも知れない、、、

或いは、「藝術」であろう。

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GOMA28

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絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
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