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ジャッジ・ドレッド

Judge Dredd001

Judge Dredd
1995年
アメリカ

ダニー・キャノン監督
イギリスの同名コミック原作


シルヴェスター・スタローン、、、ジャッジ・ジョゼフ・ドレッド(伝説的なジャッジ、クローン人間)
アーマンド・アサンテ、、、リコ(ドレッドの兄弟クローン)
ダイアン・レイン、、、ジャッジ・ハーシー(ドレッドの最も頼れる同僚)
マックス・フォン・シドー、、、ファーゴ長官(ジャッジ評議会の長官、ドレッドの生みの親)
ロブ・シュナイダー、、、ハーマン・ファーガソン(ドレッドの相棒)
ユルゲン・プロホノフ、、、ジャッジ・グリフィン(ジャッジ評議員、後に長官)
バルサザール・ゲティ、、、メイソン・オルメイヤー(ジャッジ候補生、画像解析のエキスパート)
ABCロボット(戦闘用ロボット、戦争で絶滅したことになっているが、まだ残っていた)


如何にもヒーローものコミックの実写化といった展開の映画であった。
スーパーマンやスパイダーマン、バットマンの同系列か。
いやむしろ、「ターミネーター」や「プレデター」、「バトルランナー」「トータル・リコール」のシュワルツェネッガーの向こうを張ったものだろう。
コスチューム~マスクは物々しいが、個性的でよい。

2139年の核戦争後に残された「メガシティ・ワン」が舞台。
何故か人心は乱れ退廃し街には犯罪が横行していた。
既視感はタップリ。
そこで政府は、ジャッジ制度を制定し、「ジャッジ」に選ばれた人間は、犯罪者をその場で裁判、判決、刑執行できる特権が与えられ治安維持にあたっていた。
(それで猶更、混沌・混乱を増したようだが)。
かなり単純で思い切った設定だ。
そこでアクションを繰り広げるが、スケール感はほどほどのもので特に新鮮な刺激はない。


そのもっとも悪党に恐れられているジャッジこそ、ジャッジドレッド(スタローン)であり、ファーゴ長官のDNAから作られたクローン人間なのだ。悪人を処刑する際に「俺が法だ!」である。
法を絶対視する少し人間離れしたストイックなスタローンが顔を口元まで隠すヘルメットを被り活躍する。
ちょっと、それはないだろう。とは思うが映画を観るのに邪魔な考えは保留して観てゆく。
ヤヌスプロジェクトによりかつて、ドレッドとリコが理想的なクローンとして作り出されたが、リコが謀反を起こし、このプロジェクト自体が封印された。
片や法を完璧に守るドレッドと片や無軌道で完全な自由を求めるリコに分かれてしまったのだ。
(わたしは、どちらかというというと、リコ側だが、あからさまな悪党は嫌だ(笑)。
死刑となったと思われていたリコがグリフィンの策略で街に突然現れ、メガシティ・ワンを再び混乱と恐怖に陥れようとする。

グリフィン評議員は、よりジャッジの力の強化を狙っており、リコと組んで街を破壊し、多くのジャッジを殺害する。
それによって、封印されていたヤヌス・プロジェクトを復活させようとするのだ。
リコ~グリフィンらは、計画遂行に大きな障害となる、ドレッドとファーゴ長官を奸計によりシティーから追放し、評議委員も皆殺害してしまう。
しかしリコの狙いは、自分のDNAを基にしたクローン人間の生産により自分が世界を支配することであり、より秩序を強化しようとするグリフィンの計画を利用したに過ぎなかった。

何と言うか、特にどうということもない、如何にもありそうなストーリーであるが、テンポよく展開し、ドレッドにハーシーとファーガソンも協力し、リコの暴走を食い止めるまでの流れは、適度に山も谷もありで飽きずに見せてはくれる。
とは言え、ハーシーにもっと活躍の場~厚みを設けてもよかった気はする。
シンプル極まりない物語の強みか、全く考えさせずに終わりまでそこそこ小気味よくもってくらた。

巨匠ベルイマン映画で主役の常連、マックス・フォン・シドーがもっとも偉い人で出てはいたが、やはりどうにも軽い。
この映画では、彼はその雰囲気だけ醸していればよいか。
「ランブルフィッシュ」のダイアンレインからは程遠いものだが、それも仕方ない。

Judge Dredd002
マスクはよく脱いでしまう。
Tシャツ姿で闘うと、ランボーとほとんど変わらぬ情景になる(笑。
原作では、一切マスクは人前では取らない設定らしいが、その方が法を唯一の拠り所とする主人公の孤絶した威厳が際立つと思う。ハードボイルドさが維持できる。
最後にハーシーとファーガソンによって少し人間的なユーモアも感じさせるのだが。
ドレッドとリコを融合させた所謂普通の人間が、問題を様々に孕みながらも、もっともバランスのある存在と謂えよう。


暑くなって疲れが出てきた折、心身を適度にほぐすために観てもよい映画である。
何も後に残らないところがよい。


モーガン・フリーマンのナビゲートする科学番組で、「悪は根絶できるか」というものがあったが、これからは脳の対象部位に対し電気刺激を与えたり、薬物投与で「悪」を消滅させる(または予防する)研究が進んでおり、いつでも施術・実行できるところまで来ている事が分かった。
ゲノム上でのサイコパス遺伝子も解明されているようで、遺伝子手術でそれを取り除くということも視野に入っている状況らしい。
しかし、危険因子を遺伝学上もっていても、(サイコパス要素を抱えていても)それを発動させない人間もいる。
幼少時の生育環境による影響がやはり一番大きいのだ。
所謂、大脳新皮質系に蓄積される情報~文化にこそ人は左右される。
更に「悪」とは何か、、、。それ以前に「善」とは何か、、、、であろう。
それなしに「悪は根絶できるか」などという問い立てはかなり危険だ。

同番組で、「無とは何か」が特集されていた。
無は無である。「無とは何か」という問いがすでに無を「対象化できる何ものか」にしている。
論じられている件は無でも何でもない、モノであった。
そもそも無を論じること自体、論理的に不可能である。
(堂々巡りになる(笑)。
解決策ではなく、問題の立て方こそが肝心である。
それにしても、素朴過ぎる。

そう、最後の締めくくりが、「みなさん、無はないのかも知れません。」であった(爆。

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絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
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