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デッド・ゾーン

The Dead Zone002

The Dead Zone
1983年

デヴィッド・クローネンバーグ監督
スティーヴン・キング小説『デッド・ゾーン』原作

クリストファー・ウォーケン、、、ジョニー(元高校教師、家庭教師)
ブルック・アダムス、、、サラ(ジョニーの元フィアンセ)
マーティン・シーン、、、スティルソン(危険な政治家)
ハーバート・ロム、、、ウイザック(ジョニーの主治医)
トム・スケリット、、、バナーマン(保安官)

デヴィッド・クローネンバーグは、「ヴィデオドローム」「ザ・フライ」「 イースタン・プロミス」などの圧倒的な存在感のあるものが目立つが、この作品の隙のない丁寧で繊細な出来には、とくに好感を抱く。

美しい映画であった。
デヴィッド・クローネンバーグ監督はスティーヴン・キングの小説の世界観を余すところなく表現できていると思う。
いや更に透徹した世界に達していはいないか、、、。
クリストファー・ウォーケンの演技がそれを充分に体現し表出していた。

ヴィジョンの絶対的な説得力は様々なところで生きる。
多くは芸術の領域で発揮されることは多い。
以前、ヒルデガルト・フォン・ビンゲンに関して採り上げたことはあるが、少なからず画家や小説家にも見受けられることは事実である。

フィアンセと共に幸せな日常を育んでいたジョニーにとり、ある夜の突然の交通事故により、彼も尋常でないヴィジョンを得ることとなる。
しかしその能力は、5年間の昏睡による時間の喪失、それは同時にかけがいのない恋人の喪失でもあり、ベッドから起き上がっても杖なしには歩けない足の不自由が残る、、、その代償として得られたものである。


確かに彼のような内的~潜在的コミュニケーション能力は、「心的現象論」を論じる吉本隆明氏もその存在を認めている。
所謂、世間的にいう超能力だ。
ひとつの源言語的能力で、胎内にいた時期の極めて初期に形成され得る能力のひとつとして捉えられている。

特にジョニーのように、それが強力で卓越したものであると、世間の好奇の目からは逃れられない。
芸術などに昇華・表現したものであれば、その領域での評価を呼ぶだろうが、彼の場合、日常に密着している。
彼は警察にも協力し犯人逮捕に貢献するが逆恨みを受け、銃で撃たれたりもする目に遭う。
面白おかしくメディアで採り上げられたり、犬を探してくれ的な手紙が山ほど届いたり、ただ彼を追い詰め悩ます事にしかならない。
しかも能力は次第に強まってくると同時に体力は衰弱して来る。
主治医には病院の管理下での生活を勧められるが、彼は今でも充分に管理下に置かれていることを告げる。
彼にとってはそれは忌まわしい能力でしかない。

連続殺人犯の警官の母親が息子のことを知っていた事実や主治医のウイザックが少年時代、ヒトラーに戦火のなか母親とはぐれたままになっていた深層の記憶と、その母親が遠くでまだ生きていることの透視は、さもあろうかと分かる。
彼らの意識のなか、記憶の底を探れば見えてくるだろう。
家庭教師を任され親しくなった少年が近未来に湖の事故に遭うことの予見は高度さは増していると思われるが、感情的な繋がりがそれを可能にしたとは受け取れる。だが手を触れたばかりの看護婦の自宅が今家事である事は、かなりの超能力と言えよう。
そして、連続殺人犯に殺された少女の遺体に触れてその犯人を特定した~顔を観た能力は、もうモノ~屍体から想念?を得るレヴェルである。少し他のケースから見て飛躍は感じられる部分ではある、、、。
そして、彼のかつての恋人サラが積極的に応援運動をしている政治家スティルソンの手を握った時に、彼が将来大統領となり、国の有事に躊躇いもなく核ミサイルを発射させることをはっきりと見てしまう。
強烈なヴィジョンである。
彼はさすがに、ウイザックに「ヒトラーがあのように台頭することが分かっていたら事前に彼を殺すか?」と問う。
すると彼は、「わたしは人々の命を救うのが仕事だ。勿論、彼を何があっても殺す。」と答える。

ジョニーは選挙演説の会場に銃をもって潜む。
結局、サラがスティルソンの間近におり、彼女の子供を盾として身を守った為に、彼が銃殺されることになる。
しかし、その一部始終はマスコミのカメラに収められ、駆け寄って彼を問い詰めてきたスティルソンが自滅して自殺するヴィジョンをジョニーは得る。
サラがどうして、、、?と困惑と驚きをもって彼を抱き上げるなか、彼は安堵して絶命する。
自分が死んでしまえば原理的に意味のないことではあるが、そのヴィジョンを観てしまえば、阻止できるのは自分であると思うだろう。わたしもほぼ同じ行動に出てしまうかも知れない。
世界を救うためとかいう大儀や自己犠牲の意識ではなく、そのヴィジョンの絶対性に突き動かされて、不可避的にとった行動であると思われる。
彼にとってきっとヴィジョンは、現実より強烈なリアリティを湛えたものであったはずだ。

最期に彼は、自分の能力を「今は神の恵みだと思っている」と恩寵として捉えて死んでいる。
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