恐るべき子供たち

Les Enfants Terribles
1950年
フランス
ジャン=ピエール・メルヴィル監督・脚本
ジャン・コクトー原作・脚本
ニコール・ステファーヌ、、、エリザベート(ポールの姉、モデル)
エドゥアール・デルミ、、、ポール(心臓を病む弟)
ルネ・コジマ、、、ダルジュロス/アガータ(瓜二つの悪ガキ/エリザベートのモデル仲間)
ジャック・ベルナール、、、ジェラール(ポールの親友)
ジャン・コクトー原作(更に監督・脚本)の映画で、わたしは「オルフェ」が好きなのだが、これは苦手である。
どこが苦手かといえば、もうエリザベートである。
女性の魔性であるといえばそれまでだが、わたしはもっとも受け入れがたい対象である。
もっといえば、一番嫌いなタイプの女だ!(笑。
映画芸術を堪能(分析とか)するとか、どうとか言う前に、この女の存在自体がいらいらさせて集中して見れない。
こういう女と一緒に居れば誰だって心身を病み死んでしまうだろう。
(それとも無意識的な共犯関係にあると言えるか?いや、ポールの本当に愛していたのは、ダルジュロスである。やはり姉は邪魔~近親憎悪の対象である。だが離れられない相互依存関係も強固にある)。
この本は、姉弟愛というより姉の弟に対する近親愛と弟の同性愛が基本となっている。
姉の愛情表現は、姉弟であることから、ひたすら激しく罵る攻撃の形をとる。
そうしながらふたりは極めて深く離れがたく運命的に繋がってゆくのだった、、、。
終始、エリザベートはけたたましく怒鳴り威張り散らしていた。
自己中などという生易しいものではなく、ヒステリーでもあり、近親相姦的な独占欲に満ち満ちている。
姉弟のこの関係はサド・マゾとかにも似た、感覚的麻痺状態も見受けられる。
究極の姉弟愛とか文学的に美化できる代物だろうか?
少なくともわたしの趣味ではない。
「オルフェ」には大変魅了されたものだが、これはどうにも頂けない。
姉と弟の罵り合うばかりのこの狂態に生理的に息が詰まってくるだけなのだが、、、
(ちょっと、うちの娘の喧嘩に重なるところがある)。
これは彼らの不可避的に置かれた閉塞空間によるところが大きい。
彼ら自身にとっても、それを見るわれわれの視覚~精神にとっても、この空間は禍々しく作用する。
その閉塞性は、単に空間的に閉ざされているだけではなく時間も止めてしまいふたりの異様な引力の濃密さを増してゆく。
早くに学校を辞めることは、体系や関係性から学ぶ知が身に付かないことを意味する。
時間性(歴史)と変化から閉ざされてしまうだろう。
他者のいない独学は悪い意味での奇形的な知性・趣向と感覚・感性を育ててしまう可能性が高い。
その思春期の姉と弟ふたりの濃密な時空がただ堆積するばかり。
(コレクションにもその一端が窺える。眠るときに身の回りに集める物にしても)。
恐るべき子供ができてもおかしくはない。
(勿論、必ずそうなるというものではないが)。
この場合、結果を遡行すれば、そこにそれ相応の原因が認められる。
(しかし逆は必ずしも成り立たない。柄谷行人がかつていったように)。
その場に、ポールの親友であるジェラールと姉の同僚のアガータが加わるにしても。
そのアガータはかつてのポールの畏友ダルジュロス(札付きの悪ではあるが)に瓜二つであり。
ポールは会った時から彼女が脳裏から離れず、やがて激しい恋心となって彼を苦しめる。
かつてダルジュロスに彼は強く惹かれていたのだ。
アガータの方もポールに恋してしまう。
ジェラールはエリザベートを只管思い続ける。
エリザベートはしかしポールと一心同体で彼を他人に渡す気など微塵もない。
何とエリザベートは、ユダヤ系アメリカ人のミカエルと唐突に結婚してしまう。
(ジェラールは当然落胆するが、ポールに姉離れを意識させる)。
しかし夫は直ぐに自動車事故で死に、大邸宅と財産が彼女に残る。
彼らはその18部屋ある邸宅に住む。

ポールとアガータの双方の気持ちを知ったエリザベートの奸計で無理やりアガータとジェラールは結び付けられ、ポールは日に日に衰えてゆく。夢遊病も再発し深刻な状態となってゆく。
新婚旅行先でジェラールがダルジュロスに偶然出遭って、ポールがコレクションをしている「毒」を持ち帰った。
ポールは、それを呑み自殺を図る。
彼が死ぬ前に、アガータにこころの内を全て伝える。
彼女はエリザベートに完全に騙されていたことを知る。
しかし最期のエリザベートの開き直りは、芸術的ですらあった。
全ての自分の行いを完全肯定して「悪」を全面的に引き受ける。
これを悲劇と言えば、そうだろうか。
エリザベートの倒れたところは、まるで舞台である。
途轍もない空疎な劇を4人で演じていたように思えた。
最期のシーンには、いくら予定調和的であり、見通しがはっきり付いているにせよ、劇的なインパクトが確かに感じられた。
終わりよければ全てよしか、、、?
荘厳に鳴り響くひたすらドラマチックなバロック音楽は、少し過剰だがよい演出になっていた。

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