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熱い夜の疼き

CLASH BY NIGHT001

CLASH BY NIGHT
1952年
アメリカ

フリッツ・ラング監督

バーバラ・スタンウィック、、、メイ(ジョーの姉)
ポール・ダグラス 、、、ジェリー(漁船の船長、メイと結婚する)
ロバート・ライアン、、、アール(映像技師、ジェリーの親友)
マリリン・モンロー、、、ペギー(缶詰工場の従業員)
キース・アンデス 、、、ジョー(ジェリーの下で働く漁師、ペギーの恋人)
J・キャロル・ネイシュ、、、ジェリーの父(アルコール依存)


暗い海岸。
激しく打ち寄せる波。
そう、激しい波しぶきだ。
夜の雲と月明かり。
この後、この波しぶきは、メイとジェリーの激しいこころの葛藤と重なる。
田舎の漁業の街。漁船の街である。

ジョーの住む家に10年ぶりに戻ってくる姉メイ。
彼女に夢破れて帰るところは、故郷しかなかった。
しかし彼女は平凡な生活には耐えられない。
直ぐにまた出てゆくよ、と弟ジョーが言う。

「人ってものは、問題を抱えているものよ。」

わたしの中の何かが平凡な生活に耐えられない、、、。

ここで誘惑者アールの役が実に微妙で複雑だ。
彼がこの物語を、登場人物たちを掻き混ぜ揺れ動かす。
彼が人妻メイの住居をこころを、ずかずかと侵犯する。
この病的な強引さと執拗さが彼女の抱えている「何か」を醒ませてゆく。
彼女のこころを開いてしまう。
この屈折した自己中で哀愁ある役を演じきっているロバート・ライアンは、生半可な役者ではない。

そしてポール・ダグラスの忍耐を極める燻し銀の演技である、、、。
これには沁みた。
堪えに堪え、度重なる裏切りで失意のどん底に落とされても、信じて受け容れるべきものは受け容れる。
居候のせこい叔父が一度は不倫のふたりに復讐を唆すが、寸でのところで踏み止まる。
ここが、昨日見た「暗黒街の弾痕」のエディとの違いだ。
そしてこの違いは僅かな差に見えて途轍もなく大きな結果の違いを生む。

「ヒトはお互いを信じ合うしかないんだ、、、。」
余りにも重い、究極の認識であり決意である。
共感した。

バーバラ・スタンウィックのによって、感情的で気難しい高邁な、結局は男を踏み台にして、自由や富を得ようとする虫の良い考えの女がその通りに演じられていたが、物語の最後に至り元の鞘に戻ることができて、本当にホッとした表情~顔が、満たされない苦悩ー固執していた自由の幻想ーから解き放たれた瞬間、こちら観客をも同様に解き放った。
やはり娘をもうけたことが彼女にとって何よりの救いであったと思われる。
もし、娘ができていなければ、またアールと共に不毛な幻想を求めて果てしなく、さ迷い続けることになったはずだ。
こどもを手放したくない、安定した地盤でこどもをしっかり育てたい。
そうしたいという目的意識(価値)が生じたことが大きかった。
これからの平凡な生活に意味と希望が生じたことは大きい。
(こどもを遠ざけようとするアールの本心に呆れてという作用も働いていたが。アールとしては、自分のこどもではないため、引き受ける気が起きないのは自然なことだが)。

マリリン・モンローについては、「帰らざる河」などにおける繊細で深みのある演技派モンローとは比べようもないが、素朴で活き活きしたな魅力を放っていた。(しかし両作の間は僅か2年である)。モンローの急成長ぶりにも驚かされる。(この時点でもかなりの雰囲気、オーラはすでに湛えてはいる)。
役さえ与えられれば、、、という段階に来ていた感じにも見える。

記号による重層的で複雑な仕掛けとかは、特にないアメリカドラマであったが、昨日の映画よりよくできたものに想える。
そう、扉が開いてゆき(冷蔵庫の扉も開き)、部屋が明かされ、横断し、箱の中、机の中も開くにつれ、内面も開かれてゆく手法に受け取れるシーンは全編に見られた。

CLASH BY NIGHT002

フリッツ・ラング監督作品はこれ以外はちょっと高価なため、様子を見て購入したい。


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