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Gibeon meteorite003


今日は映画を見る気になれず、本の整理とあちこち読み飛ばす。
そのなかで、懐かしいものを見つける。
解説ではなく、ちょっとした紹介になれば、、、。


1969に出版された岩成達也の「レオナルドの船に関する断片補足」より、、、


海の想い出

 i マリア手を焚くこと

あたしはそのとき洗められる必要があると思った それであたしはいつものようにあたしが安息所と呼んでいる穴のなかへ入っていった それからそこであたしは役にたたなくなったいろんなものから長い間かかって火をつくった そしてその火が相当の高さにまで達したときあたしは面から布をはずしてあたしの手をその高みのなかにさしいれた するとたちまちあたしの手はぼきぼきと音をたてみるみるうちにそれはもえている桑の木のように節くれだった それからその節々は固く醜くなり一方あたしの手はそのときのそれらのなかでおそろしく繊細なものに細まっていった それからまもなくそれは膝だけになった


クリムゾンのファーストなどより衝撃的であった。
特にこれは最初期の作品群のなかで、際立ってイメージがもちやすい詩であり、とても脳裏にこびりついているもの。
わたしにとって、この詩集の導入になった。
この時期、最も彼らしい作品は、「樽切れの想い出」、「続鳥に関する断片」、「マリア・船粒・その他に関する手紙のための断片」などかと思われるが。
ディテールを追い始めたらわれわれ自身が自分のことばを追いきれなくなったミクロの宇宙~多元世界を想わせる。
余剰次元の重力下における表象だ。
そこに紛れ込む静謐で狂気の熱を秘めた詩的運動は彼の独壇場である。
このテーマは更に加速し深められ「燃焼に関する三つの断片」に引き継がれる。
この詩世界を発狂する胎児に絡めた(例えた?)評論があったが、実にいいえていると思う。
発狂した胎児の表象であろうか。
とても分かる。

少なくとも通常の(日常の)物理の有効範囲を超えたより本質的な場から立ち上がる論理~詩である。
その硬質で無味乾燥な垂直する運動。
いや全く妥協のないどこまでもディテールに迫り続ける永久(発狂)運動。


同じく最初期の「樽切れの思い出」を、、、いささか長いが大サービスで、、、(笑。

それは大部分が平べったく灰質状でざらざらしていた。そしてどの部分もみな同じようにかたくわずかに反りそして繋ぎ目のところがきまって幾分かづつ分厚かった。それからそれは外側にいくにしたがって少しずつ狭く上向きになり、その上向きになってくる狭い部分は一番外側のところで二重のくびれた環のようなものに連なって了っていた。そのためにそれはあたしにとってみるたびにいつのあの外側にあるなにか一種の平たい背骨のような気がした。ただこの場合その背骨の丁度中央に当たる部分、そこだけはこころもちこみいっていた。そしてそのこみいったところにはいくつかのすりへった穴状のものがあらわれていて、その穴状のものは内側で更にいくつかの痩せた棚状の拡がりに分岐れていた。それからその痩せた棚状の仕切りのなかにはところどころばらばらになった細部の破片のようなものが付着していて、それらのものはそこでひからびたすきまの多い繊維質のものに変わっていた。だからそんなとき、その平たいざらざらしたものはあたしにとって背骨というよりはむしろあるはずれた関節に、あるいは関節のなかに埋まっているくぼみや高まりに、はるかに似ているような気持ちがした。そして関節や関節のなかのくぼみやかつてはその周囲にびっしりとまきついていた軟らかい体からはおそろしくはみだしていて、そしてそのはみだしている先の方はおおきな折れた粗布の想い出のようなものによって優しく酷く包まれていたにちがいなかった。


岩成達也の精緻な理論的な解説によるふたつの「アリス論」や「エッシャー」の絵(版画)の分類相関表と更に数学的解説も鮮烈であったことを思い出す。(彼の趣味は数学である)。その後の詩集も何冊か持っているが、これを期に読み直してみたい。
ともかく、最初に静かな衝撃を受けた最初の詩集は思い出したときにとりあえず手に取ってみる。
そんな本がいくつかある。


さて、村上春樹をこれから読もう(笑。









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