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ユージュアル・サスペクツ

The Usual Suspects

The Usual Suspects
1995年
アメリカ

ブライアン・シンガー監督
クリストファー・マッカリー脚本


ガブリエル・バーン、、、ディーン・キートン(元汚職刑事)
ケヴィン・スペイシー、、、ヴァーバル・キント(詐欺師、左手足に麻痺)
スティーヴン・ボールドウィン、、、マイケル・マクマナス(強盗)
ケヴィン・ポラック、、、トッド・ホックニー(爆弾製造犯)
ベニチオ・デル・トロ、、、フレッド・フェンスター(マクナスの相棒の強盗)
チャズ・パルミンテリ、、、デヴィット・クイヤン(国税局特別捜査官)
ピート・ポスルスウェイト、、、コバヤシ(カイザー・ソゼの弁護士)
スージー・エイミス、、、イーディ・フィネラン(キートンの恋人)

「常連の容疑者」


多くの映画に必然的に設定されている主人公を無意識的に拠り所にしてわれわれは観てゆく。
その人物に感情移入して映画に没頭してゆく。
その足場がこの作品はとても不安定であると言える。
ここでは、基本的にキトンが狂言回し的な、「お喋り」を捜査官相手にする。
その回想で構成されてゆく。

別に怪しい犯罪者が語る物語=真実を聞き取る形で進められるから不安なのではない。
この映画こそ騙りと映像の対応に気を付けなければならない。
明らかに、何かを創作し歪めている噺であることが、分かっているからだ。
その噺が物語~シーンとして精緻に説得力をもって描かれるところに大きな不安が伴う。
キトンは実に喋りが上手い。
そしてわれわれは騙されるかどうかではなく、どの解釈~文脈に乗るかを試される。
伏線らしきものは幾つもあるが、それが最終的に一点に収斂されるのではなく、束となってそのまま流されてゆく。
キントはどれほどの創作をしていて、クイヤンはどれだけ見抜いているのか。
それが分かる大きな流れは、ない。

物語におけるわれわれのエージェントである主人公と言えば、通常ならキートンがそれであろうし、尋問めいた「お喋り」を強いられるキントの騙る世界については、当然カッコつきになる。(尋問は上層部から禁じられている)。
更にそれは、単に言い逃れではなく誘導にも想えてくる。
キートンに罪をなすりつけるための。
デヴィット・クイヤン捜査官がヴァーバル・キントのお喋りから引き出したかったのは結局、何か?
ディーン・キートンの悪事を暴き、彼を悪者として認定し、果ては伝説のギャングのボス、カイザー・ソゼに仕立てあげたかったのでは、、、。
何れにせよ、話=真実は、対話を進めている場が何を求めているかで決まる。
文脈などどのようにも流せる。
その彼の深層の心理を利用したのか、、、。


いづれにせよ、取締室の張り紙と、捜査官の飲んでいるコーヒーカップの底の文字を元に話を作っている「お喋り」キトンである。
カイザー・ソゼもコバヤシも架空の人物である可能性は極めて高い。
彼ら2人を知る人間はことごとく殺されており、最初から存在した形跡も実際ないではないか。
それどころか、キートンも死んだかどうか分からない。
はっきり言って、何も分からないのだ。
キトンの噺が全てデタラメで、最後のシーンもそれが何を意味するかは、どういうコンテクストをわれわれが選んできたか、いや選びたかったかで決まる。
幾重にも決まる。
あれが何であったか、、、。あれ自体、何でもない。

勿論、ソゼを見たという全身火傷のハンガリー人生存者の証言から作った似顔絵にしても。
それで何かが分かるというものではない。


主人公に感情移入して付き合っていればそれで安心して物語の結末までをドラマチックに楽しめるという従来の映画の構造では作られていない、余り類を見ない映画である。




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