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戸嶋 靖昌 ~ リアリズムとは何か

Toshima Yasumasa004

1934年 – 2006年7月20日

戸嶋 靖昌というひとは、徹底してリアリズムを追求したひとであると思う。


リアリズムとは、何か?
リアリズムとは、いやリアルとは時空を超える出現である。

それは現れるべき場所に自ずと現れる。
はっきりそれと分かる本質である。
彼の絵を見てそれを知った。

Toshima Yasumasa003

「肉体は朽ち果てるものであって、本質的には存在していない。腐ってゆく過程こそが肉体なのだ。だから愛情がなければそれを見つめることはできない。」


このことばなのだ。
わたしは、自分の恐れを自覚した。自分の分裂的内向を。
肉体的時間性を超える「ことば」を追求している当人が、肉体~現象に足をとられていてよいのか、、、。
腐ってゆく過程を観ることのできる眼差しこそが、愛情なのだ。
無に帰してゆくその場所(存在)に畳み込まれて晶結していたすべての時間が振りほどけてゆく、、、
それを真正面から見据えることこそ。
「コッポラの胡蝶の夢」のドミニク・マテイは、研究を最後の最後に愛情のために断念したように見えて、元々研究も愛情においても中途半端で自らのうちでも引き裂かれていた。彼は真に対象に対して身を晒していない。その結果の必然的な挫折に過ぎなかった。

それがよく分かる戸嶋 靖昌の絵であり、ことばだ。


形を忠実に模する絵は散々見てきているし、わたしも無自覚にやってきた。
「それは偽りの魂を描いてしまう危うさがある。」(偽りの愛でもあろう)。
それは、彼の絵を見れば瞭然である。
「本質そのもの~魂」とは何か。
そのことばを形象化すると、この絵以外のものにはならない。
それだけ明白なのだ。


腐ってゆく過程を腐りゆく生命の哀しみを、生命が消えてゆく瞬間を、凝視する。
戸嶋 靖昌によれば、それこそが愛情なのであり、それによってはじめて「対象が持つ全ての時間~思想」が絵として立ち現れる。

だから彼は人体に拘った。
「人体そのものの描写は、19世紀でモチーフとしては終わっている。しかし何故、取り組んでいるかと言えば、人体のなかに生きるものに共通する力があったからだ。」

Toshima Yasumasa001


何というべきか、それは(ミケランジェロの)彫刻と見紛う強度をもつ絵である。
実際彼は彫刻を学んでいる。
そのことは技法(方法)的に小さくない。
そして彼の尊敬するベラスケスの絵とスペイン・グラナダの生活に密接し人々に染み込んだキリスト教に浸る25年。
彼のモデルは、ほとんど酒場で知り合ったアル中の男だったり、近所の世話になったご婦人などであった。
「ミゲール(アル中の男性モデル)は、奥底に無類のエレガンスをもっている。彼は無だから、全てでもある。」

Toshima Yasumasa002


彼は生前、作品をほとんど手放さなかったという。

今は、半蔵門にある「戸嶋靖昌記念館」*でそのほぼ全貌を観ることができるようだ。

                                 *要予約。03-3511-8162


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COMMENT

素晴らしい返歌☆

返歌とのお言葉
ほんとうに嬉しく
深く感じ入りました
ありがとうございます。

戸嶋氏の作品に迫る
鋭く
躊躇いなくまっすぐに記述されている
真摯にも読み応えのある記事に
敬服です。

確かに
PC上からでさえ
優れた彫刻から受けるあの
感覚にも似て・・・

オランダの美術館で
レンブラントの自画像と対峙した
衝撃をも想起したほどです。

戸嶋靖昌記念館
必ず訪れたいと思っています。

今更ながら思いますが、、、☆

過分な評価、ありがとうございます。
とりあえず、コッポラはこれで納得しました。

今更ながら思いますが、この世には死が溢れています。
死で溢れかえっています。
勿論、生より圧倒的に多くの質量を占めて。
ダークマターやダークエネルギーと重なるくらいに。
いや、絡めたくなるのですが、、。

死とは何であって、死者は何処にいくのか、我々とは何か。
(我々は何処から来て、何処に往くのか、我々とは何か)
ゴーギャンのことばが、生々しく感じられる今日この頃です。

圧倒されるもの、これは常に死を強く纏っております。
これだけは、確かに思えます。



> 戸嶋靖昌記念館
> 必ず訪れたいと思っています。

わたしも行きたいと思っています。恐らく距離によって見え方の変わる絵画だと思えます。
会社の社長さんで歌人でもある方の個人所蔵(コレクション)のようです。
戸嶋靖昌と生前親交を結ばれていた方で、スペインのアトリエの主要作品はみなここに移され修復・展示されているようです。
(修復の終わっていない作品もまだあると思いますが)。

また、宜しくお願いします。


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