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あん

an001.jpg

2015年
日本/フランス/ドイツ

河瀬直美監督・脚本
ドリアン助川原作


樹木希林 、、、徳江(あん作りの名人、元ライ病患者)
永瀬正敏 、、、千太郎(小さなどら焼き屋の雇われ店長)
内田伽羅(樹木の孫) 、、、ワカナ(中学生)
市原悦子 、、、佳子(徳江の親友)
浅田美代子 、、、「どら春」のオーナー
水野美紀 、、、ワカナの母(放任、保護能力ない)


「私達はこの世を見るために、聞くために、生まれてきた。
 ・・・だとすれば、何かになれなくても、
 私達には生きる意味があるのよ。」
徳江さんの言葉である。
充分に見て、聞いてきたか、、、それなら、やり残したことはない。
徳江さんも隔離された施設の窓から、ずっと長い間自然の様々な美と移ろいに遊んできたのだろう。
達観した眼差しといつも絶やさぬ優しい微笑みがそれを爽やかに語っていた。


川べり、桜並木の傍らにある小さなどら焼きの店、「どら春」
そこの店長千太郎。
常連のキャピキャピした女子高生(中生?)トリオ。
放任の母親と暮らす高校進学も危うい、周りから浮いた雰囲気の中学生少女ワカナ。
「どら春」のアルバイト募集に応募してきた徳江。
世間の人間代表という感じの店のオーナー。
後半に重要な役どころで顔を出す徳江の親友の佳子。

基本主要登場人物は限られている。

店の常連で失敗したどら焼きを渡す間柄でもあり時折、大衆食堂でも出逢う千太郎とワカナ。
そのふたりは、どちらも似ている。
人に怪我を結果的に負わせて服役し借金で身動きできない男と家にもどこにも身の置き場のない少女。
漂うように、ルーチンを何とかこなしているが、帰属する場所があやふやで本当に覚束無い。
自らの意思でそこにいるというわけではない居心地の悪さ、、、。
そこに、徳江さんが突然やって来る。

彼女は、「どら春」のバイトに雇って欲しいと店長に懇願する。
彼女の持参した「あん」の美味しさに驚いた彼は「あん」の担当をお願いする。
エプロン、キャップを付けた徳江さんが光のなかに輝く。とても綺麗であった。
あずきに話しかけ会話するように「あん」に向き合い、たっぷりと時間をかけて炊いてゆく。
その手間と愛情のかけ方を初めて経験した店長の千太郎。
「どら春」はかつてないほどの盛況をみせるが、それも束の間、徳江さんがライ病患者であったことが世間に知れ渡り、、、。
店から客は遠ざかる。

徳江さんは勿論、その成り行きの全てを知っている。
店長の「徳江さん、きょうはもう、このへんで」
このことばで、徳江さんは、「じゃあ」と別れを告げる。
これっきりの。

千太郎は、世間の非情さを実感するが、それより徳江さんを守れなかった自分の不甲斐なさに沈む。
ワカナは図書館でライ病について調べる。その歴史的実態を知る。
そこで調べた書籍のなかに次の一節を見つける、、、「わたしたちも陽のあたる世界で生きたい。」

ワカナは千太郎を連れて徳江さんの施設を訪問する。
千太郎一人では行けない。彼は自ら動けるほどしなやかなこころも器用さももたないタイプの人だ。
そこにいた徳江さんは短期間で驚く程、老けて衰弱している様子であった。
店で活き活きとあんを作ってお客に対応していた輝きがかき消えていた。(何と恐るべき女優か!)

そこでまた、彼女の親友の佳子からも甘もののご馳走を頂く。
「店長さん、お世話になりました。楽しかったわ。」
千太郎は、すべての想いが去来し、感極まる。
「店長さん、美味しいときは笑うんですよ。」


そして店はもう機能しないかたちにオーナーに打ち崩され、項垂れる千太郎を「ずっとさがしましたよ」とワカナが再び徳江さんのところへと誘う。
しかし、すでに彼女は3日前に亡くなっていた。
残されたカセットに、徹夜で前の晩に母が縫ってくれたワンピースを入所時に燃やされてしまったこと、授かったこどもを産むことが許されなかったこと、その子が生きていればちょうど店長くらいの歳であったこと、施設の散策でたまたま店長を見たとき自分が若い時にこの施設を一生出れないことを悟った時の目をしていて、いてもたってもいられなかったことが告げられていた。
千太郎も服役中に母を失っていた。

そして佳子から、お墓をもつことができないわたしたちは友達が死ぬと庭に木を1本植えることを教えられる。
徳江さんは、彼女の大好きなソメイヨシノであった。


「私達はこの世を見るために、聞くために、生まれてきた。
 ・・・だとすれば、何かになれなくても、
 私達には生きる意味があるのよ。」


ただ、濃密に深く生きること。




徳江さんは、自然にあるもの全てに、ことばがあることを認めていた。
それが彼女の「あん」作りの対話に見事に現れていた。極めて高度な感性である。

その感性を持つふたりの女優の掛け合いが見られる贅沢がある。
樹木希林と市原悦子という2大女優のどこまでがセリフでどこからアドリブなのか、サッパリわからぬ達人同士の超絶芸がこれまた圧巻であった。

そう、忘れてはいけない。
エンディングの爽やかさ。
自分の生を行き始めた清々しい千太郎の姿。
その背景には桜。その枝を透かして月が見ていた。

そしてブラックアウトした瞬間の子供の声、、、
(そう、この映画は実に巧みに背景にリリカルな自然音が満ち渡っていた)。
本当にスタイリッシュな映画でもあった。

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