PICKUP
ザ・ミスト
末期の目
美しき冒険旅行
レヴェナント: 蘇えりし者
バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)
シャイン
トイレのピエタ
カッシーニ グランドフィナーレ
ゴッド ファーザー
それでも恋するバルセロナ
シチズンフォー  スノーデンの暴露
透明な身体性
森羅万象を描く デューラーから柄澤齊へ
ヴィデオドローム2 ~イスラム国 ~アノニマス
魔術師
ブラック・スワン Black Swan
見えない重力を描く Ⅱ
美の翳りに寄せて
LUCY ルーシー
ミツバチのささやき
娘ふたりと女子美へ☆彡
父 パードレ・パドローネ
写真についてーⅡ
去年マリエンバートで
午前零時の奇蹟(シュル・レアリスム覚醒の時間)
パーフェクト・デイ ~ルーリード ~ローリー・アンダーソン ~スーザン・ボイル
未来派の画家~ウンベルト・ボッチョーニ
Balthus ~ バルテュス展行ってまいりました。
「ゴールドベルグ変奏曲」 バッハ  ~グールド ~P・オトゥール ~ニーチェ
大昔のスケッチ(詩画集のための試作)
すでに世界は終わっていたのか ~ ヒエロニムス・ボスその1
スヌーズレン002
情報リテラシー  ~華氏911 ~不都合な真実
南伸坊「歴史上の本人」
プラトーン
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

ゾンビ

DAWN OF THE DEAD 001

DAWN OF THE DEAD
ZOMBIE
1978年

アメリカ・イタリア合作

ジョージ・A・ロメロ監督
ゴブリン音楽

デビッド・エンゲ、、、スティーブン(テレビ局員、ヘリパイロット)
ケン・フォリー、、、ピーター(SWAT隊員)
スコット・H・ライニガー、、、ロジャー(SWAT隊員)
ゲイラン・ロス、、、フランシーン(テレビ局員、スティーブンの恋人)

ゾンビ映画の元祖。(この前に一作、ジョージ・A・ロメロ監督によるゾンビ映画があったが、ヒットにおいても実質的にこれが最初の傑作と言えるか)。
恐らくここに提示されたゾンビ像(属性)がこの後のゾンビ映画に暗黙のうちに引き継がれていったはず。
あのミラ・ジョヴォヴィッチ活躍する「バイオハザード」のゾンビまで、皆同じに見える。
異形の者~妖怪、フリークス、小人何れにも属さない~生命活動を停止しており、内部(内界・内面)を感じさせない、しかし人の死後という形態は維持しつつオブジェのような形で動き回る存在である。
その上、噛み付くだけでも人を殺してしまい(場合によっては跡形なく人肉を食べてしまったり)、その人間も死後ゾンビとして第二の人生?を歩み始めてしまう。


全米で死人が蘇って人を襲い、被害者も同じように人を襲う所謂、ゾンビ連鎖が巻き起こり3日が過ぎた。
事態は悪化の一途を辿っていた。
フィラデルフィアのテレビ局「WGON」のテレビマン、スティーブンとフランシーンは、安全な場所への避難を決意する。
フランシーンのお腹にはスティーブンの赤ちゃんもいた。
彼らはテレビ局のヘリをかっぱらい、SWAT隊員の友人2人も誘い4人で逃げる。

4人の行き着いた先はデパートであった。
ヘリで屋上に降り、確認するとゾンビはたくさんいたが、生活に必要な物品はここで全て調達できることが分かる。
ゾンビに充分注意を払い、そこを当面の拠点とすることにした。
ゾンビの動きは微妙であり、個々の動きの速さは問題ないが多数で一気に押し寄せてくると非常に危険となる。
兎も角、彼らは頭以外を撃たれてもたじろがないのだ。
取り囲まれたら、もう厳しい。
ゾンビは、どの映画でも、過去の習慣を無意識に(自動的に)繰り返して朦朧と彷徨っている。
ここに集まってくるゾンビは皆、買い物の想い出に浸った身体がやってきたのか。
「アイアムアヒーロー」はまさに買い物にやってきたゾンビと戦うドラマであった)。
しかし、獲物に食らいつくと鰐のように肉を貪る。実に痛そうだ。歯は確実に強化されているように見えるのだが、、、。
実際?どうなのか。

この映画では、このような事態となったら、人々はこう出てくるだろうというパタンをしっかり出してゆく。
ボロボロな理屈を捏ねる役に立たぬ専門家、野次馬以外の何者でもないマスコミ、制御不能の暴徒化した輩、そのこの時とばかりに殺戮・破壊を楽しむゾンビでない人間、仲間もゾンビ狩りをするうちに精神の安定を逸し気が触れ自滅してしまう者、自分たちのテリトリー~既得権に過剰に拘り、しなくてよい争いを呼び込みそれに呑み込まれてゆく者が出てくる、、、。
非常な事態に人間の本質が剥き出されてゆくという、、、。
多くのパニックもの映画で、一番怖いものは、人間でしたというパタンは実に多い。
最近、観たものでは「シャーク・ナイト」がまさにそれである。

物品強奪の感覚はなくなるだろうな、、、とは思う。
何でもその時に命を守る物は片っ端、利用・活用してゆかなければなるまい。
あるだろうなと思えるパタンは網羅されてゆく。

やはり、印象的なのは、「蘇らないように一生懸命頑張ってみるが、もしそうなったらお前の手で撃ち殺してくれ」とゾンビに噛まれ今際の際のピーターがロジャーに自分の死後を託すシーンである。
これは、全く同じパタンで、「バイオハザード」にもあった。
ゾンビ化したスティーブンが、彼しか知らない秘密のアジトに他のゾンビたちを引き連れて恋人のもとに帰ってきたところは、とても切なく無情を感じる。「もののあわれ」をも思ってしまったではないか。
ゾンビという不可思議な存在とは何なのか、、、。
何らかの力で腐ったまま歩き回る屍体である。
ロジャーが序盤に語る話に、「地獄が一杯になってしまったから、死者が地上を歩きだしたのさ」というものがあったが、これは妙に説得力があった。
ゴブリンのコミカルで奇妙に明るい音楽とともに、どうにもならない厳然とした不条理の現実が際立ってゆく。
(厳然として在る障害の象徴~悪夢とも捉えられる)。

悪夢というかあっけらかんと漂う終末感でもあろう。
世紀末を語るのが好きな人々も多いこのご時世だが、、、こんな感覚はある意味、スーパーフラットに取り込まれてしまっている気もする。
子供たちにとっては、コケの生えた都市伝説のひとつくらいのものかも知れない、、、。
ありふれたアニメの一コマとして馴染んでしまっているものかも知れない。

この作品の精気は、むかーしこれを観た世代にだけ感じられるものだろうか。
彼らにとっても色褪せてしまったものだろうか、、、。
少なくともわたしにとっては、よくできたクラシックとして未だに価値は感じられる。
フランシーンをヘリで逃がし、自分は自殺を図ろうとした矢先、夜空に晴れ間が射しその刹那に生き残ることを決めるロジャーの感情の流れなど、よく捉えられた作品である。

鮫映画で「ジョーズ」をおさえておくのと同じ理由で、これは、おさえておくべき一作だと思う。
DAWN OF THE DEAD 002


関連記事

COMMENT

EDIT COMMENT

非公開コメント

プロフィール

GOMA28

Author:GOMA28
日々思うことを綴ってゆきます。
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ることもあります。
悪しからず。
コメント、メッセージ頂ければ嬉しいです。

*当サイトはリンクフリーです。

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

QRコード
QR
最新トラックバック