鑑定士と顔のない依頼人

The Best Offer
2013年
イタリア
ジュゼッペ・トルナトーレ監督・脚本
エンニオ・モリコーネ音楽
ジェフリー・ラッシュ、、、ヴァージル・オールドマン(著名な美術鑑定士)
ジム・スタージェス、、、ロバート(修理屋?)
シルヴィア・フークス、、、クレア・イベットソン(謎の鑑定依頼人)
ドナルド・サザーランド、、、ビリー・ホイッスラー(元画家、ヴァージルの相棒)
この映画を見て思い出したエピソードがある、、、。
だいたいこんな話であった、、、小林秀雄が良寛の詩軸を手に入れ得意になって飾り堪能していた。
あるとき、良寛の研究者である吉野秀雄が訪ねてきたので、彼に自慢げにそれを見せると、しばし見つめてからこれは良寛の書ではないと、、、。
小林はそれを聞いて、直ちにその詩軸を一文字助光の刀で縦横に切り裂いてしまったという。
(そんな刀を持っていて侍みたいに使えることに流石は小林秀雄?と驚いて覚えていたのだが、、、)。
「お宝探偵団」に「真贋」を確かめて、あっさりケリのつく世俗的な問題はあるとは言え、、、。
「贋作の中にも真実がある」とこの映画で何度も述べられるが、全くの偽りで作られた幻想の内にあっても絶対的な経験として価値を残す「ものこと」もある。
われわれは誰でも、幻想の中で真実を求めて生きている。
偽りのなかにあってさえ、何にも代え難い絶対的な価値を見出そうとする。
それに縋ってゆく。
そうでなくて、生きてなどいけないではないか。
この映画もまさに、そこであろう。
「ニュー・シネマ・パラダイス」の監督である。
実にわたしの琴線に触れる映画を作ってくれる。
美術も音楽も見事に調和しておりこれ自体が芸術作品となっている。
物語は、著名な鑑定家であるヴァージル・オールドマンに家財産を売り払いたいため、もっとも信頼できる鑑定家に査定をお願いしたいというところから始まる。だが、それは途轍もない罠であった。
その依頼主はアクシデント等を理由に、合うべき時になかなか彼の前に姿を現さない。
それは結局、精神の病のためということが明かされてゆくが、、、。
最初のうちは、手続き関係でぶつかり合いながらも、徐々に相手のことが気になってゆく。
双方のこころに安らぎと開放が訪れて、、、
そしてそれが幸せな方向に展開してゆくかと期待させつつ、多くの不安で禍々しい伏線は張られてゆく。
主人公のヴァージル・オールドマンは自分の比類ない知識と鑑定眼を活かし、相棒の元画家ビリーと結託し、高価な値のつく絵を安く落札し、儲けていた。しかもヴァージルは、自分の気に入った女性肖像画を軒並み自らのコレクションに加え厳重なセキュリティのもと秘密裏に所蔵していた。
大変贅沢な絵画コレクションで、あれだけで美術館が成立してしまうくらいだ。
(余りに有名な絵もあり、ちょっとそれは、、、というところもあるが)。
ヴァージル・オールドマンのコレクションを知るのは、ビリー以外にいないことから、彼が首謀者であることは歴然としている。
しかし、このシナリオあまりに大掛かりである。
ヴァージルの絵を盗み金に変えるだけなら、もう少しコスパよく手早い方法もあろうに。
やはりクレア・イベットソン~女性をわざわざ差し向けるところは、ヴァージルに余程の打撃を与えたかったのか。
ヴァージルに一流画家への望みを絶たれた恨みか、、、しかし、それは自分の才能とプロデュースの問題でもある。
ヴァージルは親友には恵まれなかった。
彼のごく周辺に集まっていた連中はことごとく共謀者であった。
しかもヴァージルの人となりについて熟知している。
どのような攻略も可能と言えよう。
しかし、クレア・イベットソン自体が偽名で邸宅は同じ名前の小人症の女性の持ち物であったというから騙す側も大規模な仕事である。
邸宅を借り、何度にも分けて家具・調度・絵画・はたまたオートマタの部品を床にバラ撒いて置くなど、念の入りよう。
これで充分屋敷に彼を惹きつけられる。
クレアお嬢様の特異性を吹聴する影のある使用人も勿論、仲間である。
クレアは両親を亡くし、広所恐怖症で長年ずっと小さな部屋に引き篭っているという設定で、焦らしながら徐々に彼に気持ちを惹きつけ自分にこころを開いてゆくようにする。
ロバートは、ヴァージルが飛びつくであろう歴史的に貴重なオートマタ組立で、彼がすっかり騙されるまでの時間を作る重要な役目だが、いつからの接触なのかは定かではない。どういう風に目利きのヴァージルを信用させたのか?いつも修理した製品を下から出して渡すだけであり、ヴァージルの前でオートマタを組み立てているシーンはない。わざとバラしたものを元に戻すように、最初から仕組んでいることは明白だ。ロバートの恋人も白々しい。
周りが巧みに強力に彼がクレアに身も心も捧げてしまうように仕向けてゆく。
全員が全員演者なのである。
これは恐るべき世界であろう。
しかし、彼も本心からクレアに恋する。(彼は見掛けは頑固で堅苦しい紳士だが、非常に初々しい感性を持ち続けていた)。
非常に不自然な形だが、彼にとって初めての生身の女性との恋愛となったのだ、
非常に皮肉であるが、真実である。
そして引退を決めた最後の競りを終えて帰ると、家にクレアはいない。しかも彼女にだけ披露したコレクション全てが奪い去られていた。そこにはオートマタが置かれていて、単に録音した声が鳴っていた。(精巧な立派な仕掛けなどではないガラクタ)。
「如何なる偽物の中にも、必ず本物が隠れている。見抜けなかったね。あなたはすでに過去の遺物」と繰り返される、、、。
ロバートの店も蛻の殻、使用人にも電話が繋がらない。彼女の邸宅前のカフェにいた小人症のクレアがあのクレアという偽名の女の全ての動きを観察していた。あのクレアは普通に外界を歩き回っており、彼の前だけで病を演じていたことを知る。小人のクレア(屋敷の所有者)が店で叫んでいた数字は、今思うとあの女の外出した回数であったことが分かる。
鑑定した家の品目を売ることを拒否したのも自分のものではないのだから(レンタルか)当然であった。
孤児院から独力で鑑定眼を身に付け、努力の果てに築いた財産が単に全て奪われただけでなく、彼にとっての初めての真実の恋も、無残に打ち破られた。そして信じていた周りの友人たち全てが敵であった。
今彼は衰えた姿で独り、施設で(アルツハイマーか?)療養生活を送っている。
クレアの高飛びする前、ヴァージルに残した最後の言葉「信じて、わたしは何があってもあなたを愛してるわ」が強烈なダブルバインドとして彼を蝕む。
彼は恐らく白日夢の中、彼女に言われたとおりいくつかの広場を通りすぎ、あたかもオートマタに半ば侵食されたかのような彼女のお気に入りのプラハのレストラン"Night and Day"に行き、テーブルをとって彼女をひたすら待つ、、、。
一体、彼女とは何か、、、!
彼にとってあのクレアとの鮮烈な恋の想い出~記憶が、失った全てより確かな価値として今もこころに残っているのかも知れなかった。
(であるから、その価値を守るためにも、被害届けを警察には出さなかった)。
「如何なる偽物の中にも、必ず本物が隠れている。」
これほどわたしのツボを刺激する映画は珍しい。
物凄い映画があったものだ!
(まだまだ傑作を探す意味はあるなと、これを見て実感した)。
ベストオファーには気をつけたい。

クレアがミレーのオフィーリアに余りに似ている
過敏でヒステリックでフラジャイルで死に接近してゆく微細な表情
特にあのバスタブに沈んだ凍てついた氷の表情、、、
映画の映像〜物語の内に於いては終始そのフィギュアであった。
実は、それがある意図をもった演技以外の何者でもなかったにしても、、、あの表面は、絶対性を帯びる。
この話は、彼の審美眼がその美をどう捉えたかが、本質であろう。
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