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太陽の帝国

Empire of the Sun

Empire of the Sun
1987年
アメリカ

J・Gバラード原作(自叙伝)、、、バラードはわたしのもっとも好きなイギリスの作家だが、これは読んでいない。国書刊行会から出ていたはず。
「結晶世界」も是非、映画化を、、、エマニュエル・ルベツキ撮影でお願いしたい。監督は、、、アレックス・ガーランドってどうだろう?
リドリー・スコットも良いが、、、。 クリストファー・ノーラン、、、ギャレス・エドワーズ、ちょっと賭けで、、、。どうだろう。

スティーヴン・スピルバーグ監督・製作


クリスチャン・ベール、、、ジェイミー
ジョン・マルコヴィッチ、、、ベイシー
ジョー・パントリアーノ、、、フランク
ナイジェル・ヘイヴァース、、、ローリング医師
伊武雅刀、、、ナガタ軍曹
片岡孝太郎、、、特攻隊員の少年


日中戦争当時、中華民国上海に生きたイギリス人少年の実体験を描く。
デヴィッド・リーンが監督をやる予定であったとか、、、。
彼であれば、「アラビアのロレンス」レヴェルの超大作になっていただろう。いや、それを言うなら「戦場にかける橋」か。
しかし、この映画も見事な芸術作品となり得ている。
中国で撮影され、エキストラの数も半端ではない。
そして何よりこの少年ジェイミーが圧巻だった。

未来派宣言を思い浮かべる精神を感じる。
フィリッポ・マリネティ「未来派宣言」には、「戦争は美しいものである。なぜなら、ガスマスクや威嚇拡声器や火焔放射器や小型戦車、人間の力が機械を支配していることを証明できるからだ。戦争は美しい」とある。
単なる幼い少年の精神性と受け取ればそれまでだが、、、。
幼い当事者として、戦争のfetishでfragileな恍惚感というものがあるのかも知れない。

ゼロ戦に憧れ、ずっとそのフィギュアを持ち歩き、恍惚の表情で上空を見上げる。
日本空軍に入りたがっていたところなど無邪気で面白い。
バラード少年らしい趣味と言える、、、。(ホントにそうだったのかどうか知らぬが)。

戦前の上海在住の裕福なボンボン育ちである。
いまひとつ現実感はなく、いよいよ開戦という民間人の避難時にゼロ戦フィギュアを道に落としたことで、親から逸れる。
仕方なく、またひとり屋敷に戻り、ぼんやり缶詰を食べたり室内を自転車で走り回って淡々と時を過ごす。

子供とはそんなものだ。
親が現実にいなければ、いないだけのものだ。
よく描かれている。

そして、やはり弱い自我を解体から支える為の自動的自己防衛としての環境への過剰順応機能の発動。
これも、自分に照らし合わせてとても共感できる。
わたしも、そんな時期があり、その後反動から離人症的な状態になった。
更に彼の資質からして、戦闘機~メカに対する著しい興味が戦争を物質的な恍惚感からある種楽しめるものにしている。
「まさに美しい」である。

同年齢の日本の少年との友情も彼をイデオロギー的に中立化させる作用として働いた。
また、彼が大人の模範~モデルとしているアメリカ人のいい加減な小悪党ベイシーも彼を厳格なイギリス流のイデオロギーに縛るところがなかった。
彼は、ただ時に狡く、生き残る為にどうすべきかという術を教え込んでゆく。
ここが、イギリス人医師のローリングの元にいるより面白くワクワクさせるところでもあった。
彼はどんどん大人びた行動を活動的に活き活きと始めてゆく。
実際、バラードは捕虜収容所で空腹以外は楽しい生活を送ったようなことを話していたと思う。(「遊」で松岡正剛さんと会話であったか、、、?)。
大人に囲まれた少年の立場というのも大きい。

とても印象深いシーンが、夕日にシルエット調にゼロ戦が照り映えるなか、ジェイミーがそれに歩み寄り、まるで親との再会みたいに愛おしそうに頬を摺り寄せるシーンである。
最初不審に思った日本兵が銃口を向けるが、彼のその様子に戸惑い、銃を戻してしまう。
そしてその機にやってきた3人の特攻隊員とジェイミーは厳かに敬礼をし合う。
このトワイライトゾーンは、現実の時間を逸脱した亜時間である。
日常のなかに時折、カウントされずに凍結するあの神々しい時間だ。

未来派の画家が言っていたのは、こんな時間の美であろうか、と想像してしまった。
危険でギリギリの状況にいるからこそ、いやそれにすら無感覚な場所に生まれる至上の美というもの、、、。
このシーンこそこの映画を非凡なものにしていると想う。


ゼロ戦が厳かな儀式~別れの杯の後、神風特攻隊として最期の出陣をするとき、ジェイミーも彼がかつて教会で歌っていた子守唄を歌う。
非情な日本軍ナガタ軍曹もその歌声にはこころを深く動かされる。
(彼はジェイミーと別れ際、彼を「扱いづらい子供」と称していた)。

そして、ゼロ戦が離陸した直後、空中で爆破される。
一桁違う速度で急襲してきた空のキャデラックと呼ばれるP51ムスタングの重厚な姿と性能に彼は忽ち痺れる。
有頂天となりその飛行機の銃撃と爆撃に燥ぎまくる。
彼は施設の屋上で、いつ流れ弾に当たるか判らないところで飛び跳ねて喜んでいる。
彼のなかのゼロ戦のイメージが砕け散り、危険な陶酔にエスカレートしてゆき、命を守る感覚の鈍麻とでもいうか、混乱に近い状態で、、、最早放置出来ないところにきていた。
これを見たイギリス人ローリング医師が、すぐに彼に忠告し保護するために駆け上がってゆく。

丁度、ゼロ戦の墜落と医師の話で目が覚めたかのように、彼はただの親とはぐれたこどもに過ぎない事を自覚してしまう。
「親の顔がどうにも思い出せないんだ!」と叫び泣き出す。
そしてちょっと退行したかのようにローリングに抱かれて降りてくる。
彼は一人になり落ち着くところに落ち着いたかのよう。

特攻隊で死ねなかった、日本人の少年と再会も束の間、彼は自分のかつての仲間フランクに撃ち殺される。
ここで、彼はベイシーからも自立して分かれる。
そしてほとんど表情を失くした彼は、すぐ後に親と静かに再会する。

そこにかつてのジェイミーの面影は微塵もない。












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絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
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