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真夜中のカーボーイ

Midnight Cowboy

Midnight Cowboy
1969年
キング・クリムゾンがデビューした年だ。(69年は衝撃作が多い)。

ジョン・シュレシンジャー監督
イギリス人の監督である。アメリカを対象化して観る位置にいる、、、。

ジョン・バリー、、、音楽
ニルソン、、、「うわさの男」主題曲
今でも時折、ひょんな時に耳にする。

ダスティン・ホフマン、、、ラッツォ(片足の不自由なコソ泥)
ジョン・ヴォイト、、、ジョー(テキサス出のカウボーイ)

アンジェリーナ・ジョリーのお父さんである、ジョン・ヴォイトと、、、
ダスティン・ホフマンは言うまでもなく、、、大したものだ。


「カウボーイー」ではなく「カーボーイー」なのだ!邦題はいつも奥が深い、、、。


「うわさの男」
Everybody's talking at me
I don't hear a word they're saying
Only the echoes of my mind

何度か読むうちに、これは尋常でない歌だと想える。
”Only the echoes of my mind”
おれには分かっちまう、ところが厳しい。

ジョーがカウボーイスタイルを決め(田舎者丸出しで)ニューヨークに意気揚々と着いた時、ラッツォ(ネズ公)はその地で、うらぶれて夢の終焉を迎えていた。
そんな時に、2人は出逢う。始まってから25分が経過した頃だ。
ラッツォは皆に嫌われるコソ泥で詐欺師でもある。足も不自由で自分でも気にしている。
ジョーが金を騙し取られついにホテルを追い出されて、ラッツォの解体寸前の無人ビルのねぐらに招待される。
奇妙な2人の同居生活が始まる。
文字通り最底辺の生活だ。(電気もない)。
しけたタバコを2人してしきりに吸い合う。

ジョーの気の良い田舎者振りがたっぷり描かれる。
そもそもハスラー(ジゴロか?)になって金儲けしようなどという、突拍子もない事を考えてニューヨークに来ているのだ。
(何処にでもアメリカンドリームが転がっているわけではない。余りに考えが甘すぎる)。
この時点で、完全に浮き足たっており、端から挫折が約束されている。
出会う人間みんなに騙されるか相手にされずに放り出されてゆく。
うまくチャンスをものに出来そうな時も、2人してまんまとそれを逃がす。

流れの途中で何度もフラッシュバックとして挿入されるジョーのトラウマのイメージがいまひとつどんなものなのかは分かり兼ねるが、過酷な思いの総体であるテキサスにオサラバして、憧れの東部ー幻想のパラダイスを求めたのだった。
(人間は本質的に他の場所に憧れる。今は、他の天体への憧れがかつてないほど燃え上がっている、、、基本そんなものだ)。
ジョーが取り敢えずまともに20ドル稼げたパーティのサイケデリックな空間は、彼の知っている世界からかけ離れたこの時代のもうひとつの若者の世界であり、物珍しそうな彼の表情が充分に面白かった。
画面のイメージが音楽とともに忽然と変わり、彼らと一緒に観ているこちらまで戸惑うところだ。
ここで、これまでとは違う女性(顧客)が出来たはずなのに、ジョーはラッツォの体調が気になって仕方がない。


ぶつかり合ったり、口論したりしながらも友情を深めてゆく2人。
そんななか、ラッツォの胸の病は確実に進行してゆく。
ジョーは稼いだ金で、彼のために薬を買ってくる。
彼らは、互を気遣い合うようになる。
自分に必要なものではなく、相手に渡す物(戦利品)をねぐらに持ち帰る。
ラッツォには薬よりも、ちゃんとした治療こそ必要な状況になってゆく。
ジョーがいよいよ医者を呼ぼうとすると、彼は医者とお巡りは大嫌いだ、それよりマイアミ行きのバスに乗せろという。
ラッツォは気候の暖かいマイアミで贅沢三昧の生活を送る白日夢をしょっちゅう見ていた。
日に日にラッツォの病は重くなり、ついに自分では歩けなくなる。
しかし、ジョーはすでに彼に愛想を尽かす気など微塵もなかった。ニューヨークへの拘りもハスラーになることも捨て。
彼は少し乱暴な手を使い金をせしめて、長距離バスで2人して、マイアミへの旅に出た。
場所の移動にはいちいちラッツォを抱き抱えて、それがとても自然な優しい雰囲気として流れてゆく、、、。

ジョーはカウボーイースタイルをサッパリと脱ぎ捨て、軽やかに生まれ変わったかのようなマイアミスタイルに決める。
ラッツォがお漏らしをしてしまい子供のように泣きじゃくるところなど、何とやるせない場面か、、、。
新調したヤシの木柄のシャツからズボンまで着せ替えてもらい、顔の汗を素っ気なく拭ってくれたジョーに、一言「ありがとう」と、返し、、、ラッツォが目は半開きのまま、、、
息を引き取ったことに気づかず、ジョーは彼にこれからのことや、自分は外で地道に仕事をするつもりだ、など色々と想いを伝えてゆく、、、。

それに気づいてからのジョーの顔は観るに見れない、、、。

バスの窓から見えるカラッと明るいマイアミが余りに哀しい。
こっちも、もう涙が止まらない。


このコンビは何なんだ、、、!

「明日に向かって撃て」「俺たちに明日はない」の所謂、アメリカン・ニューシネマの完成度には、感心したが、、、まるでゴダールみたいで、、、確かに面白かったのだが、深い共感や感動はなかった。
しかし、この淡々と描かれた作品には、やられた。
わたしももう歳だからか、、、。

イギリスの監督の覚めた目が窺えた。
しかしアメリカのその時代性を表したというより、常に過剰な欲望を抱き続ける普遍的な人間性が描かれているとも言える。

TVで「ウルトラマン」が写ってから、何か感情移入しやすくなった(笑。
あれは、”スカイドン”の回である。
アメリカのキッズもウルトラマンの真似を道端とかで、やっていた頃だ。


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