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俺たちに明日はない

Bonnie and Clyde

Bonnie and Clyde
1967年
アメリカ

アーサー・ペン監督
ウォーレン・ベイティ製作
恐慌時代に実際にいた銀行強盗”Bonnie and Clyde”をモデルに描く。
かなり伝説化されているらしい。


ウォーレン・ベイティ、、、クライド・バロウ(銀行強盗)
フェイ・ダナウェイ、、、ボニー・パーカー(ウェイトレス~強盗)
マイケル・J・ポラード、、、C・W・モス(不良青年~銀行強盗)
ジーン・ハックマン、、、バック・バロウ(クライドの兄~銀行強盗)
エステル・パーソンズ、、、ブランチ・バロウ(バックの妻)

これもまんまの原題であるが、そのままでも良かったと思う。
”シド&ナンシー”みたいに。
「俺たちに明日はない」もその通りだが、、、。


スタイリッシュでファッショナブルな映画であった。
ユーモアとバイオレンスの融合したオシャレな作品である。
(まだ、かの「ワイルド・バンチ」が出る前である)。
アメリカ産の「フランス映画」という感じがした。(実際、フランスでバカウケだったそうだ。分かる。ゴダールの映画に近い感覚がある)。
やたらと車を盗みまくる為、様々なクラシックカーが登場するが、古さはなど全く感じさせない映画である。
爆走するクラシックカーが、コーナーに引っ張られる(膨らむ)あたりは、ルパン三世の映画にも見られる。
あのフィアット500は、この映画へのオマージュのひとつか。
この車たちで、オフロードに走りこんだり、カーチェイスまであるではないか。

自然光を多用した郊外や野原での光景は美しい。
天候の移り変わりもコンテクストに見事に溶け込ませている。

ボニー(フェイ・ダナウェイ)のファッションがまた決まっている。
ベレー帽にエレガントでシックな衣装。
当時、街にはうようよ、Bonnie and Clydeのファッションに身を包んだカップルが跋扈していたという。
ふたりは一気に時代の寵児になっていた。
確かに「ライフスタイル」の映画でもある。
時代を背景に生まれたアンチヒーロー像にもみんなが共感したのだ。
この時期のアメリカ庶民の権力への不満は大きい。

また話の流れもハイテンポのカントリーミュージックにコミカルにマッチして小気味よいものであった。
常に死と隣り合わせの物語にしては、暗さや重みを感じさせない演出が目立った。
警察に追い詰められ、「逃げるしかない」のに、銀行を次々と襲ってしまう。
車に詳しい不良少年をスカウトし兄夫婦を巻き込み、ただ突っ走るしかなくなってゆく。
どうしょもない経済状況と閉塞感、さらに銀行・警察などの権力への復讐の感情が元にあったとしても、幾らなんでも短絡的・刹那的である。
だが、考えてみればボニーも不良も兄夫婦にしても、そのまままっとうに暮らしている方が寧ろ自然であった。
ホントにちょっとしたタイミングで(隙を突かれ)、クラウドに乗ってしまったと言える。
彼は停滞した日常を活性化するーその幻想を抱かせるトリックスター的存在であろう。
(彼とつるめば、何かでかい夢が掴めるのでは、、、である)。

盗んだ車の持ち主(カップル)を加え、6人で車に乗ってゆく場面は、可笑しかった。
彼らが名うての強盗団だと知ると、話を合わせやたらとお愛想笑いをするところなど傑作であった。
(こういうところは、以後のギャング映画にもよく見られる。グッドフェローズも一例)。
ここをはじめ、演技派の役者たちのアンサンブルの妙は流石である。

ボニーは、無理やり乗せたカップルの男が葬儀屋だと知り、彼らを車から追い出す。(彼らの車だが)。
彼女の死への予感が強く現実に迫り、不吉な感情が襲った為であろうか。
自らの死を悟ったボニーは、車を脱走し草叢の中を逃げ、母のもとに帰ろうとする。
この行動は充分に分かるものだ。
クライドは彼女を母に遭わせる。
そこで母とボニー、クラウドが語り合うが、母はもう無表情で達観している。
2人はもう逃げることしか道はないが、それも長くは続かない、「もう会えないわね」と突き放して母は去っていってしまう。
この場面は、単なる外光の下ではなく、霊界での光景を感じさせる。
明らかにレンズにフィルターが掛かっている幻想的な空間となっていた。

「最初は最高だったけど、もう逃げるだけ。もう終わり。」
というボニーの身体感覚の通りに、彼らは死に向かって加速して転げ落ちてゆく。
襲撃を受けバックが殺され、ブランチが目をやられ、誘導尋問によって隠れ家も知られ、CWモスの父親と警官との取引が行われ彼らは罠にハメられる。
CWモスのオヤジは、かなりのタヌキだ。
このときCWモスは、果たしてどう思っていたのかが、いまひとつ判らないのだが。
彼は強盗団のなかで唯一無傷で生き残る。


やはりこの映画、最後のシーンであろうが、不思議に叙情的でもあった。
これを真似した映画がたくさん出たし、残酷シーンなど、どんどんエスカレートしていったが、このご本家を見ると、それらにない叙情性を感じる。
彼女の書いたふたりの死に様の物語は、感慨深いものがあり、クラウドの気持ちに共感してしまった。


フェイ・ダナウェイの魅力がこの映画を支えていたことは、間違いない。







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