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戦争のはらわた~ドナルド・トランプ

Cross of Iron

Cross of Iron
イギリス・西ドイツ
1977年

サム・ペキンパー監督

「鉄十字勲章」である。
邦題でそのままだと、やや言いにくいし、やけに堅苦しい。
いっそ、”クロス・オブ・アイアン”そのままにしたらカッコ良い。
「戦争のはらわた」、、、お馬鹿で、オドロオドロシイ邦題だ。監督が聞いたら怒り狂うだろう。

ジェームズ・コバーン、、、シュタイナー曹長
マクシミリアン・シェル、、、シュトランスキー大尉
ジェームズ・メイソン、、、ブラント大佐


2次対戦独ソの東部戦線において敗戦色の強くなったドイツ軍側からの描写であるが。
サム・ペキンパーとしては、「戦争」を描く(対象化する)に当たって、自分の国ではなくドイツから見た形で描く必要性があったのだと思われる。
ちょうどアメリカはベトナム戦争(ベトナム側からすれば「対米抗戦」)が1975年にサイゴン陥落で終戦を迎えた、その直後の作品である。
ヒロイズムやペシミズムや反戦イデオロギーの観点から描いた戦争娯楽映画とは、完全に一線を画する「戦争」を描いたものとなっている。(勿論、これも映画である以上、エンターテイメントに他ならないのだが)。
アメリカ人(ドイツ・イギリス合作ではあるが、監督はアメリカ人)にとっても、「戦争」とは何かが自ずと顕になってきた時期であろう。
わたしは、戦争が何であるか、全く実感ー身体性としては持ち得ない。
この映画は、戦争に対する如何なるイデオロギーにも組みしていない分、あっけらかんとした戦場の光景が開ける。
よく戦争娯楽映画に見られる芝居がかったオーバーな(ワザとらしい)演出は一切なく、その分サラッとした残酷な描写が多い。
恐らく実際の戦場では、敵味方の識別などかなり難しいもうもうとした煙の中の混沌とした状況なのだと分かる。
その分、リアルに感じるのだ。
だから「戦争のはらわた」だなんて言わせない。
趣味が悪すぎる。これはホラーか!


日本でも童謡で親しまれている「ちょうちょ」がバックにかかる。
相変わらず極めてテンポよく埋め込まれたスローモーションと短いカットで畳み掛けてくる。
実際の戦争のフィルムも効果的に配されてゆく。
臨場感タップリの演出である。
カメラワークも申し分ない。
特にソ連軍の戦車相手の死闘には、たまげた。
戦車が無敵の怪物の如く何処までも襲い掛かって来る迫力には恐れ入った。
(まさに怪物だ!)
わたしとしては、ここのシーンが一番印象に残る。
極めて即物的で無慈悲で圧倒的な暴力の象徴であろう。
ここに立ち向かえるヒーローなどいない。
戦争に参加するとは、まさにこんな場所に身を置くということだということを、極めて淡々とドライに描写している。

自分を常に忘れない矜持をもつシュタイナー曹長と名誉目当てのプロイセン貴族のシュトランスキー大尉との軋轢。
所詮規律の厳格な軍隊とは言え、考え方や性格や趣味や教養も異なる人の集まりである。
国が仕組んで命令に従って動くといえども、個人が戦争に求めるものも異なって当然だ。
ただ、このような集団にとって、上に立つ人間の考えは、その隊全体の運命を決する極めて重大なものであることは間違いない。
ここにシュトランスキーのような戦争を自分の名誉を得る手段としか考えない者が居座れば、その配下の者は悲惨である。
これほどの無駄死にを出すこともなかったかも知れない。
(基本戦争の悲惨さを増すのは、ここでのように命令系統を握る人間と前線に立つ人間が分断したところに生じると思われる)。

そして何よりも、負傷を負って治りきっていなくても戦争に自ら進んで飛び込んでゆくシュタイナー曹長の精神性である。
野戦病院で恋人もでき、わたしの家に帰りましょうとまで誘われたにも関わらず、無言で振り切って戦場に向かってしまう。
まるで、水を求める魚状態である。
普通の生活では、感覚認知に異常をきたす身体性とは何なのか、、、。
戦地でないと、まっとうでノーマルな自分でいられないのか。
実は、この映画のここの部分が一番重い。
病院で長閑な生活をしていると、幻覚や強烈なフラッシュバックが立て続けに起こり、耐え難くなるのだ。
恐らく監督は、ベトナム帰還兵の心身状態も意識していたのだろう。
シュタイナー曹長は単に、叩き上げの意志の強い勇敢な兵士という単純な存在ではないのだ。
すでに戦火のなかでしか生きることが出来ない。(ベトナム帰還兵がまた地獄のような戦場に自ら戻ってゆくのにも似た)。

善対悪などという構図はどこにもない。(これまでにもあった試しはない)。
皆、深く病んでいる。
その病気の種類が様々なだけだ。

終盤、シュタイナー曹長が 自分の都合から部下を皆殺しにさせたシュトランスキー大尉に落とし前をつけに行った挙句、よりによって彼を部隊の一員とし2人で絶望的な戦場に飛び込んでゆくところが圧巻である。
大尉は何と銃弾の装填の仕方も分からず、シュタイナー曹長の後をついて来たのだ。

その様子を見たシュタイナー曹長の哄笑。
高笑いの幕引きがこの映画を忘れがたいものとしている。
この笑いは、ドイツ祖国にも、いや「戦争」そのものにも向けられている。


最後に、 “諸君、あの男の敗北を喜ぶな。世界は立ち上がり奴を阻止した。だが奴を生んだメス犬がまた発情している!”というブレヒトのことばが表示されるが、今まさにそのメス犬が産んだ子供が台頭してきたではないか!
飛んでもないことが、起きる兆しである。


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