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クラーナハ展

久々に本業?の絵の方で、、、。

Lucas Cranach

国立西洋美術館
クラーナハ展に行った
1517年に開始された宗教改革から500年ということで、同時代を生きたクラーナハ再考のちょうど良い機会というものか。
拾い物の展覧会であった。行ってよかった。
そもそもクラーナハの絵自体それ程観てこなかった。
これだけの点数が集められただけでも見る価値があるというもの。

16世紀ドイツルネサンスの画家クラーナハ(父)。
この当時、クラーナハはデューラーやグリューネヴァルトとも比較される大画家であり宮廷画家である。
デューラーやグリューネヴァルトがそうであるように、クラーナハの時代を超越した普遍性と個性を強く感じる展覧会であった。
特にデューラーとクラーナハの「メランコリア」の作品の違いには思わず笑ってしまった。
クラーナハは、この主題をおちょくっているのか?デューラーが余りに真摯に深く掘り下げ神秘的な晦渋さを呈しているのと比べてみると何とも言えない。(勿論、赤ん坊のダンスに寓意的意味はあるようだが)。
cranach melancholia003Melancholia003.gif
*クラーナハとデューラーの”メランコリア”(爆

クラナーハ初の日本における絵画展である。

以前からクラナーハ(父)作とか(子)作とか、画集で観てきたが、その意味がわかった。
クラナーハ(蛇の紋章)作とは、クラナーハ(父)の制作総指揮による子や多くの弟子の総力を結集したクラナーハ工房としての絵画の総称なのだ。
勿論、クラーナハ(父)は、傑出した技量をもつ画家であった。
特にその速描きの才能が認められたため、如何に効率的に高品質の肖像画や寓意画を量産出来るかそのシステムづくりにも才能を発揮した。普通は自分ひとりでただひたすら頑張るというところで終わるものだろう。
様々な主題に対するバリエーションとパターンをクラナーハ(父)が考え、それに従い工房―工場のメンバーが各要素の組み合わせを工夫し人気作品(ヒット作)を生み出して行ったらしい。
想像するだけで面白い。

実業家、企業家としての絵描き。
商品としての絵画の普及を見据えていた画家である。(ドイツだけでなくヨーロッパ各地へと)。
フリードリヒ賢明公から授かった紋章を自身の署名更に工房の商標にもしてゆく。
このような形の制作者の先駆的存在であろう。


SF映画のポスターみたいな絵には驚いた。
少年向けSF雑誌の表紙みたいでもあり、強烈な郷愁にやられニンマリした(笑。
ある意味、この時代に飛んでもない絵である。
騎士が宇宙服を着ているではないか。SF映画も真っ青な天変地異で火山弾みたいなのが飛んでくるし、、、。
「聖カタリナの殉教」である。知らなかった絵であるが、ひと目で気に入った。(一番好きかも!)
妖艶で細身のヴィーナスは、非常にモダンであることを確認した。
これほど美しいヴィーナスだったことに改めて気づく。
透明な布のベールを手にしているが、この素材でどこを隠すことも出来ない。
ただ、手にそれを持つ仕草によって、本来隠されるべき身体のエロティシズムを更に高揚させている。
非常に写実的に描かれた何枚ものマルティン・ルターによって彼の顔は覚えてしまった。
街で合えば必ず気づくほどに(笑。

「不釣合いなカップル」シリーズもかなり痛いところを突いている。
金持ちの醜い老人と若く美しい金目当ての女性の息遣いを感じるそのカップルの絵からは、幾らでもその手の映画やTVドラマが生まれそうなものだ。
ユディト、サロメ、ヴィーナス、ルクレティアそれぞれの女性の物語もしっかり網羅されている。
わたしは中でも、ヴィーナスの美しさに目を奪われた。まるで綾波レイかと思うほどの蠱惑的な超時代性がある。
非常に名高い傑作「ホロフェルネスの首を持つユディト」もじっくり観ることができたが、もっている画集のものより格段に見応えがあった。(自分の画集が古く写真が良くないことが大きい)。
cranach002.jpg
この自らが主人公のドラマから魂はすでに何処かに飛んでいるのが分かる絵。

単なる様式美の画家ではない。
表現の幅も広い。
版画作品も多い。
彼は版画芸術の屈指の天才であるデューラーとも実際に親交があったという。
版画も当然工房の主要な商品であり、ドイツのみならず国外の皇室・貴族に多くの作品を納めていたようだ。
(デューラーに市場の独占はさせなかった)。

しかもクラーナハの凄いところは、油彩画と版画では、その拡散力には雲泥の差が出る。
勿論、クラーナハも版画を重要視して多くの作品を生み出したが、1点物の油彩画の普及力も工房の生産力によってヨーロッパに「遍在する」までにしてしまった。

大した実業家である。
「正義の寓意」が彼の本質を表しているように思えたのだが、、、。

面白かったのは、ピカソやマルセル・デュシャン、マンレイなどによるクラーナハである。
抽象化されるとこんなふうになるのかという変貌が愉しめる。これがまた観ごたえ充分なのだ。
そして極めつけは、レイラ・パズーキの『「正義の寓意」1537年によるコンペティション』である。
中国の複製絵描き100人にワークショップで描かせた絵が100点?(数えてない)壁面にズラっと並んだ様は壮観であった。
複製と反復そしてそれによる商品というクラーナハの差異を孕んだ反復による制作過程にオーバーラップする視点を提供していた。


今日は、病院の帰りに寄ってきたため過労もあり、このへんにしたい。(上野公園で遊ぶんじゃなかった)。
常設展もボリュームたっぷりであったが、敢えて書かない。
上野なので一緒に観た、「ゴッホ&ゴーギャン展」も後日、一言書いておきたい。






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