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ガルシアの首

Bring Me the Head of Alfredo Garcia

Bring Me the Head of Alfredo Garcia
1974年
アメリカ

サム・ペキンパー監督・脚本

ウォーレン・オーツ、、、ベニー
イセラ・ヴェガ、、、エリータ
ロバート・ウェッバー
ギグ・ヤング
ヘルムート・ダンタイン
エミリオ・フェルナンデス
クリス・クリストファーソン


湖畔に腰をおろして遠くを打ち眺める若い女性のどこか思いつめたような表情が描かれるシーンに始まるのだが、、、監督の悪ふざけかと思う幕開けである(笑。
また殺伐としたメキシコが舞台。

死人の首を持って持ち歩く異常な劇。
保冷庫に入れて歩くのではない。
ズタ袋に入れて暑い中持ち歩くのだ。(主に車で運ぶが)。
ハエはたかりまくるし、臭いことこの上ない。こっちまで何か匂ってくるほど、、、。
主人公は泥だらけ、おまけに強烈な死臭膜散らしながらの無差別銃撃戦。
(墓を荒らされた被害者家族も容赦なく蜂の巣状態)。
埃は舞う、車はクラッシュ。ピストルは火を吹く。血は飛び散る。
首もあっちに行ったりこっちに来たり、小突かれたり、シャワーを浴びせられたり、凍りづけにされたり、、、。
ベニーにもしょっちゅうあれやこれやと話しかけられ、、、死んでるのに実に落ち着かない。
(本来ならゆっくり墓の下で眠っているご身分なのだ。ホントに迷惑な話だ)。

しがないピアノ弾きで、一旗揚げたいという金儲けのために引き受けたガルシアという男の首狩りの仕事であったが、、、。
ガルシアという男はすでに死んでおり、やっとのこと墓から掘り出したその首は、金儲けの目的で争奪戦となるが、、、
実際のところ、その首が本当のガルシアの首なのかも定かではない。
ベニーの恋人ではあるが、ガルシアの浮気相手でもあるエリータの言うことだ。
もしかしたらガルシアを逃がすために、他のガルシアの墓を掘らせたかも知れない。
顔など数日経った後で、はっきり素人が判別できるか、、、?一度もその首は画面上には晒されない。
何と言うか覚束無い首を中心に激しく回ってゆく映画である。
またその首に手段を超えて偏執狂的に捕らわれてゆく心的な状況も描かれてゆく。
ベニーはいくらエリータが諭しても、後戻りのできない精神構造が出来てしまっている。
「首は記号」に過ぎないが、同時に夥しいハエと鼻の曲がる死臭を振りまく存在でもある。
(だから余計に誰もが首を生理的にも遠ざける)。

「本当の首」にとことん拘っているのは、それを依頼主のところに持ち込んだベニーくらいか。
娘を身籠らせた、その犯人がガルシアであると分かったところで、、、
「ガルシアの首を持ってこーい。俺の元に持ってきた奴には100万ドルやろう!」
”Bring Me the Head of Alfredo Garcia!”
と命じた土地の権力者で大金持ちのボスが、ベニーが彼の首を届けた当日、娘の産んだ孫の祝いのパーティで大盛り上がり。
首などもう、どうでも良いといったところ。

受取人は尽く、その上の仲介者も、一番上のボスすらも、首自体にはなんの興味も持たなかった。
彼は本当の真実を知る人物まで辿ってゆきたかった。ただ金を釣り上げたくてそこまでの危険は犯せまい。
だが、それを持ってきたというところで、適当な報酬を出して、もう用はない失せろと、首にもこの首の搜索にも首を持ってきた男についても関心など払わない。
ベニーは、その首がどれだけの重い価値を持ったものなのかを何より知りたかった。
聞き出そうとするが、だれもその背景ー価値を語らない。
ベニーは首に纏わる尋常ではない物語を期待していたのだ。

彼が言うには(わたしはカウントしていなかったが)この首を届けるまでに16人が死んでいるのだ。
彼の最愛の、しかも首の主ガルシアも愛した彼女エリータすらも命を落としている。
エリータ自身は一体誰に気があるのか、はっきりしない女だったが、死ぬ前に行ったピクニックで決定的にベニーとこころを通わせるに至る。
もうお互い若くない歳で、結婚の約束と将来の夢まで語り合った。
このカップルの深い哀愁が何とも言えない。

彼にとって、犠牲の代償となる程の物語でなければ、端金(とは言え依頼人の上の段階に進むと金額は飛躍した)で納得できるものではない。
その首が蔑ろなのだ。

失ったものすべてに比べて、報酬の価値が見合わない。
ここまで犠牲を払って手に入れた首とは一体どれほどのものだったのか!
しかも、事あるごとにベニーはガルシアの首に話しかけ、それはいつしか彼の内省(または告白)の場にもなっていた。
そして最初は恋敵の憎き男であったのだが、何故か男同士の友情みたいなものをその頭ーガルシアに抱き始めている。
その首に依頼者たちが一顧だにしないことに彼は苛立つ。

金を気前よくポンと渡し、祝いだ、まあお前も一杯呑んでいけ、、、に、ベニーは切れる。
「こういうことになったのは、お前のせいでもあり、俺のせいでもある」と。
スローモーションを最も効果的に使う監督の面目躍如の銃撃戦。
無駄のないピストル捌き。
ついに一番最後の黒幕まで撃ち殺し、娘に「お前は子供の、俺は夫の面倒をみよう」と言い逃げるベニー。
(首を墓に戻すつもりであったか、、、)。
だが、厳重な警備の敷かれた邸宅の敷地内である。
警備兵に車ごと蜂の巣にされ終わり。


彼の人生とは、、、いやひとの人生とは一体何なのか、、、というより

余りの呆気なさが、清々しい。


このひたすら腐敗の進むはっきりしない「ガルシアの首」を持って逃げ続け、それを提出しようというところで、必ずその首の物語や、報酬についての齟齬が生まれ、また上位の依頼者の場所に持ってゆき、、、という反復するこの物語の構造は、カフカ的ですらあった。
主人公が最後にあっさり殺されるのも、如何にもそれらしい。

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