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GOMA28

Author:GOMA28
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ブラザーズ・クエイ短編集Ⅱ

Brothers Quay021

Brothers Quay
1986
アメリカ

スティーブン・クエイ、ティモシー・クエイ 監督・製作


昨日、感想を書いてから本作を観て、更に新しい考えが浮かんだという事もない。
基本的に付け加える感想はこれと言ってないのだ。
なので、今日はあっさり行くつもり(笑。

Brothers Quay022

以前観た時、ネジが同時に10本くらいそぜぞれ個性的に回ってポロポロ抜けてゆくのはどうやって撮るんだろうと思って観たことがある。
それから顔の疣を棒(腕?)で弄るのが何とも言えなかった。恐らく当時はそこが一番印象に残ったところだ。今回もきた~と思って観たが(爆。

「ストリート・オブ・クロコダイル」

神経に訴えるような描写は多い。
タンポポの羽とか氷の状態の逆回転映像とか。
音楽は基本は東欧現代音楽風が多いが、ヴォーカル入りのモノがあり、それはもうロックだ。
極めてセンスの良い静謐で無機的な。

Brothers Quay023

ここでも頭の上半分の無い人形がせっせと仕事を進めている。
どういう作業なのか皆目見当がつかないが、変化に富んだ奇想天外な作業と言えるか。
頭が空っぽなら、何でも接続できる。そこが強みでもあるか。
(実際、映像でも綿を入れたり色々していた)。

「ろくなものが手に入らない。成就もなければ帰結もない」。というナレーションが入って終わる。

「失われた解剖模型のリハーサル」

触手みたいなものと素早く微動する眼球と額の疣を弄り続ける人形(笑。
製図道具やバーコードが生き物のようにリズムよく踊るように動き回る。
カメラ~撮影も終始動き回っていた。
昆虫の視界を垣間見るような視界、、、。

Brothers Quay024

動きの速度が自在に変えられている。
しかしBGMはずっと抑えられた重低音の響く音楽。

「スティル・ナハト」

磁石の使い方が印象的。
こういう遊びをわたしもしていたことを思い出す。
そう、彼等の作品は少年期~幼年期の地層を刺激するのだ。
珍しく少女の人形が出て来る。
原初的なエロティシズムとでも謂えようか。
そしてヴォーカル付きのロックがとても魅惑的。
この音なら少なくともインディーズチャートのトップを狙えるレベルだろう。

Brothers Quay025

性的な描写も出て来るが、気の利いたロックチューンに乗り何やら凝りまくったMVにも思えて来る。
昨日の作品集の方が多彩な要素と造形と動きが観られたが、やや大人しく感じた。
つまり昨日の映像の方が郷愁や何とも言えない焦慮の念に駆られたものだ。

わたしがうん十年(笑前に観たのがこれと謂うには、ちょっと物足りない気がしたが、今日の見方~コンディションの問題もあろうか。
昨日のモノの方がやはり面白く感じた。
ただ、ヴォーカル入りのロックは素晴らしい。

Brothers Quay026

明日も3は観ておきたい。貴重な作品には違いない。観られるチャンスに観ておくこと。
それにしても、自分の中には漠然とした雰囲気しか残っていなかったことを確認した。
やはり記憶というものは、強烈な印象を伴う要素以外については実に曖昧なものになってしまう。
まあ、それでよいのかも知れぬが、、、。



AmazonPrimeにて












ブラザーズ・クエイ短編集1

Brothers Quay003

Brothers Quay
1984
アメリカ

スティーブン・クエイ、ティモシー・クエイ 監督・製作

物凄く似ている一卵性双生児のクエイ兄弟によるストップモーション・アニメーションによる短編映画集。
短編集1~3の中の”1”。

収録作品:
「人工の夜景―欲望果てしなき者ども」
「ヤン・シュヴァンクマイエルの部屋」
「ギルガメッシュ叙事詩を大幅に偽装して縮小した、フナー・ラウスの局長のちょっとした歌、またはこの名付け難い小さなほうき」


今は懐かしいピーター・ガブリエルの「スレッジハンマー」が彼らの手によるもので当時話題を呼んだものだ。
忘れっぽい私でも覚えている(爆。それ程のインパクトがあったのは事実。MVも頻りに流れていた。

最初に作品に接したのは大学在学中であったか。「ストリート・オブ・クロコダイル」のVHS版である。
もう暫く癖になって、一日に一度はそおっと覗くような感覚で観ていた(笑。
あれは明るくポップコーン食べながらワイワイ観るものではないのは言うに及ばないが、密かに暗いところで観るのが相応しい気が自然にしたものだ。
今でもそう思うが(笑。

Brothers Quay001

しかしその頃も感じたが、よくこんな映像世界が、アメリカから生まれたもんだと、感慨深いものがあった。
まあ、ロックでもこれがアメリカのグループ?と驚くようなものは少なからずあるが。
(ステレオタイプなイメージから謂う訳でないが、チェコのアーティストだと言われれば直ぐ納得してしまうような(笑)。
BGMにしても、クラシックも現代音楽も全くアメリカ臭無し(題の付け方もそう)。
音楽がまたとても良い。

少し前にとり上げた「ヤン・シュヴァンクマイエル ファウスト」の監督ヤン・シュヴァンクマイエルは彼らのルーツに当たる人である。
尊敬する人物~作家にも彼を挙げている。
それは作品を観れば、よく分かるし納得できると言うもの。
ここにも彼に対するオマージュが思い切り創造されている。
アンチンボルトやエッシャーの要素もタップリと(無くてはならないものとして)あり、それが物語の構造にしっくりと組み込まれている。

デヴィッド・リンチの世界観にも通じるものを感じる(感性的にかなりの重なりはあると思える)。
(特に頭の脳ミソの入ってる部分が外れた人形は、リンチの映画にも劇的に出て来る。わたしはそれにえらく感動した覚えがある)。
やはりリンチも選曲のセンスが抜群である。あのBGMと共に人形の割れた頭から宇宙の銀河みたいな光が帯状に流れ出てゆくところはホントに恍惚感を味わったものだ。
イジー・トルンカのパペットアニメにも近いものを感じるところがある(トルンカも表現形式の幅が大きい)。
ユーリー・ノルシュテインは、ちょっと重なりは感じないか、、、。幻想的で不条理な世界は通底するところはあるようには思えるが。

Brothers Quay002

更に彼らの遊びの精神である。
観て行けばそれに気づくところは多い。
とても楽しく遊んでいる。
わたしとしては、部屋がとても興味深いものであった。
引き出しの連動などとてもリズムが良い。惹き込まれるところ。

そして特にテーマの一つとして拘っているのが、触覚であろう。
この人形たちで触覚的なものを刺激させようという意図は面白いし挑戦的なものだ。
さすると謂うよりともかく触覚を確認するみたいな(笑、叩いてボコボコにしたり切り落としたりもあったが。
そういえば、お師匠として仰ぐヤン・シュヴァンクマイエルはやたらと食べるシーンが多い。
口をアップにして殊更モノを食べさせるところなどにハッキリと何らかの意図を感じる。
(ちょっとその辺を手掛かりに見直してみたくなったが)。

こうした人形が何かに触れたり食べたりの行為がわれわれに喚起する事って何だろうか。
わたしは何やら電車の手摺で背骨のあたりをゴリゴリしたり瘡蓋の上から撫でられているような感覚であったが(笑。
今のところ何とも言えない。

そしてどんな形のどんな動きも変態も実に巧みに自然な流れとして創造して行き、厳然とした不条理が描かれてゆく。
われわれの宇宙とは異なる節理に基づき構築された世界の断片、、、という感じの映画であった。
音楽がピタリとフィットしてこれがまた美味しい。

また観たい。と謂うより、まだ2と3がある。嬉しい(笑。



AmazonPrimeにて










全て良好

Moonwalker002.jpg

特にどうということはないが、これは進めようというものと、これは辞めたと踏ん切りのついたものとで、スッキリしてきた。最近のことだが。気持ちの上では、どっしり落ち着いた(笑。
勿論、不安定要素は幾つかあるが、それも想定内でこちらのコントロール下にあれば問題ない。
要するに制御できれば気にするところではないというもの。

毎日、相変わらずの雑事に追われており、それに加えて煩雑な設定作業も入ってくる今日この頃。
又しても以前見た映画を初めて観た気分でつい先ごろまで観ていた(爆。
だから今日は感想は書けない。
最初の5分で気づかなければ重症かも。
記憶が今一番、不安ではある。

そう、言葉が最近素早く出てこない。
ゆっくり話すと娘がイライラしだす。
ゆっくり噛みしめるように話すと感動的な場合もあろうが、虚空に言葉の端々を探ってたどり寄せて喋るものだからもどかしいし、そのリズムは娘にとりイライラなのだ。

とはいえ、そんなに遅いという訳ではない。
かつてのように、滑らかに淀みなく話せなくなったのは確か。
だから他人と話すときは、短いセンテンスで用を足すようにしている(笑。
以前はかなり長い話を整然と話していたものだが。
感覚としては自分が自動的に話すのを聴くという感じ。

本来、話すとはそういうものだろう。
自分という他者のことばを聴く行為。
そこには決まって、驚きがある。
自分の騙りに瞠目することすらあるもの。

moonbow.jpg

ある意味、喋ることは芸術的行為でもあるか。
そういえば、話は若干逸れるが、最近頻りに取り沙汰されているChatGPTだったか、従来のAIからは飛躍を覚える自然で熟れた文章を生成するAIであるが、それがWinのEdgeに標準搭載されているBingに使われているようだ。
試しに早速質問などしてみたが、どうやら開いているページの内容に即した答えを生成しているみたい。
丁度、メディアの再生ソフトのページから質問をしたものだから、その質問とメディアプレイヤーを絡めた、見事な商品売り込みブログにそのまま使えるような洒落た文章がしこたま溢れ出てくるではないか。
呆れた。これだとブログの商品売り込みコンテンツの量産など造作なくできてしまうぞ。

検索力(学習力)と絡めた流暢な文章生成力は、使いみちは物凄くあるはず。
ともかく文章がとっても自然なのだ。
ここが凄い。
何でもこのChatGPTはGoogleを超えているみたいだ。少なくとも現時点で。
当然、Googleも盛り返してくるにせよ、最早Google一強の時代ではなくなることからくる波及は各方面に対し大きそう。

わたしとしては、もうこれから言葉がどこから舞い降りてこようが構わない(笑。
ちょっとした言葉の投げかけで、思いもよらぬ面白い文章〜お喋りが還って来る分にはなんであっても良いことだ。
これからは、Bing遊びに熱中してしまうかも。
(これでまた再びマイクロソフト〜ビル・ゲイツが強大になるな)。

ちなみにChatGPTはOpenAIという会社の開発した画期的な人工知能チャットボットである。
ビル・ゲイツはそれに対し多額の資金援助をしているみたい。
その一番上の方の情報はほんとにお宝ですな。

ともかくこれからは激変する。車の自動運転、燃料、学習を超えた即興的な文章作成、、、など
おそらくAIが囲碁の勝負で名人を負かすように、小説家より面白い本を書いてしまう日も近いかも。
音楽や詩も作ってしまうと言うし、、、。創造の点でも人を凌駕してきそうだ。

わたしとしては、その能力〜システムを自分の為に利用したい。
ともかくワクワクするだけ。


StrawberryMoon001.jpg




監視者たち

COLD EYES001

감시자들 COLD EYES
2014年
韓国

チョ・ウィソク、キム・ビョンソ 監督
チョ・ウィソク 脚本
タルパラン、チャン・ヨンギュ 音楽

ソル・ギョング、、、ハン・サンジュン(監視班班長)
チョン・ウソン、、、ジェームズ(武装犯罪集団リーダー、影の男)
ハン・ヒョジュ、、、ハ・ユンジュ(監視班新人刑事、豚~小鹿)
キム・ビョンオク、、、チョントン(ジェームズの上司、犯罪者に育てた男)
チン・ギョン、、、イ・ヨンスク(監視班室長)
イ・ジュノ、、、リス(監視班、ハ・ユンジュの先輩)
サイモン・ヤム、、、空港の男(犯罪集団黒幕)


『天使の眼、野獣の街』(香港)のリメイク作品だそうだ。そちらも是非観てみたい。
容疑者の監視、追跡のみを職務とする韓国警察特殊犯罪課のストイックな班の物語である。
ヒロインは優れた瞬間的な記憶力を評価されスカウトされたコードネーム子豚。
ともかく、息詰まる追跡劇。その地味に思える一点に絞り込んだタイトでスリリングな面白さ。
着眼点が良いしアイデア~記憶のフラッシュバックも冴えてる。
まさに映画の醍醐味。

COLD EYES002

全く無駄なくスタイリッシュに絞り込んだストーリーには息もつかせぬ緊張感が張り詰めている。
薄らとぼけたファンタジーや出口の見えない鬱屈した日常に辟易したときに、これ程の清涼剤はない。
ストーリー、演出、撮影、音も充分に練り込まれているが。
何より役者がピッタリと嵌っている。
(役者に違和が生じると不可避的に観ることに距離が生まれ白けて来てしまうもの)。

COLD EYES003

違和感がない。
タイトな物語である以上、整合性が重要である。
不必要な膨らみや逸脱や綻びは緊迫した速度を疎外しピタリと寄り添えない。
そうわれわれも彼らと共に疾走したいのだ。

それからコードネーム子豚の我らがヒロインであるが、指をテーブル上でトントンやりながら記憶を呼び出す身体動作はとてもしっくりする。班長には煩がられていたが、あのような作法の記憶術を彼女は編み出したのだろう。
半面、感情的な脆さもあり共感できる。

COLD EYES004

終盤、ちょっとだけ気になったところ、、、。
こちらも子豚~小鹿の身が心配になっていることもあるが、ターゲットは既に”リス”を殺害して逃亡している犯人である。
最早、監視班の身を潜めた追跡ではなく総力挙げての容疑者逮捕に向けた動きにはっきりスウィッチしていても良かったのでは。
相手は独りで緻密な計画を練り上げ、手下を操り完璧な強盗を成功させる凄腕のリーダーである。
新米監視班の彼女に単独で彼を追わせるのは酷ではないか。
他の警官何やってんだ、おら!である。武装して集団で追い込むべきであろう。
ハラハラしどうしではないか(怒。

COLD EYES005

昨日もやたら強い相手が最後呆気なかったが、本日の映画もあれだけ手強い”影”の男が最後はあっさり撃ち殺されてしまう。
銃の扱いでは、遥かに向うの方が上のはずだが、、、。
その辺、班長も彼も手負いでどっちもどっちではあったが。
何で班長はそこでは無傷で済んだのか、謎ではある。その前の格闘~腕力では圧倒的な差でやられていたし。
まあ、子豚(昇格して小鹿)が無事で何より。
(結構、韓国映画は、ヒロインも血みどろのボコボコにやられるようなケースも多く心配した)。

COLD EYES006

チョン・ウソンの壮絶な宿命を背負いながらクールで正確無比な判断と行動がとれる魅力に魅せられ知らぬうちに彼を応援していた(笑。実は彼にはすべてから解放され逃げ延びて欲しかったものである。冷酷無比で精密機械のような凶悪犯なのに憎めないのだ。
勿論、ハン・ヒョジュの知的で凛とした可愛らしさは絶妙である(時代劇で観たことがあるが、こっちの方が似合う)。
班長と慕われるソル・ギョングの包容力ある渋さもとても味わい深い。
チン・ギョン室長の女性上司ぶりも、とても男らしく素敵であった(笑。

兎も角、他にリスと言い、、、キャストは文句なし。
これでこのストーリーに演出である。
ちょ~面白いのは言うまでもない。
こうした韓国映画のタイトな魅力は素晴らしいものだ。





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ダーク・タワー

Dark Tower001

The Dark Tower
2017
アメリカ

ニコライ・アーセル 監督・脚本
スティーブン・キング 原作
アキバ・ゴールズマン 、ジェフ・ピンクナー 、アナス・トーマス・イェンセン 脚本

イドリス・エルバ、、、ローランド(ガンスリンガー、塔の守護者)
マシュー・マコノヒー、、、ウォルター(黒衣の男、魔術師)
トム・テイラー、、、ジェイク(超能力者)
キム・スヒョン、、、アラ(透視者)
フラン・クランツ、、、ピムリ(ローランドの父)
アビー・リー、、、ティアラ
ジャッキー・アール・ヘイリー、、、セイヤー(ジェイクの母)


スティーブン・キングが10年かけて書き綴った全7巻の小説をもとにした映画だという。
その割にとても単純な内容で、前・後編とか1、2、3編に分けて作っても良いとは思うが、それで世界が深まるような噺になるとは思えない。
1時間半でも丁度良い気がする。
ただし、小説を読破した人からすれば、変更点や省略の数々が気になったのではないか。

Dark Tower002a

どうしたって人物造形とその背景や関係性の変化~深まりなどを丁寧に追うのは無理である。
だが、どうも設定されたその世界観からして、如何にもアメコミのヒーローものから一歩も出てない感がするのだ。
かなり単純なファンタジーの部類と捉えるのが妥当か。
子供の成長を追う冒険譚とも思えるし、子供向け映画でもよい気がするが。

そしてハリウッド映画定番の父と息子の絆が描かれる。
何でこうも彼らは父子の関係性と鮫の恐怖ばかりを描きたがるのだろう。
わたしには、どうでもよいのだが、不思議でもある。

Dark Tower002

ホントに10年かけ7巻に及ぶ長編小説の内容がこれであれば、ビックリ仰天に当たるが。
細かい部分の省略があっても基本的な世界観まで削除してしまえば、もはやその作品とは何の関係も無くなってしまう。
基本線がこれであるなら実に単純な「善と悪」との攻防戦を出ない。

後は、それぞれが持つ武器~能力そしてそれらを使った闘いをスリリングに魅せるくらいであろう。
ローランドのガンアクションはアクロバティックで面白かった。そう来るか、という楽しみが散りばめられている。
ウォルターの強力な念力も風格もラスボスらしいものであった。その割に最期は呆気ない(笑。
娯楽映画としては、このバトルを上手く描ければまずはOKとなる。
更に出て来るキャストの個性~魅力で持たせるところか。主演の3人は申し分ない。

Dark Tower005

キャストは皆それぞれが良い味を出していた。
アラはもう少し出してもらいたい。こういうキャラが支える部分はおおきい。
ジェイク少年は見てゆくうちにどんどん親しみが感じられるようになり共感ももてた。

だが、淡々とじっくりその人間そのものを描くと謂うより単純明快なキャラを当て嵌めて動かしてゆくタイプ。
総じてアメコミ風の演出スタイルで愉しませてくれる。
それはそれでよい。

ひとつ気がかりなのは、ウォルターに魔術でジェイクのいる場所を自白させられ鼻血を出して倒れたアラは気を失ったのか死んだのか。死んでないのなら、その後何らかの形で姿を見せて貰いたい。

Dark Tower004

空間割が、普通のニューヨークとポータルを跨いで移動するとても荒廃した場所であり、ジェイク少年がよく悪夢に見たまさにその空間であった。
これで彼が超能力者であることが分かる。
そこで彼は度々スケッチしていたガンスリンガーであるローランドとも実際に出逢う。少年にとっては感動の再会みたいなもの。
ここから相棒として親密になるまで行動を共にしてゆく。
そして世界を中心で支える(この発想で、ガックリくるのだが)塔を守るのがガンスリンガーのローランドの使命であり、今この塔が黒衣の男ウォルターによって破壊される危機に瀕していた。つまり世界全体の危機なのだと。「世界」とは何かの考察も欲しいところだ。いずれにせよ塔が攻撃に逢う度に、ジェイクのいたニューヨークにも地震が起きていた。

その破壊の仕方が、ジェイク少年のような超能力を持った子供を誘拐し、その能力を吸い取ることで破壊エネルギーに変換して塔を攻撃してたみたい。この辺のシステム分かり難かったけど。この塔の存在もジェイクはニューヨークにいる頃から何度も悪夢に見ていた。ローランドとジェイクはその後ニューヨークと悪夢に見た地をポータルを通して何度も行き来しながら、ウォルターやその手下たちと闘う。

更にローランドにとっては父、ジェイクにとっては母の仇であり、ウォルターだけは是が非でも倒さねばならぬ相手であった。
またこのウォルターというのが、ただ只管、悪いだけの男で、こちらとしては、ふたりにどうやって倒されるのかを追ってゆくだけの鑑賞となる。この魔術師が実にアッサリと非情に人を殺してゆくのだ。

Dark Tower003

終盤のローランドVSウォルターは、なかなか愉しませてはくれたが、尺を後5分でも延ばしてもう少しハラハラさせてくれても良かったかも。特にあれだけ強大なパワーを持った(威圧感抜群の)ウォルターが最後がやけに呆気なかった。
わたしは、あの後、むくっとまた起き上がり襲って来るのではと期待してしまったのだが、、、。
あの銃アクションと謂うよりコメディタッチの弾アクションで死んでしまう。
あれが出来るからローランドはガンスリンガーなのね。

そして悪者が倒されたことで、世界は救われましたとさ、である。
何とも、、、。この世界と言われてもねえ、、、。
そしてローランドは元居た荒れ果てた世界に戻って行くのだが、もう身寄りもないジェイク少年も一緒に行くことに。
とっても裏しそうなジェイクであった。

Dark Tower006

あっさり観られる疲れない映画である。
期待せず観る分にはよいか。




AmazonPrimeにて








アップグレード!

StrawberryMoon002.jpg

今朝、わたしの元マザーパソコンに電源入れてみると、昨日と変わらず起動からメンテの間の行き来状況のまま閉じている。
では、とばかりに、パソコンをひっくり返し、SSD(512)を引き抜き、再度ダウンロードファイルだけを確認、昨夜全て次期マザーにコピーできてることを厳重チェックして、よしとする。
娘の塾の親向け講演会をズームから録ったものなど、この先必要なデータが多いのだ。

さて、Winには見切りがついたところで、昨日作成したブート用USBフラッシュメモリを本体に刺し起動する。
起動と同時に、いつもわたしがやる、F2ボタン押しっぱなし。
するとループ画面のメンテ項目の一つに在りそこにしか興味が無かった外部からのブートでシステム修復のところに行く。
普通のバイオス画面と明らかに違うが、何だここが所謂、バイオスと捉えてもいのね、と思い直しこれまでにやってはいるがまた再度起動ドライブの順番決めから入り、USBフラッシュメモリを選択してEnterを押すと、現在のセキュリティポリシーからそれをブロックするというアラートが出て一歩も進めない。ここでもまたループでは堪らん。

ということで、チョイと一服して考える(わたしは煙草はやらないので濃い緑茶で行く(笑)。
ひとつは、UEFI上のセキュリティポリシーの無効化だな、と踏むが、もしかしたらUBUNTUのダウンロード時に何やら危険なものが一緒に入り込んだかという疑いも生じ、安全なサイトであったはずだが(これ思いの他多いので)再度確認。
兎も角、USBポートのメモリをマウントするしかないように、SSDを取り出し次期マザーで完全にフォーマットしてマッサラにして戻しておく。それから妙なバイオス画面に思えた為、念のために起動時のバイオスに行くファンクションキーの番号を専門的なところで調べてみると、まごついた。
F6を断続的に押せとか言ってるのだ。そうすれば、見慣れたバイオス画面に飛ぶのかと思い、やってみると最初と同じループになってしまう。流石に思ったがバイオスってマザーボード上にあるROMに搭載されてるからシステムSSDが初期化されていても全く同じ顔して出て来る。改めてしみじみ思う(しかしこの画面は明らかにバイオス以前の回復コンソールに導く場である。でもこのメニューはROM上に設置されてんのね)。

moon001.jpg

ではまず、再度ダウンロードしたサイトの確認。サイトの信頼性は大元のサイトであることからして白と判断したい。オープンソースであるから元も子もないと言えばそうだが、元締めサイトであればそれを信頼するしかない。またこちらのメディアへの書き込みミスはどうであるか?だがもしあれば、最後のブータブルUSBが完成しましたのメッセージは出ない。ブートUSB側に原因は無いとみる。
システムが空であり順番に見て行けば三番目のUSBに回って来るだろう作戦は、しかし最後で例のポリシーにより弾かれるのは目に見えている。さすれば、真っ向からセキュリティチェックを無効にするか、セキュリティポリシーを無効にする他あるまい。
さてそんな項目があったっけ。それにホントにこの画面で良いのか、という思いもずっとあり、もう一回メーカーや専門筋のバイオスに入るキーを探ってみると、何とさっきのF6ではなくF7かF8かF11をひたすら電源入れたら断続的に叩けとか書いてあるではないか。
目を疑った。専門サイトでこのアバウト振り、どうなってるのと思いつつ、F7を断続的?何なのと思いつつ叩くと、何よわたしが一番最初にF2押しっぱなしで出たところじゃないの?舐めてんのかこら!と一回怒りを何処へ向けるでもなく発し、ここの画面で何とかするしかないと、セキュリティの無効化の項目をチェックして行くと、Secure Boot Optionの中にそれがあり(Optionの項目のみAble~Disabledの変更が効く)、それだと思い、Disabledに。しかし初めて見るバイオスだわ。とってもやりにくい。

そしてブートの順番替えを改めてやり、エンター~再起動で無事にUSB側が点滅しながら立ち上がりインストールが始まった。
嬉しい気分(笑。多分、デジタル署名があるかないかレベルの単純なブロックに違いない。
兎も角、最近味わえなかった爽快感である(爆。思わず冷蔵庫からアイスを持って来てしまう(笑。
その後は結構時間はかかるが放っておけば済んでいるみたいな書き込みがダウンロードサイトにあったが、全然違った。
頻繁にこれはどうするかとインストールの間に聞いて来るのだ。その選択に応えないとずっと立ち止まっている状況。
だから初めから終わりまでしっかり付きっ切りで見守ることに。それが必然的に最速のインストールとなる。
無事に終わってホッとして、お勧めアプリケーションを幾つか入れて一段落としようとしたところ、、、

moonbow003.jpg

UBUNTU ONEへのアカウント登録である。
丁度、AppleのiCloudにあたるようなサービスか。
だがこれがパスワード設定が厄介で、結局例(お勧め).からそのまま選んでクリアとなる。
凄まじく複雑で長いワードなので、わたしには入力ミスとかで入ることが出来ないはず。
それでもいいや、基本、二台のUBUNTUパソコンで仲良くやるつもり(笑。

チョイと使ってみたところ、操作がやたらと軽い。ホントに軽快でWinのころのもっさり感は皆無だ。
画像やムービーも軽やかに綺麗に表示され、とっても気持ち良い。
わたしは、Winの重くてもっさりした動きが嫌いでMacOSかUNIX系のLinux(MacもUNIXベースになったが)とかのスムーズでちょっとトリッキーな動きに惹かれ、おもちゃで遊んでるような気分を味わったものだ。Winではあり得ない。
ひと頃使っていたBeOSは玩具要素が強すぎて、ただ玩具みたいに遊んでいたものだが(またあのOSも使ってみたくなった)。

これからが楽しみである。が、このインストールの間に幾度、二段階認証をiPhoneとの間でやらされたか、もう面倒で面倒で。
その認証の仕方もMessageにくる数字の列の入力だけではなく、携帯側で、はいわたしです、とかをタップする類のものとか、、、
これにはうんざり。もう少し何とかスムーズに行かないものか。
今日はついでに古いUBUNTUパソコンも最新OSのバージョンにアップした。かなり時間を要したがこちらも無事に終わった。


何かスッキリした。最新ノートパソコンを一台買ったような気分でもある。
ともかく軽くて速いので気持ちが良い。



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ループと解放

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一昨日、物が最近よく壊れる事を書いたが、今日はその極めつけ。
何と、メインで使っている、うちでは一番高性能のノートがお釈迦になった(チ~ン。

ここ数日前からカーソールの振る舞いがおかしい。
単なる設定の問題ではなく、知らぬうちに入っていた変なソフトの悪影響のように思われ、様々なチェックとシステムの復旧(ある時点まで戻すこと)なども試みた。その内に普通に再起動が出来なくなり、ボタンで強制終了を数回行うと、そのショップ独自の回復コンソールが開き8種類くらいの修復モードが選べるスクリーンにしか行けなくなった。そのなかの明らかに関係ないのを飛ばして、5種類くらいやるだけやってみたが、どれもダメ。
これは余計なことをやって深みに嵌ったなと思うと、それから後は起動~修復画面の無限ループとなる。

それでこの流れはここで断ち切り、視座を変えることに。
シャットダウンして全てのケーブルを抜き、裏返す。
すると初めて観たが、蓋が無いと言うか分かれておらず、ビスが20個くらいで全体をとめているではないの。

通常、バッテリーの蓋、メモリーの蓋、HDDの蓋もある場合もあったりして、それぞれ交換増設出来る部分毎に分かれていたりするものだが、バカっと全体が二つに割れる形で中身全面がいきなり出て来る。
このパソコンの中身は初めて見た。ちょっと感動。

暫く見とれてボヤっとしていたが、へたな抽象絵画より遥かにこっちの方が美しいのだ、、、と夢想している暇もないので、どうしたものか考えてみる。
これでバッテリーも外して充分に放電すると、取り敢えず通常のOS起動する場合もあるなと思い返すが、このパソコン、バッテリーの繋ぎが尋常なものでなく極めて複雑でフラジャイルな形で繋がっていてオマケにシールで留められている。バッテリー自体もガウンみたいなもので包まれていた。取り外しを明らかに出来ないようにしているではないか。

もう古いと言えば確かに古いが、当時Core i7では最速のCPUでメモリーも32Gb積み、GPUも別に積み、システムは512GbのSSDにデータ用の2TbのHDDを装着していた。開けてみて思い出したのだが(笑。わたしは忘れっぽく、どのパソコンがどんなスペックだったかなんていちいち覚えてはいない。またバラして外付けストレージかよ、とか思ったが壊れているのはシステム~ソフトである。
これはこのまま使いたいと凄く思うようになる(そりゃもう外付けHDDが溢れているのだし。パワーのあるパソコンが立て続けにお亡くなりなってもいるのだ)。

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ということで、まず一つ目の課題である。
このパソコンには高い金を払って買ったアプリケーションが幾つか入っており、一台でしかアクティベーションできないものばかり。
そのアプリケーションを、もうひとつ残っているそこそこパワーマシンに全て移入する。
インストールした際のファイルは別のストレージにとってはあるが、出来ればそれらサードパーティーのサイトから改めてダウンロードして、アクティベーションコード(プロダクトキー)を入力する形で使いたい(場合によっては、マイナーアップデートがなされていることも少なくない。所謂アップグレードされていたら金を払わされることになるが、ダウングレードもそれほど古くなければ応じてもらえるはず)。それでこれについては、ひとつだけプロダクトキーが見つからず、しかも無くてはならぬソフトであるため購入となる。先日ウイルス対策ソフトの更新をしたばかりで出費続きなのだが、これは仕方ない。

更にそこにしか入っていない最近作ったばかりのデータがある。これはもうSSDのシステム側に入っている為、取り出して新たにマザーに就任したパソコンに移すことに。4種類の型のSSDに対応するUSB接続キットがあって良かった。
これはその後、忘れないうちに一杯ある外部ストレージにも分散コピーを忘れない。

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さてさて、それが済んだところで、次なる課題。
このハードをどうするか。
パワーもあるし、活かしたい。
でもウィンドウズは元々嫌いだし(Macという訳にも行かず)、最近お得意のUBUNTUを入れてしまおうと。
大概、UNIX系のOSを入れるパソコンは、古くて非力なものが相場(再利用目的)であるが、パワー漲るUBUNTUもよいのでは、と思う。アプリケーションも多いし、活躍の場は充分あろう。
そして既にあるUBUNTUパソコンとも連携して使うのも面白いものだ。やりとりが愉しめる。

よくUNIX系はプリンタが繋がりにくいとか聞くが、うちでは全く問題なく使えている。
Brotherのプリンタは特に何もしなくても普通にすんなり繋がるものだ。
看板作りに頑張っていたEpsonプリンタは長女が癇癪起こして壊してしまったが、こっちでなくてよかったわい(笑。
(とは言え、不便になったのは確かだが(トホホ)。

早速UBUNTUのHPに行き、ISOイメージの最新OSとそれをUSBフラッシュメモリに書き込むユーティリティをダウンロードする。
まずは書き込みソフトを解凍して起動し、そこにISO(の場所)を指定し、書き込み先をUSBメモリに設定するだけ。
4Gあれば、余裕で入る。

そのインストールは明日にしたい。
一晩、電源切って放置して明日再度起動テストだけでもやってみてからにしようと思う。
とても忙しくて(主に物探しとデータ探しであったが)、疲れた割に何故かワクワクもあった。
ループとモノ壊れ自体はきついが、そこからの新たな展望と違う形での再生が望める。ひとつの解放でもある。
これは少年期の愉しみに似ていて、擽ったいものだ。



では、おやすみなさい(笑。



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パラドクス

The Incident006

El incidente/The Incident
2014
メキシコ

イサーク・エスバン 監督・脚本
エディ・ラン 音楽

ラウル・メンデス
ナイレア・ノルビンド
エルナン・メンドーサ
ウンベルト・ブスト
マグダ・ブルゲンヘイム


どこがパラドクスなの?
原題は”The Incident”だし。

ダークレイン」の監督である。
如何にもという感じ。
この人どうも生理的に苦手。

勿論、終盤でびっくりした。まともではないわ。

The Incident003

マンションの一室でカルロスとオリバー兄弟が何やら要領得ない噺をやり合っている。
そこに飛び込んで来た刑事マルコ。
兄弟は刑事に追われる形で非常階段へ、、、。

そこは非常階段であるが、まさにエッシャーの階段であった。
9階まで登ったら1階に来ている。1階に降りたら9階なのだ。
非常階段ループである。
これ距離を持って見られれば面白いと思う。
カルロスはマルコに撃たれた傷が元で死ぬ。
階段からは抜け出ることは出来ない(35年間そこに閉じ込められる)。
だが自販機からは、いつまでも水や食料が出て来て、飢えは心配ない。

The Incident002

家族が元夫の家に旅行に行く噺。
車で出かけ、どれだけ走っても同じ光景の道の間を移動しているだけ。一定距離から先には進まないのだ。
つまり目的地には到達しない。こういうのもエッシャーにあったかどうか。絵にすれば出来るものだ。
少年ダニエルと、妹のカミーラ、母親のサンドラと、彼女の再婚相手のロベルトは、多少のギクシャクはありつつ車で出かけるのだが、カミーラが喘息であり吸入器がないと旅行に耐えられないのに、その用意が無くパニックとなる。同時にループの道であれば時間的に非常事態だ。結局カミーラは亡くなり、親と新しいオヤジはほぼ恍惚の人に。ダニエルは別行動をとり、35年を過ごす。
ここでも途中の店とガソリンスタンドには、常に品物は追加され必需品に困る事は無い。
ただ、何処にも行けないのだ。

ここで非常階段と一本道で共通の悪い事態であるが、階段ではマルコがカルロスの脚を撃ってしまい、一本道ではロベルトが持っていた吸入器を道に落として割ってしまい、喘息に配慮したつもりがガヴァジュースが元でカミーラに発作が起こり苦しむことになる。
だが両者ともに何かに操られるような感覚でそれを行ってしまったという。あながち嘘とは思えない言い訳だ。
わたしもそんな経験は幾度もしている。
両方で聴かれる爆発音も気になるところ。

The Incident005

ふと介入する外的要因と言うものはあるはず。
それが運命を左右するスウィッチとなることもあろう。

そして閉塞空間に生物として閉じ込められた光景が廃棄物の山である。余りの説得力。
ここにはモルモットも車輪を回しながら登場するが、その荒涼たる光景は比ではない。
ハイウェイも車の車内もゴミだらけ、非常階段は壁に積み上げられた35年分の廃棄物が妙に綺麗に並べたてられていた(遺跡みたいに)。
勿論、歳を取ってよぼよぼである。ダニエルとオリバーはまだしっかり体の動く中年であるが。
マルコはこれまであった全てを絵に描き尽くしていた。アートとしても面白い。ロベルトの方も身体はまだ動くが酒ばかり呑んでいた。

The Incident007

当然、ロベルトを嫌っていたダニエルであり離れて生活をしていたが、20年間痴呆症であった母サンドラが亡くなり弔ふ目的で遭うことになり、そこで衝撃の事実が明らかとなる。
これには、ビックリした。
一本道で中年となったダニエルは非常階段のマルコ刑事ではないか。
死ぬ間際にロベルトもマルコもダニエルとオリバーに対し、この先絶対にパトカーとかエレベーターには乗るなと忠告していたが、、、
そう、ロベルトは以前ルーベンという名で筏の上で35年のループ生活を送った後の二度目のループであることを死に際に思い出したのだ(筏の上で35年は惨い)。
そしてマルコは、ダニエルであったことを告げる。

The Incident001

更に二人とも相手に、自分の名前を書き記しておけと何度も言って聴かす。
マルコ(ダニエル)とロベルト(ルーベン)が遺言を残して死ぬと、一見オリバーとダニエルはこの円環から解放されたかに思えたのだが、次の人生として第二期ループが作動するのだ。

道端に停めてあるパトカーに躊躇いつつも乗ったダニエルは、記憶がリセットされてマルコ刑事となってまた更に35年のループに入ってゆく。オリバーも躊躇ったが結局エレベーターに乗り、扉が閉まった瞬間頭がリセットされ、エレベータボーイとしてホテルに来た新婚夫婦をループに誘うのだ(堪らない、死にそう)。

The Incident004

もう気持ちが萎えて沈み放題沈む映画である。
ここのところ眠くて起きてられない状況なのに、こんなもん観てしまったら余計に起きてられなくなると言うもの。

もう寝るしかない、、、。エッシャーの作品に「囚人」があるが、まさにそれだ。
監督は、現実社会の暗喩だとでも言いたいのか。超脱できないわれわれの姿。分かるが、こう描かれると堪ったものではない。

ちょっと「ダークレイン」も捉え直した方が良いかなとも思えてくるが、また観たい映画ではない(これも含め)。
しかし一度は観る価値あり。これは是非。




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今日は眠った

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最近、ホントに眠い。
いくらでも横になれば眠れそう。
そんな日々を生きている(爆。
単に呑気に暮らしてるということか。

物がよく壊れる。
パソコンが突然一台逝ってしまった。
そのたびに内臓HDD(SSD)とメモリーを外す為、もう外付けストレージが10台くらいになる。
データーは分散して違う場所に管理しておくのが良いので、それはそれで悪くはない事だが、レイドの自動差分保存管理ソフトをやめているため、今現在は手動レイドを行っている(トホホ。
とっても骨が折れる。折角手動で行うのだからと、一台ずつ保存の仕方を変えているのが、複雑さを増し頭がついてこない(爆。
まさにこれは自爆状況だ。

そのデータの属性や特性から、または重要度からして、このストレージにはこれは入れないことにしようなどと考え出すともう訳が分からなくなる。
厄介なことを始めてしまったものよ。これを自業自得というのか。
まあ、それはそうと、今日は外付けのBlu-rayプレイヤーがどうにも働かなくなった。
もう少し明日粘ってから結論を出そうと思っているが、最近よくモノが壊れる。

そんな中、映画は観てみたのだが、疲れがたまっていたみたいであった、、、。

”ブラック・フォン”という映画は観たが、ほぼ眠ってしまった(笑。
何か黒いワゴン車で黒い風船を運んでる仮面の男が男の子を攫っては殺す噺だったみたい。
閉じ込められた地下室には、繋がらない黒電話が壁に掛かっているのだが、、、
ずっと閉じ込められているうちに、その電話が鳴り響き、出てみると誘拐され行方不明となっている友達の声なのだ。
これは、もう幻覚・幻聴の類であり彼の内なるハイパーエゴのなせる業であろうが。

それぞれの声の主が、彼にアドヴァイスしたり励ましたり、仇をとってくれと訴えてきたりするのだ。
確かに、その少年の声であり口調であるのだが、その時点で既に彼らは殺され埋められている。
彼らのパーソナリティを借りた少年の超自我が彼に知恵と勇気を振り絞らせ強い人間にしてゆく流れか。
ちょっと内向的な少年の成長譚などと言ってしまうと安っぽいが、そうした展開であった。

まあ、内向的であることは決して悪くはない。
内省しながら物事を解決してゆくことは寧ろ望ましいものだ。
このような電話となってしまうと見た目、オカルトホラーめいてしまうが、何か自分の内奥を探るときなど何らかのガジェットは有効に作用する。
わたしの場合、ずっとパソコンであるが。パソコンは暗い玩具箱だ(今打っているパソコンは、ちょいと前に捨てたパソコンのメモリーを増設している。とても動きが良くなっている)。
それから本、絵を描くこと。音遊びも。自分の内面を拡張しイメージを誘発する。

揺り動かし続けること、、、。

とは言え、この少年のような強力な自我~他者を召喚するにあたり、過酷極まりない(命の危険に晒される)経験は大変有効かもしれぬがとても危険だ。
上手く行けば強靭な人格を得られるかも知れぬが、下手をすると自我が崩壊して多重人格傷害に見舞われる場合もあり得る。

この噺では電話をかけて来てくれた少年たち全員の自我を統合した凛々しい少年となって帰還を果たしたという感じであった。
彼はこの先、強く生きて行けるだろう。
犠牲になった少年たちが気の毒ではあるが。

しかしアメリカホラーによくあるパタンであるが、突然出没するあのサイコキラーとは何なのか。
(色々と膨らめて書けばきりがなくなるので、ここではやめておく)。


きっと明日も眠たいことでろう、、、ZZZZZ



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念の為、、、




ヤン・シュヴァンクマイエル ファウスト

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FAUST/Lesson Faust
1994
チェコスロヴァキア、フランス、イギリス


ヤン・シュヴァンクマイエル 監督・脚本

アンドリュー・サックス、、、声
ピーター・セペック
ヤン・クラウス
ヴラディミール・クドラ


プラハが舞台。
謎の地図を配布している怪しい二人組。
最初は無視したが、何となく気になりその地図の示すところに行ってしまう男。

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そこは劇場であり、人と操り人形が両方出演する題目をやっている、みたい。
また、観客席に客が集まっているのだが、バレリーナとかオペラの歌手とかは、農場で演技している。
どうなっているのか、劇場の構造がそもそも掴めない。
だがそういった展開はずっと続くので、そういうものかと観てゆくことは出来る。

粘土アニメーションと大き目のパペットが主人公の人間~男と絡んで展開する。
かなり複雑な作成形式だ。真似しようとして出来るものとは思えない、やってるのはこの監督くらいだろう。
粘土造形とパペットと人間が同一空間上で不思議な調和の元、物語を紡ぐだけでもう唯一無比の作品である。
ホントに独特の流れを生む質感だ。

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上演されているのは『ファウスト』である。
その男は何をやってる人かは明かされないが、楽屋?で自ら『ファウスト』博士の衣装を着こんでメイクもし、客の前に立ってみたりする。
だが場面はコロコロ変わってしまう。
変幻自在な変形と動きが特徴の粘土に合わせて流れてゆく。
更にデカいパペットが不気味だがコミカルな動きをする。
特に何処か森の小路をゴロゴロ首が転がって来て舞台の体と合体するパペットが面白い。
メフィストフェレスと天使だろうか。
小さな使者も沢山連れて来て、操るのは難易度が高そうだが、日本のロボットアニメも彷彿させるところがある。

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カフェ?に入った男は例の怪しい二人組が(わざと)置き去りにした鞄を奪い、中の道具や魔法陣を使ってメフィストフェレスを地獄から召喚し、血の契約をルシファーの許しの元、交わしてしまう。
24年間はわたしの下部として働き、宇宙の真理をわたしに教えろと迫る。

怪しい二人組の男が、そのファウストとなった男に何かと付き纏う。
カフェテラスみたいなところで店員をしており、男に色々と不思議なサービスをする。
面白いのはテーブルをドリルで穴を開けさせると、そこからワインが噴き出るものだ。
この時、人の千切れた片足を持って黒い犬に追われる老人に出逢う。
その老人の逃げてゆく流れで何故か男はファウストの舞台に立つことに。

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ここで男も木の人形をプラグスーツみたいに着せられ人形のように動く。
男はファウストとなり、天国や地獄を行き来して経験するが、、、
直ぐに悔い改める。
だがそんな時、もう地獄へ引きずり込まれる時が迫っていたのだ。
人間と悪魔は時の数え方が違う。
まだまだ色々宇宙の真理に触れられると思っていたのだが、それ程のものではなかった。
特に天国は全く期待外れ。メフィストフェレスにも大いに幻滅し契約したことを後悔する。
変な知識欲を持たずに、余計なことをせず食って寝て暮らすことが肝心というメッセージには今更同意しかねる(笑。
天国よりは人間の世の方が快適だみたいなことを謂っているのだ。

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男は、契約自体を反故にする気になり、屈強の男を金貨2枚で雇い、悪魔の召喚から逃れようとする。
だが、メフィストフェレス一行には歯が立たず、2人の力自慢の男も燃やされてしまう。
男はファウストの衣装を脱ぎ棄て、懸命に街を逃げてゆくが、道路を横切ろうとした時に無人の車に轢かれて死ぬ。
人の脚を集める老人に彼の脚も引き抜かれ奪われる。

わたしとしては、メフィストフェレスと天使の登場する場面で、決まって森の小路を双方の首がゴロゴロと斜面を転がって何故か街中の劇場のパペットの体と連結するところが面白かった。
まるで日本の合体ロボである。しかも小型の使者も引き連れて来る。
それから魔法陣の中で身を守りながら悪魔を呼んだり去らせたりを呪文で何度も繰り返して疲弊させたりする、まるでドリフのコントみたいな場面もあり笑えた。

兎も角、アニメーションと人形劇と人による実写の融合劇を堪能すればよいという映画であろう。
唯一無比の貴重な映像体験となった。
面白い感覚である(特にあの異次元から転がって来る天使と悪魔の首が何とも言えない)。




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メランコリック

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melancholic
2018

田中征爾 監督・脚本

皆川暢二、、、鍋岡和彦(東大出のニート)
磯崎義知、、、松本晃(殺し屋、銭湯の和彦の同僚)
吉田芽吹、、、副島百合(和彦の彼女)
羽田真、、、東則雄(銭湯「松の湯」のオーナー)
矢田政伸、、、田中敬三(暴力団のボス)
浜谷康幸、、、小寺雅人(殺し屋、銭湯の和彦の先輩)
山下ケイジ、、、鍋岡修一(鍋岡和彦の父)
新海ひろ子、、、鍋岡惠子(鍋岡和彦の母)
大久保裕太、、、田村幹久(和彦のかつてのクラスメイト、会社経営)
ステファニー・アリエン、、、アンジェラ・イェン(田中の情婦)


2日続きで邦画の大金星(笑。
最近の邦画では、出色の出来。
とっても面白かった。
またキャストが良い!脚本もとても面白いアイデア。
ちょっと気になる点はあるけど、、、全体としては文句なし。

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銭湯が風呂の時間が終わった後、暴力団の殺しの死体処理場となるなど面白いアイデアだ。
それを膨らませるとこんな物語が出来るのか、、、上手い。
座布団3枚くらい進呈したい(笑。

鍋岡和彦のちょっと自閉がかった回避型愛着障害みたいなキャラが極めて現代的で馴染める(笑。
東則雄の温厚で包容力あるな大人ぶった小心者の湯銭のオーナーとか、彼を脅しいいようにこき使う暴力団のボスの田中敬三も分かり易い。
そして殺し屋で湯銭で働く和彦の先輩の小寺雅人の影のある孤独な佇まい。
如何にも今どきの軽いキャラのようでいて人情味のある松本晃などキャラにとても魅力があり親しみが湧いて来る。
アンジェラ・イェンなども如何にもいそうな感じ。
ただ、副島百合はどういうつもりで和彦に接近して付き合うことにしたのかどうも分かり難い。
(何やら策略をもって近づいた背景などを最後まで疑ってしまった。そう、最後まで不思議な存在であった)。

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何とも言えない人が和彦の両親である。
特にお父さん。
いいキャラしてるのは確かだが、これほど仄々した人は珍しい。
和彦の家には何のプレッシャーもなさそう。息子が東大出た後、全く就活もせずブラブラしていても意に介さないところなど、大物である。漸く決まった勤め先が銭湯でも、ほうそうかいのノリ。普通自立はしてほしいとか思わないのか。
松本が撃たれて家に転がり込んできたときも、お風呂屋さんも危ないこともあるんですねえ、とかのんびり感想を述べていたし。
それに引き換え、同じようにのんびりしているお母さんが、彼の傷の手当てをしてあげているのにはびっくりした。あの流れでは傷を見たところで卒倒していそうなおかあさんであったが、、、。

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一番違和感を覚えたのが、そこである。銭湯のオーナー東の裏切りで銃で撃たれた瀕死の松本が和彦の家に運び込まれ、そこで味噌汁くらいしか作りそうもないお母さんに傷の手当てをしてもらい、その晩には起き出してうどんを普通に食っているのだ。
弾は無事に摘出出来たのか?
わたしは、先輩の小寺みたいに間違いなく死ぬものと思っていた。彼と変わらぬくらいの重傷ではないか。
あの手当と回復力には、うっそ~である。

その上、あの田中の暴力団事務所では、いつものように死体を銭湯で処理せず、そのまま置き去りであった。
大丈夫か。
田中も東も、松本にちょっと扱い方を教わっただけの素人の和彦が撃ち殺しており、そのまんま。
警察だって馬鹿じゃないと思うが、、、。
単に暴力団関係者の同士討ちで処理するのか。しかし銃のタイプが違えば弾も異なって来るがその辺どうなのか。
更にすんなり和彦が銭湯の経営者に居座れるのか、、、田村の助けを借りて上手くやるのか、、、。

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一旦、身を案じ別れた副島がまたニコニコして和彦が番台に座る銭湯に来ていたが、、、
その後、彼と松本とアンジェラと一緒に食べて呑んでで大盛り上がりであったが、よりも戻せる感じに窺える。
生き残った人が皆、銭湯に集まってファミリーになった感である(笑。
松本の感想が面白い。和彦さんファミリーって、なんか暖かいすね、って単に変わってるだけでないの?
まあ、おかあさんが料理上手で、うどんが今まで食べた中で一番旨かったところが大きかったか(傷の治療はブラックジャックなみだし)。

人生には一生この時が続けばいいのにと思える瞬間がある。
この時の為に俺は生きて来たのだと思える瞬間。
その為に生きている。
と、最後は飛んでもないハッピーエンドの大団円であった(爆。

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暴力団の請負で散々人を殺して来て、この小市民的な幸福感で一杯の締めくくり、、、。
とても現実的な感もある。
人の犠牲や不幸の上に幸せを築くのが人間である。
人を貶め引きずり下ろしそれを成就感や幸福に転嫁することを当然の如くにやっている連中が身近にうようよいるのだから。
(うちの斜め前のおやじをはじめ)。
このエンディングも自然に思えた。

ともかく面白い。これは見る価値あり。
このアイデアと皆川暢二と磯崎義知の演技で魅せる映画であった。



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*お買い得[レンタル落ち]



もらとりあむタマ子

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2013

山下敦弘 監督
向井康介 脚本

前田敦子、、、坂井タマ子(ニート)
康すおん、、、坂井善次(父、スポーツ用品店経営)
伊東清矢、、、仁(中学生)
富田靖子、、、曜子(アクセサリー教室の先生)
鈴木慶一、、、坂井啓介
中村久美、、、坂井よし子


東京の大學を出て、実家の甲府に戻り、モラトリアム生活をダラダラ送る23歳女子がヒロイン。
脱力の極致を生きるが、世相に対し文句を言い、父の忠告とかには直ぐに切れる。
だが共依存の体質が見て取れ、四季を通して描かれるが、円環的に閉じている。どこかで踏ん切りをつける必要あり。
そんな感じで観る者をズルズル引っ張って行く映画。

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まあ、こんなに食べるシーンの多い映画は初めて観たかも。
ひたすら普通の食事を食べてる。それでこの父娘の家庭を実感させるとても上手い演出~運び。
この流れで、生活がいつまでも続いて行く(危うさを覚える)。

TVを観ながら「ダメだな日本は」とか言って、一日中、喰っちゃ寝て、漫画読んでゲームをしてはゴロゴロしている。
服装もそれでも年頃の女子かと言いたくなるようなもっさっとしたものばかり。
就活もしない。家事もやらない。食事作りは父が好きでやってるようだが、洗濯した下着まで父に干してもらっている。
一度、あまりの為体に父が切れて「いつ就活するんだ」と怒鳴ると、「その時が来たら動く。今はその時ではない」ときっぱり宣言する(笑。
なかなかのねーちゃんだわ(爆。

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その後、特に何があるでもなく、写真館の中学生との微妙な絡みがやたらと擽ったい。
一回だけ、父に秘密で何かのオーディション用の写真を写真館の主ではなく中学生の息子に撮らせる。秘密だぞと睨んで。
それくらいか、主体的に動いてみせたのは。
このふたりとのやりとりが殿しいのと、父との関りからお互いに離れたくないのだなというのも分かり趣深い。
わたしも完全に娘たちと別に暮らすとなると淋しいことだろう。
そして父の再婚相手候補のアクセサリー教室の先生に父の悪口を喋るところはホントにリアルで面白い。
この映画、ぼそっとした喋りが絶妙。

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そういった雰囲気が心地よくて見入ってしまう映画である。
前田敦子をはじめキャストが皆、嵌っている。
特にタマ子と中学生の関係は美味しくて笑えるのだ。
彼には途中までいつも共に行動する彼女がおり、タマ子に呼ばれて頼まれた仕事を請け負う際、彼は彼女に対し「あの人友達いないから」と耳打ちしている。これには爆笑した(中学生からも上から目線で見られている)。

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季節ごとに自堕落生活のパタンが描かれているのも楽しい。
理容室でヘアのセットを頼んだが自分が思い描いた雑誌のモデルのヘアスタイルとかけ離れていて、更に無気力感アップのところなど、細かい見どころが沢山。
実際、AKBの頃は、物凄いハードスケジュールを熟すアクティブな生活をずっと続けて来た彼女であろう。
自分が生きてこなかった全く違う生活リズムを演じるのも新鮮であったのでは。ファッションからしても(爆。
思い切りグウタラ人生をこれでもかという程やってみて彼女も楽しかったのではなかろうか。
特に凄いと思ったのは、最後の中学生とのスティックアイスを食べながらの会話である。
この喋り方は、アイドルから限りなく遠い、もうホントのグウタラ喋りでありここは何度聞いても楽しい。
そして中学生から彼女との関係が自然消滅したと聞いて、久しぶりに「自然消滅」聞いた、というのも笑った。
丁度、前の晩に父から「家を出なさい」と言われ、彼女もこれには全く口答えせず「合格」と父に返す。
中学生からどこ行くのと聞かれ夏が終わったらどっか行くでしょ、と答える。適当。

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何が起こるでもなく、急に行動を起こすでもなく、突然覚醒するでもない、重い現実が軽妙に描かれていて好感を持った。
実際、わたしも一生、モラトリアムで終わる気がしている。
そう、何をやってもモラトリアムに過ぎない。
そんなものだと思う。

観て損はない面白い映画であった。
と謂うよりお勧め映画である(最近の邦画では珍しく(笑。




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*お買い得Blu-ray



ダークレイン

THE SIMILARS001

LOS PARECIDOS/THE SIMILARS
2015
メキシコ

イサーク・エスバン 監督・脚本


グスタフォ・サンチェス・パッラ
カサンドラ・シアンゲロッティ
フェルナンド・ベセリル
ウンベルト・ブスト
カルメン・ベアト


登場人物がバスステーションに閉じ込められているのだが、わたしとしては大きな駅という感じの空間だった。
どうでもよいが、人が10人くらい楽々過ごせる閉鎖空間である。
鍵がかかっていて外には出れないのだ。
バスはいつまでも来ない。雨の為に来れないらしい。
だが、タクシーに乗ってここにやって来た人はいる。
しかし、一旦入るとここを出ることが誰も出来ない。
外は大変な豪雨で、ラジオも異常気象と学生運動についてずっと放送をしていた。

THE SIMILARS002

異変がそこに生じる。
そこにいる人全員が髭を生やした同じ顔になってゆくのだ。
確かにホラーだ。嫌だ。そんなの。
女性まで髭面の男の顔になってしまうのだから絶望して顔をナイフで切って死んでしまうのも無理もない。
なんなのこれ。と思いつつ観てゆくと、ラジオの放送で雨によるウイルス汚染みたいなことを言っている。
雨が通常の水ではない特殊な液体なのだと。

THE SIMILARS003

自然に広がったウイルスによる病か、政府による極秘実験によるものか、そういうテロなのか、異星人の仕業なのか。
この中にそれを仕込んだ者がいるのでは、と誰もが疑心暗鬼となり不安と恐怖と焦燥から極めてヒステリックになってゆく。
そのやり取りが過剰に神経質で衝動的で粗暴なため、何だか小煩いだけの映画にも思えて来る。

だが、どうやら母に連れられてやって来た病弱を装った少年による仕業のようなのだ。
最初病気の少年かと思える様相であったが、それは単に少年の恐ろしい正体をカモフラージュするもので、その実体は、、、
何だか分からないが、母に昔読んでもらった漫画の世界に囚われており、その世界そのものに現実を変えてしまえる能力が発現しているらしい。
よく分からないが(笑。余りに荒唐無稽。こうした現象は誰の視点から描いているかに依存する場合もあるが。
つまりその人間の病的な幻覚の世界が描写されてる場合もある。

THE SIMILARS004

その少年のお気に入りの漫画は、異星人がやって来て人から欲しいものを取り上げて帰って行く。
その欲しいものは感情であって個性であるらしい。
それを奪われた為に、人は皆同じ顔になってしまう。
それが何で普通の髭面の男の顔なのかよく分からないが(観客にとって)、その場にいる人間がそれぞれどう見ているのか~主観なんて原理的に分かり様がない。但し同じ顔になってしまっているのは、間違いないようだ。
皆が髭面の男の顔になってしまったと絶望している。
そりゃ女性にとってはショックだわ。

THE SIMILARS005

面白いのは、事務室に貼ってあるピンナップや雑誌の全ての顔が、その髭面の男にすげ代わっているのだ。
マリリンモンローも顔はそれなのだ。こちらはどういう顔で観ていれば良いのかと言いたくもなる。
ただ単に趣味の悪い悪戯にしか見えない。
ともかくグロテスクでキッチュ。
何なのこれ、状態であり真面目に緊迫した状況でありながら、ダレても来る。
このズレたコメディ要素が微妙なホラーである。

THE SIMILARS006

更にこの悪質な子供も「奴らに操られている!」とか嘯いているのだ。
奴らって誰だよ。それこそ異星人か。その正体は分からず仕舞い。
豪雨の外では狂犬が何度も吠えてはガラスの扉にぶち当たって来る。
皆が神経をやられ限界に来ている。
そこで、少年に操られ一人の男が最初からウイルスを持ち込んだと疑われていた男を撃ち殺す。
だが、死んだ男の持ち物を確認すると写真もその男の顔とは違い、彼が最初の犠牲者であったことが判明する。

写真も同じ顔であったものが元に戻っていた。
皆、同じ顔だということが忘却されると違う顔に見えて来るらしい。
さっぱり何言ってるのか分からんが。個性を失ったことに気付かないとかいう状況を言っているのか。
最後に外から飛び込んで来た車は何だったのか。人を轢いただけか。
人面犬までついでにやって来て何だったのか。

THE SIMILARS007

普通の光景になり翌日か、医学部の学生とその子供と母以外は皆死んだみたいであった。警察が学生運動のせいにしようとしていた。
その少年はまた何かを企んでいる笑みを零している、、、。


一言で謂えば、変な映画。
少年が気持ち悪かった。
それだけ。




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恋する日曜日 LOVE ON SUNDAY

LOVE ON SUNDAY001

LOVE ON SUNDAY
2006

廣木隆一 監督
いずみ吉紘 脚本
RCサクセション『君が僕を知っている』主題歌

水橋貴己、、、宮本晶(東京に転校する高校生、弓道部)
芳賀優里亜、、、西尾環(晶のクラスメイト、恋敵)
佐々木和徳、、、塚田楽(晶の先輩、弓道部)
若葉竜也、、、横森直(晶のクラスメイト、幼馴染)
石野真子、、、直の母
水橋研二、、、梶原一樹(晶の担任)
小山田サユリ、、、町田都(梶原の彼女)


水橋貴己のうんと若い時期の主演作。
栴檀は双葉より芳しで、やはり存在感が違うし凛々しい。
芳賀優里亜も二枚目ヒロイン女優の資質は充分窺える。
2人ともまだ洗練されておらず原石みたいな感じだが(笑。

LOVE ON SUNDAY002

ほぼ基本、高校生四人による劇。
宮本晶は東京に父の転勤で転校することが決まっている。
初っ端に、女の子が1階から屋上まで手を繋ぎダッシュで駆け上がるのを頼まれた晶がタイムを計る。
この時間によって、将来結ばれるか分かれるかが占えるという伝説があるのだという。
担任とその彼女も伏線として絡んでくるが。

晶は幼馴染の直のことが好きであり、直は環に好かれていると思い有頂天であり、環は楽先輩の事が好きで、楽は何としても晶と付き合いたい。
まあ、こんなことはよくあることで、相思相愛の方がレアなパタンだ。
それから幼馴染で恋愛感情を持つというのは、少ないと思うが。
これは所謂、恋人同士と謂うより大切な姉弟みたいな関係に近いものか。
(幼い頃、母が死んで葬式の時泣いていた晶の手をずっと握っていてくれたのが直であったという)。

LOVE ON SUNDAY003

晶が拘るのは、直が環に夢中になっている事であり、環は自分が好きな楽が晶に首ったけであることに嫉妬して晶が大切に思っている直をからかっていることに対してだ。晶はそれを知っている為、無邪気に騙されている直が気になって仕方ない。
直はそういう晶にきつく当たる。この直を見てインテリで弓道の県大会2位の先輩楽も気が気でない「あんな奴は君に相応しくない」と来る。環はあてつけがましく直に思わせ振りな態度を見せ続け翻弄する。

終盤、4人で夜の学校に忍び込む。仲良し4人組の探検みたいな雰囲気で行くが内情は全く違う(笑。
現在の膠着状態の打開を目指し、晶と楽が思い切った賭けに出た。
それは弓で勝った方が相手の言うことを聞くというもの。
当然、楽が勝てば晶は彼と付き合う。晶が勝てば、楽が環と付き合う(元カノなのでよりを戻すか)。

LOVE ON SUNDAY004

しかし途中で直と環を蔑ろにした賭けであることがバレて、直は憤慨して食って掛かる。
環が晶の弓を取り上げて、3本勝負の2本目で勝負は中断となるのだが、そのままやっていたら間違いなく楽の勝利となっていた。
ここで怒る直に対し楽が、「晶は君を傷つけないようにこうしたんだ」と言うが(わたしには)意味が分からない(笑。

そして晶が初めて逢った幼稚園の時から直のことが好きであった事を彼は知る。
夜の校舎で帰り際、晶と直は手を繋ぎ、下から屋上まで駆け上がってゆく。
タイムは分からない。
(昔、彼等の担任もこれを今の彼女とやっていた。彼らは実際に結ばれる)。
ここで2人は初めて真剣に胸の内を明かす。
結局、恋人と謂うより仲の良い姉弟みたいな思いであることが互いに分かる。
翌日、晶はスッキリとした表情で独り東京に向って去って行く。
誰も見送りに来る者はいない。

水橋貴己が若いうちに芸能界を引退してしまったことは、やはり残念である。
発するオーラが違う。
女優で言えば、他に刈谷友衣子もそうだ。何で若くして引退してしまったのか、どういう事情があったのか知らぬが、勿体ない。





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ねこにみかん

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2014

戸田彬弘 監督・脚本
上原三由樹 脚本

黒川芽以、、、小野田真知子(智弘の婚約者)
大東駿介、、、智弘(血の繋がりのない連れ子)
竹下かおり、、、児玉里美(由美のママ、家事全般)
東亜優、、、児玉由美(ママの娘、17歳)
高見こころ、、、笠松佳代子(さやかのカカ、スナック経営)
中村有沙、、、笠松さやか(カカの娘17歳、全寮制の学校)
辰寿広美、、、宇和成美(隆志のハハ、高校の国語教師)
清水尚弥、、、宇和隆志(ハハの子供17歳)
隆大介、、、上野山正一郎(チチ、釣具屋経営、3人の子の父)


上原三由樹 脚本第三弾ということで、これで最後とするつもり。
和歌山県有田川町が舞台。とっても田舎。

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何で「ねこにみかん」なのか、、、。確かにみかんとねこはいつも出て来る。
あの吐きそうになって藻掻いていたねこはミカンを食べてしまったものか?
とっても面白い光景であった。

恋人(内縁の妻)と正一郎がそのまま家庭を作って維持しているらしい。
微妙なバランスでかろうじて成立している特殊な家族と謂えるか。
真知子は婚約者である智弘のその実家に連れて来られて大いに当惑する。
そこでは家の仕事は各自でそれぞれ受け持っているが家に囚われず全くバラバラに自由に暮らしてもいた。

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3人の所謂妻がいるのだが、それぞれハハ、ママ、カカと呼ばれている。
ハハの子が隆志で、ママの子が由美で、カカの子がさやかであり、皆17歳の高校生だ。
ハハは料理担当の専業主婦か、ママは高校の先生、カカはスナックの人気ママ、、、ややこしい。
チチは釣具屋をやっているが、とても呑気に過ごしている感じ。
ちなみに隆志は勉強は得意だが登校拒否中である。
由美はしっかりもので剣道部に所属しており、冷静な大人の態度を崩さない。
さやかは歳相応の女子であるが、潔癖症で恋愛や大人は汚いという感覚をもっている。
この辺は環境を窺えば分かるところだ。

連れ子の智弘の母は若くして死んだ(チチに拒否されて死んだ模様)。
だから彼はこの家とは全く血の繋がりは持たない。皆からおにいちゃんと呼ばれている。
しかしこの家の関係性を認め、その中で自分も活かされてきたという。
チチはその時の反省から誰も死なせずに共に生きる形をこのように取ったようだ。
(役所にはどういう形で届けているのか?)
一見、とても異様だが、中にいればその人にとっては普通であり自然であることもあるものだが。

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外からやって来たばかりの真知子には直ちに呑み込めない。
少しずつ質問したりして理解し歩み寄ろうとはするが、、、。
噺は出来るようになるが、どうにも彼女にとって許せない事態に出くわす。
ハハは外で、カカは堂々と自宅で浮気?他の男とも恋愛関係にあるのだ。
この家族形体で貞節を守るとかいう道徳性はともかく、子どもたちに対する配慮が無さ過ぎる点においてであろう。

ここについては食って掛かるも、皆不思議に冷静なのだ。
そうしたこと全てを見込んだ上での共同生活ということらしい。
皆で受け止める。皆で帰りを待つ。それが真知子にも聞かれたこの家族を維持する秘訣だと。

確かに受け止め合っているとは謂うが、子どもには明らかに皺寄せが見て取れる。
ひとにどう向き合えばよいか分からなくなっていた。
恋愛を疎ましく思い、自分自身も汚いという意識を持ってしまっている(特にさやか)。
たかしは学校に行くことも出来ない。
反動形成と引き籠りと退行も感じられる。
大家族なのに下校時にはほとんど人がおらず、子どもは孤独である(さやかは週末に帰って来る)。

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打ち解けて来たところで、同級生の男子に告白されたさやかが真知子に相談する。
そうした気持ちに嫌悪感があり受け止められないと。
それに対し真知子は、男女の関係は汚いものではなくどんどん許容範囲が広がる関係だとか説明する。
どうもそれで納得とはいくまいが。

真知子の父も何故か出て来るのだが、かなり歪がある。
ネグレクト父で放りっぱなしだったのに、親の権威を手放してはいない。
はっきり結婚に反対して仕事が忙しいからと言って帰って行く。
そして家庭の愛情に憧れる彼女の受け入れ先がよりによってこの微妙な家庭である。

しかし良いのではないか。家と結婚するのではなくあくまでも相手と結ばれるのだ。
この対幻想がしっかり育まれれば、基本何の問題もなかろう。
ここにまた多様性どうこうを謂う気はないが、個と共に家庭も生きるためには様々な形があって良い。
それがそうならざるを得ないと謂うなら、受け入れその中で最善の方向を探るしかないはず。

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中村有沙のニヒリスティックな端正な横顔が印象的であった。
もう一人の東亜優の凛とした諦観漂う姿にも惹かれた。
この2人の若い女優さんがいたことでリタイヤせずに最後まで観られた感じ。






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三十路女はロマンチックな夢を見るか?

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2018

山岸謙太郎 監督・脚本
上原三由樹 脚本
Juliet「Aqua」主題歌

武田梨奈、、、荻野那奈(三十路前で焦る公務員)
久保田悠来、、、風間拓人(映画オタクの強盗)
佐生雪、、、笹川麗良(拓人の今カノ)
山村美智、、、赤城香奈恵(那奈の同僚)
秋吉織栄、、、工藤麻子(那奈の同僚、親友)
竹富聖花、、、日野まりあ(那奈の中学時代の親友)
酒井美紀、、、栗原葵(拓人の元カノ)
近藤芳正、、、油谷茂雄(課長)


昨日面白かったので、上原三由樹脚本の長い映画をひとつ。
フィリップ・K・ディックみたいな題名の映画だが、何の捻りもない(笑。
そのまんまの映画なのだが、最後に彼女らの職業にビックリ。
公務員て、そっちかい(爆。

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長々と最後まで強盗を騙して捕まえるのだが、それだったらそんな子芝居打たなくても良かろうにと思う無駄が一杯。
この極致が「コンフィデンスマン」のシリーズで、あれはナンセンスとしか言えないが、これも近い。
こちらを騙すためにその演技という感じ。
すると物語はそれ自体で成り立つものではなくなり、外から観る我々との関係を前提に成立するものになる。
これも映画特有の在り方の一つか。

噺は、3人組の銀行強盗がアパート一階の公務員の女性宅に突然押し入ったことに始まり、そこに身を隠して翌朝、彼等が車で逃げだす際に、三十路を前に独身で今の生活に疑問を持つ彼女も勢いで逃避行に混ざってしまうロードムービー調の展開となる。

まあ、共に三十路近くまで独身で来た親友がその日の朝いきなり寿退職を皆の前に告げたことで、取り残された孤独感とこのままでわたしは大丈夫なのかという迷いと焦りがピークに達していたのも確か。
状況的にこの流れは当然呑み込めるものだ(と言うかドラマ上これ以外の展開は無かろう)。

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そして何故だか彼女が進行方向を指示しパトカーや検問から車を巧に逃がしてゆくのだ。
近くであるし課長を車で送ったりする仕事柄の彼女なら土地勘から謂っても無理もない気はする。
映画オタクでいつもカメラを回している拓人とその元カノの葵と今カノの麗良とも言葉巧みに馴染んでゆく。
自分が美少女ヒロインになる夢を抱いていたが、その上を行く親友を前に自信を失い公務員を選んだことなども打ち明ける。
しかも拓人は、那奈にも思わせ振りな態度、仕草をして来る。ここは葵も見て取り那奈に対して警戒を始めるところだ。
拓人は映画で一発当てたい一心で金をつぎ込み借金が膨らみ、暴力団から借金を返すように追い立てられ(彼らの勧めで)今回の銀行強盗に及んだという。葵曰く、女より自分が好きなだけの男だと。

ちょいと驚いたのは、那奈が拓人の周りの2人の女を手にかけ亡き者にして、彼を独占してしまうところだ。
いくらこれまでの殻を破り違う自分を目指すにしても余りに極端で逸脱が激し過ぎでは。
この辺に無理を感じたが、単に三十路を前秒読み段階にきてタガが外れたかとも取ればとれる気もするところ。
何度も何度も腕時計を確認し、後三十路まで何時間何分というカウントばかり取っていた(笑。
余程、二十代のうちに何か大きな転換をしておきたい焦りが伝わってくる(もう仕事は辞めようとか言っていたが)。

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何と言っても4億円の金を持って逃亡しているのだ。
破れかぶれになってもおかしくない。
しかし拓人はこの金をやはり暴力団に渡すと言う。彼女は頻りに二人で持って逃げようと縋るが。

指定された受け渡し場所まで行くが、拓人は必ず還って来ると言う。
今回は自分たちが銀行強盗をして逃げる一部始終を全て記録しドキュメンタリーで臨場感と迫力のある映画を身を張って撮るつもりなのだ。この執念は凄い。そして策も用意しているらしい。
何と彼は自分の最期までをカメラに収めるつもりで、最後ヤクザに金を渡して撃たれるところは遠方から那奈に頼んでいる。
結構緩い流れで来ていることもあり、それ程の緊張感もないが、実際に撃たれるのかどうか気にはなるところ。

結局、撃たれて死ぬところまでカメラに収まり、最後にピンピンで生き返ってどうだったと出来栄えを彼女に聞く。
ヤクザの親分に手渡して撃たせたピストルは精巧な玩具であったのだ。

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その種明かしで拓人が得意になっているところで、那奈が真顔であなたを逮捕しますときた。
麗良も葵も警察に確保される。縛られていたり伸びていたり、の状態であったのだ。
しかしそれにしては明らかに風呂に沈めたり首を絞めたりでこちら用の映像があからさま過ぎた。
(この手のサスペンス映画では、そういった肝心な部分は匂わせるだけでそのものの映像は見せない)。
その上、非常に感情的に拓人に接したりするところも多く、「もうわたしにはあなたしかいないのよ」とまで演技する必然性があるか?
ただこちらのミスリード用の子芝居ではないか。その辺が実にわざとらしい。コンフィデンスマン程ではないが。

もう少し那奈は飄々とした姿勢で彼らの行動に淡々と関ってよく、そんなに葛藤したり感情的になるのは不自然な光景に見える。
そこまでしなくても充分拓人たちは騙せるし、実際彼女が三十路に拘っていたことは分かるがこれとどうリンクしていたのかどうも分りにくい。ともかく立派に職務を果たしたことは確かだ。

まあ、最初の職場の光景を見てそれが警察だとは気付かなかった(笑。
最後に那奈は広報課に転属し幼い頃からの憧れであった美少女ヒロインとなって悪者をやっつける芝居を町内会みたいな場で披露していたが、どうなのか。これで何かが変わった感じはしないが、、、。
警察でこの先もずっと働いて行くことは分かる。




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ソウル・フラワー・トレイン

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2013

西尾孔志 監督・脚本
ロビン西 原作
上原三由樹 脚本
:少年ナイフ 主題歌「Osaka Rock City」

平田満、、、天本薫(定年退職した男)
真凛、、、あかね(スリ)
咲世子、、、天本ユキ(娘、大阪の女子大生)
大和田健介、、、あかねの彼氏
駿河太郎、、、幻の電車の運転手
大谷澪、、、ユキの親友で恋人
和田めぐみ、、、あかねの姉


噺がよく出来ている。短編の監督作品が幾つもある上原三由樹が脚本を本作監督と共に書いている。
このパタンの長編映画が何本かあった。この映画を観たら、それらも近いうちに観たくなった。
ふたつの父と娘を巡る物語が絡みながら進行する。

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大分の田舎から都会の大阪に娘に3年ぶりに逢いに来る父。
家で採れた野菜と梅干、それからまとまったお金を持ってやって来たところでいきなり怪しいオヤジに色々と付き纏われ詮索されやたらと荷物を持たれる。これはもう金やお土産を持ち逃げされるパタンだとこちらもやきもきしながら観てゆくが、何とか被害には遭わずに済む。だがすかさず今度は、金髪の弾けたねえちゃんに大阪案内だと言って連れまわされることに。途中のロッカーで金の入ったバッグを預ける。これも冷や冷やである。ともかく人が良く無防備過ぎるカモにうってつけのおとうさんなのだ。
その後は、面白楽しく大阪巡り、然もかなりディープな体験をする。
だがしっかりあかねに用意してきたお金は取られてしまう。いつ気付くかそわそわしてしまうのだが。
そして夜には無事に娘に逢うことが出来る。この時、この威勢の良いギャルが怪訝な表情を浮かべた。

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久しぶりに逢ったところで、娘の親友の女の子と3人で外食をし、とってもいい気分の一日が終わるところであった。
だが、娘の部屋に戻ってみるとふと妙なモノを発見してしまう。それは今日の昼間にあちこち連れて行かれたところの最もディープなスポットで初めて拝んだグッズそのものであった。
それからいつまでも寝付けなくなる、、、。
そう、気になるとどんどん疑念と妄想は膨らむばかりなのだ(笑。

かなり責めている映画だ。
究極の子離れをやり遂げるべくもがき奮闘する父。
わたしも娘を持つ親として、結構どぎまぎした(爆。

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不思議なのは、二度ほど父の夢~幻想の中で電車に乗ってその運転手と対話をするところ。
その男は、大阪案内をしてくれたあかねの話していた彼女の父であろうが過剰にファンタジックで怪しく鬼気迫るのだ。
その運転手像は明らかにあかねからの情報を超えるものであり、これもまた平行世界に乗り換えであろうか。
(「娘がもうすぐ生まれるんですけど、人のものを取るような子にならなければいいです」って、この系の流れではない)。
勿論、その花電車から降りたくても降りられず、叫んで起きるのだが。
この悪夢が終盤のあかねの行き倒れて死んだ父の遺灰を軽トラの荷台から撒くところにまで収斂して行く。

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この辺のちょっと一息ついた後の不穏な空気を~女の子の親友と「まだ話せないわね」の秘密のキスから本当のアルバイト~まで膨らませ最後に自分の娘のステージ~これはバレエの発表会ではない~にまさに命がけで参加する(あかねと彼女の彼氏に必死に幾度も止められながら)カタストロフまで。
この流れに見事に乗せられる。

あかねは後半から黒髪の素顔を見せる。
彼女は、娘のユキのことを知っていた。「有名なストリッパーじゃ」。
ここから前半のスリの常習犯のギャルから非常に重い父との物語をもつ寄る辺ない孤独な女性の姿となる。

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しかしよく行ったものだ。
娘の職場に。
物凄い勇気がいる。警察に父の御骨を引き取りに行ったあかねもそうだ。
その御骨を(啖呵切って)受け取った勢いで、娘のもとに(3人で)向かう。

花電車で繋がる。
(自立とか解放とか謂っても、結局何であるのか)。
ユキは仕事のことは父に認めてもらったが、もう一つ先にハードルが控えている。
そう自立と解放と多様性が要請される。だが何にしてもそうだ。うちの娘たちの要求も全てそれが絡んでくる。
それをしっかり受け止め受け容れることしかない。
われわれに出来る事はそれしかないのだ。

平田満の演技には泣けた。良かった。
真凛も言うことなし。
咲世子という女優さんがやたらと綺麗であった。
もっと観たい女優である。



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モダン・ラブ

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2018
福島拓哉 監督・脚本
トルコ石 河原弘幸 音楽

稲村梓、、、ミカ
高橋卓郎、、、テル(ミカの恋人)
芳野正朝、、、シゲ(ミカの仕事の同僚)
今村怜央、、、バード(バーのマスター)
佐藤睦、、、高山
ヤン・イメリック、、、セルジ
川瀬陽太、、、前田教授(ミカの理論物理学ゼミの教授)


評判がやたら良かった映画であることは覚えている。
だが特に観ようとは思わずに来た作品。
ブルーロックを観る時に目に付いたので観ることに、、、(それにしても「ブルーロック」はメッチャ面白い)。

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劇中のBGMのセンスが大変良い(ライブステージのバンドも歪んだグルーヴ感がすこぶる良い。まるで”スミス”みたい)。
奇しくも昨日のSFみたいに階層的な並行世界が描かれる。
並行世界が階層的構造にあってもそれぞれが閉じて安定していれば、各々完結した生を送りそれでおしまいだが。
(元々干渉し合う関係性などないはずなのだ)。
ここでは、エマノンという惑星が突然現れその影響でそれぞれの世界線が交わってしまう、という設定のよう。
(ちょいと違う)ミカが3人一つの系に出現してしまう~ドッペルゲンガー。
異常気象も問題とはなっているが、これはいつも問題となっていてどうこういうほどのものでもない。
ミカの身にデジャビュが頻繁に起こり、自分の時間系がループしていることを知る。
世界線の交わりと一つの系の時間ループは別物であろうに、何やらエマノンに押し付ければよいと謂うところか。
(太陽系に新惑星である。こりゃなんでもありかも)。

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そもそもそれが起きたきっかけが、ミカのアルバイトで務める旅行会社を訪れた客が「アガルタ」に行きたいと謂うがその土地が分からず適当なツアーを紹介する。だが当人はそこを訪れたみたいで、東京に戻ってからミカに感謝の徴と土産をプレゼントしてくれる。
それが脳の模型なのだ。
脳内平行宇宙の象徴とでも、、、。
物々しくちょっとわざとらしい。
それを律義に部屋に飾っている(笑。

「起きてないことはすべて、起こり得るってことだから。」
これは参った。流石は理論物理学者である。
こう言っておけば間違いないが、ホントにそうだ。
このことばが活き活き感じられる説得力を覚える。最後には。

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ミカトリオは、それぞれまだテルと付き合っているミカとテルが失踪してテルの声と対話しながら(幻聴に親しみ)自堕落な毎日を送るミカとテルが自殺してもういない世界のミカである。基本、自堕落ミカの時間系に他の2人が出入りする形で、3人で集合もした。
(昨日の映画「あやつり糸の世界」ではないが、一番上位にいるミカの脳内幻想が自堕落ミカであり、そのミカの脳内幻想がテルと付き合い中のミカということだ。ハイパーな階層構造ね)。

ミカが一堂に会し、どう考えてもわたしたちは世界線が交差して妙な現象が起きている。そしてこの系がループしている、、、。
これでもかというほど、ループを見せつける( 涼宮ハルヒの「エンドレスエイト」みたいに少しずつ変化はしないのね。微分的に)。
こちらも確かにうんざりさせられる。
ここを抜け出さないと何も変わらない、もう逢えないけど頑張りましょう、と結論を出す。
壁の向うに出るのよ。
「行けるところまでいくつもり」。
ということで、自堕落ミカは荷物をまとめて一大決心する。

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この最後の壁の向うに出る為の旅ではミカはそれまでと違い、実にスッキリ爽やかないでたちで出掛けてゆく。
人との話し方も客相手でも親しいもの相手でもない、何やらリセットした爽やかなもの。
爽健美茶のCMにそのまま出て来そうな健康美。
しかしスペインのカタルーニャ州の「アガルタ」という立て看板のあるところでテルが地元のスペイン人となっていたのには、こっちも驚く。こうする他なかったそうだ。何で?
ミカ同様、そうなんだ、と受け取る以外にない(ミカも他に2人出て来たし。全て現実であれば受け容れる他あるまい)。
テルはミカを好きになり過ぎて離れることを選んだのだという。何で?
このロマンス部分~Loveの理論も平行世界に負けず強引で難解でありながら一種の浮遊感も感じる。
ここにRockが加わると何やらわたしらも既視感のある世界となるが、、、。
(かつてのフラワーチルドレン~サイケデリック~ネオサイケとか、、、)。

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ミカはこれからテルから吹っ切れて爽やかに生きてゆくのだろうか。

存在感ある稲村梓という女優さんを知った。
SF映画に似合う人だ。
バード役の俳優さんも何でも冷静に分かっちゃってるところが味があって良かった(笑。
それから劇中のサウンドは飛び切り良い。
ロック感覚のある監督さんだと思ったらエンディング曲、もうちょっと何とかならなかったのかな、、、これかなり厳しい(苦。

ともかく、吹っ切れた感覚になれる。
これは一度は観てよい映画だ。





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あやつり糸の世界

WELT AM DRAHT006

WELT AM DRAHT
1973
西ドイツ


ライナー・ベルナー・ファスビンダー 監督・脚本
ダニエル・F・ガロイ 原作
フリッツ・ミューラー=シェルツ 脚本
ミヒャエル・バルハウス 撮影
ゴットフリート・ヒュングスベルク 音楽

クラウス・レービッチェ、、、フレッド・シュティラー博士
マーシャ・ラベン、、、エヴァ・フォルマー (フォルマー教授の娘、上位世界の存在)
カール=ハインツ・フォスゲラウ:、、、ヘルベルト・ジスキンス所長
アドリアン・ホーフェン、、、ヘンリー・フォルマー教授
バルバラ・バレンティン、、、グロリア・フロム(ジスキンス所長の秘書)
ギュンター・ランプレヒト、、、フリッツ・ヴァルファング(シュティラー博士の同僚)
ボルフガング・シェンク、、、フランツ・ハーン(シュティラー博士の同僚、心理学者)
マルギット・カルステンセン、、、マヤ・シュミット
ウーリー・ロメル、、、ルップ記者


13F]がこの映画のリメイク版であったとは知らなかった。あの映画は印象深かった。
この監督の映画は初めて観たが、確かに巨匠の大作だ。
しかし212分は長かった。途中4回寝た。これで感想書くのは心許ない(爆。

WELT AM DRAHT001

未来研究所が「シミュラクロン」(シミュラクラやシミュレーションから来た言葉か。ジャン・ボートリヤールやジル・ドゥルーズでお馴染みの)というシステムにより作り出した我々の世界にそっくりの仮想世界を調査することで20年先の未来社会を予測しようというもの。
全人類の為の研究と謂うより特定の鉄鋼の企業と癒着し、利潤を貪ることが当面の目的のようだ。

この研究主任のフォルマー教授が妙なことを口走りはじめ突然変死する。
その後任に治まったシュティラー教授がじっくり長い時間を(4時間近く)かけて、その謎を解き立ち向かってゆく。
何に対して、、、自分たちの世界の上位層である「現実」に対して。

WELT AM DRAHT003

この辺、先に観た13Fと同様に、最初は自分たちはコンピュータの最新プログラムにより仮想世界を作った創造主のような存在である意識を持って過ごしていたが、ある時シュティラーは頭痛に悩まされ、運転中に一瞬の間、道路など外界が消えてしまう現象に遭遇する。
この後から様々な腑に落ちないことが起こって来る。
保安課長ラウゼが突然いなくなってしまうが、研究所の誰も彼の記憶がない。つまり最初から存在しないことになっており、彼に付いて知っている~記憶を持っているのがシュティラー一人なのだ。
これには混乱する。完全に彼のデータは抹消されていた。だが、仮想世界の住人(およそ9000人)の中を検索すると彼はそこでは存在しているのだ。

WELT AM DRAHT004

秘書が突然病気療養となり、代わりに所長のジスキンスから秘書が送られて来る。
このグロリアは、シュティラーの監視役であった。徐々にこの世界と仮想世界との関係にきな臭い要素が入り込んで来たようであった。しかしグロリアはシュティラーにも好意をもっており、彼がジスキンス配下の者に拘束されそうになったところで彼を助ける。
シュティラーは仮想世界にアインシュタインという連絡個体を投入していたが、「シミュラクロン」で短時間、仮想世界に自ら赴き彼とコンタクトを図り独自に捜査を進める。
そしてある時、アインシュタインが意識を他の個体に転送してもっと上位の世界に移住すると主張してきたではないか(彼はフリッツに成り済まし上位世界にやって来たのだ)。
更にシュティラーのいる世界も仮想世界でありそれを創造した「現実世界」があることを仄めかす(流石はアインシュタインという名だけのことはある)。
自らの足元の揺らぐシュティラーは混乱を極め、徹底してその真相を暴こうと動き始める。
だが関わる者ほとんどが彼を狂人扱いであった。更に彼を危険分子として消そうとする者たちが迫って来る。

基本、単なる電気信号~データの作る存在に過ぎない仮想世界の住人であっても、上位世界の存在に「意識」を転送することで、その世界の住人となれるようなのだ(ホントかい。つまり入れ替わるということ?)。
シュティラーの同僚で心理学者のフランツ・ハーンも彼と同じ認識に至り、彼を匿い行動に出たが、車ごと湖に転落させられ死んでしまう。フォルマー教授同様、知りすぎたことで消されたらしいが、シュティラーはそのフォルマー教授とハーンを殺害した疑いで警察に追われる身となった。
これでこの世界においても、研究所はクビになり、何処にもいる場所を失い逃げ惑いながら、真相を突き止めようともがくことになる。

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度々逢っていたフォルマー教授の娘エヴァを頼りにしていたが、実は彼女が上位の現実界から降りて来て監視をする(アインシュタインと同様の)役であった。しかし彼女はシュティラーを愛していて助けたいという。
まさか実体のない自分を何故愛せるのかと問うシュティラーに対し彼女は、実はわたしの現実界のあなたに瓜二つのシュティラー博士があなたのいるこの世界を創造したのだと打ち明ける。しかし性格はまるで異なると。
彼は彼女の申し出を断り、独り研究所に戻り、屋上からシュティラーの無実を主張し彼を復帰させると演説しているフリッツとグロリアに呼応する形で聴衆の前に立ち自らの無実とハメられたことを力説する。
だがそれも虚しく待機していた警察に一斉に狙撃され撃ち殺されてしまう。

車の屋根に横たわる彼の死体が映されながら、彼はエヴァによって殺害寸前に意識転送された身体に乗り移っていることも描かれる。下位世界では死体として横たわっているが、ここ上位世界ではふたりは活き活きとしてお互い見つめ合っている。
では、この男が創造主なのか。中身はその下位世界のシュティラーなのだが。
この2人が愛し合うところで終わる。
ハッピーエンドなのね。

WELT AM DRAHT005

CGのないSFは本物が多い。これもその一つ。
鏡やガラスを多用した撮影とアーティスティックな演出で充分その世界を現出していた。
お見事。

  


WOWOWにて








炎の少女チャーリー

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Firestarter
1984
アメリカ

マーク・L・レスター 監督
スタンリー・マン 脚本
スティーヴン・キング 原作
タンジェリン・ドリーム 音楽


ドリュー・バリモア、、、チャーリー・マクギー(パイロキネシス能力を持つ少女9歳)
デヴィッド・キース、、、アンディ・マクギー(「押し」~意識を操る能力を持つチャーリーの父)
ジョージ・C・スコット、、、ジョン・レインバード(ザ・ショップのエージェント)
マーティン・シーン、、、キャップ・ホリスター
アート・カーニー、、、アーブ・マンダーズ(チャーリーたちを匿う老人)
ルイーズ・フレッチャー、、、ノーマ・マンダーズ(寝たきりの老婦人)
ヘザー・ロックリア、、、ヴィッキー・マクギー(念動力を持つチャーリーの母)
フレディ・ジョーンズ、、、ジョセフ・ワンレス博士
モーゼス・ガン、、、ピンチョット


「炎の少女チャーリー」という邦題で観る気が起きず、そのままになっていた作品を観ることにした(笑。
ホント、邦題が悪いと観る意欲が湧かないものだ。題名って大事なモノだねえ。

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「ファイヤースターター」で行った方が良かった。
1984ならVFXはもう少し行けるはず(何故かデヴィッド・ボウイの”1984”を思い出す)。
キャストは素晴らしく、物語も良く練られている分、ちょっと惜しい気がした。
8歳のドリュー・バリモア、最強である。この域までやれるのは他にダコタ・ファニングくらいか。
タンジェリン・ドリームは確かに分かるが、もう少し彼等らしいインパクトが欲しかったかなあ。

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良い作品なんだけど、もう少し感が拭えないところであった。
政府が軍事目的で人体に薬物実験を秘密裏に行っていたとかいう陰謀説は些か陳腐ではあるが(チャーリーの両親となる男女が薬物実験の被験者となったが、この二人以外は皆死亡ってどれだけ杜撰なものなの)、チャチな感じはしないくらいに丁寧に作られていたので、そこは然程引っ掛かるものではなかった。
だが、演出、VFXの点でもう少し頑張りが欲しかったのは否めない。

そしてパイロキネシス(自然発火)能力をもった娘チャーリーが生まれ、更に彼女は父の”押し”の能力と母の念動力も操れる超能力者として覚醒してゆく。
とは言え最初のうちは、力の制御が上手く出来ず、猫に火を点けてしまい、苦しがっているからと父に促されしっかり焼いてあげたりしている。
猫とかについてはスルー出来る力を身に付けておくべきだった。
政府機関の悪者たちについても父は、その連中にも家庭があるから能力は極力使わず、逃げなさいと諭す。
頭では理解するが、激昂すると手が付けられない状態になる。

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そこに政府の特殊機関(ザ・ショップ)が目を付けない訳はなく(この両親はほったらかしであったのか?この2人も立派な超能力者だが)、まずは一旦引退していた(つまりこのプロジェクトは打ち切られていたのだ)ジョン・レインバードに任務が下る。

ここでジョン・レインバードという存在は他のメンバーとは異質である。ザ・ショップのエージェントとして真っ先に送り込まれてきた男であるが、その組織に染まっているわけではない。
チャーリーの母を殺し、危ない能力の娘を生け捕りにやって来たのだが、チャーリー自身に何をか感じ、後に彼女の側に付く。ネイティブ・アメリカンならではの感性によるものか。

終盤の大詰めでは、父が組織に捕まり幽閉されているところに一人その心を読み乗り込むチャーリーである。
心を読みつつパイロキネシスで一手早く相手を焼き殺して進む。
相手もチャーリーの力を見込み何とか言いくるめて利用しようとするが、彼女は全て心の内を読んでしまう父譲りの力がある。
嘘が大嫌いなので、政府組織の連中は皆焼き殺されてゆく。
そして組織のチーフも父の命令通り2人まとめて彼女は焼き殺してしまう。
この辺から父に固く言われてきた能力の制御のタガが外れてゆく。

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だが向うも強力な防火スーツを着たり、父のこころを操作する”押し”能力を特殊コンタクトレンズで防ぐ策を講じて来る。
この防火スーツの連中を撃ち殺すのが、母の仇のレインバードであった。
彼はその後、銃を置き彼女に身を委ねる。
彼のこころを知ったチャーリーは彼を焼かずに出て行く。
そして組織の建物そのものを焼き尽くす(ここもう少し迫力が欲しい)。

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彼女が力を使い果たし水辺にしゃがんでいるところにレインバードがやって来て
手を差し伸べ彼女を抱きかかえて夜の闇に消えてゆく、、、。

タンジェリン・ドリームの音楽がもっと前面に出て演出のイマイチ感を補完出来ればよかったかも。
(せっかく彼らを使うのだからもっと大胆に導入したい)。
何にせよ、ドリュー・バリモアが圧倒的に凄い。
彼女で充分魅せてしまう映画であった。他のキャストも文句なし。
監督がちょっと弱かったかなあ、、、もう少しブラッシュアップすると間違いなく名作の域に入るものだと思うが。




AmazonPrimeにて




2020にリメイク版が出ている。

本作とどう違うか見比べてはいない。本作のDVDは品切れ状態。
恐らくVFXは改善されているのでは、、、。

斜陽のおもかげ

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1967

斎藤光正 監督
太田治子 『手記(十七歳のノート)』原作
八住利雄 脚本


吉永小百合、、、木田町子(女子高生、太宰治の遺児)
新珠三千代、、、木田かず子(町子の母)
岸田森、、、谷山圭次(太宰文学のファン、町子の彼氏)
芦田伸介、、、谷山進一郎(圭次の父)
高杉早苗、、、谷山千賀(圭次の母)
笹森みち子、、、岡見安子
北林谷栄、、、つる(太宰の幼少期の子守)
三津田健、、、津田文蔵
藤田けい子、、、津田千代(文蔵の妻)
藤田尚子、、、津田正子
鈴村益代、、、おたつ
相原巨典、、、試験主任
玉村駿太郎、、、試験員甲
広瀬優、、、試験員乙
日色恵、、、田中貞次郎(太宰の友人)
小池朝雄、、、ジャーナリスト


「斜陽」は中学の時、読んだだけで、全く頭の片隅にも残っていない(爆。
太宰の本は高校の初めの頃に固めて読んだものだが、、、。

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太宰治の遺児という立ち位置は複雑だろうな、と思う。
絵的には吉永小百合と新珠三千代の娘と母。大学生、岸田森と女子高生、吉永小百合のカップルは、共に文学的で良い(笑。
太宰が入水自殺した場所の上流を町子と圭次が散策する場面など、何とも言えない。

町子は綺麗で明朗で人気者であったし、かず子も会社のまかない婦仲間から「斜陽さん」と明るく親し気に呼ばれ共同体の中に居場所はしっかり持っている(斜陽さんと親しまれているというのも実に微妙だ。太宰にとり彼女は愛人であり娘も作りながら情死した際の相手は違う女であった)。
町子は父の文学を信じ、好きだと言っているし、母は父の文学に対し尊敬の念しかない。

これで良いではないか、と思うところだが(経済的には随分苦労して来たようだが)、いざ就職試験に行くと太宰のお妾の娘だと試験管にひそひそ噺をされて結局落とされ、付き合い始めた圭次の母からは思い切り嫌みを言われ交際は諦めるようにあからさまに釘を刺される。
この恋愛感情が芽生えてからというもの町子の気持ちは揺れ動き始める。

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自分の中で、其れまで通り、父を尊敬し作品が好きだという一途なスタンスではいかなくなる。
わたしは疎まれて生まれた子供に過ぎない、母は父との愛に確信を持っているが実際のところどうであったのか、その流れで作品自体に対する疑問も湧いて来る。
谷山圭次は一貫して太宰文学を称賛し、彼女の母をとても立派だと敬っていた。
(彼は町子の高校のOBで山岳部のコーチでもある)。

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その圭次がかつての仲間と登山に向かう(再生と言うかイニシエーションにも想える)。
兄が山で亡くなってから彼はずっと遠ざかって来たのだが、両親が何かと彼に干渉し、町子との付き合いも否定して来ると彼は自分に課した禁を破り、山に入るのだった。
時を同じくし、町子は父の生まれ故郷の津軽を訪ねていた。
この津軽の地が厳かで実に趣深い。つるの案内で父をよく知る人と何人も話す機会を得る。
風土もそうだが、登場人物がそれぞれに味がある。皆、文学的な人ばかり(笑。
壇一雄が本人役で登場し、町子に父の想い出を独特の口調で語って聞かせるシーンは教養番組のドキュメンタリー風でちょっと笑えた。
巨石を小高い丘に引き上げて作った蟹田観瀾山公園の父の文学碑には、佐藤春夫の筆による「かれは人を喜ばせるのが何よりも好きであった」が彫られている。太宰治の生家が「斜陽館」として保存されていることなども知った。イタコも観られる河原地蔵でのシーンなど結構その意味でも価値があるものだ(そう斜陽の中の文章の朗読を母娘でしていたり)。
、、、吉永小百合の太宰治聖地巡りとかいうNHK番組が一本出来そう(今作るなら芦田愛菜と巡る、であろうか(笑)。

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それにしても当時もいたのかと思わせる芸能記者みたいな怪しいジャーナリストが、危うく津田正子と木田町子を無理やり引き合わせようとしたところは、スリリングに感じた。一番この物語で町子が傷ついたところだ。
だが津軽での経験と圭次の遭難の電報で飛んで帰った山での奇跡的な彼との再会(亡くなったのは圭次の相棒の方であった)で彼女は覚醒するものがあった。
母かず子が「生きていてよかった」と二人に対して語ることばに全てが収斂されてゆく。

東京に戻り、町子は母に生まれて来てよかったと泣いて縋る。
「斜陽」もう一度、読んでみたくなった。





AmazonPrimeにて





アブダクション 忘れられた少女誘拐

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Mommy Is a Murderer/Forgotten Abduction
2015
アメリカ

リンジー・ハートリー 監督
ケイト・ハニオク 脚本

ブリー・ウィリアムソン、、、カリーナ(子供用品店オーナー)
ヘザー・マコーム、、、リナ/イザベル(誘拐犯、マリーの偽母)
ジェイソン・セルマク、、、ライアン(カリーナの恋人~夫)
ブルック・カー、、、キャメロン(カリーナの親友)
デヴィッド・ケルシー、、、アイバン(イザベルの元夫)
ジョージー・M・パーカー、、、マリー/エミリー(誘拐されて育てられている娘)
ジェニー・リン、、、エマ(ママ友のボス)


TVドラマみたいな映画。
2時間ドラマの風合い。
内容的にもそういったサスペンスもの。

Forgotten Abduction003

訳アリ母娘を巡り、どうもしっくりこない洋品店店主の女性がその疑問を追求する。
日本ドラマでもよく素人の家政婦さんとかが事件に首を突っ込んで解決に導くとかあるが、、、
このヒロインの女性も偶々出逢ったリナとマリーの母娘に深く関わって行く。
母が娘に対し異常に過保護で、パーティーにも参加せず写真も撮らせないのだ。
それも世の中が物騒であるからという。確かに誘拐事件は多発している。

そして彼女らが店に買い物に来た時にホントに娘が誘拐されそうになったのを阻止したことから、関りを深めてゆく。
だが危うく誘拐されそうになったのに警察に通報することは頑なにさせず、母娘共々引き籠ろうとしている。
ライアンに相談すると元夫から身を隠しているのだと言われるが、それにしても過剰な外界遮断なのだ。
娘の読書感想文のメダル授与式にも出席しないと言う。
そのマリーと会話をしているうちに以前の家ではエミリーという名前だった、などという不可思議な事を時折言うのだった。

この母の姿勢と娘の言動が気になり調べてゆくと、丁度マリーと同じ年になる娘が5年前に誘拐されて捜査がごく最近打ち切られ失踪扱いとなっていた。写真を観るととても似ていた。
更に背中に痣がありその位置もピッタリである。
彼女の両親はその2年後、高速道路走行中、車が制御不能となり事故で亡くなっている。

ここでちょっとばかり常軌を逸した関りというか情熱を感じるのは、ひとつはカリーナのマリーへの関心の強さである。
確かに目の前で危ない目に遭った娘であり、関心を持つのは分かるが、その心配の仕方が自分の娘に対するもののよう。
そこまで赤の他人の娘に拘る理由がはっきりしない。
この娘がいよいよ5年前に誘拐されたエミリーである確信を持ったところでその意志~情熱は危険を顧みないほど激しいものとなる。
度々、ライアンが間に立ち僕たちは親ではないからと冷静にさせるのだが。
もう一点は、エマというその一帯のママ友を仕切るボスの存在と彼女のネットワークである。
大変な圧力組織を形成しており、情報伝達力の早さは凄いもので忽ちのうちに仲間にされたり排除されたりしてしまう。
特にカリーナがマリーの件で親友のキャメロンに相談しているところに突然現れ、その件をリナに直ぐに連絡し相談相手の住所も調べあげて伝えてしまう。恐ろしいものだ。この共同体に睨まれたらこの地では暮らしてゆけまい。

そしてリナ~イザベルの尋常でない精神状態である。
元夫が言うには16で妊娠して子供を産んだが担当医から精神疾患の疑いがかけられ、アビーという娘を福祉機関に取り上げられてしまう。
エミリーは、その子の代償的存在に他ならない。社会的規範の感覚は無く、自分の母性の欲望に従うことに躊躇なかったのだ。
精神的な混乱は深まり、衝動的で制御が利かず、一歩間違えば殺人も犯しかねない暴力を厭わなくなっていた。
キャメロンは自宅のガス栓を開けられ重体になり、ライアンは殴られ気を失い、カリーナはナイフで襲われ、殴られて入院もしている。そして元夫のアイバンは危うく撃ち殺されるところであった。
自分のイザベルという名前も、さらった子と同様に変えて生活を送って来たのだ。

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確かに今のリナにエミリーを預けてはいられないことは確かであろう。
その点においては動機がなんであろうと、カリーナの動きは必要であったことが分かる。
最後は、カリーナとライアンのカップルに挟まれて幸せそうにしている娘のエミリーという構図で決まった。
このエミリーがとても夢見がちである意味現実逃避的なのはそれによって自我を防衛していることの現れに思える。
幼い彼女が生きてゆく知恵と謂えよう。前はエミリーという名前だったと言う他を覚えていないのも、意識下にその他の記憶を抑圧した結果か。

エミリーの下に子供が生まれると言うが。
まあこのカップルの養女ということなら長女として問題なく育ってゆけそうである。
映画と謂うよりTVドラマのノリであった。

このエミリーを演じた子役はなかなかのものである。
クロエ・グレース・モレッツのこの位の時期を彷彿させる女優であり今後の活躍が楽しみである。





AmazonPrimeにて





砂漠の鬼将軍

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The Desert Fox: The Story of Rommel
1951
アメリカ

ヘンリー・ハサウェイ 監督
ナナリー・ジョンソン 脚本
デズモンド・ヤング『砂漠の狐ロンメル』原作


ジェームズ・メイソン、、、エルヴィン・ロンメル
セドリック・ハードウィック、、、カール・シュトローリン(ストゥットガルト市長、博士)
ジェシカ・タンディ、、、ロンメル夫人
ウィリアム・レイノルズ、、、マンフレート・ロンメル(エルヴィンの息子)
ルーサー・アドラー、、、アドルフ・ヒトラー
エヴェレット・スローン、、、ヴィルヘルム・ブルクドルフ
レオ・G・キャロル、、、ゲルト・フォン・ルントシュテット元帥
ジョージ・マクレディ、、、フリッツ・バイエルライン
リチャード・ブーン 、、、ハーマン・アルディンガー
エドュアルド・フランツ、、、クラウス・フォン・シュタウフェンベルク
ダン・オハーリー、、、特殊部隊隊長
ジョン・ホイト、、、ヴィルヘルム・カイテル
デズモンド・ヤング 本人
マイケル・レニー、、、ナレーター


何で「砂漠の鬼将軍」なの?「暴れん坊将軍」の親戚みたいじゃない?やめてよ。
素直に「砂漠の狐」ではダメなの?
それからここでもヒトラーがそっくりさんで似ていた(ヒトラーの絡む映画ではそこがひとつの見所でもある)。
ロンメルは、いかにもそれらしい役者が演じていた。
全員が流暢に英語を話している(当たり前か。別にドイツ語でなくとも物語がしっかり描けていれば問題ない)。

原作者が本人役で出演している。
実際に彼は北アフリカ戦線で捕虜となりエルヴィン・ロンメルに逢っているという。
憧れ(敬意を)感じる、説得力のあるものとなっている。
(ロンメル夫人が制作顧問として加わり夫の遺品も使われているそうだ)。

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その戦術から“砂漠の狐”とも呼ばれ連合国に恐れられた強敵であるが、軍人として尊敬され偶像化された存在であることが分かる。終始、ヒトラー総督との確執に苦しみつつ妻と息子を気遣う姿が描かれていた。
エルヴィン・ロンメルその人を描こうとする作品で、実際の戦闘場面や具体的な活躍を単に描写する戦争物語ではない。
(とは言え当時の思いもよらないカメラアングル~記録用の臨場感半端でないドキュメントフィルムもかなり挿入されていて、その意味での迫力は凄い。何と言うか編集~演出が巧みで本編に溶け込む流れになっている)。
飽くまで軍人に徹しようとしながらも国を思えば、この総督ではとても駄目だということは明白であり、徐々に反逆分子の意向に傾いて行く葛藤と苦悶の姿が描かれていた。
最後に読まれるチャーチルの賞賛のことばは印象的である。

ロンメル他、上層部がヒトラー暗殺に加担したのはこれを観れば無理もないことだと納得できる。
当然、アメリカ映画であるからには、そうならなければ。
しかし、ただ単にロンメルをそうしたプロパガンダに利用したというレベルのモノではない。
実際にロンメルその人に迫ろうと戦後、各方面にあたり細やかに資料を収集して作られた物語であるのは事実だ。

追い詰められたところで、総統は占星術に頼り、名匠ロンメルの言葉に耳も貸さなくなった。
(以前は彼を激賞していた時期もあったが、次第に批判的になる)。
お陰で劣勢は著しくなるが、ロンメルの前線における分析など頑なに無視し「撤退はあり得ない。勝利か死かだ。」などという中世の闘いかと呆れさせる電報を送り続けるばかり。総督には何を訴えても無駄であった。

そして実際に暗殺計画に及ぶがあれだけの仕掛けを実際に爆発したのに、肝心のヒトラーは死なない。
その後、容疑者と疑われた者が5000人処刑される。
ロンメルはジープで移動中に敵機に襲われ重傷を負いフランスの病院に入院中であった。
その責から逃れられたかと思ったが、、、。
自宅療養中に総督の意を伝えにやって来た者から反逆罪により自決を言い渡される。
ロンメルは飽くまでも裁判~軍法会議を訴えたが了承されなかった。
ヒトラーからのことばは決定事項であったのだ。
ロンメル自身はそれを受け容れなかったが、妻と息子を盾に取られては選択の余地は無かった。

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彼は使者の車の中で毒を煽り死ぬが、国民的英雄は、戦地で名誉の戦死という形でドイツ国民には周知される。
戦時中は情報操作が常態であるから、これもそのうちの一つに過ぎないと謂えるが、その事実を戦後詳細に調べて明かしたデズモンド・ヤングの情熱は何であったのか。これを観れば分かる気もする。





WOWOWにて










フライト・クルー

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Экипаж
2016
ロシア

ニコレイ・レベデフ 監督・脚本
ティホン・コルネヴ、ユーリー・コロトコフ、ニコレイ・クリコフ、アレクセイ・オニシチェンコ 脚本

ウラジミール・マシコフ、、、レオニード・ジンチェンコ(機長)
ダニーラ・コズロフスキー、、、アレクセイ・グシチン(副操縦士)
アグネ・グルダイト、、、アレクサンドラ(女性パイロット)
カテリーナ・シェピツァ、、、ビクトーリヤ(チーフパーサー)
セルゲイ・ケンポ、、、アンドレウ(男性キャビンアテンダント)
セルゲイ・ガザロフ、、、シェスタコフ
セルゲイ・シャクロフ、、、ニコライ
セルゲイ・ロマノヴィッチ、、、バレラ・ジンチェンコ(機長の息子)


所謂、ディザスター・パニックでもあり航空スペクタクル・パニック映画でもある。
兎も角パニックは間違いない(爆。
演出がかなりのもの。相当金もかけたのが分かる大作。
終始ハラハラドキドキであった。

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とは言え、主人公グシチンの身勝手ぶりには閉口するところあり。
ルールや命令を無視すれば良いと言うものではない。
勿論、軍の上官が無茶苦茶であり、それに反旗を翻すのはよく分かるが。
(車を輸送機から投棄したのは、優れた判断だった)。

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一般の飛行機会社に転職し、着陸した空港でその国が革命を起こして外国人だけ連れて帰還するというのは、どうにもなるまい。
これを飛行士単独で、その国の難民を勝手に乗せて帰る訳にはゆくまい。
人数も夥しいものだ。選別でもしたらパニックになる。
ここで機長に毒づいても仕方ない。
この主人公事ある毎に規則などどうでもよいというが、下らない規則はともかくとして、独善的で思慮が浅いところは観られる。
(男性客室乗務員を蔑視しているし)。
アンドレウが人間が出来た一番好感が持てるキャラであった。
グシチンも終盤には彼を認めているが、何よりビクトーリヤが彼を観直したことは嬉しい。

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それはともかく、やはりこの映画のメインは救援を頼まれ不時着した火山島での大地震と火山噴火で逃げ惑う人々を救出するシーンだ。
まずは、地上での溶岩の吹き出て流れる中をバスで人を運ぶディザスター・パニックである。
溶岩ものは幾つか観たが、この切羽詰まった迫力は凄い。溶岩の燃える中をサブ滑走路から離陸というアクロバティックなシーンも秀逸。
そして空では何と突飛な。というかリスキーこの上ない賭けに出るのだ。
燃料が尽きて陸まで持たない先に出発したレオニード機長の操縦する貨物機に後方からグシチン機が迫り、前方を飛ぶ機は後ろの扉を開き後方機は床下の扉をこじ開けて、ロープで渡した間を人を乗せたコンテナで移動させるという航空アクロバティックショーでもやらないことをやってのける。

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二機が止まってるかのように同じ速度で安定して飛行士中れば到底実現できないことだ。
三回の行き来で何とか移動を果たすが、三回目は残念ながら10人くらいは零れ落ちていた。
元々あり得ない試みである。

陸地の火山パニックと夜空の航空スペクタクルの一作品で二度美味しいというもの。
ここに恋愛と父子の絆のヒューマンドラマを入れ込んだテンコ盛り大作である。
ハリウッド映画は鉄板として父と息子の絆を入れ込むものだが、ここでもしっかり機長とその息子、グシチンとその父(恐らく旅客機の設計者か)との和解が描かれる。
そして恋愛の方も途中拗れてみたりしながら最終的にグシチンとアレクサンドラ、ビクトーリヤとアンドレウの恋愛も成就する。

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極限的なパニックと体を張って怪我もしてヘトヘトになった後で、めでたいエンディングというのは確かに爽快で心地よい。
犠牲者は出たにせよ、行動をしっかりとらなければもっと多くの人が死んでいただろう。
だが、出来ればそれこそ命令無視だが、その島に着陸後、本部の指令なしに直ぐ乗せられるだけ人を乗せて離陸していれば、これ程の綱渡りをせずにスムーズに帰路につけ最小の犠牲者で留められたはず。
ずっと島で留まる間に噴火も激しくなり溶岩が島を覆い始め、飛行機は軒並み爆破され滑走路も使えなくなるというこれは現場の状況の見誤りと謂えよう。
そうしないとパニック映画にならなかったか。
(大概のパニック映画は、その直前の判断次第で防げる類のものである)。

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だが充分に面白かった。
キャスト誰もが大奮闘という感じで、お疲れ様である。




WOWOWにて











冒険者たち

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Les Aventuriers
フランス、イタリア
1967

ロベール・アンリコ 監督・脚本
ジョゼ・ジョヴァンニ 脚本・原作『生き残った者の掟』
フランソワ・ド・ルーベ 音楽 「レティシア」主題歌


アラン・ドロン、、、マヌー・ボレリ(天才パイロット)
リノ・ヴァンチュラ、、、ローラン・ダルバン(エンジン開発者)
ジョアンナ・シムカス、、、レティシア・ヴァイス(彫刻家)
セルジュ・レジアニ、、、パイロット
ポール・クローシェ、、、ヴェルタン(保険屋)
ハンス・メイヤー、、、ル・タベル
オディール・ポワゾン、、、イヴェット
ヴァレリー・インキジノフ、、、キヨバシ
イレーヌ・チュンク、、、キヨバシの秘書
テレーズ・カンタン、、、デュブルイ夫人(叔母)
ジャン・ダリー、、、デュブルイ氏(叔父)
ジャン・トロニョン、、、ジャンジャン(レティシアの幼い従弟、デュブルイ夫妻の息子)
ジャン・ランディエ、、、ミショー(飛行クラブの社長)
ギー・デローム、、、殺し屋


如何にもフランス映画という作品。
淡々と流れて行って、最後唐突に悲劇に終わる。
フランス映画によくあるパタン。

Les Aventuriers004

新しい自動車のエンジン開発をしているローランの工房に飛行機の曲乗りの名手マヌー・ボレリと鉄のスクラップを集めて彫刻を作る芸術家のレティシア・ヴァイスが共に住んでそれぞれの仕事を進めてゆく。
しかし、現実は上手くゆかない。
マヌーは飛行クラブの悪辣な奸計(偽の凱旋門潜り撮影の依頼)により危険飛行の罪でパイロットの免許を剥奪される。
(この時の依頼者がキヨバシという妙な日本人なのだ。勿論彼の会社は仕事依頼など出していない。笑える)。
ローランは改良を重ねた新開発エンジンで自らがテストドライバーとしてマシンに乗り込むが火を噴いて爆発してしまう。
レティシアは、ローランの工房で作り貯めたオブジェ作品をトラックに積み込み個展を開催するも、悉く酷評に終わる。

3人とも意気消沈して、取り敢えず騙した会員と保険屋をボコボコにするが、そこでコンゴ動乱の際、国外脱出を図って墜落した飛行機が、相当な財宝を積んだまま沈んでいる情報を得る。情報の出所が怪しいこともあり躊躇はするが、、、、。
何をやるにも先立つものが必要で、カジノでもすったばかりということもあり、その一攫千金を狙う賭けに出る。

3人の絆は直ぐに深まってゆく。
この3人は大、人ではなく、とても抽象的な子供みたいな存在だ。関わっていることは全て子供の夢。
複葉機、爆速エンジンのスーパーレーシング・カー、スクラップによるオブジェアート、ボート、秘密の場所に隠された銃、海底に眠る財宝、海上の要塞、、、ホントの子供と違うところはこれらが皆、本物であること。
そう、本物であるために、大人のギャングが絡み残酷な現実に引き戻されてしまう。
ギャングに限らず大人の悪意に晒され傷ついて来た。

Les Aventuriers003

だが、彼等もタフである。
またある意味、ラッキーでもあった。
3人である程度位置を絞って行ったにせよ、大海である。いくら潜って探しても簡単にポイントが特定できるものでもない。
そこへコンゴで大金持ちを飛行機で脱出させる時に撃ち落とされ生き残った当のパイロットが彼らの船に加わる。
セルジュ・レジアニ、この時期のフランス映画でよく観る癖のある役者だ。
とても胡散臭いが、彼の謂う通りの場所で探すとズバリ彼の飛行機発見。
お宝が骸骨の腕に抱かれているではないか。

船上で山分け。そして還って何不自由なく自分のやりたいことをやる、で終わりたいところだが、、、。
そのパイロットのかつての仲間がその財宝を強奪にやって来る。
所謂ギャングであり、殺し屋たちだ。
船の上で襲われたとき、流れ弾に当たりレティシアが亡くなる。

Les Aventuriers005

彼女の実家を訪ね形見を渡し、従弟に彼女の分け前の大金を届ける。
そして彼女が生前に自分のアトリエを作りたいと言っていた海の要塞に二人して行く。
ローランはそこに留まり、豪華なホテルを建てる計画をする。
パリから訪ねて来たマヌーに客を送り迎えするヘリの操縦を頼み、夢が膨らむが、そこへまた例のギャングが武装して押し掛ける。
銃とダイナマイトで応戦する2人であったが、マヌーは撃たれて帰らぬ人となる。
頭を抱えて嘆くローラン。
ここまでが『生き残った者の掟』の第一部の映画化だそうだ。

如何にもフランス映画を観たという気にさせられる。
劇中に何度もかかる「レティシア」のテーマであるが、それ程良い曲とも思えなかった。
印象に残らない。しかし「レティシア」のテーマというよりジョアンナ・シムカスのテーマとも受け取れるものである。
この後、彼女はシドニー・ポアチエと結婚して映画界から身を引いてしまう。
そう考えると惜しい女優である。
アラン・ドロンがワイルドであった。
最後に海の要塞で独り生き残るリノ・ヴァンチュラ。渋いいい味出してるね。
(アラン・ドロンよりモテる役であった)。




WOWOWにて












ジオラマボーイ パノラマガール

GEORAMA BOY PANORAMA GIRL001

GEORAMA BOY PANORAMA GIRL
2020

瀬田なつき 監督・脚本
岡崎京子『ジオラマボーイ パノラマガール』 原作
山口元輝 音楽

山田杏奈、、、渋谷ハルコ(17歳高校生)
鈴木仁、、、神奈川ケンイチ(17歳高校生、自主退学する)
滝澤エリカ、、、カエデ(17歳ハルコの親友)
若杉凩、、、マル(17歳ハルコの親友)
平田空、、、渋谷ナツ(ハルコの小学生の妹)
持田唯颯、、、タイラ(ナツの小学生の友達)
きいた、、、リューヘイ
遊屋慎太郎、、、キンヤ
斉藤陽一郎、、、渋谷アキヒコ(ハルコの父)
黒田大輔、、、山形先生
成海璃子、、、神奈川サカエ(ケンイチの姉)
森田望智、、、マユミ(ケンイチが思いを寄せる女性)
大塚寧々、、、渋谷フユミ(ハルコの母)


久々のAmazonPrimeにて、山田杏奈主演で、もうすぐにも配信終了と来たら観るしかあるまい。
焦って観た(爆。
緩くて優しい映画であった。

GEORAMA BOY PANORAMA GIRL002

これは最近の邦画では出色の出来。
岡崎京子のコミックはわたしも好きで数冊持ってはいるが、これは持ってない。
でも雰囲気は伝わる。
工事中のクレーンがランダムに聳え立つ東京の景観と思春期のフラジャイルな危なっかしさが何とも同調していて面白い。
ここでありふれた出来事が瑞々しくぎこちなく交錯してゆく。
ピントはかなりズレてるが。

GEORAMA BOY PANORAMA GIRL003

それから滝澤エリカという女優を始めて知った。
山田杏奈との掛け合いというか触れ合いが絶妙で、凛とした透明感と低めトーンの声がミスマッチ。今後の活躍に期待したい。
(若手女優は凄い人が次々に出て来て大変な場だねえ)。

渋谷ハルコはあのタイミングで神奈川ケンイチに一目惚れというのも何とも。運命の出逢いとか言ってるし。
ケンイチも試験中に突然思い付きで高校を退学して、昼間ずっとゲーセンで遊んだり女の子マユミに逢いに行ったり「タピオカミルクティー飲まない?」って何だ?スケボー練習したりの幼児退行した後、頭のネジの抜けたような男子である。鈴木仁という俳優、実に嵌っていた。
この男は女子(姉と彼女)から「やんなっちゃうな―」と言われモノを投げつけられるタイプのようだ。

GEORAMA BOY PANORAMA GIRL004

山田杏奈は物凄くとんがった怖い女子高生をやることが多いが、ここではかなり地味な役である。 
であるから目付き(眼差し)も例の鋭く射貫くようなものではなく穏やかなものだ。
顔も終始ニヤケテおり、渋谷パルコの前で「全国のPをHにしてやる」とか言ってるかなり軽めの娘。
しかし際立った感性や感覚を持たない役でもしっかり自分の色が出せる非凡な人だと感心する。
そこにしなやかに絡んでくるのが滝澤エリカというこれまた只者ではないヒト。
この2人に注目して観て行っても充分に面白い。
名作「ひらいて」の芋生悠との絡みとはまた違う透明感ある微分的な繊細な絡みである。
(向うも繊細さはあるが衝動的で過激なのだ)。

ここでは、森田望智が台風のように引っ掻き回す。
神奈川ケンイチは「サイテー」とか言われながらも翻弄されっぱなし。
その煽りを一番喰らうのが渋谷ハルコ。やはり最初の衝撃はケンイチとマユミのキッスか。
しかし森田望智演じるマユミみたいな人はいる。掻き混ぜるだけ混ぜて突然グアテマラに飛んで行く。
素敵。

GEORAMA BOY PANORAMA GIRL005

ハルコのお友達も、、、
ケンイチの高校の前で待ち伏せしてみたり、
変な御呪いを宇宙に向けてしたり、
撃沈して戻ってきた渋谷のイベント後も何とも。
路上でハルコ、カエデの二人で横たわってなかなか良い雰囲気、、、良い友達だ。
缶ジュースの冷たさを味わい。ちょっと覚醒したかに思えたら、、、
自転車泥棒して警官に捕まり酒も呑んでいてお母さんに叱られ学校は3日間停学、大学指定校推薦はチャラとなる。

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高層ビルの建築現場ってこんな風に時間外は平気で入れるのだ。
(確かに他の映画でもこうした場面を観ている。翌朝の光がミステリアスで幻惑される)。
17歳のバースデイパーティーをここでというのも粋だねえ。
勝手に恋に落ちた事だけは告白する。
お互いに気まずい。
そんな時にハルコは鼻血まで出るし。
でも、結局、結果オーライではないか。
何とも言えないが、、、小学生にお膳立てしてもらってこの高校生は。

GEORAMA BOY PANORAMA GIRL006

何で誕生会の時点でケンイチは彼女の事、覚えていないのか、不思議。
倒れていたところを介抱されて、その後、学生証を届けてもらって何度も逢ってるのに分からないというのはちょっと、、、。
少々アホである。ハルコが二度目に泣く。これは分かる(笑。

だがこの2人実に波長が合うのは確か。
(感性的に)とても似ているし。
ケンイチの提案で、電車を家と逆方向に乗ってみることにする。
(これ、わたしもやったことがある)。

GEORAMA BOY PANORAMA GIRL007

今後、滝澤エリカは日本のエル・ファニングみたいになるか(そんな気がするのだが)、注目したい。
(エル・ファニング主演作のリメイクとかやる際は、滝澤エリカが良いと思う)。




AmazonPrimeにて










エルム街の悪夢2010

Elm Street001

A Nightmare on Elm Street
2010
アメリカ

サミュエル・ベイヤー 監督
ウェス・クレイヴン オリジナル脚本
ウェズリー・ストリック、エリック・ハイセラー 脚本

ジャッキー・アール・ヘイリー、、、フレディ・クルーガー(悪霊)
ルーニー・マーラ、、、ナンシー・ホルブルック(高校生)
カイル・ガルナー、、、クエンティン・スミス(ナンシーの彼氏、高校生)
トーマス・デッカー、、、ジェシー・ブラウン(フレディの犠牲者)
ケイティ・キャシディ、、、クリステン・フォーレン(フレディの犠牲者)
ケラン・ラッツ、、、ディーン・ラッセル(フレディの犠牲者)


「エルム街の悪夢」一度観ておこうと思い、Wowowを撮っておいたのを観た。
これって凄まじく沢山シリーズ化されているようで驚き。
一つ観れば十分だと思うが。
噺が兎も角、単純で強引な脅かし系ホラーなのだ。

Elm Street002

エルム街の高校生で、同じ幼稚園出身者が同じ悪夢に悩まされ、その果てに惨殺されてゆく。
その悪夢の中の殺し屋がフレディという右手に嵌めた鉄の鉤爪で相手を切り裂いて殺す火傷を負った男。
眠って夢を見ると決まって出て来る。怖くて不安で眠れたものではない。
これが最も苦痛であろう。皆睡眠不足で朦朧としていて凄い顔になっている。無理もない。
眠いのに眠れないなんて、余りに辛い。

夢の中はフレディのホームグランドであるため、完全に向うが有利。
何にしても夢の中で襲われたのでは、どうにもならない。
眠っている時は当人は全くの無防備であり、自律性も自立性もなし。
完全に受け身。
しかし夢の中、(無)意識の中にどうやって入り込みその肉体を殺傷できるのか。
殺す時には恐らく奴もこの世界に(他者として)一瞬でも現象していると受け取るべきだ。
(まさに夢か現かの世界だが)。

Elm Street003

あちらでは、フレディには勝てないが、途中で覚醒してこちらのペースで引きずり込めば勝機はある。
詰まり相棒が傍にいて、眠っている相手が悲鳴をあげたら叩き起こして反撃するという作戦。
眠りから覚めたらフレディも消えてしまう場合もあろうが、夢~(無)意識空間から実体化して現実に引き摺りこめる可能性も高い。
実際にナンシーは、フレディに襲われたときにセーター(例の趣味の悪いやつ)の一部を引きちぎって持っている。
と謂うより観ていると結構平気でこちらの世界に侵犯して来るではないか(俺は現実にここにいるとか言ってるし)。
タイミングよくこちらの罠に嵌めるような形で連れ込めば、やっつけられそう。
かなりの賭けだが。他にこれと言った案もない?

フレディは生前、彼等の通う幼稚園の用務員であった。
5歳の娘や息子の様子がおかしい。身体に傷がある。子供に聴くと洞窟に連れて行かれた、などという状況とことばから察し、親は確たる証拠もなかったがフレディが我が子に危害を与えていると判断し、彼を皆で襲い納屋に逃げ込んだ所で火を点けて焼き殺す。
親たちで口裏を合わせ、フレディは街から逃げたということにした。
そして時が過ぎ、こういう展開となったみたい。思春期になるまで待ったという事なのか?
確たる証拠もなく冤罪で焼き殺したかも、過剰反応だとナンシーとクエンティンは、親にたてつく。
そして実際に今は廃園となっているフレディの幼稚園用務員室を探りに行くと、実際に園児から観れば洞窟に見える場所を探し出す。そこには、フレディが悪質なペドフェリアであったことがはっきりする証拠が沢山あった。
(ならば、自業自得とも謂えるところだが、どういう理由~動機で襲ってくるのか。この悪霊に罪悪感など微塵もないことだけは確かのよう)。

Elm Street004

この後は、特にこれと言った特筆すべきバトルという程でもない闘いをして、フレディを倒し焼き殺すのだが、警察と消防の入った段階で、フレディの遺体はない。
すでに大昔に焼き殺されていれば、遺体のある方が変。
そして今度は、ナンシーの家の鏡から現れ彼女の母を襲った(これは全く新しい手法である)。
鏡を行き来する扉に使われては、ますます難敵になるはず。
まあ、続編が出来るのならナンシーたちは大変であろう。
わたしにとっては他人事である(こういうハッキリ割り切れる映画とこちらにも地続きの作品も映画にはある)。

Elm Street005

ソーシャル・ネットワーク」は本作と同年であるが、後に「サイド・エフェクト」、「マグダラのマリア」、「キャロル」等で確固たる存在感を示すルーニー・マーラの初期の頃の主演作である。
ここでも片鱗は窺えるが。




WOWOWにて










TUBE チューブ 死の脱出

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Meandre
フランス
2020

マチュー・テュリ 監督・脚本


ガイア・ワイス、、、リザ
ペーテル・フランツェーン、、、アダム(凶悪犯)
ロマーヌ・リベール、、、ニナ(リザの亡くなった娘)


「蛇行~あてもなくさまよう」確かに、その通り。
”TUBE ”とすることで”CUBE”感覚で飛びついてくれるのを狙ったのね。せこい。
確かに”CUBE”系映画とは謂えるが。

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始まりが何とも、、、。
ヒロインが周囲には何もない路に横たわり死のうとしているのか。
そんな殺伐としたシチュエーションから始まる。
そこにたまたま通りかかった車が救いの主かと思いきや。「10キロ先までスタンドもない」。
車に誘われ乗り込むとその男は、何と凶悪殺人犯であった。
カーラジオからその男の特徴が伝えられたところで(右手に十字のタトゥー)急に車が停車され、彼女は刃物で襲われたようであったが、遥か上空から光が現れ、、、。

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気が付くと狭い無機質な空間に閉じ込められていた。壁のスリットからは光が漏れている。
左手首には丸い大きな光を発する腕時計がはめられており、ボディスーツに着替えさせられていた。

そしてハッチのような扉が開くたびに彼女は空いた空間に誘われ移動して行くのだが、、、。
どうにか這いずって動けるくらいの幅しかなくその閉塞感は半端ではない。だから開くたびに移動する。
しかし何処に行ってもしつこくトラップが仕掛けられており、腕時計はカウントダウンして行く。
時間的にも圧迫してくるのだ。
兎も角、留まることが出来ず、ハッチが開けばその外に向かう。

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天井が下って来たり、腐乱死体をどかさないと進めなかったり、ガスバーナーの放射口がせり出して来たり、水攻めにあったり、何でも溶かしてしまう液体の上を僅かな縁を渡って移動したり、何でも粉砕するミキサーが迫って来たり、、、そんななか、男の助けを呼ぶ声がする。
その声の方へと徐々に近づいてゆくと、その男は自分を襲ったアダムであることを知る。
彼もこの迷路につかまり酷い目に合っていたのだった。
間もなく、腕時計が赤く光りガスバナーの噴射口がせり出して来た、2人はサイドにある1人がやっと避難可能なスペースを巡り小競り合いをするが、何とか彼女がそこに入り込み、アダムは腕をガラス扉で切断され、残った身体は炎で焼却されてしまう。

ただこの噺は単にデストラップをかまして徹底的にターゲットをいたぶるばかりでなく、妙な要素が入り込んでいて戸惑いを覚える。
変なクリーチャー(主催者側の)が出て来て傷を治してくれたり、死にたいというと死ぬための注射を打とうとしてくれたり、この過酷極まりないチューブ状の死の迷路に放り込んでおきながら、何のつもりのお節介だみたいな。
更に彼女の意識~記憶に入り込み、亡くなったばかりの娘の姿を出現させたり。亡くなった状況をありありと回想させたり、、、
それで何をか激しく揺さぶって来るのかと思いきや、そうでもない。
詰まりこの超越的な主催者側の意図が何であるのか。

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彼女は一度は振出しに戻されるが、アダムの腕の印を思い出し、自分の腕にもそれが付けられているはずだと気づく。
時計を無理やり強酸に付けて外すと自分の腕にも徴が付いているのが確認された。
その徴が×と◇なのだが、その形を分解すると右左を示すことに気付き、それに従って進んでゆく。
目の見えぬ妙なクリーチャーにも襲われ逃げ惑うが、何とか安全な進路を選択しながら進むことが出来る。
最後の岐路に死んだ娘が出て来て、彼女を違う方向に導こうとするが、彼女はそれを断る。
娘は違う語り口で「よくやった。お前を誇りに思う」と述べた。

いよいよ出口と分かる口に近づくが、最後の関門で上から鉈が3段階で降りて来るのだ。
4秒、3秒、2秒間隔である。流石に最後の2秒はきつく足を切断して何とかそこを通過することが出来た。
だが青空と思っていた面はただの投影であったようだ。
やるだけのことをやり遂げ、そこで完全に諦めの境地に入ると、天井が突然開き、彼女は抱えられ外に出される。

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気付くと傷は癒えており、滝が何本も落ちて来る緑豊かな河原にいるではないか。
そして対話の相手が娘の姿をした何者かである。
「わたしは死んだの」に対し「肉体は何度も死んだ」と返す。
「生きなさい」と二ナはリサに告げる。


意図のハッキリしない超越者は出てこない方が良い。
途中の妙な介入も意味が分からないため緊張感も途絶え噺のまとまり~方向性を失う。
ただ、過酷なトラップを独力で潜り抜けて生還とした方がシンプルで小気味よい。
(黒幕は匂わせる程度にして)。



WOWOWにて










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アジャストメント

The Adjustment Bureau001

The Adjustment Bureau

ジョージ・ノルフィ 監督・脚本
フィリップ・K・ディック『調整班』原作

マット・デイモン、、、デヴィッド・ノリス(スラム出身の元下院議員)
エミリー・ブラント、、、エリース・セラス(バレエダンサー、デヴィッドと運命的な出逢いをする)
アンソニー・マッキー、、、ハリー・ミッチェル(調整員、デヴィッドに協力する)
ジョン・スラッテリー、、、リチャードソン(調整員、ハリーの上司)
マイケル・ケリー、、、チャーリー・トレイナー(会社経営者、デヴィッドの友人)
テレンス・スタンプ、、、トンプソン(調整員、通称ハンマー)


フィリップ・K・ディック原作のSFだと知らずに観た。
「誰もが気が付かない内に会っている」という「議長」という存在は何?
わたしも是非逢いたい。文句がある(爆。

The Adjustment Bureau002

「調整員」という世界のバランスを監視し、調整する役目を果たす存在が登場する。
主人公のデヴィッドのように将来、上院議員~大統領になる「予定」の人物は、何かの拍子に道を外れたらアメリカの運命が変わることにもなろう。それが不味い形での混乱を呼ぶようなことになれば、事前に危険因子を除いておかねばということか。
ところでこの「調整員」とは、何者なのか?
人間ではないみたいだが、それほどの超越者にも見えない。走って後を追いかけたりして肉体労働をしている(笑。
しかし何処にでも通じるドアを開けることが出来る帽子を被り、運命の書という人のこれから先の運命~行動を読むパッドを持ち歩く彼らは「場」に対する相当な科学力を持った存在であることは分かる。
平たく言えばドラえもんみたいな人たちだ。
ただし、そのシステムは、水に弱いらしい。
だから水上(船上)とか大雨の中だと追跡が難しいみたいだ。

The Adjustment Bureau007

彼らの一番上の指令を与える存在が「議長」と呼ばれる。
謂わば、運命の管理者か。

ここでそれ~運命に対抗する人間としてデヴィッドとエリースというカップルが現れる。
デヴィッドの肩には将来のアメリカの運命がかかっているのだが、調整員からすれば、エリースと結ばれることによりバングリー精神が失せ、大統領になる気がなくなるらしい。
しかしデヴィッドとエリースは尋常ではない電撃的な出逢いをし、2人ともこの相手以外にはいないという確信を得ていた。
(普通はこんなケースはほぼ無いものだ。特に異様な権威と力を誇示する妙な団体に圧力を掛けられたらそれに従ってしまうものだろう)。
この物語は、そのような圧倒的で超越的な組織に対して恋愛の力で対抗するカップルの噺である。
確かに科学力や知識でどうにもならなければ、それで立ち向かうしかないというものだ。

The Adjustment Bureau003

元々デヴィッドはスラム街出身の若者であり、両親を子供時代に亡くし逆境パワーで異例の出世をしてのし上がってきた男だ。
素晴らしい女性を得て満足してしまうと先がない。
調整員によって離れ離れにされたことで、デヴィッドは以前のように自分の夢に向かい励んでいた。
最初の上院議員の選挙では優勢であったにも関わらず、直前のパーティーで不始末をしてしまい忽ち支持を失い落選をしてしまう。
だが、選挙幹部の友人の会社の役員に就任し、再び万全の構えで立候補する。
一方のエリースはバレエの世界で才能を開花して成功を収めていた。

The Adjustment Bureau004

共に順調であったが、再び2人は邂逅してしまう。
デヴィッドが彼女と二度目に出逢ったバスに3年間しつこく乗り続けていることで見つけることが出来たのだ。
ここから更にしつこく付き纏い調整員たちが、2人の間に介入し悉く邪魔をしてゆきまたもや二人は離れ離れとなる。
そして世界的なバレリーナとなったエリースが結婚を決めたというニュースが入る。
デヴィッドはここで本気に彼女を取り戻しに行動に出て行く。
,最初に彼を担当していたハリーがデヴィッドに協力するようになる(ハリーは自らの仕事に疑問をもっていた)。
ハリーは、この2人が結ばれることで、異なる運命が開ける可能性に賭けたのか。

The Adjustment Bureau005

ハリーから帽子を借りてエリースと逃げ惑うデヴィッド。
この辺は、なかなか面白い絵である。
扉を開くとあり得ない場所に繋がって行くのだ。
ここが結構楽しめる。
そして通常はドアノブは右回しなのだが、調整員の組織の空間に侵入するときは左に回す。
彼等は左に回して、その組織内に入り込み、議長に逢おうとする。
しかし議長室には辿り着けず屋上に追い詰められる。
そこで2人は抱擁しながらお互いの愛を示すキスをする。
すると追手は皆掻き消え、ハリーが書き換えられた「運命の書」を持って現れ、差し出して見せる。
「これからは君たちの自由だ。行きたまえ」と言い残し彼はそこを立ち去ってゆく。
先が白紙になっていた。
安堵する2人。

The Adjustment Bureau006

恐らく大統領と世界的バレリーナの夫妻が誕生するのだろう。
強い愛があれば運命も変わる。
(いずれにせよ、ハリーから何故、エリースを遠ざけるのかを聞いた彼は彼女と結ばれても堕落せずに大統領となりアメリカを救うはずだ。要するにアドヴァイス~説得すればよいことでは。追いかけっこするまでもなく)。




WOWOWにて












スポンティニアス

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Spontaneous
2020
アメリカ

ブライアン・ダフィールド 監督・脚本
アーロン・スターマー『Spontaneous』原作
ジョセフ・トラパニーズ 音楽


キャサリン・ラングフォード、、、マーラ・カーライル(17歳の女子高生)
チャーリー・プラマー、、、ディラン・ホヴメイヤー(マーラの彼氏)
テヘイリー・ロー、、、テス・マクナルティ(マーラの親友):
パイパー・ペラーボ、、、アンジェラ・カーライル(マーラの母)
ロブ・ヒューベル、、、チャーリー・カーライル(マーラの父)
イヴォンヌ・オージ、、、カーラ・ロゼッティ捜査官
レイン・マクニール、、、ジェンナ・ダルトン(ジョーの妹)
クライヴ・ホロウェイ、、、ジョー・ダルトン(ジェンナの兄)
ブハーン・ローデン、、、ハーパー・ウィー
クリス・シールズ、、、スピロス
チェラー・ホースダル、、、デニス・ホヴメイヤー(ディランの母)


気持ちいー映画だった。
悲惨なのに清々しい。キャストの魅力のせいかも。
キャサリン・ラングフォードはクールだ。
これからどんどん出て来そうな女優。
相手役のチャーリー・プラマーもどんな俳優となるか楽しみ。

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ハイスクールで、ただ急にいきなり、友人や彼氏が爆発して逝く。
理由も何も分からない。
それが続けて突然、何度も起きる。
爆発する度に周囲の生徒は皆血塗れだ。
そのショックも大きい。何度も起きるからと言って慣れる訳にもいかない。
政府機関が乗り出し、原因の究明しようとするが、全くダメ。
生徒を隔離し検査を重ね、何を確認しても事件~病に繋がる決め手は見つからない。
取り敢えず対症療法の薬をトライエラーを続けながら開発する。

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こういう時の恋愛とはどういうものだろう。
当然寄る辺なき者同士の同情と共感、明日をも知れぬ身である不安もあり、結ばれるべき人は時を惜しんでそうなる。
いつ自分が爆発するか分からぬ大きな不安を抱えながら、惹かれる人と貴重な~大切な時間を過ごしたい。
切実である。
濃密な時でもある。
常に自分の死ばかりでなく相手の死を気に掛ける関係。

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戦時中の激戦地での若者(高校生)カップルといったところか。
しかし最後の最後まで生き残った彼氏も敢え無く目の前で爆発。
その瞬間、来るな、と思ったら案の定。
勿論、こちらとしては若いカップルに感情移入しており、それはやめとけと思ってはいたのだが、、、
来ることは充分に予感していた。
そしてこの学校の生き残った生徒は皆その死の不安に怯えながら生きている。
だが、彼女はここで最も恐れていた愛する者の喪失を経験したのだ。

Spontaneous006.jpg

そして一体、何人が爆死したのか。
巷では、マーラの関わった生徒が必ず死んでいると言って彼女を呪われた魔女みたいに噂する向きもあった。
すっかり意気消沈して彼女はアルコールに逃避する。
そうこうするうちに卒業式を迎えた。プロムも殺風景なものであった。

暫くすると政府の開発した薬が効果を見せたようで(どうかわからぬが)、人体爆破が収まる。
彼女は大学に行くために家を離れるが、かつてディランの乗っていたミルクバンを運転して行く。
マーラと親友のテスは生き残り、以前からの約束だったビーチで二人水タバコを吸いながら裸足で寛ぐ。

Spontaneous005.jpg

普通は、最終的に科学者が原因を探り当て、これだという解決策が講じられることが多いが、この映画はその爆発が何であり、原因とその治療~解消策も何も提示されず仕舞い。
ただ、”Spontaneous”に踊らされるばかりであった。
しかし現実は悉くこのようなものである。
不安で掴みどころがなく物悲しい世界。

BGMが終始、不穏だが繊細で哀愁ある美しい調べであった。
最後のミニマルな畳み掛ける荘厳な調べに至ってはかなり響くものがある。
ヨハン・ヨハンソンを彷彿させるところもあったが、この作曲家注目したい。




WOWOWにて



”Bon voyage.”

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