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GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
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マーズ

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Settlers
2021
イギリス、南アフリカ

ワイアット・ロックフェラー 監督・脚本
ニティン・ソーニー 音楽

ソフィア・ブテラ、、、イルザ(レミの母)
イスマエル・クルス・コルドバ、、、ジェリー(イルザ母娘のコロニーの先住者)
ブルックリン・プリンス、、、レミ(イルザの娘、少女期)
ネル・タイガー・フリー、、、レミ(イルザの娘、思春期)


まさにとても荒廃した地での「入植者」のありさまである。
3つの章に分かれているが、ひと連なりの物語。特に3章仕立てにする必然性を感じないが。
これも静かに展開する孤独で殺伐とした物語と言える。

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本作の火星では、人類の居住地域全体にシールドが張られていた。
そこでは普通に外に出て豚や鶏に餌をやったりの地球同然の生活が送れる。
気温も天候も安定していて激しい砂嵐もなく、どうなっているのかと思って暫く見ていたが、、、そういうことだった。
レミが臍を曲げてシールドの外の世界に通じるトンネルに入って息が苦しくなり気を失い、それが分かった。
何故、これほどのテラフォーム空間を作っていて、今のような荒廃し殺伐とした環境に成ってしまったのかは語られない。
ともかくコロニー施設を巡って殺し合いをしているのだ。
一体どうなっているのか。人が極少ないのだから猶更である。

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コロニーは荒れ果てリソースの奪い合いと憎しみが渦巻いている情景はよく描かれていた。
突然襲い掛かって来る者たち。
それらを撃退するが、父親も銃撃戦で命を落とす。
その後、以前このコロニーに住んでいたジェリーが帰って来て、共に暮らすようになる。
どうやら火星ネイティブと地球からやって来た余所者の間での抗争も起こるらしい。
何故それが起こるのかの説明はない。単なる余所者というだけの差別にしては説得力がない。
娘は失った父への思いが強く、ジェリーは全く受け付けない。
代わりにジェリーが起動させたロボット(初期の開発用であろう)がお気に入りとなり、スティーブと名付け心の支えとなる。

イルザもこの住居をかつて自分が住んでいたものだと主張するジェリーの存在を疎ましく思っていたが、生活をするうえで協力関係は不可避的に生じ、その過程で徐々に気を許してゆく。
これは自然な事であろう。生活を営む上で人の手は頼もしいものだ。愛着も生まれて来る。
しかしそれに強く反発する娘のレミはついに家出までして、シールドの境界のトンネルに入ってしまう。
途上で気を失っているところを助けられたが、反発は激しさを増す。
或る日、母が娘の身を案じ元の住人であるジュリーを殺そうとするが逆に殺される。

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その後も、美しく成長したレミとジュリーの生活はずっと続いていた。
但しレミはジュリーとほとんど話を交わさず、冗談を言っても笑うことは少なかった。
しかしジュリーはレミとの距離を詰めて来る。
彼女はそうした関係は受け入れない気持ちは変わらない。
迫るジュリーに激怒して興奮する彼女を縛り付け、噺を冷静に聴くように諭す彼であったが、それをレミへの暴力と受け取ったスティーブがジュリーを撃ってしまう。ジュリーも撃ち返しスティーブを破壊する。
深手を負って手当に行くジュリーを彼女は問答無用で射殺する。
(この物語は直ぐに射殺である。何か西部劇の殺伐としたものを観る気分だ)。

メカに強いレミは、スティーブを生き返らせる。
しかしどうやら火星に生存する人間は、レミだけになってしまったような雰囲気が漂う。
スティーブに別れを告げ、再びトンネルに入りガスマスクを付け、向こうの世界に出る。
そこは生の火星が剥き出しになっており、人の生きられる場所ではなかった。
レミの後ろで扉が閉まる。
もう戻れないのなら酸素ボンベの続くまでの命だ。
(事前に何も調べず、共存者を殺して、外界に飛び込むとは、無謀としか考えられない)。

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レミの頑なな気持ちや短絡的で性急な判断や行動は、やはり若いうちの反抗期に見られるものである。
もう少しジュリーとレミは距離を持ちつつ共存できなかったのか。
とりあえず現状から言って、そういう協定を結べば良いことではないか。
ジュリー自らの謂うように時間はいくらでもあったのだ。
何を焦る必要があろうか。
(親戚くらいの関係には成れたと思うが)。


ネル・タイガー・フリーは、「オーメン」前日譚の主演が決まっている。
とても凛々しい女優で間違いなくブレイクするはず。
幼い少女期のブルックリン・プリンスも上手い子役で、芸達者であった。
ソフィア・ブテラとイスマエル・クルス・コルドバも渋い演技で申し分ない。
静かなSF映画をふたつ続けて観た。



Wowowにて








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テラフォーム

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Risen
2021
アメリカ・オーストラリア

エディ・アーリア 監督・脚本・編集
フィリップ・J・ファドゥール 音楽
スーザン・ラムスドン撮影

ニコール・シャルモ
ジャック・キャンベル
ドミニク・ストーン
ケネス・トルヒーリョ


Terraformというよりも寧ろ復活した彼ら~エイリアンに焦点を当てたのか?
この映画も多くのこの類のSFものに同じく、ずっと薄暗い。その上に静謐な雰囲気の作品であるため、なかなか手強い。
睡魔との闘いである。”Arrival”に近いものはあるが、どうだろう。雰囲気だけかな。
その為か、気が付いたら寝ていたことが二回ほど発覚した。

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エイリアンの侵略なのだが、宇宙船で地球人と同様のパタンで攻めて来る痛快娯楽ものではない。
系外宇宙からやって来るだけの科学・技術力があってこの前の世界大戦みたいな闘いの必要があるはずもなかろう。
そもそも(似たような武力で)闘うこと自体に意味がない。
隕石かと思ったら種子であったようだが、それが地上で急速に育ち、地球人にとっては猛毒な大気を作り、自分たちに最適化された環境を作って行く。
その巨大な植物を戦闘機がミサイル攻撃するがシールドを張られて通用しない。
(それっきり攻撃を諦めたみたいになっていたが)。
植物に何か仕掛けに行った一隊も皆、頭を乗っ取られて、防護ヘルメットを脱いでしまい毒ガスで死んでしまう。

敵の侵略の仕方~様子は、少なくともこれまでに見た異星人侵略もののなかで一番リアルに感じられるかも。
しかも終盤に明かされる驚愕の真実である。準備万端の形で計画を進めてやって来たのだ。
この異星人は、以前地球(アラスカ)に事故で不時着し捉えられ、そこ(エリア51)へ調査任務でやって来た科学者の父と来た娘こそが今回の圏外生物学者であった。これは偶然ではなく少女はこの異星人の遺伝子を組み込まれ自身が知らず異星人化していたのだ。
そうとは気付かず、少女は趣味の深宇宙の研究に没頭し、自分の研究室まで宛がわれ、ずっと地球からこの異星人にメッセージを送り続けていたのだ。"超新星94"というコードネームで。そして地球の座標を伝える。
メッセージの内容を全て吟味して彼らはここぞとばかりにやって来たのだ。
侵略と謂うより丸ごと乗っ取りである。

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宇宙戦争の丁度逆のパタンであろう。
最初の謎の爆発で死んだ人たちの内、種子の微小な破片を呑み込んだ爆発地点に極近い者たちだけ、別な生命として蘇る”Risen”。彼らはDNAが組み替えられエイリアンとなったのだ。
その巨大な植物の前で語るかつて人であったエイリアンから、”お帰り”と女性科学者は声をかけられる。
さらに彼が語るには「われわれはあの環境ではもう生きられない」であった。彼らは移住の目的でやって来たのだ。
(われわれもそう遠くない時期にそれを決行するときが来るはず。ホーキング博士の語るように)。
彼女は、少女の時のあの経緯を全て思い出し、自分が今何者であるかを悟る。
何故か笑みが零れた。

自分がすでにエイリアンであり、彼等を地球に導いた当人であることを完全に認識した。
一度、種子がまだ小さく容易に処分できるとき、それを故意に残しておいたのは、地球の命運を託され調査に派遣された彼女であり無意識的に自分の役割を知っていたのだ。
こうしたことは、実は世界の多くの局面でもあるはず。日常的にも。わたしもその一端を担う仕事を知らずに行っていたかも、、、
ひとの運命を大きく左右するような局面においても。
地下深くから不気味な音が聴こえてくる。世の終わりのカウントダウンのような、、、
卵状の地下茎の一部が地上の至る所に突出し、それが次々に爆発すると大気はどんどん彼らの為の環境に代わって行く。

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地球上の全ての動植物が死に絶えるのはもうすぐそこまで来ている。
この展開が、静かにひたひたと確実にやって来る映画であった。
ちょっとその雰囲気はタルコフスキーにも似ている。
謂い過ぎか(笑。
もう一回ブラッシュアップするとさらに良い映画になっていた感もあるが、充分に渋いリアリティを感じるSF作品であった。



WOWOWにて









火口のふたり

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2019

荒井晴彦 監督
荒井晴彦 脚本
白石一文「火口のふたり」原作

柄本佑、、、永原賢治
瀧内公美、、、佐藤直子


映画は暫く観るの止めようかと思っていたところであるが、これまでやっていたことを止めること自体に抵抗があり、まだ暫く続けてみるような感じだ。かなり自閉が入っていることは確か。
ルーチンを変えたり、予定外の何かを入れるのが、苦手なのだ。

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とても助かるのは、この物語は主演の二人だけで演じられることである。これほどスッキリした映画はない。
わたしは出演者の多い映画は殊の外苦手で(苦手ばかり(笑)、特に外国映画の場合など、誰がマフィアで誰が警察か訳変らんということも少なくない。

柄本佑は、色々観て来たが、作品によってカメレオンみたいに変わる器用な役者であり、お父さんみたいな深みはまだないにせよ惹きつける魅力は確かにある。ここでは普段の彼がこうなのかな、と思えるくらい自然な力の抜けた感じであった。

瀧内公美は「グレイトフルデッド」で衝撃デビューしてその後観たのが「裏アカ」であり、何れも体当たりの激しい役であったが、これは体当たりという点では、同様の役である。(瀧内公美については、Wowowで予定にある『由宇子の天秤』が愉しみである)。
ただ、過去二人が出た作品と比べ、インパクトがあるかというと、特にない。
情交を繰り返すだけの噺だし。しかもAmazonやWowowであるとボカシが半端でない(かと言ってセルBlu-ray買う気もない)。
内容的に、新鮮味や衝撃を見つける類のモノではない。それからボカシが見苦しい。
所謂、ロマンポルノとかそういったジャンルの映画とそう変わりない内容ではないか。
ただ少し特別な設定といえば、ふたりがいとこ同士というところか。
何でもかなり若いころからそういう仲であったという。そのままでいたら結婚していた可能性もあったようだ。
その関係を止めて賢治は他の女性と結婚したが、今は別れて独り身でいる。しかもここ4年プー太郎ということ。

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ふたりの会話の中に東北の震災に関するものが幾度か出て来るが、直子の婚約者が自衛隊のお偉いさんということで、ちょいと添えられるレベルのものである。
災害や戦争があれば上の人ほど大変な責任で行動することになる。
結婚しても何かある度に大変なことになるはず。
その夫となる人との結婚式を火曜に控えて金曜に、直子にとって区切りとしたいのか、従兄を誘って情交に及ぶ。
或る意味、スリリングと言えばそうだろうが、直子はあっさり一晩で止める気でいたが、賢治の方は火がついてしまい、ズルズルつづいてしまう。火曜はいずれにせよタイムリミットで、結局ギリギリまで関係が続くことに。
とは言え、ふたりで駆け落ちしようなどという行動には出れない。そんな気持ちも無いのだ。
その日が気持ち良ければよいというレベルなのだし。

そして結婚式を挙げる日に、先方から延期の噺が来る。
非常に重大な秘密の任務を任されたとのこと。
直子が婚約者のパソコンを無断で開けてデーターを観ると、何と富士山が大噴火するという。
その為の、重要な仕事の指揮をまかされていると、、、これは確かに結婚式どころの話ではない。
ということで、直子はその縁は諦め、賢治とズルズルと今の関係を無し崩しに続けるみたいであった、、、。

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こうした噺は特に深まってゆく類のモノではない。
であるため、感動したり共感してみたり、何かの認識を得たりするものでは端からないものだ。
と言って詰まらないとかいうものではなく、主演二人の吹っ切れた演技で清々しさを覚えた。
この演技によって瀧内公美はかなりの賞を取ったようだが。
章で言えば、『由宇子の天秤』は、国内外で凄い賞を取りまくっていたはず(これは観てみたい)。


どろどろした情念を感じさせないあっけらかんとしてさらっとした雰囲気なのが観易かったが、ボカシだけはやめて欲しい。
ボカシを入れたところで、何がどう変わる訳でもない。
汚く見苦しくなり、作品としての質を落とすだけ。局所的な部分に注意を向けさせ下品である。




AmazonPrimeにて
















書くが、まま

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2018

上村奈帆 監督・脚本
桐口隆志 音楽
SWANKY DOGS「ワンダーライフ」主題歌

中村守里、、、松本ひなの(中二の女子生徒)
長谷川葉生、、、進藤有紀(養護教諭)
渡邊空美、、、城田芽生
梅田凛乃、、、森下音羽
松原瑚春、、、吉田ももこ
佐野代吉、、、鈴木将生
大根田良樹、、、山野浩一
富岡英里子、、、松本美帆(ひなのの母)


こっそりと叫び続ける人はいる。
それが誰かのもとに届くことはなくても。

しかしそれをのみこんでしまったなら、
明日も生きて行ける保証は無い。
そんな場所にいる人が想像できる。

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この新人女優さん上手い。
透明で自然で淡々として。
内閉して殻を作っているが、ちゃんと内語は紙上に書き付けている、妙にわざとらしくメソメソとかしない。
変な甘えのないところが清々しいのだ。虐められても凛々しく品格がある。
太田プロと謂えば、いくちゃんもいる事務所ではないか。
いくちゃんも早く主演してもらいたいな、映画で。問答無用で観る。

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ということで、本作であるが、ヒロインのひなのを虐めるボスの腰巾着の小柄な娘のいじめっ子顔がまず何よりも印象的。
印象的過ぎる。噺の流れを阻止するほどの邪悪さの濃い虐め顔なのだ。もう少し普通の顔で虐められないのか?
もしかしたら役作りし過ぎたのか。何事もほどほどにしてもらいたい。
他のキャストは皆、普通の感じの人であった。俳優ぽく無くて。

ひなのは人前で言葉が上手く発せられない。その言葉は全て、ノートに書き綴って来た。
そんな彼女に周囲は冷たく、虐めの対象にされる。
服を案山子に着せられたり、運動靴を隠されたり、、、
ノートを皆の前で読まれ、堪らず保健室に逃げ込むが、養護教諭が見る目のある人であった為、少しずつこころを開いて行く。

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養護の先生も登校拒否の経験があったそうだ。
先生の場合、言葉(ある時母のかけてくれたことば)で世界が肯定的なものになったという。
大切な言葉を発することが如何に肝心なことか。
相手がいない場合は、湧いて出て来ることばは全て書き付ければよい。
外に出せば、溜まらないし、身を重くしないものだ。
やがては表現に繋がるし、メッセージにも武器にもなる。
繋がったり破壊したり出来る。
先生はひなのを丸ごと受け容れ認めてくれた。
ひなのは初めて自分と自分の行いが肯定されたことを感じ、嬉しくなる。
この感情が大切なのだ。

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養護教諭が不倫で皆に攻撃対象にされたとき、ひなのも一度は裏切られたと感じたが、直ぐに彼女を救おうと動く。
自分の書いた膨大な量のノートをひっさげ、自分の贔屓のロックバンドのライブに行き、自分の言葉を音楽にしてもらう。
それを先生に聴かせて自分に正直に生きて貰おうと励ます。
ひなのが先生の手を引き学校の外に連れ出してゆく。
そう、共に外に出るのだ。
ひなのは先生を庇い、自分の言葉を周りに向って発する。
両者の解放に繋がった。

素敵な新人女優が出たものだ。
何より声が良い。

次は当然、いくちゃんでしょう。
わたしは待つ。



AmazonPrimeにて




さてこれから絵を描かなくては。




デリバリーお姉さん

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2016

二宮健 監督

岩井堂聖子、、、エリー
木竜麻生、、、マコ
柳英里紗
桜井ユキ
松山 愛里


今日はまず絵のコンセプトを考え、計画し大筋を決めたところで、お昼にして、その後、昼寝をし、TV録画を確認してからネットサーフィン(古、をしてから暫く読書して、映画どうしようかな、、、と思って何気なく観たのが、これ。

拾い物。面白かった。
「デリバリーお姉さん」という目の付け所が良い。ヒロイン二人がピッタリの演技で決めている。
スタイリッシュな撮り方でポップなロックビートとも相性が良くなかなか魅せる。
制服が引っ越しのバイトの人みたいで如何にも仕事に来たという感じ。

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3つのパートに分かれていて、一つずつなかなか微妙な真実味があってコミカルなテイストで愉しめる噺なのだ。
1:スタニスラフシステム
派遣されて、いきなり舞台女優をやらされる。台本など全く読んでもいないのに役をやらされる。
妙に芸術家ぶった監督が暴走して周りがついて行けないアングラ劇団に飛び込んで何だか感動的な場にしてしまう。
マコがダメダメ劇団を鼓舞してやる気にさせる。主演の柳英里紗が貫禄をみせていた。
2:結婚
女性の依頼者が自分の好きな男の家庭を崩壊させ、離婚に持って行き、その男とやり直したいというもの。
浮気のビデオを携帯に入れて奥さんに見せて、帰って来た夫の前で浮気を暴露してまずは2人の仲を裂こうとするが、、、
それでも二人でやって行くという奥さん。エリーが最後にブチ切れて依頼者にてめえでやれと怒って金を突っ返しておしまい。
3:海のエンディング
男子高校生が依頼者。彼女がいないのにダブルデートを承知してしまい、マコが制服を着てその相手に。
マコは、その場の雰囲気にノリノリで愉しんでしまう。皆で海を走ろうと提案。寒い中、波打ち際で遊びまくる。
エリーは今回は蚊帳の外で、不服であったが、とても感謝され、二人の結束は強まり、海でエンディング。

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何より出演する女優が良い。
(勿論、男性陣も癖が皆強く、それが強調単純化されていてアニメ調というよりグロテスクギリギリまで迫り面白いが)。
この物語は、女優で成り立っている部分は非常に大きい。
あの柳英里紗監督も出ていて引き締めているが、ヒロインの岩井堂聖子と木竜麻生の存在感が素敵だ。
全く似ていない二人の絡みが、ウキウキさせる雰囲気を作っている。
木竜麻生はTVドラマの「まどろみバーメイド」のヒロイン役が凛としていてとても魅力的であった。
「まどろみバーメイド」も本作に似て、テーマと設定を決め、そこに流し込んでゆけば噺はどんどん生成されてゆくタイプのものである。
岩井堂聖子は高橋 真唯で、かなりの映画に出ていたが、「妖怪大戦争」の川姫 役がビビットで何とも可愛らしかった。
ここでもピリッと辛いが優しい性格である(酷く面食いだが)。

使われているBGM曲もキャッチーでこの物語に合っている。
特にエンディングテーマとエンドロールの映像がシンクロしていて楽しい。
選曲は成功している。効果音も良い。

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これには続編”NEO”がありそれも是非見たい。
ヒロインのコンビは同じだ。期待できる。監督は代わっていた。形式が出来ているので問題ないと思う。
この形式なら噺はいくらでも生み出せると思うし、二人のヒロインの魅力でグイグイ行けるはず。
仕事と割り切りつつも身を入れてしまう姉御肌のエリーと如何にも妹タイプだが肝心な時には自分の考えをしっかり打ち出しその場をまとめてしまうシンは強いマコ。
役者の雰囲気~個性にマッチしている為、無理が無い。
続編一つだけでなく、シリーズ化しても良いくらい。”NEO”以降ないようで、残念。


製作がテレビ神奈川である。ちなみに「まどろみバーメイド」はテレビ大阪のようだ。
だからどうという訳ではないが、NHKやWOWOWドラマとはどことなく違う雰囲気がある(笑。




AmazonPrimeにて


*何と”NEO”は連続テレビ10話ものではないか!今見てびっくり。
その内観てみる。



絵を描く

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ブログ記事のかなりの年月を苦手な映画鑑賞にあててきた。
こうでもしないとわたしは自分から映画を観ない。
しかし本業の絵の方が全く進まなくなっている現在。
そちらの方で頑張りたい。

本もじっくりと読みたい。
シャドーワークが随分圧迫している現状であるが、やはりやるべきことはやらねば。
ということで、本、音楽、映画も時折、そして絵を描く。
こちらにシフトしたい。
だが、ブログに絵を載せるつもりはなく、では記事を何をテーマに書くかとなる。

これまでは、映画を切り口に自分の好き勝手なことを書いて来たものだが、何らかの素材なしにストレートに書くのはやり難いのだ。余りに生々しくなり過ぎるし。
恐らく読み難いはず。日記では。あるいはエッセイとか?それはまずない。
どうしようかな。

備忘録の役目もあり、毎日何かしら記事は書いておきたい。
一日中何も考えないなんてことは、無いのだから。
基本テーマは、感覚に引っかからないことを何とか書き記す。
知覚できないこと、身体ではどうにも認知できないことを認識するには、どうしたらよいのか。
手掛かりは絵だろうな。わたしの場合。

もしかしたらブログはこれまで通りのスタイルで行くことになるかも、、、

分からないが、自分の方向性だけは大切にしたい。



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いぬ

Le Doulos001

Le Doulos

ジャン=ピエール・メルヴィル 監督・脚本
ピエール・ルズー 原作

ジャン=ポール・ベルモンド、、、シリアン(モーリスの親友)
セルジュ・レジアニ、、、モーリス(強盗犯)
ジャン・ドザイー、、、クラン警部
ミシェル・ピコリ、、、ヌテシオ(ナイトクラブオーナー)
ジャック・デ・レオン、、、アルマン(ジルベールのボス、ヌテシオの部下)
モニーク・エネシー、、、テレーズ(モーリスの愛人)
ファビエンヌ・ダリ、、、フェビアンヌ(シリアンのかつての恋人、現ヌテシオの愛人)
ルネ・ルフェーブル、、、ジルベール(強盗仲間、モーリスの妻を殺害)
フィリップ・ナオン、、、レミー(モーリスの親友)
フィリップ・マルシュ、、、ジャン(モーリスの親友)
ポーレット・ブレイル、、、アニタ(ジャンの妻)


仁義」、「恐るべき子供たち」、「サムライ」のジャン=ピエール・メルヴィル監督の映画である。当然期待値は上がる。主演は、ジャン=ポール・ベルモンドだし、、、。

Le Doulos002

イントロ部分で、Le Doulosは帽子を意味するが隠語で、犬~密告者を謂うと説明が入る。
薄暗い画面だがコントラストは強く、非常にスタイリッシュである為、ビビットな印象が残った。
ゴダール映画のジャン=ポール・ベルモンドもここでは、とっても抑制の利いたダンディである。
(そういえば、アランドロンの「サムライ」の雰囲気に近い)。

こういった闇のギャングものを観ていつも思うのは、何てめんどくさい回りくどくて虚しい生き方だろうということ。
基本、独りで生きるのが一番。余計な気苦労がない。
出来る限り、独りのスタイルで行く方がよい。
(構造的にはこう組み込まれるとかいう次元ではなく、精神的に)。
組織で自分の生死を掛けて生きるとなれば、必然的に仲間に対して疑心暗鬼にもなろう。

ここでは、シリアンが”いぬ”ではないかと疑われる。
観ているわれわれもそのように導かれる流れが作られてゆくが。
実は、”いぬ”はテレーズであることが分かる。しきりにシリアンを警戒するようにモーリスに訴えていた愛人である。

Le Doulos004

モーリスは、服役中に妻が仲間のジルベールによって口封じに殺されたことを知り、シャバに戻ったところで彼を銃殺し金品も奪う。
金品とピストルは公園の街灯のもとに埋め、その場所は自分の怪我の介抱してくれたアニタにだけ教える。
シリアンの金庫破りの道具を借り、モーリスは、レミーと共に老人一人の邸宅を狙い金庫破りの楽な仕事を片付けに行くが、何故か警察に密告されたらしく、警官と撃ち合いとなりレミーは死にモーリスも深手を負う。気絶したところを助けられるが、テレーズから場所を聞き出したシリアンが彼を助けたのだった。

その後、テレーズは車ごとシリアンとジャンの二人で崖から落とされ絶命する。それを知って、モーリスはシリアンこそ”いぬ”であり愛人と友の敵として復讐を誓うが、クラン警部に逮捕され、獄中で知り合った先にシャバに戻る男にシリアンの殺害を依頼する。
しかしシリアンは、フェビアンヌにジルベール殺しはヌテシオとアルマンの仕業だと告げ、証人をでっちあげモーリスを無罪放免にする。更にヌテシオ宅の金庫にモーリスの盗んだ金品を入れ、モーリスとアルマンを分け前の取り合いの末の同士討ちに見せかけ殺す。これでモーリスの情婦にされていたフェビアンヌも自分のところに取り返すことに成功する。
ジャンの説明で、シリアンがモーリスの為、奔走したことを知らされるとともに、シリアンから自分が盗んで埋めておいた金を全て手渡され、シリアンを疑ったことを恥じる。
そしてシリアンが最後の仕事を片付け郊外に買った自分の家に帰ると言ってカフェを出た矢先に、モーリスにシリアン殺害の指示を同房で受けた男から決行の電話が来る。モーリスは豪雨の中、車を爆走させそれを止めに行くが、先にシリアン宅に入ってしまった為に、その男に撃たれてしまう。その後帰宅したシリアンはモーリスの姿に気づき、彼の最後の言葉「屏風の裏」を聴き取る。
屏風の後ろに隠れた男をシリアンは素早く撃ち男は倒れるが、絶命に至らず彼が死ぬ間際に撃った弾がシリアンの心臓を貫く。

Le Doulos003

死ぬ前に電話でフェビアンヌに「今夜は君に逢えそうもない」と語り、こと切れる。と同時に帽子が転がってゆくところなど、最後までスタイリッシュであった。

ともかく、きっちりと作り込まれた作品であり見応え充分であった。
しかし登場人物が多く、わたしはどうも向こうの人の顔が覚えにくいこともあり(名前もだ)、ついてゆくのが大変であった(笑。
わたしにとり、ジャン=ポール・ベルモンドの寡黙でクールな演技が新鮮であった。
セルジュ・レジアニ演じるモーリスは一途な日本ヤクザを思わせた(笑。


久しぶりにホントの映画らしい映画を観た気分。





Wowowにて










ローリング

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2015

冨永昌敬 映画・脚本
渡邊琢磨 音楽

三浦貴大、、、貫一 (権藤の教え子、おしぼり業者)
柳英里紗、、、みはり (情婦、元キャバクラ嬢)
川瀬陽太、、、権藤 (元教師)
松浦祐也、、、繁夫 (権藤の教え子)
礒部泰宏、、、田浦 (権藤の教え子)
橋野純平、、、船越 (繁夫の友人、工員)
森レイ子、、、容子 (権藤の教え子)
井端珠里、、、朋美 (権藤の教え子、芸能人)
杉山ひこひこ、、、黒木(事務所の弁護士)
西桐玉樹、、、野中 (元刑事、事務所顧問)
深谷由梨香、、、隣りの奥さん
星野かよ、、、ジュン (朋美の彼女)
高川裕也、、、広岡 (朋美のマネージャー)


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水戸市が舞台。と謂ってもそのなかで特にローカルな部分を切り取ったような所(笑。
茨木弁とかは特に聴けなかった。
堕落しきった人間の成れの果てをとことん見せるシュールな映画。
重くならない点がミソ。よくあるオフビートというやつか。乾ききってあっけらかんとしている。
古い日本映画だと情念の沼にどっぷり浸かり、もがく姿が鬼気迫ったりするが、、、。
女子更衣室盗撮でクビになった元教師に、キャバクラ情婦、隣の奥さん、いつも下らぬ話題でつるんでばかりの教え子たち、、、
売れっ子芸能人になっている女子の教え子の所属する事務所のこれまたズッコケぶり。
お抱え弁護士の悪徳さ加減、、、HDDを店のテーブルに叩き付けて壊そうとする警察OB顧問。
兎も角、敢えてちょっとまともと謂えそうなのは、お絞り屋の貫一くらいか(これも何とも言えぬが)。

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ズレたユーモアが随所で異様に光る。
「わたしはこんな姿になってしまいました」というからてっきり鳥の雛になったのかと思ったら、巣の方だった(爆。
まずナレーションが妙にNHKの教育TVみたいな口調でウケる。
タイトルのこけて歪んだレタリングも完全におちょくっている。
BGMもホラーテイストのある効果音として妙にフィットしていて独特な物語のテンポを支えていた。
柳英里紗のコケティッシュな魅力は、これらを見事に包含してまとめている。流石は後の監督。
教師を辞めさせられた男が教え子とバーで呑んでるというのも、神経が分からないがすっ飛び具合は分かる。
「立ち直れ厄介者」というドキュメンタリー番組に突然巻き込まれたり充分シュール。

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10年前に盗撮したビデオ映像がパソコンのハードディスクにまだ残っていたところから、撮った当人とかつての教え子たちで結託し芸能活動をしている女子の事務所をゆするという、もう落ちるところまで落ちたまねをする。
(ビデオには朋美がジュンと愛し合っている姿が映っていたのだ)。
そこで200万円をものにするが、すかさずそこの弁護士が怪しいソーラーパネル事業を彼らに持ち掛けてくる。
何かと水戸、水戸というが、水戸愛を持った地元の人は良く思わないのでは、とわたしが心配する事ではないが。

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元先生が余りの下衆の為、見限ったみはりは貫一 と恋人同士となる。
これは自然だが、相変わらずこの連中はつるみ続ける。この神経が分からない。
さっさと大金山分けして、他人になればよいものを更に皆で混沌としてゆく(笑。
被害者である朋美がわざわざ訪ねて来て、ビデオのコピーをネット上に流して欲しいという訳の分からぬことを頼んでくる。
理由は彼女の相手のジュンという子が誰の記憶にも残らなかった目立たぬ存在であったからだ。その子を皆に知って貰いたいというのが彼女の理屈である。そんなことをしたら彼女自身が破滅ではないか。
しかしその願いをきいてしまった者が出て、彼等はそろって身の破綻となる。
朋美は芸能界引退、ビデオをアップした者も含め金を受け取った連中は、事務所との契約を破った角で生命保険に入れられることに。損害を強制的に賠償させるのだ。

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繁夫はコピーを作った本人だがそれを渡した貫一の仕業と断定し発電機と延長コードを持たせた船越と共に、屋上に貫一を電気ドリルで追い詰める。片手には生命保険の証書を持って、お前も入れとドリルで威嚇し脅迫する。移動する度にコードが抜けてドリルが止まる。船越は延長コードと重い発電機を任され一苦労である。ギャグ以外の何ものでもない(スラップスティック)が、何とも微妙。
そして屋上の手摺に追い詰められた貫一であるが、バッテリーが切れて止まったところで逃げてしまう。
それに怒った繁夫は船越を責めて殴るが、それに逆上した船越にナイフでめった刺しにされ殺される。
何とも、、、。狂気の沙汰である。

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最後は一年後、野原で骨になった権藤が貫一たちに葬られる。小さい骨は鳥の巣作りの為に放置することにする。
「鳥の巣ぐらいが丁度いい人だったな。あんな人」と貫一。
「朋美が先生に感謝していた」と田浦は貫一に告げる。「感謝する人がいてよかったね」良い葬式である。
直ぐ隣にも骨が散乱していたが、それがだれの骨か、、、田浦は隣に住んでいた巨乳の奥さんだと謂うが、どうやらみはりのようだ。

まだまだ気になるところはあるが何とも言えない作品であった、、、。
音楽は絶妙。これ程のBGMは、なかなかない。




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惑星のかけら

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2011

吉田良子 監督・脚本


柳英里紗、、、和希(家の無い若い娘)
渋川清彦、、、三津谷(別れた女を追い続ける中年男)
河井青葉、、、ストーカーされる女


これも何とか映画祭の出品作らしい。
所謂、商業映画からはかけ離れた作品を最近よく観るようになった。
そして、もはや女性目線から撮った映画だからどうとかこうとかではないと思う。
こんな風な都会の寄る辺なき放浪者が一瞬寄り添い別れてゆくタイプの映画はかなり観た気がする。
深夜や夜明け前あたりの孤独感~そのトーンが全編を覆う。

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帰るところのない(行き場のない)彷徨う中年男と若い女性が出逢う。
彼女に捨てられた男と親に捨てられた娘。
男はまだまだ女に未練たっぷりでずっと追いかけまわしている。その女は新しい彼氏と仲睦まじく歩いているのに。
娘はずっと自分を捨てて出て行った母と父に対する捻じれた愛憎を深く持ち続けていて、家を失ったことで街をずっと彷徨っている。出て行った父を待つはずが、母が男を作って出て行ってしまった為か、その代償を求め誰かれ構わずわたしと一緒にいてくださいと頼む。危ないことこの上ない。自我さえできていないことが分かる。
似た者同士なのかどうかはさて置き、波長が合うのは確か。
男は昔別れた女性のストーカーであり、その娘と一緒に彼女の後をつけて回るが、結局諦める。

その男と家なき娘は一夜を共にし、よく朝が明ける前、男は姿を消し、娘は高架橋の上をエンディング主題歌を歌いながら歩み出す。
そしてバンドによるその曲が流れて終わり。

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柳英里紗はわたしが観た映画では「チチを撮りに」で長女役で出ていたが、映画監督に転身して活躍中だそうだ(監督作も観てみたい)。
渋川清彦という役者はよく色々な映画で独特の個性的な役を熟している。どれも温和だが癖のあるタイプで狂気を滲ませることもある。ここでは結構、病んでいるが。

設定で面白いのは、男がナルコプレシーなのだ。ひょんなところで眠ってしまう。
しかし街を独りフラフラしていて突然眠りに落ちてしまうのは大変危険だ。
若い娘の方も誰かれ構わず、わたしと一緒にいてくださいと夜の街で声をかけ危険極まりない。
ともに人との適切な距離が取れず、しなやかな関係性が取り結べないことが分かる。
デンジャラスでフラジャイルなコンビなのだ。次の何かを見出すまでは一緒にいた方が良いと思えるが。

結局、この娘は最初のうちはこの男に保護者的な像を投影して依存して行動を共にしていたが、この男が以前付き合っていた女から解放されず自立出来ずにいることから、自分とほぼ同格の存在であることが分かり寧ろ自分が労わってあげるべき相手という認識に変わる。それで男女の仲になる(僅かな時間、所謂ボーイミーツガール映画となる)が、男は出てゆき女は夜明け前の都会の空の下で何か吹っ切れた表情で歌を唄う、、、。

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分かるような分からぬような、、、(毒親による外傷経験はともかく)少なくともわたしにとっては、ほとんど引っ掛からない映画であった。
(青春ラブコメディでも時折、共感してしまう作品に出逢うものだが)。
柳英里紗女史主演映画をもう一つ見つけたので、明日観てみたい。




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ちょっと思い出しただけ

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2022

松居大悟 監督・脚本

池松壮亮、、、佐伯照生(照明係、元ダンサー)
伊藤沙莉、、、野原葉(タクシー運転手)
河合優実、、、泉美(照生の後輩ダンサー)
大関れいか、、、さつき(葉の親友)
屋敷裕政、、、康太(葉を誘う男、後の夫)
尾崎世界観、、、ミュージシャンの男
成田凌、、、フミオ(バー「とまり木」の客)
市川実和子、、、牧田(照生の先輩照明係)
國村隼、、、中井戸(バー「とまり木」のマスター)
永瀬正敏、、、ジュン(月命日に公園のベンチで妻を待つ男)
安斉かれん、郭智博、高岡早紀、細井鼓太、、、タクシー乗客


何でもないような日常を淡々と描くにしても、ちょっとした題材~テーマの選択と描き方がある。
ということを実感させてくれる作品であった。

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自分のタクシーに乗った客がトイレを借りに降りたほんの一時の間に、ちょっと思い出しただけの噺である。
別れてしまった、大好きな照生と過ごした6年の月日を彼の誕生日を軸に、現在からどんどん遡行して描いて行く。
とても愛しく甘酸っぱい日々の想いが押し寄せる。
最後にタクシーに客が戻って来た時が今現在。夜の覚めた街角。
そこは、かつてのダンサーであった彼氏が照明係として勤めるステージのあるビルであり、彼女も彼がひとり舞台でリハビリ稽古をするのをそっと覗いていた。
用を済ませた客を乗せる時、彼もまた彼女の車に気付き、目を潤ませ見送る。

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葉の客はなかなか豪華であった。
ここで安斉かれんや高岡早紀が出て来るか、、、である(笑。
彼女が一番行きたいところは、成田だと言う。分かる。それよりも遠くに行くと帰りが面倒。それも分かる。
ある意味、色々な客を乗せて(仮想)旅を毎日しているようなもの。
詩的な仕事でもある。(バスの運転手の詩人の映画もあったな)。
伊藤沙莉のタクシードライバー似合っていた(演技派を差し引いても)。

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このふたりの共演だから、結構アドリブなどもあったのでは、と思わせるところが散見された。
何でもない日常がとても自然に描かれている。
しかしこれを芝居でやるとなると逆に難しいのでは、、、。
まず主演二人の息が絶妙に合っていた。その上での軽妙なやり取りが惹きこまれるレベル。
個々に芸達者だけではこれは無理である。
脚本も良いのだと思われるが、役者は大事である。他の役者がやればまた違う味のものになろうが、この自然さが出せるかどうか。

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花火は特に過ぎ去り、もう戻ることは無い日々の郷愁を殊更に染上げるものである。
これは確か「閃光」にも同様のシーンがあった。
想い出の強度はこれだけでかなり保障される。
後は要素として必ず入るのは食事だろう。何をどんな風なシチュエーションで食べたか。
そのときの香りも含め、、、例のマドレーヌである。
花火は、わたしにも思い出があった。
とは言え、わたしの場合、過去の想い出は禍々しい嫌なものが多い。
(他に、月や水、動物~わたしの場合、猫の映像は残っている。一般的にそうではないか)。

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照生に密かに思いを寄せるダンサーを目指す女子大生に河合優実。
女子大生がとてもよく似合う。
葉が嫉妬するのはよく分かる(笑。
サマーフィルムにのって」の天文オタクの女子高生とはまるで別人の洗練された凛とした女子大生である。
このように変身すること自体が役者の醍醐味なんだな、とつくづく思う。
演じる自分が一番スリリングで実りある体験となっているのでは。
(役者というものの魅力が分かる気がした)。

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照生がダンサーで活躍しながらアルバイトをしていた水族館での深夜の逢瀬は印象的であった。
これは幻想的なシチュエーションとなろう。場所は肝心だ。
わくわくである。
人のいない時間帯、入ってはいけない無人の水族館でのテート。
これは特権的で非日常だわ。普段表に出てこない魚が気を許して顔を見せもする。
シロクマがイチャイチャしているのを神妙な表情で観ていた(笑。
見つかったらバイトクビかもだが、最高のデートスポットかも。

といったところで、思い出~記憶は特徴的な五感に訴える場所や物から湧き上がってくるようだ。
それぞれがそれなりの色彩~振動数をもつ。この粒が僅かな時間に弾け飛んでくる。
恐らく死ぬ前もわれわれは、そのような一瞬~時間を経験するのではないか。

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池松壮亮と伊藤沙莉でとても良い映画に吊り上げているのは分かるが、河合優実と國村隼もかなり大きい。
更に市川実和子と永瀬正敏の存在がピリッと効いている。
何気ない日常を切り取るにも精緻な描き込みと役者が肝心であることを思った。




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チェンソーマン1話.2話

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Chainsaw Man
2022

藤本タツキ原作
中山竜 監督
米津玄師「KICK BACK」オープニングテーマ
Vaundy「CHAINSAW BLOOD」1話エンディングテーマ
ACAね、「残機」2話エンディングテーマ

戸谷菊之介、、、デンジ
楠木ともり、、、マキマ
井澤詩織、、、ポチタ
坂田将吾、、、早川アキ
ファイルーズあい、、、パワー


凄く手が入っており、作り込まれているのは分かる。緻密で重厚な作画だ。
悪魔との闘いでは見慣れた感覚のCGが窺える。
原作とか全く知らぬが、「呪術廻戦」みたいな感じの闘いがみられるのだろうか。
(あれは変幻自在で迫力も凄かったからなあ)。

一話毎にエンディングテーマ曲が違うっていうのも凝ってるね。
最近のアニメは「進撃の巨人」や「セイラームーン」もそうだが曲がよく出来ている。
このアニメもとても歪んだサウンドで心地よい。
これは、次女のお勧めである。
(そういえば、「SPY×FAMILY」も1~3までで書いてその先を観てない。これも次女のお勧めであったが)。
あっちも見なくては。

Chainsaw Man002

ストーリーは凄く特別な設定だが、悪魔と魔人かはともかく、デンジの境遇が凄惨極まるものである。
自殺した父の借金を被り、内臓を売ったりしてどうにかその日暮らしをする極貧生活を余儀なくされていた。
チェンソーの悪魔ポチタと契約を交わしたことで、「デビルハンター」として何とか生計を立てるが、これもおぼつかない。
そんなある日、デンジは雇い主のヤクザの裏切りで殺害されるが、相棒のチェンソーの悪魔と(契約して)融合することで、人でも悪魔でも魔人でもない、チェンソーマンとなって強大な破壊力を身に付ける。ポチタの心臓を貰ったことで持病の心臓病からも解放された。

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夥しい数のゾンビの悪魔を圧倒的な力で殲滅するが、へとへとに疲れ腹ペコで失神寸前のところを、ゾンビ退治にやって来た公安のデビルハンターであるマキマに拾われる。差し詰めデンジにとっては聖母みたいな存在か。
初めて人間らしい食を味わい、衣食住において普通の生活も可能となり、近くにはマキマという美女がいるというところで、一度満足するが、上司のマキマから死ぬまで公安のデビルハンターから抜けられないことを告げられる。

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先輩の早川アキの下に配属され、ぶつかりながら、悪魔退治の仕事は始めるが、その仕事に対する拘りのない彼は、目標を恋人を作ることに決める。
そんなおり、マキマからバディを紹介される。魔人だが理性がある特殊な存在のパワーであった。
美女ではあるが人ではない。組んだ早々、魔人の彼女は、凄い力をもっていきなり悪魔を退治する。
(ちなみに魔人とは悪魔が死人の身体を奪って乗り移ったもので、頭が変形するという。パワーの頭には角が2つ生えていた)。
デンジは普段は普通の人間の姿で、闘う時に変身するため、かなり特異な例のようだ。

Chainsaw Man003

感情の起伏を抑えたセリフがよい。
人気声優アーティストの楠木ともりが魅惑的なオーラをバシバシ発するマキマを演じていた。
井澤詩織は「メイドインアビス」のナナチ以来か、、、。多分。
デンジの声優は新人だそうだが、キャラクターにフィットしていると思う。義務教育も受けていない役柄だが無難に熟していた。

オープニングの曲からエンディングの曲まで、スピーディに展開する無駄のない運びであった。
この先も楽しみにしたい。

Chainsaw Man005

今日は実は、もう一本観ており、それが「閃光」という「左様なら」の監督がその一つ前に撮った映画である。
もういい加減な男女が何となく逢いだるい生活を短期間共にして、別れるだけのホントにどうでもよい作品なのだ。
短編だが酷く長く感じた。
強いてよかった点を挙げれば最後のシーンであろう。
キャバ嬢の女は結局、帰ってこなかったが、アパートの窓際でいつまでも回想に耽る男の虚しくも物悲しい姿を表現したカットは、それなりに冴えていた。映像処理~演出の上手い監督ではある。だが、噺が何でもない日常を描くにせよ、余りにどうでもよいものである。観たくもないもの見せられて楽しい訳もない。こういうのホント止めて欲しい。



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サマーフィルムにのって

Summer Film001

It's a Summer Film
2021

松本壮史 監督・脚本
三浦直之 脚本
Cody・Lee(李)「異星人エイリアンと熱帯夜」主題歌

伊藤万理華、、、ハダシ(高校3年生。映画部、監督)
金子大地、、、凛太郎(未来から来た少年)
河合優実、、、ビート板(ハダシの親友、天文部)
祷キララ、、、ブルーハワイ(ハダシの親友、剣道部)
小日向星一、、、駒田(野球部補欠、録音)
池田永吉、、、増山(野球部補欠、録音)
篠田諒、、、小栗(デコチャリヤンキー、照明)
甲田まひる、、、花鈴(映画部、ハダシのライバル監督)
ゆうたろう、、、隼人(映画部、花鈴の相手役)
板橋駿谷、、、ダディボーイ(凛太郎の相手役、朗読力が売り)


伊藤万理華は乃木坂時代、彼女のマリッカ人形が楽しみだった。
ソロミュージッククリップもポップでキャッチーな、なかなかのものであったが、卒業後にリリースした「はじまりか」は感動モノの出来であった。「 あさひなぐ」などの乃木坂メンバーの映画でも上手な演技を披露していたが、深夜テレビの主演はほとんど観なかった。暫くわたしはインターバル置いてこれを観た。芸達者であることは分かっていたが、なかなかの個性派女優になっていた。
今後益々異彩を放つ貴重な女優になってゆく気がする。乃木坂では他にも深川麻衣女史、齋藤飛鳥女史が印象的な演技をしている。いくちゃんにもはやく映画主演をやってもらいたいものだ。

Summer Film002

さて本作であるが、思わず感動してしまった
ハダシ(伊藤万理華)は演劇部においてアウトサイダーであり、勝新太郎を尊敬する大変な時代劇ファンである。文化祭の発表も侍同士の決闘がある時代劇の台本を書いて提出するが、キラキラ恋愛もの至上主義の花鈴の台本にハダシ以外の票が全て流れ問答無用で発表演目が決まる。それに向けた準備作業と舞台稽古が始まるが、ハダシはどうにも乗れない。
剣道部のブルーハワイと天文部のビート板に愚痴りながら一緒に座頭市のビデオとかを観ているうちに、自分たちで部活の括りでなく一本時代劇を撮ろうという噺になる。急遽宅急便のバイトをしてお金を作り、学校の特技を持ったアウトサイダーをハントして臨時の演劇サークルを作る。主役には未来から時代劇を観にやって来た(隠れ映画オタク)凛太郎を強引に抜擢する。彼女の一目惚れもある。
凛太郎は何度も断るが、ハダシから出ないのなら撮らないと脅され出ることとなる。
映画は紆余曲折を経て完成するが、彼が出ている映画は残すことは出来ない。
(何でも未来ではハダシは映画監督の巨匠として称えられているのだが、処女作だけ失われているのだ。彼はそれを確かめに来たともいえる)。
作り上げたら彼は帰るしかなかった。終盤はかなり切ない。

Summer Film003

よく出来ており感心する。
ケチの付け所がない。
展開に無理はなくテンポはとても良いし、、、
青春恋愛もののウザさがない。
荒唐無稽な設定だが、爽やかで共感できる。

登場人物が皆、面白い。
端から面白設定の人もいるが、そうでない人も充分面白く、イヤミがない(ここが大切)。
自然に入り込んで行けるし、絶妙なくすぐったさが味わえる。
主演の女子トリオ効果は大きいものだ。脚本がしっかりしていれば、問題ない。
ライバル役のビビットな甲田まひると言い、脇を固める演者もとても印象的であった。
これくらい実力者が集まると良いものが出来る例でもあろう。

Summer Film004

「時かけ」みたいに、ここでも未来人がやって来るが、、、それはそれでよい。
(彼の謂う未来像がもう少し顕になるとより興味深いところであったが。映画がもう存在しないとか)。
所詮、あんなシリアスな感動モノではなく、オタクがオタクに逢いに来ましたというだけのもの。
それでもよく分からないが感動できてしまうところは凄い、と言いたい。
こうやって部活を頑張るを超えた、個人的趣味をやり抜く喜び、これは年齢に関係なく大事にしたい。
わたしも趣味に生きているが、常に時間が足りない。満足な結果を生まないし、やり足りなさを常に感じている。
修行が足りないのだ。そんなことを言ってるうちは、、、。

Summer Film005

自分~自己意識が消えてしまうくらい没頭すれば、時間など関係ない境地=場に至ることが出来る。
ここでも撮る時間が足りなくなったところで、ライバル花鈴のチームの応援ですんなり撮り終える。
深く入り込めば、その垂直性が異なる場を形成する。
濃密な時間~固有時を生きることが出来る。
そうありたい。

Summer Film006

最後の伊藤万理華の殺陣がやたらと決まっていてカッコよかった。
やはりもってる人だねえ。
ブルーハワイ(祷キララ)のハダシの趣味の時代劇も好きだし剣道部であることから殺陣指導もしてきたが、実はキラキラ青春恋愛ものも大好きというのも面白い。
花鈴チームの倒れた役者の代役で出て、やんややんやの喝采を浴びて、自分の趣味が両方とも充たせてご満悦なのも可愛らしかった。今回、とても普通な役だ。

Summer Film007

3回立て続けに祷キララ女史の出演映画を観たが、今日のものが一番良い。普通の演技を無理なくやっていて。
そして、河合優実というクレバーな若手女優を知った。
ホントに女優は層が厚くて、ちっとやそっとでは役が回ってこないよね。大変だわ。
こんなに優秀な人が多いと。
ともかく、いくちゃんに早く映画主演をやってもらいたいものだ。すでにミュージカルでは凄いけど。




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左様なら

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2019

石橋夕帆 監督・脚本
ごめん 「左様なら」原作

芋生悠、、、岸本由紀
祷キララ、、、瀬戸綾
平井亜門、、、飯野慶太
日高七海、、、安西結花
夏目志乃、、、河野愛美
白戸達也、、、相馬大地
石川瑠華、、、松井美優
大原海輝、、、高橋修平
武内おと、、、木下恵里菜
森タクト、、、阿部朔太郎
安倍乙、、、関根美穂
こだまたいち、、、忍野皓太


Twitterに掲載された漫画が原作とのこと。SNS時代ですなあ。
海辺のシーンが多い、、、。
波打ち際のトワイライトゾーンが一番真実に近づける。

まず気付いたのは、クラスの生徒が皆同格に描かれていて、それなりの力関係は勿論生じているにせよ、そこに価値や意味を被せていない。大袈裟で何やら特定の価値観を秘めた描き分けを排除していた。
ただそれぞれの違いを均等に描き分けていると謂える。

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これだけ何気ないクラスの生徒たちの様子を漠然と描くことに当てている映画はほとんど観たことがない。
必ずヒロインが克明に浮き彫りにされてその周囲を固める人物たちがその重要性~カースト順位で無駄なく描き分けられてゆく。
普通は、虐めのボスは如何にもそれらしく、やられる子もそれらしく、意味や価値をしっかり宛がわれた描き方になるものだ。
ここでは、指図をしたり、傍観してたり、虐められていたり、ハブにされていたり、パシリにされている子たち誰もが同格に描かれている。
先生に対してもである。
そのなかから、2人のヒロインと思しき生徒もそれとして浮き上がって来る。
ありきたりな日常の光景のなかに、それほど特別な子としてではなく。

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作者~監督の意図を感じるところだ。
この時期は特に、現実感が希薄で、、、。
(わたしもかなり、ぼんやりと過ごしていたものだ)。
特別何もなく、漠然とした将来を控えたクラスの空間に軋みが生じる。
綾が突然亡くなるのだ。
事故とアナウンスされるが、海辺で由紀に新しい父が転勤だから引っ越すと言っていた翌日のことであった。
憶測も飛ぶ。自殺じゃない?意地悪女子が怪しい噂を広める。だが、やはり何に対しても関心の薄い環境である。
机の花も知らぬうちに置かれなくなっていた。
綾がもともと超然とした凛とした子であり、由紀以外に親しい友達もいなかったこともあるか。
しかし綾に密かに恋心を寄せていた男子もおり、或る意味近寄り難い存在であったようだ。

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綾に対する悪口には、由紀も毅然とした態度をとるが、それによってハブにされても飄々と過ごしている。
由紀にも告白して来る男子がいるが、一定の距離を彼女は保っていた。
綾との関係が何であったのか~けじめが自分のなかでつかないでいるのだ。
ライブに誘われ、気を晴らしもするが、、、。
海辺で、綾の幻を見る。彼女は由紀に自分の葬儀で涙を見せなかったことを責める。
由紀の彼女に対する潜在的な罪悪感の現れであろう。
大切な親友が突然消えたことに対する実感が(現実感の薄い意識にとり)どうにも持てないこともあろう。
由紀を心配する男子が海辺で彼女に綾と同じことを聞く「お前、綾の葬儀の時に泣かなかったよな」
綾にも同じこと言われたと由紀は、ここで初めて泣く。

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そう、現実に~自分の心に向き合い、感情が溢出することが肝心なのだ。
生が更新される。
目が覚めるし、新たに行動も起こせる。

昨日「ドレッシング・アップ」に引き続き、祷キララ女史が出ていたが早々に亡くなっていた(残。
ひらいて」の山田杏奈の相手役、芋生悠がフルに頑張っていた。





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ドレッシング・アップ

Dressing Up006

Dressing Up


安川有果 監督・脚本
松野泉 音楽

祷キララ、、、桜井育美(中学一年生)
佐藤歌恋、、、長谷愛子(育美のクラスメイト)
渡辺朋弥、、、本多まこと(育美のクラスメイト)
鈴木卓爾、、、桜井友則(育美の父、広告デザイナー)


とんがっていて、ヒリヒリしていて、寄る辺なく。
夢か現か判然としないボーダーを揺れ動きつつ無意識的な原風景に触れ覚醒するような、、、
実験性に富んだ意欲作だと思う。
何とも謂い難い魅力を覚えた。

Dressing Up005

これもどこぞの映画祭で上映されたものなのか。
自主製作映画に見られる良い部分が窺える。
キャストが皆、生々しく痛々しいのだ。抑えきれない衝動を抱え込み。
言っていることが良く分かる。
掲げたテーマを描き切ろうという意志が窺えるものだ。

Dressing Up004

基本的に登場人物は女子中学生の育美とその父と育美の親友の愛子と虐められ子のまことである。
父子家庭の育美と彼女の通う極普通の学校である。
育美は父に母のことを聞きたがるが父は仕事にかまけてなかなかそれに応じない。
だが、娘へのプレゼントはこまめにしている。
娘の謂うように、直接的な真っ当なコミュニケーションを避けているようだ。
母の噺をしたくないのは分かる。

Dressing Up003

終盤の育美が母を知る謎の男性が惨殺されたニュースを観てから、何かに導かれて彷徨う、山伏修行を思わせるような怪しい光景に変ってゆく展開が面白い。
男性には得体の知れない獣に襲われたような傷があったと。
得体の知れない獣とは、、、。
この参道に入ってから夢か現か分からない場所に彼女は入り込んでしまう。

印象的だったのは、そのトワイライトゾーンの果てで目にしたバンガローみたいな家で父と死んだはずの母が対話しているのを育美が盗み見るところ。
ただでさえあり得ないシーンだが、その母が残虐なクリーチャーと化すのだ。
育美はそれを確認~しっかり見届けようと母のもとに近づいてゆく。母を知りたい、、、。
父は血を流し倒れている。
育美と母は暫く抱擁するが、ことばを交わすこともせず(ことばも交わせず)、娘はエイリアンと別れるように(少し後ろ髪を引かれるように)離れてゆく。

Dressing Up002

目が覚める。父も寝ていた。これで彼女は吹っ切れる。しかし二人とも首筋に生々しい傷があった。
これまで幼いときに母を亡くし、ただ幻想を膨らませ美化してきた母と彼女の日記と描いた禍々しい絵から推察できる母の心象を含めた母の全体像~実像に触れ、そのとても相いれない他者性を認識し、同時に父との関係も見直すことが出来たのだと思う。
(育美も母のようにあと少しで人間でないものへと変貌していたかも知れない)。
フリースクールで描いていた絵にもそれがはっきりと表れていた。
更に以前は将来の希望など語れなかったものを、今は読み上げてるのだ。

自分を捕えて離さなかった(母を意識し続けることから生じた)破壊衝動と凶暴性を手放すことが出来た。
そして彼女を公立普通中学にいられなくさせた、親友への傷害事件に対する謝罪を自らしに彼女の家を訪問するのだ。
これで彼女は自らが深く囚われていた闇から解放された。いや昇華したのか。何れにせよ彼女を脅迫するものが消え去った。
契機(確率)である。あの夜の迷い込みだ。
それはそれまで蓄積され冗長性のうちに変化の見られない状態がしばらく続いてゆくが、ある時忽然と相転換する。
そんな飛躍は必ずある。
全ての事象は波のように連続するものではなく、粒状にジャンプするものだ。

Dressing Up001

お父さん、良い味が出ていた。
ひとつだけ、イメージ~比喩的にクリーチャーを浮かび上がらせるギミックはとても良いと思ったが、それそのものを出してしまうと逆にそれの醸す効果も意味も貧しくしないか、、、その点だけ気になった。

わたしの大好きな、随分のめり込んだバンドThe Cureに”Dressing Up”という曲があり、先ほど聴き入ってしまった。
この物語にも交差するところがある。



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数多の波に埋もれる声

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2015

宗野賢一 監督・脚本

宮下ともみ
南条弘二
井川哲也
酒井勇樹


商業映画ではなく、「ゆうばり映画祭2016」で上映された映画だそうだ。
AmazonPrimeでなければ、ちょっと見られない作品か。
自主製作ぽさもあり、こういうのも良いものだが、、、。

ハードボイルドなタッチで描かれる逃走劇という感じか。全体を覆うトーンとやさぐれたモーツァルト好きなドライバーと逃げて来た水商売の女。この登場人物で、雰囲気的にスタイリッシュに決めたいというのが伝わる。そう、恰好を決めたいのだ。それで見せたい。
そういう映画だ。とても分かり易く、既視感たっぷり、というより内容はどうでもよい。話自体いい加減で破綻してるし。

訳アリの個人タクシー運転手の車に、今しがた暴力オーナーを殺してきたデリヘル嬢が乗り込む。
お金なら幾らでも持ってるから、車をずっと走らせて、と言い夜を通して走らせる(端から有りがちなパタン)。
このままいろんなところを走り続けながらホテルやダイナーなどで様々な物語が生まれ、主人公たちが危機を乗り越え解放されるとか、ロードムービーとして面白い展開もあったかもしれないが、お金が尽きて都内に結局留まることに(それはそれで現実的で良いが)。

ニュースや新聞などのメディアでは、顔入りで大々的に放送されているし、ヤクザが彼女を追って来る。
通報もあろうし警察の方が普通先だと思うが、顔見知りのヤクザが何度も彼女を捕えようとするところを辛うじて逃げてゆく。
タクシードライバーもこのヤクザの顔には思い当たるものがあった。どうやら彼が探していた男のようだ。
自分のチンピラヤクザの弟が、足抜けしようとして(またはへまをして)組の人間に殺されたのだが、その男が犯人の似顔絵にそっくりであった。(警察が兄に捜査資料を渡すくらいだから、一般にもその顔は配布され捜査対象となって久しいはずだが、堂々とこのヤクザは巷で暴れている。警察は何してるの)。

ともかく、人間造形がペラペラなため、場面をそれらしく作ってみても何の緊張感もない。
環境的に劣悪なところから逃げて来たにしては何ら疎外感も見られず、3歳児が駄々をこねてるくらいのもの。
こうした物語の要請する反逆(社会~環境に対する)や自己解体の過程が微塵もなく、彼らはここにも出て来たマネキンみたいだ。
基本となる世界観が、まるで見えない。
殺伐とした乾いた風景のもと、シニカルな男とファム・ファタールとの邂逅みたいなフィルム・ノワール的なところに狙いがあるのかしら、と思うところ、、、だが、完全にコケている。構図的にもトーンにおいても。
車に乗って男女で走ると言っても、昨日観た映画とは凄まじい距離がある。
まず人が描けてないのだ。余りにも。内面描写やことばを一切なくしても、それは描けるものだ。
映画に疎いわたしでもそれは分かる。
最初からその辺が念頭にないことは明白。その結果、なにやらハードボイルドぽく見えちゃってるみたいな。

結局、運転手は女に纏わりつく弟の仇をピストルで射殺。
警察に追われているのに大衆食堂(一番目に付くところ)で呑気に焼きそば注文しているデリヘル嬢。
丁度そこで食事を済ませたタクシードライバーが(ご都合主義)、その娘の分も支払って出てゆく。
彼の犯行は誰にも気づかれてないのか。
その彼に気づき笑顔で後を追ってゆく彼女、、、。
って、警察は何してるの?

通常、このデリヘル嬢掴まるのは時間の問題であるから、正当防衛で争う準備を整えた方がよいはずだが。
まずは、弁護士だろう。
やさぐれドライバーではなく。
終わり方も余りに酷い。せめて二人とも銃で撃たれてハチの巣になってもらえば、多少は締まったと思うが、その手の映画も多すぎる(苦。

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予算のないことは分かるが、この映画祭がどういうものなのか知らぬが、そもそも商業映画ではないなら、監督はもっと実験的なものをぶつけてこないか?
独りよがりも困るが、1時間ものの呑気なテレビドラマを映画風に撮ってみたみたいになってしまい、どうだろうか。
しかもテレビドラマ程の内容がまるで無い。
題が思わせ振りで良いのだが、、、。



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ドライブ・マイ・カー

Drive My Car001

Drive My Car

濱口竜介 監督・脚本
大江崇允 脚本
村上春樹「ドライブ・マイ・カー」『女のいない男たち』所収 原作
石橋英子 音楽


西島秀俊 、、、家福悠介(舞台演出家)
霧島れいか 、、、家福音(悠介の妻、脚本家)
三浦透子 、、、渡利みさき(ドライバー)
パク・ユリム 、、、イ・ユナ(舞台俳優、コンの妻)
ジン・デヨン 、、、コン・ユンス(プロデューサー)
ソニア・ユアン 、、、ジャニス・チャン(舞台俳優)
安部聡子 、、、柚原(プロデューサー)
岡田将生 、、、高槻耕史(舞台俳優)


久しぶりにじっくり腰を据えて観る映画であった。
上映時間は長めであるが、全く長さを感じさせない。
無駄がまるでない。非常に緻密な吸い寄せられるようなそれは見事な脚本、演出であった。
これほど深い味わいのある映画は何年ぶりだろう、、、。
(最近の邦画では珍しい)。
光景を清め走破する赤いサーブ 900 ターボのひたすら美しいこと。

Drive My Car002

『女のいない男たち』は未読。
広島を主舞台にする。
みさきに案内され家福が訪れたごみ焼却施設が印象に残る。
その広島市中区吉島のごみ焼却施設は、原爆ドームと原爆死没者慰霊碑を結ぶ平和の南北軸の延長線上にある点。
平和の軸線を遮らないよう建物の中央を吹き抜けのデザインにして海まで届かせる、その景観に圧倒された。

この映画ロケーションが凄い。
車が良い。赤いサーブ 900 ターボ(スウェーデン)である。
このクラシックな車の走る真っ直ぐに伸びる道や夜景、雪山全てが絵なのだ。
舞台の間の専属ドライバーとなったみさきが、この車大事に乗られているのがよく分かって、わたしも好きですと言っていたが、如何にもそれが滲み出ている車であった。
その車の中で、家福は、妻に相手役の台詞部分をカセットテープに録音してもらい、自分の台詞でそれに答えながら台本を覚えてゆく独特の方法をとっていた。

Drive My Car003

多言語演劇は、上にあるスクリーンのテロップ読まないと話の内容が分からぬ点で、ちょっと集中し難くないか心配した。
韓国、台湾、フィリピン、インドネシア、ドイツ、マレーシアのキャストで構成される舞台劇。
ここには手話すら含まれる。
となると、もはや理解は言語に頼るべきではない、ということか。
確かにことばは心許ない。いやことばで失うものが怖い。沈黙のままやり過ごしたい。これは分かる。
チェーホフである。やはりことばの意味は確認したい(笑。

Drive My Car006

音は、家福とこころから愛し合っていたが、他の男の肉体も必要としていた。
娘を肺炎で亡くしてから全ての歯車が狂ってしまっていたようだ。
(ドライバーのみさきが丁度娘が生きていれば同じ歳であった)。
この現実から彼は逃避を試み、結果的に音も死なせてしまった悔恨の情に苦しんでいた。
音が死んだ日の朝、彼女が決意を込めた様子で帰ったら話したいことがあると言っていたことが怖くなり、直ぐに帰宅しなかったのだ。音は果たして何を告げ知らせようとしていたのか、永遠に聴けなくなったこの事実は時と共に重みを増すだろう。
同様に地滑りで家を圧し潰されたみさきも母の救出のタイミングがあったにも関わらず動けずにいて結果的に母を死なせてしまう。
(虐待を続ける水商売の母が自分の送迎の為に、みさきに車の運転を叩き込んだのだった)。
彼女はこの時の災害で負った頬の傷はわざと残したままにしていた。
深い傷を秘めて生きる人間は少なくないものだが、ふたりは似ており、引き合うものがあった。
ふたりの動けなかった訳は共感できる。

Drive My Car004

しかし前に進むには、自分自身のこころとしっかり対峙する必要があった。
これは、家福が音との不倫関係にあったと信じている高槻の諭すところでもあった。
その時は素直に受け入れることは出来なかった家福である。
しかし高槻が傷害罪で逮捕され舞台に穴が開き、自分が代わりに出演するかどうか決断を迫られた時、みさきの故郷に行き互いに、母と妻をみすみす殺してしまったことを打ち明け合うことで感情が解放され、はっきりとこころに向き合う。
やはりことばで、はっきりと対峙し意思を伝えあうしかないのだ(なかったのだ)。
そうしなければ後悔にずっと苦しみ続けて生きるしかない。
舞台は主役の高槻の代役を家福が見事に果たし、それを客席でみさきが見守っていた。

Drive My Car005

みさきが家福の車に犬と一緒に乗ってスーパーで買い物をたっぷりして笑顔で帰ってゆくエンディングであったが、みさきの頬からは傷も消えていた。
再生がテーマであったか。わたしもあやかりたい(笑。

岡田将生が頑張っており際立っていた。狂気すら感じられる。
西島秀俊は、流石に安定していて、安心して任せられる。
三浦透子が凄味があった。若手女優にはホント才能のある人が多い。
音楽(特にエンディング)も素晴らしく、稠密な時間であった。





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リザとキツネと恋する死者たち

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Liza, a rokatunder
2015
ハンガリー

ウッイ・メーサーロシュ・カーロイ 監督・脚本
バーリント・ヘゲドゥーシュ 脚本
アンブルシュ・テビシュハージ 音楽

モーニカ・バルシャイ、、、リザ(30歳の女性)
デビッド・サクライ、、、トミー谷(日本人歌手の幽霊)
サボルチ・ベデ・ファゼカシュ、、、ゾルタン(警官)
ガーボル・レビツキ、、、ゾルタンの上司
ゾルターン・シュミエド、、、ヘンリク(プレイボーイ)
ピロシュカ・モルナール、、、マルタ田中(元日本大使夫人)


とても面白かった。1970年代のブダペストが舞台、らしい。それにしてはあり得ない明るさ。
このポップな明るさが日本の妖怪狐~宇宙人の醸す場なのか、、、。
リザという30歳女性が日本歌手トミー谷(幽霊)のファンで、彼の姿が見え、彼と彼の歌を唄ったり踊ったりするのを愉しんでいた。
彼女は、日本語も話せる日本贔屓の女性で、大人しい内向的な人である。
トミー谷もそんな彼女にぞっこんで近寄る邪魔者をあっさり殺してしまう。
いつもノリノリでマイクを持って現れる。
これが始末に悪い。
当然彼女が疑われるのだから。

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トミー谷に息を吹きかけられ殺される人間は、「死者」とテロップが出る(笑。
(日本映画の影響らしい)。
マルタ(日本大使夫人、最初の雇い主)
カーロイ(食にこだわる)
ゾルタン(巡査)
ルドヴィク(戸棚に入る男)
ヘンリク(不実なプレイボーイ)
、、、

以上、ちょっとだけすれ違った、居合わせた類の人も含め、、、かなりの死者。

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ヒロインが何とも儚げで清楚なミニの白いワンピースが似合う日本人ウケの良い女性。
親近感がある
日本語が何とも、、、。舌足らずで可愛い。
スンガチとタナエの物語、、、何の事?キツネとか宇宙人呼ばわりされる。
彼女に関わる人が直ぐに死んでしまう為、凄くナーバスになるが、、、。
日本のお伽噺とか読み、純粋で無私の愛により呪いが解けると信じている。

印象的だったのは、、、
夢の中で、那須を舞台に妖怪狐(着物姿)で相手は侍のゾルタン、セリフが日本語の悲恋物語を演じている。
BGM 尺八の江戸の子守唄「ねんねんころりよ おころりよ」が流れ、、、。
ひょっとしてこれしか日本の伝統的な歌知らないのかな。
トミー谷の唄うポップスはちょっと北欧ポップ(渋谷系も)絡んでいて面白かった。

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リザに近づく者をトミー谷が次々に息を吹きかけ殺害してしまう。
リザの身辺には死者ばかり、、、。その寂しさと恐怖と不安から彼女にしか見えないトミー谷を呼ぶ(悪循環)。
警察も彼女を逮捕しようとするが、決定的な決め手がない。
ゾルタン巡査を上手くやれば刑事にしてやると言って彼女の家に下宿させ、監視させる。
ゾルタンはいくらトミーが息を吹きかけても怪我をするくらい。
彼女の家の修繕などをコツコツとやっている(無償で)。

リザは、メックバーガー(おまけ付き)に行き、いつもお食事。
プレイボーイのヘンリクが自分にとって運命の人だと勘違いして付き合いだすが、、、
彼は全く不実でだらしない男であった。
不倫を重ねているうちに彼もまた、雇われた殺し屋に殺害されてしまう。
悉く関わった人間が死んでゆき、耐えられなくなった彼女は大量の睡眠薬を飲む。

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自殺を図り昏睡状態の悪夢の中にヘンリクが現れるが、彼の言葉は皆信用できなかったことを悟る。
次いでトミー谷現れ、本来の死神の姿を見せる。
彼は、リザが死ぬことで自分のものにしようとしているのだった。
トミー谷の日本語の告白がなかなか味があった。
それを聴くうちに呪いというより歪んだ妄想が晴れてゆき、彼女は悪夢から解放されてゆく。
実は、彼女を守り、陰で人知れず修繕などをやってくれていたのがゾルタン巡査であったことに思い当たる。
その頃、ゾルタンがベッドにぐったり横たわった彼女を助けに駆けつけるのだった、、、。
彼はこれまでの怪我や骨折で満身創痍。
トミーの妨害にもめげずやって来て、「おはようございます」と耳元で彼女に呼びかける。にくいね。

Liza005.png

それから10年後、、、日本の那須に娘と三人で旅行。
相変わらずトミー谷は付き纏っていた。
その為、ゾルタンの怪我も絶えない。
だが彼女は生涯の伴侶をみつけ幸せだったとさ、、、である。

エンディングの歌も日本語の歌。
全ての日本語曲がオリジナルだ。
なかなかのもの。いい感じの不思議ポップ映画。
兎も角、良かった。




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ブラックシープ

Black Sheep001

Black Sheep
ニュージーランド
2020

ジョナサン・キング 監督・脚本

ネイサン・マイスター、、、ヘンリー・オールドフィールド (羊恐怖症)
ダニエル・メイソン、、、エクスペリエンス(環境保護活動家)
ピーター・フィーニー、、、アンガス・オールドフィールド(ヘンリーの兄、新しい羊の品種を開発する実業家)
タミー・デイビス、、、タッカー(ヘンリーの親友)
オリバー・ドライバー、、、グラント(エクスペリエンスと共に活動する環境保護活動家)


CGによる安易で見飽きたVFXに頼らいないところは、好感は持てた。
メイクと着ぐるみで頑張る古典的な怪奇ものだ。怪奇大作戦なんかを彷彿させて嬉しかったり。
だが終盤一気に脱力する下ネタとジョークがハッピーエンドなどどうでもよい気分に落ち着かせる。
なかなかの新鮮さはあった、、、かどうか、、、特に気にするところでも無いか。

Black Sheep007

気の抜けるモノが見たくて探したら”羊ホラーもの”というのがあった。
これまでに見ない斬新なジャンルだ。
のんびり笑えそうな気がしたので、観ることに、、、。
期待せずに観たが、その下を行く出来映えであった。
噺がこれではねえ、、、。

兎も角、妙な科学実験で羊が狂暴化して人を襲い、噛まれた人も狂暴なクリーチャーと化すか、そのまま羊に食べられてしまうか。
確かに獰猛な肉食羊は新鮮味はあったが(これが所謂、羊の皮を被ったオオカミなのか?)
羊恐怖症のヘンリーの兄アンガスの会社の研究~実験から生まれ出た羊であった。
何でこんな研究をやってるのかさっぱり分からないが、主人公の野心的な実業家である兄が、新しい羊を人工的に開発し、それで大金儲けを企んだことによる。だがその羊をどう売り出すのか、新たな品質~ブランドの羊毛作りの為なのか、何を狙ってるのか、どうもよく分からなかった。兄と共にしていた真っ白羊は何であったのかも謎のまま。
分からないことは多い。間が抜けてるし。流れに沿うのが難しい映画ではあった。

Black Sheep004

兎も角この映画の肝は、噛まれた人間が狂暴な羊と化しまた人を襲うのだ。そのまま骨になるまで喰われてしまうケースもあり、その時の羊の腹の減り用によってどちらのコースか決まるみたい。
ほぼゾンビの羊版であろう。
噛まれた主人公の友人タッカーが、ブーツを脱いだら羊の足?!
恐ろしい(笑う場面ではないが噴出してしまった)。
今日は朝から面倒なことばかりで気が重かった為、少しだけ救われた気分にはなる。

Black Sheep006

狂暴化した羊から逃げてヘンリーとエクスペリエンスは暗い洞窟へと逃げ込む。
「メ~エ~、メ~エ~」「おい!何かいるぞ!」、、、ってそれ羊じゃない?羊から逃げて来たのよね、、、大丈夫か?
羊の群れに追われるというのは、一見良い羊か悪い羊か顔だけでは見分けが付きにくく、そこが不気味ではある。
「もうダメ、もう行けない。」「君は木だ。そうだ、おちつけ。」、、、アロマ焚いたりして、落ちつきすぎないか。
少なくともシュール過ぎる。
環境保護運動家のエクスペリエンスがやたらと風水、ヨガ、アロマ、ヒーリング、スピリチュアルな趣味を披露する。
「京都議定書」がどうだとか言っており、初めの頃は、羊虐待及び環境破壊しているアンガスの弟ということで、敵対的であった彼女であるが、行動を共にしているうちに徐々に打ち解けて来る。

Black Sheep005

兄は農業やっていると謂うが、牧畜とは違うの(家畜を人工的に養育して数を増やしてるんだし)?
それからこの狂暴化は、副作用なのか、研究の失敗した結果なのか、事故なのか?そもそも実験自体が何であったのか。
本来の目的を何らかの形でこちらに示して欲しい。

ここがぼくの故郷、、、ぼくの原風景だ。
いつの間にか仲良くなったヘンリーはエクスペリエンスに呑気に寄り添い良いムード。
アプローチをかけていた。

かと思うと、兄も噛まれてタッカーも変身していたが、兄も手を噛まれて変身である。
しかし二人とも実験室の血清で人に戻る。
ヘンリーも噛まれたが、その血清で発症が抑えられる。
そして人に戻った兄だが野望はそのまま妙な具合にエスカレートし、羊たちに身を捧げ食べられてしまう。
呆気にとられる他の人々。
残りの羊たちは、ヘンリーたちが薬で元に戻してゆく。

Black Sheep003

最後に下ネタからはじまり羊のオナラ(メタンガス)で、モンスター羊と兄もろとも吹き飛ばす。
全てが済んだ安堵感、、、これは何なんだ。





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陽光桜 -YOKO THE CHERRY BLOSSOM-

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2016

高橋玄 監督・原作・脚本
ベンジャミン・ベドゥサック 音楽
ザ・ブルーハーツ 「終わらない歌」主題歌

笹野高史、、、高岡正明(農業家、「伯方の塩」初代社長)
的場浩司、、、高岡正堂(長男)
宮本真希、、、高岡恵子(正堂の妻)
長谷直美、、、会田キヨ子(恵子の母)
野村宏伸、、、近藤(愛媛新聞記者)
ささの翔太、、、若き日の正明(青年教師)
川上麻衣子、、、近藤静香(近藤の妻)
風祭ゆき、、、高岡艶子(正明の妻)


実在の農業家、高岡正明氏の非戦を願い、世界中何所でも咲く強い品種の桜を生むために格闘する半生とそれを支える為に奮闘する家族の物語をユーモアを交えて描く。
キャストがとても良かった。
桜を生むまでの流れは説得力あったが、もう少し多面性を見せて貰いたかった。
人格のデフォルメは程よいところに思えたが。

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愛媛県の山間部にある町が舞台。
「お国のために戦ってこい。このサクラの木の下でまた会おう」
教え子を戦地に送り出したが帰って来た者は半数にも満たなかった。
高岡正明は、世界中すべての戦争をなくすことを誓い、桜の品種改良に余生を費やす。
試行錯誤を重ねる日々。その為にかかる膨大な費用は家族が支えた。
とても噺好きで、自分の思想を一方的に6時間以上も相手かまわず話し続ける人でもある。

息子の嫁が出来た人で、精神面も経費においても助かったが、、、。
周囲の人は宇宙人と揶揄していたが、実際にいつも一緒に生活しているとさぞや大変な事もあったはず。
しかし、奥さんは素晴らしい。そういう旦那を信じ常に彼を尊敬し励まし続けていた。
この姿勢があって成し遂げられた面も忘れてはなるまい。
経理を託されやりくりが大変でも愚痴など全く言わず、いつも明るく接する嫁も同様に素晴らしい人格である。

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教え子たちの慰霊の為、そして「二度と戦争をせんように、この花だけは咲かさないかん」
信念と情熱は決して醒めることは無かった(人の噺にも耳を貸さなかった)。
亜熱帯のジャワから極寒のシベリア、世界各地でしっかり咲く桜を研究の末、ついに作ることに成功する。
400もあるとされるサクラの品種からアマギヨシノとカンヒザクラを交配し、1981年に新品種として「陽光」を登録

国内外~世界各地に苗木を無償で運送費も自己負担で送り続けた。
届いた先々でしっかり「陽光」が咲き誇った知らせも届き始める。
彼の死後、遺族は世界各地から届いたお礼状などを遺品の中に見つけた。
ローマ法王からのお礼の手紙もみつかり。

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経費のやりくりで家族が苦労に苦労を重ねた様子が見られたが、「伯方の塩」で有名な伯方塩業の初代社長でもある。
その貯金がお葬式の費用とピッタリであったというのも、、、。
もう少し貯まっていてもよかろうに。
やはり桜の研究に、かなり使い込んでしまったのだろう。
桜への関りばかりで、「伯方の塩」に関してはほとんど描かれていなかったが、そこの経営も簡単なものではなかったはず。
これに関する描写も欲しかった。
寧ろ「伯方の塩」の方が一般的に知名度は高いのでは。

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笹野高史と的場浩司さらに宮本真希のタッグは無敵であった。
基本はこのように相手を認め尊重し合うことである(息子は金の面でかなり文句を言っていた時期はあったが)。
そこから偉業(発明や開発、発見など)は生れて来るもの。
変に重くならず押し付けもなく、軽妙に迫るものがあった。
とてもほのぼのと確かな強度を持って。

笹野高史とささの翔太が親子であることを初めて知った。
この親子にとっても大変意義深い作品となろう。

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送られた土地では、しっかりその桜が何であるのかアナウンス~表示がなされているだろうか。
桜自体には何の意味も価値も無い。
そこに意味や価値を付与するのは、飽くまでも人間である。





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ヤッターマン

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2009
三池崇史 監督
十川誠志 脚本
竜の子プロダクション 原作

櫻井翔、、、高田 ガン / ヤッターマン1号(高田玩具店の一人息子)
福田沙紀、、、上成 愛 / ヤッターマン2号(上成電気店の一人娘、ガンの彼女)
たかはし智秋(声)、、、オモッチャマ(人工知能搭載の情報分析ロボット、ガン作)
深田恭子、、、ドロンジョ(ドロンボーの女ボス)
生瀬勝久、、、ボヤッキー(ドロンボーのメカ担当)
ケンドーコバヤシ、、、トンズラー(ドロンボーも力自慢)
滝口順平(声)、、、ドクロベエ(自称「泥棒の神様」、ドロンボーに指令を与えドクロストーンを集める)
阿部サダヲ、、、海江田博士(考古学者、ドクロストーンを発見する)
岡本杏理、、、海江田 翔子(海江田博士の娘)


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この「ヤッターマン」のアニメだが、一度もまともに見たことが無い。
何かの拍子に映ってるのを見たことがあるくらい。
特別思い入れとかないアニメであるが、変な掛け声かけたり踊ったりするのは知っていた。
それをここでもやっていた。ドロンチョ組とヤッターマン1号・2号組がそれぞれ。
ハッキリ言って面白くもおかしくもない。特に変という程のものでもない。何の刺激もない。
ハチャメチャだろうが、面白ければ良いのだ、が、、、。
高田玩具店が舞台とすれば、幼い子供のおもちゃによるごっこ遊びをファンタジックにスケールアップして作ってみましたと言われれば、そんなものかな、とも思うがその割に下ネタが多い。キスシーンも入れて来るし。特に岡本杏理の脚のシーンは意味不明。
客層を何処に設定しているのか。

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池田エライザが何やらヘビーでシリアスな「DORONJO/ドロンジョ」さまのTVドラマを始めたみたいだが、こっちはアニメのヤッターマンを忠実に実写化した映画、のようだが、観るに耐えないレベルのものであった(残。
噺は幾ら荒唐無稽でご都合主義で突飛なものであろうが、その枠~世界観の中で文脈的に破綻なく流れて行けば、それなりに入って行けるものだ。しかしこれは、何だ。深田恭子特集をWowowでやっていたから録画して観ただけとは言え、彼女はセリフは可愛く喋っているにせよ、もう噺として全くなってない。だからやたら長く感じて参った。

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本が出来ていないのだ。何と言うか静止画的な場面を並べて間をいい加減に繋いだみたいな作りなのだ。
実に間が悪い。流れが滞る。バラバラなので、スリリングであるべきシーンがまるで緊張感も緊迫感もない。
総体としてのまとまりがないからだ。何をやっても説得力がない、と謂うよりその意思もないのが分かる。
4つの「ドクロストーン」が集まるところへ物語をしっかり収斂させてゆく流れが弱いのだ。
折角、芸達者な役者がいるのに、局所的に頑張るだけでは、どうにもならない。
深田恭子もお仕事だから仕方ないわ、みたいな感じでやってるような、、、(この役で賞を幾つも取ってるそうだが。そのコスチュームからか、、、そんな安易な)。

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一番不思議で不自然に思えたところが、1号と2号が一体何なんだというしかない闘い~やりとりをしてから、わざとらしい晴れやかな笑顔を作ってあの犬~ヤッターワンに腕を広げて乗ってるところ。
ばつが悪くて誤魔化し笑いというのはあるが、これは単にお約束でそうやってるだけだと分かるが、これこそ変なロボットだ。
変なロボットが沢山出て来るが、この2人が一番変なロボットに見える。
ディテールがほとんど描けていないから、登場キャラ全てがぎくしゃくしていて、誰かがクローズアップされている時に他はスウィッチ切られてるような感じの流れとなっている。子供がソフビのおもちゃで遊んでいるような雰囲気。

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ドロンボーたちが逃げる時に乗る3人乗りの自転車シーンなど、もう少し面白く出来ればよかったのだが、、、。
阿部サダヲとケンドーコバヤシの怪演振りは健在だが、噺そのものがもう少しどうにかなっていればそれが活きたはず。
この映画では、福田沙紀の可憐さが唯一救いに思えた。
兎も角、全く入っていけない、いつ観るの止めようかとおもいつつ何とか最後まで付き合ったという映画。
わたしの知る中では、深田恭子は『下妻物語』が一番良かった。これは、彼女の魅力が発揮されていたとは思えない。
岡本杏理はモデル業がやはり合ってる。役者向きの人だろうか。
櫻井翔はどういうつもりでこれをやっていたのだろう。

無理やり続編の予告めいたシーンを加えていたが、誰も期待しないし真に受けない類のものだった。





Wowowにて




天使

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2006

宮坂まゆみ 監督
奥寺佐渡子 脚本
桜沢エリカ 原作
吉俣良 音楽
大竹佑季「天使が舞い降りて来る日」主題歌

深田恭子 、、、天使(ジンライム好き)
内田朝陽 、、、カトウ(コンビニ店員、天使が見える、ジンライム好き)
永瀬正敏 、、、吉川(シングルファーザー)
永作博美 、、、カスミ(吉川の恋人、図書館勤め)
森迫永依 、、、ちい(吉川の娘、天使が見える、保育園児)
小出早織 、、、みづほ(いじめに遭う中学生、天使が見える)
佐藤めぐみ 、、、美帆(猫と同居する若い女性)
西田尚美 、、、奈津(ジンライム好き)
鰐淵晴子 、、、猫おばさん(沢山の猫と同居している、天使が見える)
大竹佑季 、、、ユミ(読書好きな孤独な少女、みづほと友達になる)
小林明実 、、、恵美(奈津の妹、料理研究家)
泉谷しげる 、、、多野(吉川の会社の社長)
安藤希、、、カトウの同僚(カトウが思いを寄せていた女性)


この何の設定の説明も何もなく唐突に天使が現れ、たまたま呑んだジンライムが好きになったのか、元々それが好物だったのかは分からないが、人の呑んでるジンライムを片っ端呑んでしまう。
見える人にしか姿が見えず、一言も喋らないが、ジンを呑まれた人は唖然として、不思議がる。
呑んでいたジンが急に無くなれば、見えない何者かの存在を疑う。
恵美のように何となく気配を感じる人もいる。

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しっかり見える人~カトウ、ちい、みづほ、猫おばさんは、それぞれ自分の関り方で接するが、言葉をかけてもそれに対する有意味な応答をすることは無い。しかしこちらが抱えている葛藤や苦悩は察していて、肝心な時に寄り添ってスキンシップをしてくれる。
それによって知らぬうちにこころが晴れやかになるようだ。皆、解放された顔になっている。
とても利口で愛らしいペットに近い存在か。
わたしにもかつてそのような賢く美しい猫がいた。未だに鮮明に覚えているが。またぜひ逢いたいと思っている。
彼女の情報がどこかの次元に保存されていることを確信しているが。

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そしてこのドラマで何をおいても脅威なのは、森迫永依である。
芦田愛菜以上の才媛か。子役でこんなにセリフのしっかりしている子は少ない(理解して喋っている)。
子役の多くは何言ってるのか分からないのが多い(苦。
こんな飛んでも無いのがいるのだ。天使とどっこいどっこいの希少価値だ?
末恐ろしい子役だ!
(今どうなっているのか後で調べる)。

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天使はとても身軽そうで、彼女自身に重さがないみたいだ。
羽でパタパタ飛んでいるというより、軽くて風に乗り舞い漂っているという感じ。
あちこち気の向いた場所をフワッと訪ねる。
同じバイトの女子に相手にされないカトウを慰めたり、ちいに見つかり質問などされ、いじめで自殺しようとしていたみづほを何となく思いとどまらせ、猫おばさんのところで遊んで来たりする。
彼女のことが見えない奈津と恵美の姉妹の処にもベランダに舞い降りて、恵美が奈津の為に作ったジンライムを何杯も飲み干してしまう。何かがいることに気づかぬ訳にもゆかない(笑。だがこれがホラーにならず和みに作用してゆく。
そう、やはり猫に近い。とても賢く魅力的な野良猫みたい。

決して諭したりお説教めいたことはしない。ことばを使わないで暖かい抱擁で相手を解放する。
相手はちゃんと自分の行くべき道を歩み始める、、、。
それでよいと思う。それが良いのだ。

深田恭子の名演であったが、他の役者も良かった。安藤希さんを久々に見た。
に、しても、、、森迫永依は凄い。





Wowowにて









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人間という制約

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「人間」という次元にあるため、感知できない余りに多くの事柄~本質があること。
科学がこれまで解明してきたことを頭でとりあえず理解した気になってもそれを感覚的に実感は出来ない。
すると認識に繋がったと言えるのか。
地球が球体で自転・公転をしていることすら普段、感じることが出来ない。
マクロにもミクロにも人の感覚は全く届かない。
人間として生きている以上それは仕方ないと諦めて過ごすことは出来ても、、、
死は必ずやってくる。
死という本質的問題は、「人間」の次元をはっきりと超えてゆく。
その解明は量子論においてなされるしかない。

何にしても知りたいことは、「情報」は保存されるのか。
肉体~物質と共に蒸発するのではなく、保存され連続性が保たれてゆくのか、という気がかりである。

とりあえず、今夜はこれだけ。

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岬のマヨイガ

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2021

川面真也 監督
吉田玲子 脚本
柏葉幸子 原作
羊文学「マヨイガ」主題歌

芦田愛菜、、、ユイ(家出した17歳の少女)
大竹しのぶ、、、山名キワ(ふしぎっとの仲間を持つ謎の老婆)
粟野咲莉、、、ひより(両親を亡くし声の出ない少女、小2)
三宅希空、、、巻尾玲子(ひよりの同級生)
伊達みきお、、、豊沢川の河童(キワの親友)
富澤たけし、、、北上川の河童(キワの親友)


「博士ちゃ~ん」の面々が声の出演(笑。
児童文学が原作。、東日本大震災がベースにあることが分かる。

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自然災害~被災による問題や家族問題を東北の民話(遠野物語)と絡めてファンタジックに描く。
岩手県「狐崎」を舞台に展開する。
マヨイガはちょっとビョークの家を彷彿させた。
何と贅沢な(笑。

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超越的な存在である謎の老婆、山名キワによってマヨイガやふしぎっとに馴染んでゆくユイとひより。
ユイは父の暴力から逃れ家出した少女であり、ひよりは一度に両親を事故で失った声をなくした少女である。
しかしふたりは普通の人間では味わえない充分特別な世界を体験することに。
キワに拾われたユイとひよりの3人であらたな家族が生まれるまでの物語でもある(こういう自ら選べる家族ならどれほど良いか)。

災害の爪痕も残るとはいえ、ほのぼのと日常が描かれてゆくが、超自然現象も頻繁に起こる尋常ではない噺である。
このキワという老婆が何者なのか簡単に自己紹介するところはあるが、さっぱり分からない。
(当初ユイは彼女をヘンゼルとグレーテルに出て来る魔女のように疑っていた)。
しかし悪意のない優しい老婆だと次第に分かって来る。
にしても、余りに特殊過ぎるのだ。
何で河童や妖怪や狛犬やお地蔵さんたちとあんなに親しいのか。
座敷童もいたぞ。
何でもありか?一番貴重に感じたのがマヨイガというおもてなししてくれる家である。
こんな家があったら、そりゃ欲しいものだ。
完全AI管理の近未来住宅より風情がある。やはり「おもてなし」の細やかさが違う(笑。
自己修復機能まであると住んでる人間が堕落しそうでもあるが、、、。

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孤独で排他的、自閉的になっていた二人の女子も老婆のもとで、街の人々との祭りの伝統芸に接したり、ふしぎっとたちとの交流を通して解放的に明るくなってゆく。
ひよりは笛をマスターする。
ユイはバイト先を見つけ、原付バイクをゲットする。
次第に活き活きしてゆく。

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しかし同時に、密かに「アガメ」という人間の持つ負の感情を喰らって成長する魔物がどんどん巨大化する事態に及ぶ。
この浜の街に再び魔物が禍を起こすその予兆が現れる。
キワは崖にある海底洞窟の海に隠れた最も大きい4つ目の窯に異変が起きていることを察知しており、知り合いの河童に調べてもらったところ結界が破られているとのことであった。
その過程でユイを虐待していた父も現れ彼女を無力化して連れ戻そうとする。
だが彼女を必死に取り戻そうとしたひよりは、自分の声を取り戻す。その声でユイは辛うじて自分を取り戻し父の手を振りほどく。
それは変身した魔物の仕業であったのだ。
すでにペットがいなくなったり住人が徐々に他の土地へと転居してゆく現象が起きていた。
「アガメ」の狙いはこの土地から人を排除することだと老婆は語る。
このままだと街が寂れゴーストタウンになってしまう。

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そこで老婆は立ち上がる。
伝承にあるマキリという刀で再びウミヘビの魔物赤い目を光らせる「アガメ」を退治する時が来た。
(何なんだこの老婆は)。
そこへ駆けつけるふたりの娘。
そして老婆の顔馴染の面々、妖怪やら狛犬やら河童やらお地蔵さんたちもやって来る。
さてどのような不可思議なバトルが勃発するのかと思いきや、、、

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老婆も闘い刀を折られ苦戦するが、ひよりが祭りの伝統芸である笛を吹くことでアガメの動きを止め、狛犬に乗ったユイが弓を引き、矢が目に命中すると魔物は呆気なく消え失せてしまう。
結局、集まったふしぎっとたちはアガメの起こした小振りの火災を止めたに過ぎない。
特に何をやった訳でもなく。
ちょっとバトルには拍子抜けした。

その後は、3人で仲良く一緒にこの土地で暮らそうという噺である。
マヨイガは快適だし。ふしぎっとも座敷童もいるし、遠野には超豪華なマヨイガもあるし。
めでたしめでたし。

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シビアな現実がベースと言えど、余りに荒唐無稽でその上老婆がスーパーマン過ぎて、何とも言えない物語であった。



AmazonPrimeにて









バイオハザード: ウェルカム・トゥ・ラクーンシティ

Welcome to Raccoon City001

Resident Evil:Welcome to Raccoon City
2022
アメリカ

ヨハネス・ロバーツ 監督・脚本

カヤ・スコデラリオ、、、クレア・レッドフィールド(ラクーンシティの孤児院育ち。、クリスの妹)
ロビー・アメル、、、クリス・レッドフィールド(ラクーン市警察(R.P.D.)の特殊部隊・S.T.A.R.S.アルファチームの隊員)
ハナ・ジョン=カーメン、、、ジル・バレンタイン(S.T.A.R.S.アルファチームの隊員)
アヴァン・ジョーギア、、、レオン・S・ケネディ(R.P.D.に配属となった新人警官)
トム・ホッパー、、、アルバート・ウェスカー(S.T.A.R.S.アルファチームの隊長)
ドナル・ローグ、、、ブライアン・アイアンズ(R.P.D.の警察署長)
ニール・マクドノー、、、ウィリアム・バーキン(アンブレラ社の人体実験研究リーダーの一人)
リリー・ガオ、、、エイダ・ウォン


最近観てしまった「グッドナイト・マミー」、「アーチャー」、「スマホ拾っただけなのに」の3本はとても書く気にならない(没。
何と酷いもの観てしまったのだろうレベル。短めでサクッと観れそうなのを探していたが、動機が不純であった(爆。
やはり冨手麻妙さん、出る作品選んだ方が良いと思う。
これでは怪演女優になってしまう。そこが狙いであれば余計なお節介だが。

Welcome to Raccoon City002

ということで、バイオハザード: ウェルカム・トゥ・ラクーンシティということになった(爆。
別にわたしはバイオハザードが好きな訳ではない。しかし折角6つも律儀に観てきたので、、、
バイオハザードのリブート作(特に観る必要ないと思っていたモノ)である。
お馴染みの登場人物は皆、違う役者が演じていた。
ポール・W・S・アンダーソン監督+ミラ・ジョヴォヴィッチが、わたしにとってのバイオハザードであったため、これはどうにも番外編ぽい感触となる。
別に悪い作品ではない。暗い場面が少し多すぎたが。そして地味であったが、ミラがいなけりゃ仕方ないでしょ。
これで取り合えず全部観たことにはなる。

Welcome to Raccoon City003

またしてもアンブレラ社得意の感染封じ込めの街全体の爆破。またやったかというか芸がない。
今回、社と通じてるウェスカーから街全体を午前6時に消滅させるという情報が入る。
(クレアも社の悪事を掴みそれを知らせにラクーンシティに戻って来たのだが)。
タイムリミットに向け脱出を図る、よくあるもの。あまりスリリングにもならず、、。
勿論、バーキン博士にもその措置を通達されるが、彼は自分の研究成果が抹消されることが気に食わない。
G-ウィルスというものがどういう効果を引き起こすのか結局、博士が被験者となり大暴れとなるが、それほど圧倒的という程でもなかった。変身して不気味で大きなクリーチャーと化すが。
残念ながらインパクトはさしてない。
フィギュアの作りとか演出以前の問題に思える。

Welcome to Raccoon City005

アリスのような超絶ヒロインがないところで、敵もそれほどのものを出せないことからこじんまりと纏らざる負えない。
流れ的には”2”の時期にあたるか(1~2の間?)。
噺によるとこれがよりゲームに忠実に描いたものだという。
だが飽くまでも映画は映画。作品として面白くなければ何の意味も無い。
今思うと、バイオハザードはミラ・ジョヴォヴィッチのヒロインアクションの比重が大変大きかったことに気づく。
「スーパーガール」等と同じフィールドのクール&ビューティーのアクション映画だったのかも。
ゲームをやっていた人にはニンマリする映画であったにせよ、やらないわたしには、地味でこじんまりした映画に感じられた。
寧ろ、よくあるゾンビ映画の方がシンプルに絞られていて面白かったかも。
(この映画も背景など雰囲気的に添えられていたくらいだし)。

Welcome to Raccoon City004

最後に生き返らせたウェスカーにエイダ・ウォンがサングラスをかけるところ、これでまた続編などしないよな、と不安になってしまった。そんなことは絶対にしてはならない。
もうこれでおしまい!止めた方がよい。

Welcome to Raccoon City006

最近よく感じることだがホラーテイストを出すことは、案外難しいことだと思う。
暗闇にそれらしい効果音を入れれば必然的にそれだと予測がついてしまうし、衝撃は勿論薄い。
この作品にもそれが度々みられる。





Wowowにて









アンチポルノ

Anti Porno001

Anti Porno
2017

園子温 監督・脚本

冨手麻妙、、、京子(小説家)
筒井真理子、、、典子(京子のマネージャー)
福田愛美、、、妙子(京子の妹、故人だがピアノを弾きに出て来る)
小谷早弥花、、、ワタナベ(ファッション雑誌の女性編集長)
不二子、、、100(女性カメラマン)
麻美、、、アレックス子(100の助手)
下村愛、、、スージーZ(100の助手)
吉牟田眞奈、、、鈴木蘭子(京子の継母)
貴山侑哉、、、鈴木剛(京子の父)
長谷川大、、、大根太(通りがかりの青年)
坂東工、、、原口あやお(監督)


場面転換の鮮やかな意欲的な作品に思えるが、時代の欲望に膨れ上がった幻想から抜け出る事の出来なくなった小説家の狂態を描いたものと括れるか、、、。
勿論その取り巻きも皆、思い切り病んでいる(笑。

Anti Porno002

時代の寵児として脚光を浴び、自分自身訳が分からなくなってくる。
そういう人は如何にもいそうだ。
その役を新人女優の京子が演じるが、監督にダメ出しされ共演者たちからくそみそに罵られる。
劇中劇の形式で、唐突に入れ子状に切り替わる。
映画の中の映画だったり、映画の中の舞台劇だったり、、、場面自体も目まぐるしく変わる。過去であったり幻想の光景であったりと。

Anti Porno004

京子と典子など特に、難しい役だ。大胆に吹っ切れた演技であったが、感情的にも大変だったのでは。
ここでも冨手さんは捨て身の熱演だが、この監督の映画(東京ヴァンパイアホテル)以外では最近これといったものを観ないな。
(それ以前の可愛らしい役のものは観ているが「後ろむきの青」)
これだけやって、まだこれはという良い映画に恵まれていないのは、ちょっとキツイ感じもする。
(それから余りに多くの映画、舞台、Tvに出過ぎていないか、ちょっと絞った方がよいような)。

Anti Porno003

体当たりの激しいシーンや罵詈雑言を吐いたり、汚い言葉を使ったり、飛ばしまくっていたが、、、。
最初からずっとその調子なのでそれすらも単調に感じられて来る。
京子と典子の演技の迫力は凄いのだが、何でここまで京子が追い込まれていくのかは分かり難い。
妹が何故、死にたかったのか。死んだ後もピアノを弾いて現れるのか。
この経緯の描写が無い。死んだという事実だけで充分という流れではあったが。
終始笑顔であることから尋常でない精神状態とも取れる。
どこまでが、京子の幻視なのか。

Anti Porno005

この映画は、最初から最後までずっと異様なボルテージで進む。
強迫神経症的でもあり妄想と現実の混濁にあり、退廃的で破滅的である。
そこから抜け出て冷静になり、落ち着いて考える暇もない。
絶えず、演じ続けることを強制される。
仕事のスケジュールを唱えるマネージャー。
完全にすっ飛んだ撮影隊の面々。
その場に対するメタレベルの映画製作の監督を含む外部の存在。
しかしこれらも果たして現実か。
そもそも現実がどうのという意味はない。
われわれは誰もが自分の幻想の中に生きているのだ。
そこから出られる人はそうはいない。

Anti Porno006

これは、わたしの人生じゃない。どの場面も時代の欲望の欲する役柄。どこにも出口なし。
テーブルの上の瓶の中で育って出られなくなったトカゲみたいな。
でもそれを表す演出と謂うより、、、
あんなにペンキぶっかけられたり罰ゲームの連続みたいなハードでヘビーな役柄で、、、。
そう、まるで映画自体が罰ゲームみたいに見える。
ちょっと叫ぶ場面が多すぎるところもどうだろうと思う。
最後の出口は何処?!という叫びは、よく分かる。
冨手女史は、こういうのが好きなんだろうか。ならば良作に出続けているということか。

Anti Porno007

尚、Wowowでは全般にボカシだらけで映像として観るに耐えない部分が多すぎた。
その辺の配慮が欲しい。



Wowowにて







こちらは変なボカシは無いそうで。


この世界に残されて

Akik maradtak001

Akik maradtak
2019
ハンガリー

バルナバーシュ・トート 監督・脚本
クラーラ・ムヒ 脚本
ジュジャ・F・バールコニ 原作
ラースロ・ピリシ 音楽

カーロイ・ハイデュク、、、アルド(42歳の医師)
アビゲール・セーケ、、、クララ(16歳でアルドに出逢う)
マリ・ナジ、、、オルギ(クララの叔母)
カタリン・シムコー、、、エルジ(アルドの伴侶)
バルナバーシュ・ホルカイ、、、ペペ(クララの伴侶)


それ、うそでしょ。
ああ、いつもそうだ。
何度も語られるこの台詞、、、この噺の中ではとても重くて切ない。

Akik maradtak006

静謐で気品のある絵で、過剰な起伏もなく抑制された流れが心地よい。
音楽とも調和が取れていた。
こうした映画に少なくないが、実際の戦闘や悲惨な収容所の光景を一切挟まず日常の姿を描くだけでその人物の傷を浮かび上がらせることが出来ている。
アルドは、未だに正面から認められぬ喪失の記憶をアルバムの中に深くしまい込んでしまっている。
クララは、両親はただ捕虜になっただけで今も健在だと思い込もうとしていた。
その2人が邂逅する。

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ホロコーストを辛くも生き延びたクララとアルド。
彼女は両親と妹を亡くし(妹を両親に託されたが守り切れなかった)、彼は妻と二人の息子を亡くした。
こころの傷を埋め合うような関係であろうか。
1948年のハンガリーである。
この時期、孤児を引き取る家も多かったようだが、運命的に結ばれた新たな父娘のようにお似合いであった。
ホントの父娘では、なかなかこうはいかない。

Akik maradtak004

しかし戦後も、スターリン(主義)のソ連がハンガリーの中立を長いこと妨害し続け、国内の相互監視の体制も強化される。
(スターリンが死んだ後も、その主義は継続し、ハンガリー動乱にも及ぶが鎮圧されその後も長い抑圧は続いた)。
誰もが怯えて硬直していた。
この父娘もいつ連行されるか分からない。
人々の関係性が強張ってひりついたものになって行く。

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アルドとクララの生活は娘の交友にやきもきするホントの父親と彼の交際相手に対し嫉妬するホントの娘のような関係に熟して行く。
しかしそれはとてもフラジャイルな綱渡り的な生活とも謂えた。
自然にそのまま流れて行って欲しいものだが、同じアパート内でも深夜に兵隊が隣人を連行する場面に出くわし、少しばかり目立つ関係を隠蔽しきれない。どういういちゃもんが付くか。
恐らく二人ともこのままの関係でいたいという気持ちは何より強いものであったが、お互いに伴侶をもち距離を取る選択をする。
お互いの身の安全あっての(ささやかな)生活である。
アルドの再婚相手は元患者さんのようだ。
クララの相手のペペという若者も軽いが良い奴だ。

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最初は目に隈をつくったちょっと生意気な少女が、賢く凛とした淑女になっているところは、素敵だった。
3年で女性は変わるものである。
体制は益々抑圧的になっては行くが、彼女らの未来は何か光に充ちたものに想える。
余韻が暫く残った、、、。


ハンガリー映画というかこの監督は今後も注目したい。
美しい時間が味わえた。




AmazonPrimeにて




17歳の瞳に映る世界

Never Rarely Sometimes Always000

Never Rarely Sometimes Always

2021
アメリカ、イギリス

エリザ・ヒットマン監督・脚本
エレーヌ・ルヴァール撮影
ジュリア・ホルター音楽
シャロン・ヴァン・エッテン「Staring at a Mountain」主題歌

シドニー・フラニガン、、、オータム・キャラハン(17歳の高校生)
タリア・ライダー、、、スカイラー(オータムの従姉妹)
テオドール・ペルラン、、、ジャスパー
ライアン・エッゴールド、、、テッド(オータムの義父)
シャロン・ヴァン・エッテン、、、オータムの母親
ケリー・チャップマン、、、カウンセラー
キム・リオス・リン、、、麻酔科医


エリザ・ヒットマン監督・脚本の映画があったので観ることにした。
やはりトーンは「愛のように感じた」に似ている。
ヒロインは初っ端からなかなかの歌を弾き語りで聴かせてくれる。だがその後はむすっとしてだんまりである。

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17歳というのは、なんであるのか?飽くまでも邦題であるが、実際ヒロインは17歳。
ダニエラ 17歳の本能」、「17歳のエンディングノート」、「17歳の肖像」、「17歳のカルテ」などわたしがこれまでに見た映画だけでもこれだけあり、17歳に特別な事情又は意味~価値が込められているのは確か(日本において)。
2000年に17歳による少年犯罪が連続して発生し、マスコミの煽りにより「切れる17歳」という形で印象付けられたという説もあるみたいだが、発達段階において一番不安定な時期ではあろうか。個人差もあるにせよ、17歳ならでは、というものは、、、

更にここ最近女性監督の素敵な作品を鑑賞することが増えた。
横浜聡子監督「いとみち」とかテオナ・ストゥルガル・ミテフスカ監督「ペトルーニャに祝福を」、サリー・ポッター監督「選ばなかった道」、カリン・クサマ監督「ストレイドッグ」、首藤凜「ひらいて」、リサ・ジョイ監督「レミニセンス」、福岡佐和子、はまださつき監督「トエユモイ」等々、遡ればもっとザクザク出て来る(笑。この中にもやはり17歳近辺がヒロインの映画がある。この時期の女子を描くに女性監督は適任なのだろうな。
女性の社会進出とか言うが、映画界ではかなりのものと思える。

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ヒロインである反抗期の不機嫌そうな女の子が妊娠したと謂う。
わたしは想像妊娠かと思ったが、調べてみるとホントに妊娠しているのだ。
(そういう相手のいる娘には見えなかったので意外であった。が、そうでもないのだ)。
妊娠に至る経緯は一切描かれないので、そうなのかと受け取るのみ。
そして産むのではなく中絶するために、同じスーパーでアルバイトをしている従姉妹と共にバス・地下鉄を使って遠くの病院へと旅に出る。この描写が、ドキュメンタリーを観ているような気がする。
ひととのやり取りも生々しいし、演技が感じられない。これが周到な演出によるものなら見事。
ふたりともとても寡黙で淡々と事は進むが、重苦しい雰囲気に包まれている。
この映画、日常的な臨場感が半端ではない。

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しかし従姉妹のスカイラーという娘の献身的な支えは凄い。
普通、親戚でもそこまで親身に付き合ってくれるか。まずない。そもそも親戚が頼りになるなんて考えられない。
このオータムは彼女に対し、ほんとにそっけなく愛想もない。
気を遣う様子も見られないが、、、。
この旅自体本当に骨の折れる面倒なものでお金もかかるし、親に請求書も行くだろうし、、、。
面倒なことである。

途中でゲームセンターで遊ぶ年相応の姿を見てちょっとホッとしたが。
やはり軽はずみなことはしないことだ。
医療機関で質問される。
「一度もない」、「めったにない」、「時々」、「いつも」の4択で答えるのだが、ここで初めてオータムの感情が顕になる。
(これが原題である。”Never Rarely Sometimes Always”)
そうだろうなと思う。性に絡む内面に秘めた大切な想いに関する問いであり、もっともプライベートな事柄だ。
この娘はそれをずっと無表情で防御し隠し続けて生きて来たのかも。きっと歌でそれを表出するタイプだ。
ミュージシャン向きの娘だと思う。しかしその才能を父は認める気がない。これが彼女を内向させている一因かも。

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避妊手術が2日かかりとなり、2人の間もギクシャクする。
お金も無くなり泊まるところも無い。
バスで声をかけて来た男に電話をしてお金を借りる。スカイラーのお陰だ。この従姉妹にどれだけ助られているか。
色々付き合いボーリングやカラオケもする。とても痛々しい。
特にこの後半の流れは重々しく気怠く痛々しい。

2人とも容姿が儚げで端正で美しくアップが多いため、とても印象的な絵になっている。
絵作りと演出がかなり綿密であることが分かる。
BGMの音がブライアン・イーノのアンビエントミュージックのように効果的。

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手続きやら時間もかかった手術も無事済んで、安堵の表情を浮かべて家に帰るところでエンディング。
バスに乗る前に2人で軽食を食べる様子は普通の高校生という感じに戻っていた。
これからも同じような生活を送るんだろうな、と思わせる。
この監督らしい、終わり方だ。

お母さん役のシャロン・ヴァン・エッテンの主題歌も物語にフィットしていた。
良い曲だ。



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愛のように感じた

IT FELT LIKE LOVE001

IT FELT LIKE LOVE
2021
アメリカ

エリザ・ヒットマン 監督・脚本・製作


ジーナ・ピアルサンティ、、、ライラ
ジオバーナ・サリメニ、、、キアラ
ローネン・ルービンシュタイン
ジェシー・コルダスコ
ニコラス・ローゼン
ケイス・プライム


ジーナ・ピアルサンティの憂いの眼差しに、、、
ちょっと若いころのシャルロット・ゲンズブールを重ねてしまった。
砂浜に座って波間を打ち眺める横顔など、、、特に。

IT FELT LIKE LOVE002

14歳ごろの朦朧とした寄る辺ない思い、その感覚は分かる。
何に対しても違和感があって宙吊りなのだ。
行く当てもなく彷徨う。
寝てるんだか起きてるんだか分からないような日常(爆。
何となくあっちにフラフラ、こっちにフラフラ、そんな時期あったものだ。
何も考えてなかったと思う(笑。
ホント。

IT FELT LIKE LOVE004

こういう時期に数学や音楽で大変な才能を発揮しバリバリ活躍していた友人もいたっけ。
思春期というのは、娘を観ても分かるが、難しい。
しかし何かにフルパワーで没頭して打ち込める時期でもあると思う。
数学が得意ならそれに、絵が好きなら描きまくるとか、、、それが出来る時期でもある。
何とも言えないが、、、。
わたしもほぼ毎日、絵は描いていた。
超細密画を。何というか体力はあるのだ。
時間を気にせずやってしまう。

IT FELT LIKE LOVE003

体力どうと謂うより、身体感覚が定まっていないのだ。
こころとかただがバラバラでもどかしかったり(体のことを気にせずに無謀に頑張ってしまったり)。
この女の子みたいに(やっと本題(笑)。
この子ライラの場合、親友の女子キアラ(年上の先輩か)が、いつも彼氏とイチャイチャしているものだから、その影響も大きい。
自分も彼氏を作ってこころの空白を埋めたい、と願う。
確かに彼氏がいれば満ち足りるという幻想は持つはず。
キアラは何か余裕と謂うか安定感は窺える。

IT FELT LIKE LOVE005

まあ、彼氏がいたらいたで、今度は繋ぎとめておくために余計な神経使ったりすることになろうが、、、。
時には疑心暗鬼になったり(笑。キアラも彼氏を取り替えている。色々あるわ。
それでキアラの近所で知り合いのプレイボーイの大学生にライラは惹かれる。
何かと彼の後をついて行ったり、関わってみたり、纏わりつく。
キアラは危ない奴だから気をつけな、と忠告するが、猶更彼に付きまとう。
反抗期でもある。めんどくさい。父親がまた癖のある人で更に拗れる。
だがこの娘のホントに厄介なところは、見え透いた嘘をつくこと。
例の大学生は、まだ子供だから相手にしないが、酔って彼と寝たとか言ったりして迷惑をかける。
この大学生は、かなり人間が出来ており、寛容であり節度もあり、なかなかのもの。
彼女のことを気に掛ける同い年くらいの男の子には、わざと刺激的な嘘をつく(そして気を引くのか、突き放すのか、彼にとっては残酷)。
こういう年頃なんだね。

IT FELT LIKE LOVE006

観ようによっては自己中の我儘娘だが、そういうのが大目に見られる夢見るアドレッセンスなのよ。
そう、気怠そうにダンススクールで4人(1人はキアラ)で、ダンスを練習しているカットが何度か挿入されるが、差後はきっちりと決めていた。かなりこの辺の演出が決まっている。

この監督の「17歳の瞳に映る世界」というのが大変話題作みたいなので、今度観てみたい。





Wowowにて




ナチュラル・ボーン・キラーズ

Natural Born Killers000

Natural Born Killers
1994
アメリカ

オリバー・ストーン 監督
デヴィッド・ヴェロズ、リチャード・ルトウスキー、オリバー・ストーン 脚本
クエンティン・タランティーノ 原作

ウディ・ハレルソン、、、ミッキー・ノックス
ジュリエット・ルイス、、、マロリー・ノックス
トミー・リー・ジョーンズ、、、ドワイト・マクラスキー
トム・サイズモア、、、ジャック・スキャグネッティ
ロドニー・デンジャーフィールド、、、エド・ウィルソン
エディ・マックラーグ、、、マロリーの母親
デイル・ダイ、、、デイル・リグレー巡査
バルサザール・ゲティ、、、ガソリンスタンド店員



16ミリフィルムにVTR映像更にアニメ合成を織り交ぜてスピーディーにテンポよく過激に展開する作品
おもろい噺だがやたらとカットが多い。

わたしもやってみたい。さぞやスカッとすることだろうね。
ホントに鬱陶しいのがゴロゴロしてるから。
特に斜め前の糞屑とか。
殺意は指数関数的に増大してゆく、、、。
われわれの日常とは、そういうものだ。
いや世界の状況は、、、だ。

Natural Born Killers001

もう臨界値を超すとこうなるしかない。
このカップルの動機は鬱陶しさにあると思う。
毒親に無力化され搾取されていたマロリーがミッキーに邂逅して解放され善悪の彼岸への旅に出る、、、
御伽噺みたいだ(笑。
(そう、過激なんだけどいまひとつ現実感がない。コミカルな演出のせいか)。

そこにもう一つ大事な要素が絡む。
メディア~マスコミ~大衆の欲望。
全体としての狂気と狂態に熱気(笑。
25人も行き当たりばったりに無差別に殺して、すんげ~と言ったところ。
ファンも沢山出来て、持て囃される。
かっこいいし憬れるぜ、でもおれが殺されるのはやだけど、の世界。

ニュースで煽られ刺激的な娯楽を愉しむが自分は飽くまでも安全地帯~特権的立場で安穏としている。
そしてこんなぶっ飛んだカップルを応援する。
もっとやれ~っと(笑。

Natural Born Killers002

そんなもんよ。
このカップルもよく知っていてそれを演じてもいる。
愉しんでいる。
だからずっとテレビキャスターのゲールはカメラを持たせて同行させる。
インタビューも挟みながら、ずっと刺激的過ぎる映像~PVを録らせてゆく。
そして最後にもういらないとなる。
必至に彼は命乞いするが、お前はそっちの世界の象徴だからぶっ殺す、と宣告される(笑。
そして二人から銃撃されハチの巣に。

その後、カップルはまんまと逃げおおせる。
めでたしめでたし。
そういう噺だった。結構、軽い。
御伽噺を観る感覚であった。




Wowowにて








バイオハザード: ザ・ファイナル

The Final Chapter001

Resident Evil: The Final Chapter
2016
アメリカ、イギリス、ドイツ

ポール・W・S・アンダーソン 監督・脚本・製作
ポール・ハスリンジャー 音楽
L'Arc〜en〜Ciel「Don't be Afraid」主題歌


ミラ・ジョヴォヴィッチ、、、アリス・アバーナシー/アリシア・マーカス(ジェームズ・マーカス教授の娘、アンブレラ社共同経営者)
アリ・ラーター、、、クレア・レッドフィールド(アリスの親友、女性戦士)
エヴァー・アンダーソン、、、レッドクイーン(超人工頭脳)/アリシア・マーカス少女期
イアン・グレン、、、アレクサンダー・ローランド・アイザックス博士(オリジナル/クローン)
マーク・シンプソン、、、ジェームズ・マーカス教授(Tウィルス開発者、アリシアの父)
ショーン・ロバーツ、、、アルバート・ウェスカー(どうやら社員)
イ・ジュンギ、、、チュウ司令官(アイザックス直属の部下、武術に秀でる)
オーエン・マッケン、、、ドク(ラクーンシティ廃墟の「ピーク」の生存者を統括するリーダー)
ルビー・ローズ、、、アビゲイル(ラクーンシティ廃墟の生存者、機械担当)
ウィリアム・レビー、、、クリスチャン(ラクーンシティ廃墟の生存者)
フレイザー・ジェームズ、、、レイザー(ラクーンシティ廃墟の生存者)


アンブレラ社がついに掃討作戦に出る。アリスの活躍で予定通りのスケジュールで人類が滅亡しなかったのだ。
48時間後にその作戦は遂行されることがレッドクイーンからアリスに告げられる。
この件をアリスに伝える動機を超人工頭脳に与えたのがアリシア・マーカスがレッドクイーンにアップロードした情報であった。
48時間タイムリミットの息を呑む最終決戦が描かれる。

The Final Chapter002

いくら何でももう飽きたという状況であったが、この最終章は見応え充分。しっかりと締めた。
アリスの出自に関しても衝撃の事実が判明する。それを受け容れアリシアが彼女の為に残す思いが切ない。
これまでの長い闘いや別れを考えても胸に込上げるものがある。
やはりウェスカーの言っていたことは嘘であった。こいつは最低のゲスである。
あのときアリスと一緒に立っていた人々はどうなったのか、今いるのは彼女だけだし、虚しい。
クレアが健在で残っていたのがせめてもの救いか。

そして、アイザックス博士(及び上級幹部)はウェスカーなど及びもつかない悪であった(ウェスカーは単なる社員であったか)。
すでにTウィルス絡みで70億人以上の人間を殺害しているが、「浄化作戦」(アンブレラ上級幹部のみで誰もいなくなった地上を支配する究極の優性思想)が全てに先立って計画されていたことも分かる。
社の上級幹部のみ低温生命維持装置で作戦遂行後に目覚め地上に出てゆき楽園を作るという。
つまりTウィルスの治療とかアンデッドの飼い慣らしなどどうでもよいことであった。クローンは自分をそれとして認識しておらず真の計画すら教えられていない。何とも虚しい。

The Final Chapter003

アリシア・マーカスの登場がここでは大変大きい。
この人の病、難病である「プロジェリア」を父ジェームズ教授が何とか治療しようと開発したのがTウィルスであった。
画期的な有効性を発揮したウィルスであったが、後に致命的な副作用が発見される。
即刻研究を止めようとしたジェームズ教授であったが、共同出資者であるアイザックス博士により暗殺されてしまう。
アイザックスには、これを生物兵器に転用する目論見があった。結果的に彼によってアンブレラ社は巨大(軍事)企業に発展する。
Tウィルスもやはり難病に冒された娘を持つアシュフォード博士により引き継がれ完成される。
娘のアリシアはアンブレラ社の50%の株を持つ共同経営者であるが、病の為、全権をアイザックス博士が握っている状況。
なお、レッドクイーンのホログラフ像は少女時代のアリシア像であり父ジェームズ教授がその姿だけでも残そうと作成したものだが、皮肉にもそれを如何なる非情な手段を行使しても社を守る人工頭脳の姿に仇であるアイザックス博士により流用されてしまった。

The Final Chapter004

そして何よりアリスにとって受け入れ難い真実とは、、、。
自分がアリシア・マーカスのクローンであること。つまりアイザックスに作られたものであること。
確かに彼女はアンブレラ社の警備主任の仕事をしていた以前の記憶を持たない。
これにはアリスも混乱を極めるが、アリシアからあなたはわたしより優れた存在であり誰よりも人間らしいと称賛される。
ずっと闘い続け生きて来た経験こそが現在のアリスを唯一無二の者にしたと謂えよう。
オリジナルかどうかなど問題ではない。
アリスは何とか気持ちを奮い立たせ最後の闘いを宿敵アイザックスに挑む。

オリジナルアイザックスはかつてない強さでほとんど歯が立たない。
戦闘力だけでなく彼には格闘予測ソフトウェアが埋め込まれており、常に先を読んで攻撃と防御が取れる。
アリスも前章でウェスカーにより元の力を戻されたはずであるが、今作においてTウィルスによる超能力など圧倒的なパワーは見られない。これも恐らくウェスカーの策略であろう。
危機に追い込まれるアリスであるが、博士のソフトの裏をかく頭脳戦で辛くも勝利を得る。
そしてアイザックスから奪った一本しかない風媒の抗ウイルスワクチンを撒こうとするが、それを阻止しに現れたのが倒したはずのアイザックスであった。凄まじい回復力である。だが丁度そこにクローンアイザックスが夥しいアンデッドを引き連れやって来る。
そしてオリジナルとの間に激しい争いが生じる。クローンは断固たるアイデンティティを主張し、決してそれを認めない。
そしてクローンにオリジナルは刺殺され、クローンアイザックスはゾンビに噛み殺される。虚しい。

The Final Chapter005

さんざん小賢しいことをやって来たウェスカーは、アリシアに社を解雇された途端、レッドクイーンに重傷を負わされる。
そして爆弾の起爆装置を手に持たされ、命乞いをするが聞き入れられない。こいつただの社員だったのね。上級だったらすやすや眠ってるはずだし。つくづく残念な奴だわ。
装置保持が耐え切れず起動、低温生命維持装置で眠る上級幹部もろともハイブにいる者全て大爆発で死に絶える。
虚しい。

最後は、T-ウィルス感染者を死滅させる風媒の抗ウイルスワクチンが全てを覚悟したアリスの手によって撒かれる、、、
目覚めると彼女は生きていた。
傍らにはクレアが見守っていた。この抗ウイルスワクチンでアリスの体内のTウィルスのみ駆除されただけだと知る。
風に乗って全地表に抗体が行渡るまでまだ時間を要する。
それまでがわたしの闘いだとほくそ笑み、バイクで颯爽と駆け抜けてゆく。

The Final Chapter006

この最終作には、バイオハザードのどの映画にも感じなかった感動があった。虚しくもあったが、、、。
ただ殺戮ばかり延々と見せられていてはうんざりして来ると言うもの。
アリスの切断された指はどうなるのか。Tウィルスが残っていれば再生も出来たように思えるが、それが痛々しい。
監督とミラ・ジョヴォヴィッチには、ほんとにお疲れ様と謂いたい。よく飽きずにやって来れたと思う。
映画も充分な収益をあげたし。
レッドクイーン/幼い頃のアリシア・マーカスは2人の間の愛娘ときた。
これからは、エヴァー・アンダーソン主演映画をお父さんは撮るんだろうな。
また大変だわ。





Wowowにて









”Bon voyage.”

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