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GOMA28

Author:GOMA28
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安珍と清姫

anchin001.jpg

1960年
島耕二 監督
小国英雄 脚本

市川雷蔵、、、安珍
若尾文子、、、清姫
浦路洋子、、、桜姫
片山明彦、、、友綱
毛利郁子、、、早苗
毛利菊枝、、、渚
見明凡太郎、、、清継
小堀阿吉雄、、、道覚
荒木忍、、、増全
南部彰三、、、義円
花布辰男、、、佐助
小松みどり、、、女陰陽師


「安珍・清姫伝説」というものがあるそうだ。
修行僧、安珍と自分のこころのままに生きようとする清姫との壮絶な悲恋物語である。

紀州道成寺にまつわる伝説であり、かなりおどろおどろしい御話である。
浄瑠璃や歌舞伎で有名で、これはその映画版となる。ストーリーはアレンジしているようだが、、、。
やはり全体に舞台劇の雰囲気であった。
修行僧・安珍が、真砂の里で清姫に出逢ってしまったことから始まる。
しかし感心したのは、この時代に自分の思いのまま振舞える女性がいたということだ。
(姫という立場にあっても、そうは容易に出来るものではなかろう)。

激情の恋物語であるが、ここまでやってくれれば、文句なし。
これまでに観た若尾文子の映画では最も思い切ったヘビーなものに思えた(蛇にもなるし)。
若尾文子の魅力が遺憾なく発揮されていたと謂えよう。
市川雷蔵も忍者よりこちらの方がずっと似合っている。

anchin003.jpg

安珍はあやかしに憑りつかれているみたいなことを祭りの夜、女陰陽師から唐突に言われるが、、、。
そのあやかしとは、僧にとってのそれである。僧を捨てれば最愛の人に他ならない。
月夜の温泉の光景など、セットであろうが、幻想的で艶めかしく美しい(キッチュではあるが)。
若尾文子が全裸で湯に浸かって来るのだ。度肝を抜かれる安珍。
ここでは女の性がよく表されている。エゴイスティックで残酷な性が。その為に安珍は傷を癒していたのに、トラウマになる。
混乱を極めた彼は、煩悩に苦しみながら逃げ出し彷徨い続ける。
神仏に仕える身でありながら女性に恋をするなど、、あってはならぬこと、、、
(僧を辞めてはダメなのか?この辺から度々道覚和尚が見るに見かねて目立たぬ格好でアドバイスに訪れるが)。
BGMも雅楽もあればクラシックのオーケストラも入り、、、
挿入歌もオペラ調で、彼と清姫の葛藤に寄り添う。
絵~演出も構図や突然の強風など工夫がある。
時折入る二人で舞を舞う幻想が可愛らしい。

安珍が滝に懸命に打たれ煩悩を祓おうとすれば、清姫は琴で欲望を解放し伝えようとする。
恐ろしいこの空間を超えた駆け引き。
清姫に思いを寄せる友綱が思いの外、人格者であることも何とも言えない、、、。
また父、清継もこの時代に珍しいリベラルな人格者である。
周りの付き人も僧も含め良い人ばかりで、、、。
そうであっても身分、境遇の異なる者同士の恋を実らせることは、内面的に難しい。
結局、自分のこころが難しくしているだけなのだが。
(安珍の周囲を巻き込む恐るべき独り相撲でもある)。

anchin002.jpg

最後は鬼気迫る迫力。
信仰を取ろうと女を取ろうとどちらも恥ずべきことではない。己のこころのままに進むのじゃ。
それも仏の道。行くがよい。
悟りを開いた道覚がそういうのである。それで良いのだ。
しかし道覚の教えに覚醒し自らのこころに従った時にはもう遅かった。
川に身を投げた清姫が大蛇に変化して道成寺にひたひたと迫り来る。
安珍は清姫に会おうと飛び出そうとするが、相手はすでに身を投げた女、周りの修行僧一同が彼を留める。
そして悪霊から守ろうと、大きな鐘の中に彼を閉じ込めるのだ。
皆で経を唱えるが、そこに恐ろしい形相の清姫が現れ、僧たちは成す術もない。
完全にオカルト映画である。
(しかしこの時期のVFXによく見られるチャチな感じの特撮ではなく、生々しくリアルで集中が途切れることはない)。
やがて彼女は大蛇の姿となり鐘に纏わりつき口から火を放つ。

命は助かった安珍が目を覚まし清姫を探して川に行くと、辺に倒れた姫の亡骸があった。
わたしは何と言うことをしてしまったのか、、、慟哭する安珍。
確かに中途半端であった。
自分のこころに忠実に従っていれば、どうするべきか直ぐに答えは出たはず。
これからは、姫の成仏を祈りずっと姫と共にいよう。
それもひとつだが、生きて共に居た方が良かったとは思える。
悲恋物語にはならぬが(笑。







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