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GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
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レッド・ファミリー

Red Family001

붉은 가족  Red Family
2013年
韓国

イ・ジュヒョン監督
キム・ギドク原案、製作、脚本、編集


キム・ユミ、、、ベク・スンヘ(妻役・班長)
チョン・ウ、、、キム・ジェホン(夫役)
ソン・ビョンホ、、、チョ・ミョンシク(祖父役)
パク・ソヨン、、、オ・ミンジ(娘役)
キム・ビョンオク、、、金物屋の主人(ツツジ班の上司)


テーマを人間の尊厳と自由に置いたら、大変重い映画である。
普遍性を持ち説得力は充分だ。
但し、その具体的な題材として、あの南の家族(資本主義の典型)と潜伏する北の工作員疑似家族との対比において語るその語り口には違和感を覚えた。
もし、わたしが北の工作員であったなら、あのお隣さんにこころを揺るがされたり憧れることは無い。
南~資本主義をまず絶対視しているところで躓く。

Red Family004

北の工作員たちは、家族を人質に取られ、家族にも会えずずっと敵国にあってスパイとして指令に従い暗殺などを続けてゆかなければならない。そこだけを見れば、飛んでもない人権無視の人を非情な道具としか考えない非人道的なシステムである。
だが、反面この南の家族をそんなに理想的に思えるか、である。
ここにも暴力は幾重にも蔓延り、人間を貶め操作し搾取する流れが絡み合っており、そこに自由や尊厳がどれ程あるというのか。
(どちらが残酷かの度合いなど容易に見えるものではない)。
更に引っかかるのは、「家族」である。
今特にこの資本主義社会においては、家族は解体の一途を辿っている。
(これはスウェーデンなどの北欧を筆頭に全世界的な傾向のようだ)。
それに伴い人間自体大きく変質が加速している。

Red Family003

「南」~資本主義自体を相対化する視点が必要なことと、、、
このように家~家族という制度に重い求心力を置くことはもう無理であるという認識。
良い悪いの問題ではなく、人は「個」として単独化の方向を強めている。
(結果的にある大きな方向性を持つことになるにせよ)。
個~実存が先行する。
何にしろ帰属意識も希薄だ。少なくともわたしには全くない。
(その意味で、わたしはアナーキストだ)。

もはや資本主義対共産主義などで争うところであろうか。
国の体制~イデオロギーが何であろうが、絶えずわれわれは、「個」としてはみ出て行く。
それが特に顕著になって来た。
どちらでもない、あてのない場所にはみ出て行くのだ。
ひたすら自らの生を求めて、、、。
横断して行く。

但し、それは人「類」としての滅亡を早める流れとなるかも知れない。
そうだとしてもこの傾向は強まるだけであろう。
地球上から人がいなくなったところで、どこがマズイ?

北の工作員は、誤っている自分を認識し覚醒するも、自らを再編成する自由が与えられない。
これこそが何より悲劇であり、生命として常に新たに生成されてゆく動的平衡~本来的な生の実現が不可能なのだ。
それで諦めて死を選ぶ。そこはよく分かる。必然性がある。
しかし最後にあんな風に南の家族劇をして死ぬところは共感し難い。
わたしがあの立場であれば、拒否する。あの劇には加わらない。
それより自分が助かる策を探る。
あんな場所で死ぬ気など、さらさらない。

Red Family005

最後に、幾らでも処分出来たはずの娘役のオ・ミンジを生かした工作員の上官は、何を思ったのか。
わたしは、南に靡いた彼ら全員、粛清されるものと思っていた。
恐らく、ツツジ班の面々との本音の騙り合いを通し、こころの揺らいだ部分は小さくはなかったはず。
その経緯から、上官もこの若い娘に託す想いが生じたとしてもおかしいことではない。
皆目見当もつかない未知のものに向けての投企だとしても。
それに賭けてみたいと思ったのだろう。

わたしもこの中道を行く娘なら、良いモデルを示すことが出来ると思われた。
頼りないお隣のにいちゃんでも相棒にして、、、。
彼女もそんなスッキリした顔を見せていたし。

Red Family002

良いエンディングであった。











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