近松物語

1954年
溝口健二 監督
依田義賢 脚本
早坂文雄 音楽
長谷川一夫、、、茂兵衛(手代)
香川京子、、、おさん(以春の妻)
南田洋子、、、お玉(女中)
進藤英太郎、、、大経師以春
小沢栄太郎、、、助右衛門(主手代)
菅井一郎、、、源兵衛
田中春男、、、岐阜屋道喜(おさんの兄)
石黒達也、、、院の経師以三
浪花千栄子、、、おこう
やはり琵琶湖に浮かぶ心中を図る小舟の幻想的な光景である。
ワンシーン・ワンカットの手法が大変活きている。
(他でもそうだが)。
近松門左衛門の人形浄瑠璃の演目『大経師昔暦』と西鶴の『好色五人女』を下敷きにしているものだという。
染み入る様な歌舞伎の音楽がまた良い。
恍惚として魅入ってしまう。
ストーリーも大変リアルな不条理の連鎖を見事に描く。

京の烏丸四条にて、宮中の経巻表装と暦で繁盛する大経師の店を舞台に。
この店の大経師以春は商人なのに苗字と帯刀が認められている。
暦はこの店が独占販売権を貰っているらしい。
まさに特別扱いをされており、以春は傲岸不遜を絵に描いたような男であった(分かり易い)。
美しい妻おさんの兄、岐阜屋道喜が借りた金の利子が払えず金の無心に妹の元を訪ねてくる。
夫の大経師以春は全く取り合わないことを知っている為に妻である妹に頼むのだが、彼女が苦しむことをどう考えているのやら。
おさんの母までが無心に来てはおさんに多大な負担をかける。
おさんは困り果てもっとも信頼のおける腕の良い職人でもある茂兵衛に相談を持ち掛けた。
茂兵衛は主人の印を使い御得意先から取り敢えず金を借りてその場の都合を付けようとしたが、助右衛門に見つかってしまう。
ここで助右衛門に賄賂を約束しこの件を上手く果たせば、この場はやり過ごすことは出来たはず。
(多分、またすぐにゴミのようなアホ兄が借金を作って泣きついてくることも目に見えるが)。
主人に正直に詫びに行ってしまったことから茂兵衛は逆鱗に触れ空き部屋に監禁される。この時点から運命の歯車が動き出し茂兵衛とおさんだけでなく、この格式と財産を誇る店もろともに転落~崩壊の一途を辿ることとなる。
ここから先の展開は見事である。

事態は悪い方へ悪い方へと転がる。
以春が若い女中のお玉に手を出しており、それに憤慨したおさんが寝床をすり替えて待機すると、昼間助け舟をだしてくれたことに礼を言おうと茂兵衛が屋根伝いにやって来たのだ。
ここを使用人に見られ不義密通の誤解を受ける。この時代不義密通は街を晒し者として引き回され、磔となる重罪である。
金も作らなければならず、二人は取り敢えず店を離れ金策に向かう。
そして茂兵衛と共におさんは何とかまとまった金を実家に送ってその窮地を救うが、、

おさんは、茂兵衛と駆け落ちした形となり、逃亡をそのまま余儀なくすることになる。
どこにも包囲網は張り巡らされ、逃げきれず琵琶湖で心中を決めるが、もう 今際の際でもあり胸のつかえを取って死のうと茂兵衛がおさんをずっと慕っていたことを告白する。
これを聴いたおさんは、死ぬ気が失せ二人でこのまま生き続けたいと願う。
お互いに愛し合っていたことに気づく二人。
もうこの愛の邪魔は誰にも出来ない。
静かだが燃え盛る思いに包まれる、、、と言ったところか。
このかなりの動きを交えたやりとりを小舟の上でするのだ。これは非現実的なシーンであるがまた大変リアリティを感じる瑞々しい場でもある。
このワンシーン・ワンカットこそ溝口の真骨頂なのだな、と納得する(勿論、他の場面も幾つもそうであるが、、、おさんが自分だけ出頭して彼女を救おうと身を潜めた茂兵衛を探して山道をはだしで走りまわり倒れるまでのロングショットなども)。

兄は大変な迷惑をかけ、それを救ってもらったにも関わらず、おさんが茂兵衛と逃げる羽目になってからは、彼女を責め立てる。
捕らえられた後は、また大経師に追い返そうとするばかり。
岐阜屋道喜の自己中振り~クズは救いようもない。
昼夜妹が道なき道を泥だらけで彷徨い歩いて逃亡している最中、このアホは三味線の稽古などをして唄い惚けているのだ。
結局、おさんと茂兵衛は一緒に捕らえられたことで、不義密通となり掟通りに裁かれることに。
その罪人を出した大経師以春の栄華を極めた店は御取り潰しとなり主人と番頭は追放となる。

しかしおさんは何の後悔もない。
人生の最後に本当に愛する相手を見つけたのだ。
だが茂兵衛の表情はおさんのようにすっきり晴れやかではない。
とても複雑な思いにとらわれた様子が窺える。
これで果たして良かったのか、という、、、。
お互いに真実の愛は貫いたが、この結末を呼んでしまった。
(他に何とかできなかったものか)。
わたしなら空ハンコの時点で助右衛門に賄賂を握らせるが。
「毒を食らわば皿まで」である。
一旦、急場を凌いだら、その後のことをじっくり考える。
だがこれでは、愛が目覚める契機がないかも。悲劇を前提にしたところで真の愛が見いだせたのだから。
何という悲恋物語、、、。
